あれからしばらくたった。相変わらずここの暮らしが思ったより居心地がよく、ぼんやりと過ごしていた。

「…確か、水浪だったか?」

数日どこかへ出かけていたらしい、ここの主の冥鎌に声をかけられた。

「生活には慣れたか?」

「あ、えっとその…。」

「別に俺に対しても改める必要はないぞ。傘華からお前のことは時々話題として聞いていたしな。」

聞くところによると、里を抜ける前から多少の交流があったらしい。しかも、いったい何を話したのかしらないが、苦笑して、建物を全焼する事態は少々他の連中のこともあるから困るけど、だいたいは好きにしたらいいぞと言ってきた。間違いなく、過去の制御不能の火の呪術の事件を聞いている。

「水夜見も入り口周辺のあたりなら好きにしていいぞ。」

たまに住人が泳いでいたりするけどなと言い、本当にいろんなことを知られていて恥ずかしい。

「もしかして、俺が忍びってことも?」

「ああ。忍びということも、『女王の剣』のことも、な。もちろん、傘華が知っているほぼすべてのことは知っているつもりだ。女王の剣と似たようなものだからな、俺も。」

そういう彼の言葉からでた女王の剣という言葉に反応する。

元々、忍びは女王の為の剣であり盾であるということ。その翻意を知らないまま、今の忍びは忍びとして依頼人からの仕事を受けて報酬を得る戦闘民族のような状態だ。

「貴方は、『女王の剣』の意味、知ってるのか?」

「ああ。女王が何を指すのか、そもそも剣として盾として何と元々戦ってきたのか。」

ごくりと唾をのみ込む。もしかしたら、長年の知りたいことが知ることができるかもしれない機会が廻ってきた。

「知りたいなら教えてもいいが、すべては語れない。それでもいいのならな。」

僕は頷き、彼の言葉の続きを待った。

かつて、世界には大きな争いが起こった。二つの勢力が、互いの考えの相違によって、対立してしまったからだ。

どちらも、結果的にはこの『世界』の為に選んだ答えであり、この世界において絶対的な力を持つ二つの勢力は、どちらかの勝利が決まるまで止まることはない。

その際、片方は影である闇の魂なき軍団を、片方は新たに生み出した世界の為の八人の管理者とその管理者の配下と共に戦った。

結果、闇が負け、世界の片隅へと封じられた。決して、勝ったと言っても、力を封じて相手の動きを止めただけで、結果が先延ばしされただけのうわべの平和。

そう、語られた彼の物語は、かつて傘華から聞いたことがあった。

かつて本当にあったという争いと、その相手の負けによって今の平和があるということ。

「八人の管理者の中に、人を統べる者と、機械技術を発展させる者がいて、どちらもこの場所においては王と呼ぶ存在だが、お前たちが言う女王というのは、人を統べる者の方だ。」

そう言って彼が教えてくれた女王の剣というもの。

「今はその歴史を知る者がほとんどいない。ただ、一族の力だけを持ち、その力を利用して今を生きているだけ…だが、だんだんとその力を統べる者となり、悪用を考える者たちも増えた。」

その結果、ほとんどの種族が人間の敵と認識され、滅ぼされていったこと、そして、今生き残っている種族も隠れ住むようになって表に出なくなったのだと彼は言った。

「現在では忍びや魔女…竜や龍人もいるが、かつてほど生き残っている人数は多くない。」

その話で、ふと気になったのが女王のこと。その女王は今もこの世界にいるのか。そして、物語になり果てつつあるかつての戦争の片割れはどうしているのか。

「今にも目覚めようとしている。危険な状態だ。だが、そればっかりはどうしようもできない。」

年々向こうの力が強まっているのを感じても、力をそれ以上与えない様に邪魔することしか今はできないのだと彼は言った。

「じゃあ、復活したら…もう、倒せないんですか?」

「そうだな。本気で戦争になればお互いつぶれて終わりということもあるかもしれないな。」

それだけ、強いということだろう。

「それに、向こうだって悪いわけじゃない。お互いの言い分が正反対であれば、お互いの意思を貫くには相手がどうしても邪魔で、仕方がなかった。」

そういうこともある。そう彼は言った。

「どういう意味だ?」

「最初にいた奴等はお互いしかおらず、少なからず何らかの想いはあったのだろう。だが、この世界の方針でたがえることになった。結果今があるが、今でも封じたこの世界の維持を望んだ奴は相手を嫌いきっていない。」

もし、もう一度争いが起こっても、相手が『対の相手』の話を聞けたら、変わるかもしれない。

「それは忍びにも言えること。今あることを全て壊すことはできないかもしれない。けど、変わる必要があるのも事実。それを受け入れられるか、だ。」

人に害成すものになり変われば、こちらとて黙っているわけにはいかないからと、彼は言い、俺を見た。

「その時は、そこにお前の知り合いがいようとも、俺は全力で排除する。」

彼は本気だった。いつか見たことがある、傘華と同じ、真っ直ぐな覚悟をした者の目。

その瞬間、俺は気付いた。たぶん、いや、たぶんという領域からもう確定に近い、できれば起こってほしくない予想がある。

「傘華は、もう…里を抜けた時点で、いや、彼の死を知った瞬間から、もう里を壊すことを決めてるんだな。」

「俺はあいつの気持ちを知らないし、知られようとも思ってないだろうが、そのつもりだろうな。」

もう、女王の剣ではない忍びは潰す。そして終わらせる。優しい心を踏みにじることしかできない規律なんていらない。それが、彼女の結論で、命をかけて成し遂げたい目的。

「そっか。じゃあ、もう…『女王の剣』として生きなくていいんだな。」

「そうだな。女王とのつながりを持とうとしていない現状からいうとそうなるな。」

あくまで、いつか来る戦いの為、お互い身を隠すために離れていただけで、もし本当に女王への想いがあれば、自然と戻るものだ。それがなくなった時点で、女王の剣ではない。

女王を知らない者が、女王を守る為に生きることはできない。その意味をはき違え、剣それぞれのリーダーが好き勝手した一族は、もう独立した別のものだ。

「龍や魔女は女王の剣のことを知った上で、再び女王につくべきか、それぞれ模索中だ。だが、鴉天狗や鬼神あたりは忍びと同じで剣の意味を知る者が途絶え、能力だけが残った一族だ。」

すでに選択するときがきているのかもしれない。

「でも、女王の剣というのは、いろいろあったんだな。」

「そうだな。人を統べる者だったんだ。いろんな種族全てを率いた。つまり、この場において生きる一族全てが女王の剣だったといっても過言ではない。」

けれど、必要なくなったせいで、力のない普通という存在…人間が増えて行った。人間も、いろんな知識を持って女王を助ける存在だったが、今は完全に剣なんてものではなくなっている。

「天には神が、地には魔王が、異界には霊皇が、冥界には死神王が。そうやって、それぞれのこの世界の場所を統べる者達が配下を連れていた。私たちも元々この世界において女王の配下であり剣と呼ばれる種族でしかなかった。」

だから、最初から難しく考える必要なんてないんだ。」

だから、好きに生きたいようにすればいい。それを閉鎖的な中で過ごすことで忘れた意味を歪めておかしくなったのだと彼は言う。ならば、そんなことの為に彼は死に、彼女は復讐を選んだのか。

「これでお前の聞きたいことには答えたつもりだが、まだ何かあるか?」

「いや、ない。これでわかった。全て無意味だったってこと。」

そういったら、彼は少し悲しそうな顔をして、俺の頭を優しく撫でた。突然のことで固まっていると、彼が言葉を続けた。

「そんなこと言うな。せっかく、出逢えたのに。」

確かに、いろんな規律が無意味なのに続けられていることも多い。だが、たくさんの縁というものもある。その縁まで否定してほしくない。

「失ったとしても、その縁がなかったことに、俺はしたくない。」

だから、これからのこと、今までのこと、もう少しちゃんと考えてみてくれ。そう、彼は言った。俺はその時、思い出した。確かにすべての過去を無意味と否定してしまったら、命を懸けて子どもたちの未来を守ろうとした彼の想いも、彼等との何気ない日常も否定してしまうことになる。

そして、俺と同じように彼もまた大切なものを失ったのだろう。それを、思い出させた挙句、俺の言葉は彼の想いもまた否定することになったのだろう。

それから数日、里のこと、剣のこと、女王と言う存在のこと、幼馴染の死のこと、幼馴染の復讐のこと、そして自分自身のことを考えた。

けれど、答えが出ることなく時間だけが過ぎて行った。

その日も、空を見上げて座っていた。

里と同じように閉鎖された中に存在する組織形態。できあがったそれが、彼らを縛ることはしない。そこには自由があり、不思議な感覚だ。

同じ環境であっても、目的が違えばこうも違うのかと思う程、違っていた。

この年になってしまえば、食事も各自個々に取ることが多い。だから、誰かと食べることを忘れていたし、見かけたら誰かもわからない子どもや女が声をかけて食事の時間だと教えてくれる。

まだ幼いころだったら、日常に逢った光景が、変わることなくそこにある。

そういえば、アイツはあの時…と思い出す過去の想いでの端々。

「あそこにも、確かに人の温かさがあったんだな。」

だから、狂った歯車を戻そうと、彼はした。それが失敗して、彼は死んで彼女は次の行動を選んだ。ただそれだけのこと。

だが、俺自身はどうだ。なにもしていない。ただ彼の死を理解できず、命じられた彼女を殺すことに逃げて追われる身となった。己自身が選んだことはなにもないんじゃないだろうか。

これでは、いつか彼と会った時、笑われてしまうだろう。もし、あの世というものが存在し、そこで出会えるのならという空想物語だが。

「あ、水浪だったか?今手は空いているか?」

考え込んでいた俺に話しかけたのは、ホーレインだった。彼は警備といっても、敵から守るというより、攻撃に対して怪我した者達のフォローに近い。

確かに、他の四人を考えると、体を動かす方が早い四人とは違い、先に考えて逆手を取る策士タイプだ。バランスを考えたらこれはこれでいいのかもしれない。ただ、この男一人であったら、どう身を守り、この場所を守るのか想像もつかないが。

だからか、俺は彼がここから離れることが想像できなかった。

「ああ。どうかしたのか?」

「買い出しに出ようと思うのだが、暇なら気晴らしもかねて一緒にどうだ?」

多少荷物持ちの人でも欲しいところなんだと言われ、確かに暇であるし、彼等には世話になっているから時には返すことも信頼につながるかと考え、応じた。

仕事以外で、出ることがなかった外の世界。彼等にとって当たり前にあるその光景は、俺には不思議な世界だった。それだけ、中にこもりすぎていたのだと思い知らされる。本当に、ここにきてから、いろんなものを見てきた。

温かいこの世界が、彼等にとって帰る場所に選ぶ理由が少しずつ分かった気がするこの場所。それを、壊そうとする奴が許せない気持ち。だから守りたいという気持ち。

きっと、彼もそういう気持ちで、今いる子どもの笑顔を守りたかったのだろう。

「だから、出てこい。そして、二度と現れないことを誓うか、死ね。」

振り返り、そこに現れる影を敵として睨みつける。

「水浪っ!」

「悪いが、先に行っててくれ。俺は…。」

そういう俺にダメだと止めるホーレイン。そして、仲間だろと、当たり前のように言い、俺の隣に立つ。

「悪いんだけど、荷物持ってどこかで待機しててくれるかい?」

「はい。」

共に来ていた…たぶんホーレインの配下のような存在の女と男が荷物を持ってそこから離れた。時々彼がいる医務室にいるので、看護師のような役割の者達なのだろう。

だが、それはホーレインにも言えるのではないかと思ったが、自然と気持ちは楽だった。

誰かが一緒にいる。その温かさ。かつて彼等と一緒にいた時に感じたものと同じもの。

「どこのだれかは知らない。だが、彼はこちらの仲間だ。」

急に変わる雰囲気。戦い方は知らない。けれど、彼も他の四人同様、普通じゃないことは理解できた。

飛んでくる刃の数々。俺は交わし、はっと彼の方を見ると、マントでそれを弾き落としていた。そして、きっちり来ていた上着からいくつかの液体の入った入れ物を持ち、投げた。

いつも不思議だと思っていた、誰よりもかっちりした服装。丈夫で豪華なつくりの上着。あれは、他者や自分自身の安全の為の作りだったようだ。

確かに彼は他の四人ほどの運動能力や回避能力はない。だが、それをカバーする違う力がある。

次々と俺は相手の動きを封じて意識を落とし、あっという間にその場は片付いた。

「やれやれ。」

「すまない…。」

「気にするな。あの場にいる者に手を出すこいつらが悪い。」

報告するか否かだけが悩みどころだがと言い、それで彼が悪くなるのならやはり自分がと考えていると、俺が考えているようなことじゃないと言われてしまった。

「とにかく、帰るか。」

こっちこそ、誘って、気分転換をかえって疲れさせて悪かったと言われてしまった。

あれから戻った俺は、いつの間にか腕を斬っていたようで、手当てをすると言って、ホーレインに引っ張られて医務室にきていた。

あの二人は、各場所に消毒薬の設置と、石鹸の補充に行ったらしく、いない。

「気づかなくて悪かったな。」

「いや、俺も…これぐらいのこと日常茶飯事だったから、気づかなかった。」

「なら、気づいたら言えよ。」

その日から、少しだけ彼と仲良くなって、医務室によく行くようになった。たわいもない話をしたり、薬学の話をしたり、何もないことが思ったより楽しくて、俺は忍びであることを忘れそうになっていた。

そう、あいつらがまた俺の前に現れなければ、きっと忘れていただろう。

「…しつこいな。」

「お前が覚悟を決め、我らと共にあることを選べばいいだけのこと。」

「…悪いが、断る。」

「ならば、動けなくして連れゆくまで。」

思い出す、かつての冷たい感覚。簡単に消える、命の炎。ゆっくりとした世界の中で、俺が殺していく光景がゆっくりと過ぎていく。その間に、俺自身の身体も傷ついていく。

最後の一人。俺の身体に入る深い傷。飛び散る紅い紅い命の源。ぐらりとゆれる世界。俺に振り下ろされる刃。

地面に倒れた俺に、その刃が届くことはなかった。

大きな植物のようなものが、相手を喰らい、蠢いていた。

「もう、そんなまずそうなもの食べちゃ駄目じゃん。」

「そうですよ。この場所に害成す愚か者なんて、不味いにきまってます。

現れたのは、いつも畑仕事をしている女と、ホーレインと同じ警備長の琴詠と言ったか、元騎士だという男だった。

「でも、そんなものをそこに並べるのも困るし…。」

すっと木の上から降りた影が、そのまま持っていた弓を構え、俺の背後に打つ。すると、そこにいた本当に最後の一人を打ち抜き、倒れた。

「小生としては、やっぱり不味そうだとしても、彼らに食べて片づけてもらう方がいいと思うけど?」

どうかなと笑顔で言う彼は、この場所でははっきり言って不自然すぎた。

こうあらためてみると、一見、戦闘能力がなさそうな者達の集まりではあるが、各場所の責任者達は、名乗るだけの個々の能力があることを思い知らされる。そして、自分は迷ったままでこんな様だ。

「仕方ない。シャルテ、後を頼む。翔世は先に戻ってホーレインに知らせてくれ。」

「はいはい。」

指示をだした琴詠が俺の腕を肩に回して立たせた。

「もう少し早く来れば良かったが、悪かった。」

俺はいまもぐらぐらしたままだ。彼等はすでに決めているから今を生きている。そんな彼等と大違いな俺でも、助けてくれた彼等を守ることの手伝いぐらいはできるだろうか。

 

 

 

 

 

次の日、目が覚めたのは医務室だった。仕事柄でなのか、深く入ったが、本能で避けたみたいで、致命傷は回避していたらしい。本当に、しみついた忍びの仕事が嫌になる。

「なんだ。思ったよりしぶといな。」

そこにいたのは、傘華だった。

「傘華…なんで…。」

「この前から何度も襲撃受けてると聞いたからな。」

それでも、まだ生きてるお前も対外しぶとい。そう笑った彼女が俺の頭を撫でる。

あたたかいそれは、昔はよくあったこと。そこに、もう一人の幼馴染ともう一人…いたけれど、今はもういない。

「でも、お前が無事で良かった。お前までいなくなったら…私は本気で今すぐにでも里をつぶすつもりだったよ。」

そう言った彼女の顔が、優しく、だけど寂しく浮かべた笑みで、やっとわかった気がした。

確かに復讐も望んだ。けど、まだ彼女はその刃を向ける気がないのだと。

俺のせいで、彼女が一人で乗り込む事態を引き起こしていたかもしれないことに、背筋がぞっと寒くなる思いがした。

「あんまり死に急ぐなよ。そんなことしたら…あいつが怒る。」

そうか、と俺は理解した。俺たちより先に死んだあいつが、俺たちを生かすために足止めさせる存在になっていたのだ。

「だから、傘華は…。」

「それ以上いうなよ。私だって、考えているんだ。あのままでいいと思ってもいないし、今はな。」

今はただ、あいつが好きだった自由の中でぼんやり空を見上げて過ごすのも悪くないと思っているのだと、彼女は言って、窓から外を眺めていた。

その姿は、いつもあいつがよくしたいたことで、きっとあいつが見ていた世界を見てみたいと彼女は思っているのだろう。

「俺も、見たい。」

あいつが見ていた世界を。そして、いつかまたあの空の下で見られたらいいのに。

その日、俺はホーレインに改めて薬学知識があることからここに置いてもらって、ここの医者としてやっていきたいと頼んだ。

普段から他のことでここにいつもいられないので、常時いてくれる医者が欲しかったのだと言っていた。

主である冥鎌からもあっさり了承を得て、この医務室の長になった俺は、他の医務室に出入りする二人にも紹介され、改めて学ぼうと思った。

誰かの笑顔を守る為に力を使えるように。誰かと共に生きて行く方法を知る為に。

いつか、彼が望んだ、自由な忍びの里を作る為の力を得るために、俺はここで今を生きることを決めた。





あとがき
思ったより長くなったので二つにわけました。
ということで、水浪さんのお話です。
忍びのことと、幻神楼の住人を出しながら進めたら、予想以上に長くなりました。
傘華を登場させたのも長くなった原因ですが、忍びの話はそろそろちゃんと書きたいと思っていたので、
最初にということで詰め込みすぎました。
でも、幻神楼の住人の戦闘は人数多いからなかなか書く機会ないので、これはこれで私自身はよしと思っているので
楽しかったです。ホーレインとかシャルテとか絶対フォローとか会話ででるぐらいでないですし