いつか大人になったら…

子どもなら誰もが一度ぐらい考えること。

毎日戦う術を教わり、生きるための知識を教わり、自由な時間はほとんどない。

それが当たり前の中で、僕らはこれからも一緒であればそれでいいと思った。

僕にとって皆が、みんなにとって僕たちが…変わらない幼馴染であれば、窮屈な里を守ることに迷いはなかった。

けれど、それはかなわない願いだった。

 

「嘘、だろ…?」

「こんなこと、嘘でいうわけないだろ。」

 

その日、幼馴染の一人、志摩が命を落とした。

 

 

 

 

いつか見た思い出の場所で

 

 

 

 

悲しむ間もなく、それは突然だった。

「どういうことですか?」

幼馴染の死。そしてもう一人の幼馴染の里抜け、失踪。

忍びである以上、仕事は血なまぐさいことが多いし、裏切りが日常茶飯事のような、策略が渦巻く世界の中、同僚の死は日常の一部であり、悲しむ暇もなく次の仕事が舞い込む。

そうやって、自由もなく死ぬまで忍びとして生きて、守りたいものもなく、守りたいと思っても守ることができず、死んでいく。

僕もまた…そうだと思っていた。

そんな僕へ告げられた次の仕事は、幼馴染の追跡と捕獲。抵抗するのなら殺すこともいとわないというものだった。理由は、僕同様、里抜けした幼馴染が幹部で里の詳しい内情を知る者だったからだ。

僕なんかとは比べ物にならないくらい、内情に詳しいからこそ、里抜けを許されず、追い続けられる。しかも、追う役目を僕に指示するところが嫌がらせのようなものだ。

何を気にしているのかはしらない。幼馴染は次の頭領候補に一番近いし、普通では知りえないことも知っていたけれど、普段なら気づきもしない僕ですら気づけるほど、今の頭領達は様子が可笑しかった。

だから、僕は断った。もちろん怒りをかうことになったし、もう一度考え直すように追い返されたが、決意は変わらなかった。

ここはもう、僕の居場所じゃない。守って死んでもいいと思える場所じゃない。

だって、もう誰もいない。

きっと、僕にとって最初から主という存在は頭領ではなく、幼馴染の笑顔でいられる里であり、笑顔を奪ったこの里はもう違うのだ。

そして僕は、幼馴染に遅れること数日。

里を抜け出した。

その日から僕は、追われる身となり、毎日気を抜けない状態が続いた。

今まででも、仕事でそういうことはあったが、休める場所も幼馴染もいた。だから、今の状態は孤独だと思い知らされ、酷く辛いものだった。どれだけ、一緒であることが幸せだったのか思い知った。

だからこそ、やはりあの里に戻りたくないし、里の連中に殺されたくもなかった。

主亡くした兵は、どこにも属せない。どこからも、余所者として距離をとられ、一人のまま逃亡生活を続けていた。

そんな時だった。

襲撃を何とか回避したのだが、其の後も待ち構えられていたようで、あっさりと囲まれてしまった。

ここまでかと思った。里に戻されるか死ぬか。答えはすでに出ていた。

全力で戦ってそれで死ぬのならそれでいい。そう思って、抵抗する意思を見せた。

向こうも、全力で叩きのめすつもりで構え、互いの意思がぶつかり合った。

どれだけの時間が経過したのか。

元々戦闘よりも治療がメインの活動である僕にとって、長時間の戦闘は厳しい。

何だかんだといって、忍びは犠牲にしてでも後の連携につなごうとする連中も少なくないから、厄介で仕方ない。

その時、ふらついた隙に、深く肩に刃が入った。

最悪だ。これ以上長引くと、本気でまずい。まだ敵は多い。

意識が途切れた瞬間、決着がつく。

一番最悪な、里へ連れ戻されることが現実になりつつある。

どれだけ里に反抗しても、里がまだ僕を手放せない。それを僕がよく理解している。

僕程の治癒能力者はいないし、まだ育っていない。その彼等の育成が済むまで、逃がす気はないのだろう。

そして、育成が終わった後、僕はお払い箱として、罪人のまま処刑される。

そんなことのために連れ戻されて、買い殺されるなんてごめんだ。

やはり、里は僕にとっての主ではない。忍びは主を持ち、その主の陰として生きて戦うものだ。だから、命を懸けるに値しない主には手を貸すことは屈辱でしかない。

けれど、まだ敵が多すぎる。

駄目だと思った。

「彼の者の分身、光よ、動きを縛り貫け!ブライトスター!」

どこからともなく飛んでくる細い光の数々。僕に近づく連中全ての足元に突き刺さったそれは、彼等の動きを封じた。

「…まったく、今宵も物騒なものだ。」

バサリと翼を広げて舞い降りたのは、まるで絵本で幼馴染と一度だけみた天使のようだった。

けれど、その天使は絵本とは違い、黒衣を着て、地に足を付けた瞬間翼が消えた。

「あんた、誰だ…?」

「口が悪そうな奴だな。ま、元気そうならそれでいい。」

とにかく間に合って良かったと、その天使はい、其の後現れた少女に僕は担がれた。

「悪いが、こいつに用がある。お前たちの『主』に伝えろ。身柄は幻神楼が預かる。今後の干渉は、幻神楼主である私への宣戦布告とみなし、敵とする。」

腕を振り払うと、彼らの動きを封じた光が消え、様子を伺ったまま、彼らは暗い夜の中に消えた。

「私は幻神楼の主、冥鎌。こっちは凛々。お前の意思を無視して悪いが、一度来てもらう。その後はどうしようと私は気にしないから好きにしたらいい。」

そう言って、僕は変わらず凛々という小柄な少女に担がれるという地味に恥ずかしい思いをしたまま、彼の館である幻神楼へきた。

そこは、忍びの里でも知られる、絶対不可侵の領域。何人も悪意を持って立ち入ることができぬ、絶対の主の元に形成された組織体。

人の出入りは自由だが、尋常ではない守りの為に、難攻不落の城とも呼ばれ、各国の要人たちが手を結ぼうと様子を見ている場所だ。

僕は里とは違う、平穏な生活が約束された、その閉鎖された世界に多少の興味はあった。しかし、決して望んで手に入るものではないとわかっていたから、幼馴染達と共に諦めた自由の世界にいくら主自ら勧められても足を踏み入れていいものかと戸惑いがでてくる。

現在はすでに歩けるからということで何とか少女に担がれたままではなくなったので、足はそこから止まったまま進まない。

けれど、どうしたの?と覗き込んで腕を引っ張る少女によって、あっさりとその入口を越えた。この少女によって今日は何度僕は予想外の状況に陥ったことか。

そしてこの瞬間、僕はもう戻れないと思った。

僕は元々、戦いを好まないし、忍びの里で生まれたから忍びとして生きることが運命付けられただけで、できるなら戦いたくない。

きっと、幼馴染達皆そうだっただろう。

「おぉ、珍しい奴がいるな。」

中で出逢った、懐かしい顔。もう会うことはないと思っていた、幼馴染の一人にして、僕が追手として命令を下されることになった対象…傘華がそこにいた。

「どうして…。」

僕の問いかけに傘華が応える前に、一緒にここへ来た冥鎌が先に彼女に話しかけた。

「まだいたのか。」

「ああ。本当はもう出ているつもりだったんだが。」

思ったよりおいしくてついなと、苦笑した彼女に、何があったのか予想がついたらしい彼はそうかというだけだった。

「で、私はもうここをでるが、いいとこだぞ。ずっと居座れないから時々くるぐらいだがな。」

いいところだぞと言って、立ち去ろうとした彼女の腕をつかんだ。

「いったい、何があったんだ。あの時…なんであいつは死んだ?あんたは里を出た?」

苦笑した彼女。

「私は元から、里の方針が嫌いだった。忍びは、里に食い殺されるだけ。だから、とっとと外にでるつもりだった。」

忍びとして生まれ、疑問もなく忍びとして殺し合い、死ぬ。そんなのはごめんだった。けれど、里の者は誰も多少の疑問はあれども、それが当たり前として結局受け入れて忍びとして死んでいった。

「隔離された、閉鎖された組織形態の中で、不満は誰もがもつ。心があるのだから当たり前だが、野心や欲望もまた生まれる。…もう、ほとんど忍びの本当の存在意義なんてわかっちゃいない。」

そうなったら、残るのは力だけ。その力を自由にしたい上に立ちたい野心家がいつでもいる。

「ただ、その野心家とのトラブルであいつは死んだ。私は里の子どもが忍び以外の道も選べるようになる日の為に幹部として生き続けると決めたあいつがいたから、忍びとして里にいた。お前もいたしな。けど、変わらない。それどころか悪化の一方だ。」

だから里を出たのだと彼女は言った。僕も薄々はおかしな空気になっていた上層部のことに気づいてはいた。けれど、そこまで酷くなっているとは思わなかったし、だからこそ、彼女を殺してでも連れ戻すという命令の意味が理解できた。そして、知らないからこそ、もう一度、僕の能力だけを再利用しようと考えている意味が理解できた。

水面下で、里の幹部クラスでさえ誰も把握できていない陰謀が渦巻き、近いうちに何かが起こる。そのことに誰よりも早く気づいていたのは彼女であり、そして死んだあいつだったのだろう。

「じゃあ、私は行くぞ。お前も里を抜けたのなら、里には戻らない方がいい。」

間違いなく、近いうちに里は違うものに成り果てる。そういって、今度こそ彼女は立ち去った。

「…一緒に行かなくて良かったのか?」

しばらくそこに立ったままの僕に彼は話しかけた。僕はただ、首を横に振った。

「もう、答えが出ている彼女と、まだ先が見えていない僕では、きっと彼女の足を引っ張るだけ。」

だから、一緒にいても、かえって里の連中に見つかってしまう。忍びは隠れるのがうまいが、目立つようなことになったら意味がない。

何より、僕自身が僕の今後のことについて何も決められていない。ただ、里に戻りたくないだけ。それだけで生きて行ける程、外を知らない僕にとって甘い世界ではないことぐらいわかる。

「ここにいるなら、治療をした後に食事でもして考えたらどうだ?」

こんな出入口では少々他者に迷惑がかかると、彼は言い、さすがに僕も今いる場所を思い出し、彼等についていった。

その後、なんだかんだと言って、数日が経った。

本当にここにいる連中は気さくでいい奴等ばかりで、居心地が良かった。忍びと違い、自らの意思でここにいることを決め、ここを守るために戦うこともいとわない者たちばかり。

己の力量を理解し、必要なら逃げることが足を引っ張らないことだということも知っている。

そして、ここがある意味要塞と言われる理由である主と主と共にいる少女の実力を誰もが知っていて、僕自身も彼等の能力に先日の襲撃で驚かされたところだ。

ある意味、組織形態が組まれている場所だが、自由がある。それが僕にはうらやましかったし、傘華が居心地がいいという意味が理解できた。

ここにはすでに守りである警備長の一人が薬学知識が豊富な医者がいるが、大きいものから小さいものまで、けが人が出ない日はほとんどいない。今の彼にはあくまで水やタオルなど、治療に必要な道具を頼んで用意してくれる連中はいても、医学知識がある上で治療の補佐ができるものがいない。

だから、つい手伝って感謝され、なんだかむず痒い想いをしたのもなんだか新鮮な経験だった。

「水浪。」

「ああ、何か用か?」

声をかけてきたのはここの警備長であり、ここの治療に関するすべてを任されている男、ホーレインだった。

「先日は助かったよ。あと、奏鈴がこれを。」

そういって渡されたのは、おいしそうな焼き菓子だった。

「ありがとう。」

そう礼を言うと、少し何かを考えて、ホーレインが聴いてきた。どうして、今も言葉を作って演じているのか、と。

まさか、バレているとは思わなかった。

忍びは影として生きるものだ。感情を表に出さず、静かに任務を正確にこなすためだけに存在し、決めた主の為に命をも差し出す覚悟で生きるもの。

そう教わって生きてきたせいで、他者に対してどうしてもあたりさわりないように対応をしてしまう。そういう癖ができてしまっていた。

それが唯一なくなるのが、幼馴染達の前だけ。今はいない親の前ですら、忍びとして誇りを持って生きていたためか、公私の区別をしっかりするどころか、普段からも気を付けていたせいで、彼等の人らしい心というものを知らないまま生き別れてしまったが。

確かに傘華の言う通りだ。先日言われたように、忍びはどうして疑問を持たないのだろう。人として当たり前の日常を生きることを選べないのだろう。

主を見つけ、主の為に生きる姿はある意味忍びとしては誇りなのかもしれない。けれど、主を選べず強制的に里長が主で、依頼先の相手が一時的な主として絶対でるという考え方はおかしい。

長い年月の間に、忍びは疑問を持つことも忘れて、時の流れに従ってしまったのかもしれない。

それなら、なんのために志摩は命をかけて、なんのために死ぬことになったのか。無駄死にもいいところだ。

「どうかしたか?もしかして、まずいことだったのか?」

「あ、いや。」

どうやら質問されたことについて考え込み過ぎていたようだ。

「僕は…俺は、確かに元々そういう話し方じゃないし、改まったやり方は肩っ苦しい。だから、嫌いだ。それでも、生きてきた今までの世界ではそれが当たり前でそうあれと言われて…今も抜けないだけだ。悪い。ここにいる連中が嫌いなわけじゃない。だが…。」

人との話し方を忘れたかのように、口調が不安定で乱れる。本来、自分がどういう話し方でいたのかも、忘れかけていたようだ。

「そうか。…まぁ、それがいいのならそうすればいいが、望まないことだったら、戻せばいい。ここでは誰も咎めないしな。」

じゃあ、何か悪かったなと言って、彼はまたあとでと続けてそこから立ち去った。




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