「あっぶなーいっ!」

と、見上げるボクの目の前で急ブレーキをかけてとまった女がほっと一息ついている。

本当にぶつかる寸前。というより、背中に翼があって浮いていておかしな女に言いたいことはたくさんあるが、そんなのは今はあとだ。

「どうしてそんな急降下してきたんですか?」

「ん?ああ、悪かったな。まぁ、わかりやすくいうと足踏み外して転んで落ちたって感じだな。」

いろんな間が悪かったんだとその女は言った。

「それで、貴方は誰なんですか?その翼…。」

「ああ…そうだよね。普通は驚くな。私は天使だ。だから、翼もあるし空も飛べる。住んでいるのももちろん空の上にある神殿付近だ。」

だから、踏み外して落ちるという表現はあってるぞという女は、突然準備体操をしはじめた。

「あの、それは…。」

「ああ。帰るには飛ばなきゃならんが、やっぱり運動の前に準備運動は大事だろ?」

とりあえず、本当に悪かった。もう一度女は謝り、どうやら弟に逢いにいかないといけないから急いでいるようで、じゃーなと慌ただしく女は去って行った。

この世界は、空から落ちてくるということが日常なのだろうか?そんな疑問がわいたとき、ふとボクは別の疑問が浮かんだ。

記憶がない以前に、ボクは世界について知らないことが多くないか、と。

ボクは人間だ。そしていまここに続いているのは『道』だ。そしてこの建物は『店』だ。そういうことを知っている。けど、店がどういうものかどうして道を歩くのが当たり前なのだと思っているのかわからない。

そして気づくひとつのこと。

「ボクは、記憶がないんじゃなくて、最初から記憶が存在すらしていない?」

そう考えるとつじつまが合う。

それなら、どうしてボクは今ここにいるのだろうか。

そんなことを考えていると声をかけられた。

「こんにちは。」

人当たりのよさそうな青年の笑顔。ボクはとまどいながらも頭を下げると、こっちをじっとみていた青年の目の色が少し変わった。

「ねぇ。満足した?望み通り、世界の中を歩いて、いろんなものを見て…この世界はどうだった?」

「え?」

「綺麗だった?それとも醜い?それとも…それとも、この世界は不必要だった?」

「何でボクに?」

「何でだろうね?」

そう言って、すっとボクから離れ、背を向けて歩いて行った。

彼が何者なのかわからない。けれど知っている気がした。

 

思い出した

やっぱりわからない