暗い闇夜、少しかけた月が空高く昇り、月明かりがあたりを包む。

 どこかで、犬か、狼かの遠吠えが聞こえ、響き、広がっていく。

 どの家も灯りを消し、静まり返っているこの場所に響いていく。

 しかし、誰も気が付かない。まるで、その響く音は実際には響く音がないかのように。








 +++ 第1章 吸血少年と魔法少女が出会った日








 ここに、一軒の家がある。

 まだ、窓から部屋の中の灯りが出ている。



 ガッシャン



 机の上から辞書を落とした。

「もう、何で落ちるかなぁ?」

自分が落としておきながら、辞書のせいにする。彼女は明日の予習中の高校一年生、末永 灯露である。

 高校入学2ヶ月でそろそろ中間試験という時期が迫ってきている。

学校にまだ慣れきれていない灯露にとって、難しくなってきた授業に追いつくためには、とにかく明日の授業で理解が出来るように予習というものをしておかなければいけない。

 不真面目だと言いながらも、こういうことはどうしてもきっちりやってしまわないと気がすまない灯露である為、親も友人も認める矛盾娘である。

「あ、また間違ってる〜?!」

落ちた辞書を拾い、再び戻した視線の先に在るノートに書かれた、自分が先程までずっと頑張って解いていた数学の問題が、隣に置かれた答えとまったく違っていたのを見てやりなおしだというわけだ。

 当たり前だが、そう言った大げさなリアクションのせいで、また辞書は床の上に落ちる。

「もう、止め。寝よ。」

すっかりやる気を失い、ノートや教科書を乱暴にカバンへと詰め込み、落ちた辞書を拾った。

「ん?」

珍しいことではないのだが、落ちて開いたページに書かれた内容が目に入った。

「…吸血鬼、ねぇ。」

そこにかかれていたのは吸血鬼であった。

 吸血鬼とは、闇夜を彷徨い、生き血を求めて襲い掛かる怪人と、書かれていた。

「いるわけがないでしょうに…。見たこともないのよ、よく辞書に載ってるよね。

あ、他にもこんなのがいっぱいあるか…。」

見たこともないものをよくここまで書けるものだねと感心してしまう。

きっと、灯露自身が見なければ、他の誰かが見たとしても真実として受け止める事は出来ないだろう。

「さて、もう寝よ。」

 辞書を閉じて本棚にしまった。

 部屋の明かりを消して、灯露は布団の中に入り、眠りについた。



 また、同じ明日が来ると疑わずに。何事も起こる事の無い日常が続くと信じて…。









 閉め忘れたカーテンから光が差し込み、目覚ましがなる前に目を覚ました。

「5時…、また、時間が中途半端だよ…。」

二度寝をしようにも、後30分もすれば起きなければいけないため、かえって疲れる為、そのまま起きることにした。

 とりあえず着替え、昨日やっていた数学の問題でもしていようかと考えた。

 だが、問題集をやる事も、教科書を開けることも無かった。

「起きたの?珍しく速いわね。今日は季節はずれの雪かな?」

「何よそれ、どうして私が早く起きると雪が降るのよ。」

物音に気付き、母の和世がやって来たのだ。そして、いつものように灯露で遊ぶ。

「だって、いつも7時に起きてぎりぎりじゃないの?特に、今日は7時半登校でしょう?

月曜日の日直は大変なのよねぇ。」

和世は灯露の高校の卒業生であり、昔はこうだったなどとよく思い出に浸る。

 灯露は和世がせっかく早く起きたのだからと、散歩に行くようにと外に放り出された。

いくら夏に近いからといって、朝は冷える。何より、この辺は元々は森か林かを、文明が進むに連れて開拓した地なので、上り下りが激しく、寺や神社や教会などがたくさんある為、気味が悪いし、移動するだけで疲れるのだ。

「でもま、こっちに来てからまともに外を出歩いた事はなかったよなぁ。」

どこまでも続いているような林の中に続く道を見ながら呟いた。

 灯露がここに住むようになったのは、今年に入ってからの二月である。

もちろん、引っ越す予定があったので、受験もこちらの高校を受けたのだ。

 引越してすぐに高校での呼び出しやら、部屋の片付けに、始まるとすぐに速い授業内容を理解する為に部屋にこもりがちであった。

「たまにはいいかもね、早起きに散歩。」

今回は迷惑を撤回して感謝に変えてあげようと、笑みをこぼした。








 ふらふらと歩き出してしばらく経った。

 ここにあることは知っていたが、来た事がなかった神社の前に立った。

「確か、ここが災害で水に飲み込まれた後からずっとあるんだよね…。」

歴史で確か習ったと、授業内容を思い出す。災害が起こった日からはかるく500年以上は経過していることを思い出した。

 昔、この地には魔女狩りや吸血鬼殺しのように、人間達が幻想の住人だと恐れて仲間でさえも殺すという自体が起き、神が怒り、この地を清き水で洗い流し、死を迎えたものの血や叫びを洗い流したのだと言う。

 教科書の一文を思い出した。結局の所は、はっきりとその当時のことは知られていない。

惑わされて、ただの小さな自然現象が大きくなったのかもしれないし、勢力争いが時が経つに連れてそう言われるようになったのかもしれない。

今を生きる人間は、その当時を生きていたわけではないので、真実は闇の中に眠り噂が飛び交うだけなのだろう。

そもそも、幻想の住人というのがどういったものかわからないのであるから、どうしようもない。

辞書などに載っている妖精や魔女や吸血鬼が本当にいたのかもしれないし、人間がそう思っただけなのかもしれない。



 全ての真実は闇に飲み込まれた。









 そろそろ引き上げて、支度をしようと思い、もう少しここにいたかったが、帰らなければいけない。

名残惜しそうに、神社をもう一度見上げた。

「日が大分昇って…って、えっー?!」

視界に黒い影が入った。その影は神社へと続く階段の上から落ちてきた。

「ちょ、人?!」

そう、視界に入ってきた黒い影は人であった。

 灯露は無意識に落ちてくる人影を助けようと動き、なんとかこけながらも受け止めた。

「痛てて…。で、どうして人が…、ここの住人さんなの、かな?」

受け止めたはいいものの、自分の身動きが取れなくなってしまった灯露。

 白いポロシャツで、黒の長いズボンを履いている。

上のボタンは二つほどあけ、首からはシルバーの装飾具をつけた、黒髪の綺麗な少年だった。

病気持ちではないのかと思うほど肌は白かった。

 そこらの芸能人よりはこの少年の方が格好いいのではないかと思ってしまい、知らぬ間に見とれていた。だが、はっと時間のことを思い出し、先程から動く気配の無いこの少年の心配も増え、慌て出す灯露。

「あ、ちょっと、大丈夫ですか?」

自分の膝の上で死んでいるように動かない少年の身体を揺すってみたが、一向に目を覚ます気配は無い。

「あーもう。ちょっと、起きてよ!」

さらに強い力で身体を左右にゆさぶる。

 最初、少年は何の反応も無かったが、次第に意識を取り戻したのか、目を開けた。

「あ、起きた?良かった〜。あ、早く起きて。」

と、半分寝ていそうな彼の身体を起こすように押し、立たせた灯露は、やっと自分も立ち、服の裾についた葉や砂をはたいて落とした。

「じゃ、私は急ぐからこれでばいばい。気をつけないと駄目だよ。」

そう言い、少年を残して灯露は急いで走っていった。

 少年ははて?と自分の状況を理解できていなかったようだが、灯露が視界から消えた頃、やっと理解でき、どこかに歩いていった。



 灯露は、最初に少年が眼を開けた時と、もう一度見た眼の色が違っていた事に気付いていなかった。









 なんとかぎりぎりで7時半登校をした灯露は、今日一日の日直と言う仕事を言い渡され、新学期から一度も来ないクラスメイトの為に一人で日誌やチョーク、出席簿を教室に運び、朝の朝礼までぎっしりと予定されている仕事をこなす。

 灯露は何度、いまだに来ないもう一人の日直の“水沢 皐月”という女のような名前の男に、日直が回ってくるといつも一人で文句を言っていた。

誰もいない朝や放課後に高校を受けるならば来やがれ!と言葉遣いを荒くして静かな教室内に灯露の声が響いていた。

 とくに、月曜日は一番日直の仕事をする事を嫌がられる。

それは、一番仕事量が多く、何より、呼び出しが多い。さすがの灯露もイヤになってくるのだ。

 それが、他の日直と違い、名簿順に二人ずつで一度も来ないクラスメイトの為に全て一人でこなすことになる。

このクラスでは、日直二人ともが休まない限り、代役は立てない為、灯露は一人で仕事をこなさなければならなかった。

それにもかかわらず、月曜日の日直はこれで二回目だ。

三回回った日直のうち、二回も運悪く月曜日にあたっていたのだった。

 来ないクラスメイトを恨みたくなる気持ちもわからなくはない。親友の城咲 楓(きさき かえで)はそう言い、灯露をなぐさめるのだった。

だが、手伝ってくれるほど心の広い暇な人間でもなかった。




 放課後になり、やっとのことで全ての仕事を終え、日誌を先に職員室へと帰ってしまった担任まで届けに行こうと、帰りの支度をした。

もちろん、楓は授業が終わるなり、待たずに先に帰っている。

灯露は今までに何度、本当に親友なのかと考えてしまった。

でもやはり、本当に困った時、危ない時などは助けてくれるので、簡単に見捨てるほど薄い人間ではない事はたしかだなと思い、結局はどうなんだろうとあやふやなまま、いつも考えは終わる。

考えても答えは出ないので、最近では考えない事にしている。自分は自分で楓は楓なのだからと結論を出してのことだ。

 灯露が職員室に入ると、ちょうど担任が教頭からの呼び出しから帰ってきたところだった。

「あの、これ渡しに来ました。」

日誌を前に出して、担任の近藤 健(こんどう たける)に手渡し、これでやっと帰れると、職員室を出ようとしたが、甘くは無かった。

「すまんが、たまったプリント類を水沢に届けてやってくれないか?」

と言うのだ。今日一日の一番のいらいらの元の家まで、これを届けなければいけなくなった。

さすがの灯露も近藤に頼まれて断る事は出来ない。

「…わかり…まし…た。」

はぁとため息をついたが、そんなものは近藤には見えていないだろう。

「どうして私が見ず知らずの奴の為に大量の仕事をさせられた挙句に届けにゃならんのじゃ!」

誰もいなくなった静かな下駄箱で、灯露の叫び声が空しく響いた。









 近藤から渡されたプリント類のたくさん入った重たい封筒を左に抱え、右手に近藤の書いた、水沢の家までの地図が書かれた地図を持ち、珍しく吹く冷たい風に飛ばされないように気をつけながら、地図通り歩いていく。

「次を右…、って何これ、私の家の近くじゃないの?!」

地図通り歩いてこれば、自分の家に近い事がわかった。しかも、今朝の散歩コース方向である。

「うーっわ、近いのに今まで一回も気付かなかったわけ?!」

これだけ近いならば、日直の日だけでも連れ出しに家まで押しかけられたのではないかとまた一つ、いらいらが増えた。



 地図通り歩いてもう少しで目的地につくと思われた頃、この辺では数少ない珍しい信号が立ちはだかった。

「何でこんな時に赤になるかなぁ?」

灯露がいらいらいしているときは、必ず信号や踏み切りは邪魔をする。急いでいるときもそうだ。

「…あれ?今朝の人?!」

歩道の向かい側今朝神社前で落ちて来た少年を見つけた。

「そう言えば、あの人どこの人だろう?」

ふと疑問に思った。自分とあまり年は離れていない気もするので、たぶん学生だと思うが、この辺での高校は自分のとこぐらいであの少年がいないことはわかっている。

中学か大学かと思われるが、第一に今まで会った事がなく、今日初めて会ったのだから、朝の通学で見かける事はないのでそれも否定されるかもしれない。

 考え、ふと視線を少年の方へ戻した時、灯露は慌てて道路に飛び出した。

 少年は赤のまま車が来るにもかかわらず、まだ寝ぼけているのか、前に出たのだ。

灯露は危ないと声に出すより先に体が動いていた。

 数少ない車どおりの多いこの道路に、優しい風が包み込んだ。








 灯露は少年を助けようと服を掴んだ後、一瞬宙に浮いたように感じた。

必死であった為、周りを見ている余裕は無かったのだが、確かに感じた。

「…あれ?」

気が付けば、自分が先程まで立っていた場所だった。

道路に飛び出して、車に惹かれるのを覚悟したはずにもかかわらず、自分はここに立っている。

一つ違うのは、自分の両手が少年の服を思い切りつかんでいた事だけだった。

「あ、ごめん?!」

何が何なのかわからなくなってしまった。一体何が起こったのか。

 そこへ、自分の知った顔が現れた。

「や、よく無事だったね。」

声の主は、先に置いて帰った楓だった。

「か、楓〜?!」

半分なきそうになりながら今どうなったのかとたずねた。

 答えはとても簡単であった。

楓はたまたま近くのコンビニへ買い物に出ていて、灯露が飛び出して危ないと思ったが、そこには灯露の姿は消えていて、ここに何事も無かったかのように立っていたというものだった。

「え?何それ??」

灯露の頭の中ではクエスチョンが増殖した。先程までのイライラの陣地までもがクエスチョンによって支配された。





 何がどうなっているのかと頭の中で整理をしようとする灯露を楓は用事があるからとほって帰る。

やはり、親友ではないのかなと悲しくなる灯炉だった。

 今はそれより重要なことがあった。

「駄目じゃないですか、死ぬきなんですか?!」

と、今は意識があるらしいく、眼を開けているが、半分寝ていそうな少年に向かって怒る。

一つ間違えれば確実に轢かれていただろう。

自分も、飛び出して人の事はいえないが、まずはこの少年が気をつければ自分が助けようと飛び出すことは無いので、考えより言葉が先に出る。

「………い…。」

「え?何か言った?」

少年は小さな声でかすかに聞き取れる程度の声で何かを言ったが、ここは道路であり、車が通る為に声が聞き取れない。

「もう一度言ってくれない?」

聞き返すと、かすかに唇が動き、聞き取ろうと顔を近づけた。

 灯露の首筋に痛みが走った。虫が刺す痛みよりは大きい。

 少年が灯露の首筋に先程までなかった牙をたてた。

反応が遅れ、少年が灯露から離れ、流れる血が痛みを抑えようとした手をつたり、やっとわかった。

自分は血を流していた事。

もしかすると彼は吸血鬼という怪人ではないのかと思ってしまった。

 お互い動かず眼で相手を見ていた時、どこからか声がした。

「まったく、駄目でしょう。人と同じになるようにすると決意して自分から血を飲む事を禁じておきながら…。」

黒のスーツを着た、見た目は普通の会社員のような男が現れた。

「………鏡衣智。」

どうやら少年との顔見知りのようだった。

「すみませんね、お嬢さん。でもま、貴方で良かったですよ。」

「え?」

どうよかったのだと言うのだ。自然と浮かんだ疑問を口に出してしまった。

そして、先程の自分の事も理解できた。

「あなたは、私や彼のように同じ種族なのですよ。ま、細かく分ければ変わりますが、幻想人種って奴です。

とにかく手当てもしたいですから、人目が無いうちに家に来て下さいな、魔法少女さん。」

男は何か企んでいるような笑みを向けて灯露を誘い、灯露もついていくのはよくないと考えながらも、ついていってしまった。








 謎の二人によって、人生が大きく変わり、たくさんの事を知る事になり、

 私は初めて幻想の世界の扉をくぐり、仲間入りをしたのでした








  +++ あとがきと言う名の言い訳 +++

今回またも長くなりそうな趣味の世界に走りまくった私の世界へようこそ。そして読んでいただき有難う御座いました。もう、感謝です。書いているだけでも楽しく浮かれちゃっているもので。
さてさて、今回は第一幕三部構成で第二幕が大きなこの話の内容で第三幕で終了という形にする予定です。第一幕はいちよう出会い編です。それぞれの話でいろいろなキャラを紹介しつつ出していきたいと思います。
どうか、今回も暖かく見守ってやって下さいませ。本当に読んでいただき有難う御座いました。





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