あの暑く、賑やかに騒いでいた夏が終わり、少しずつ静かになり、だんだん寒くなり、秋が来た。

夏休みには、青々と茂っていた木の葉は少し水気が抜けたのかしわを寄せ、赤や黄や茶といった色に変わった。

 少し見ない間に景色は変わっていた。最近は行事などで忙しかった為、ほとんど周りを見なかった。普段ならば、ずっと一人で日が暮れるまで眺めていた学校の帰り道の風景。

 誰だっただろうか。秋山 神地は久しぶりに見たこの景色を眺めながら思った。自分がまだ幼かった頃、誰かが話をしてくれた。季節を運ぶ妖精の話。

 

 

 季節は四つ、春夏秋冬の四つ

 四つに分かれる季節には、それぞれの妖精がいる

 その妖精達はそれぞれの仕事をする

 仕事内容は担当の四季を運ぶ事

 たくさんの地を回り、それぞれの季節を知らせること

 


 春を司る妖精は、全ての眠りを覚まさせ、優しい風をつれ、舞を舞い踊る

 夏を司る妖精は、全てに活気をつかせ、太陽の光をつれ、楽しく語りかける

 秋を司る妖精は、全てに恵みを与え、涼やかな風をつれ、静かに見守る

 冬を司る妖精は、全てを眠りにつかせ、厳しい寒さをつれ、音なく現れる

 


 春が去ると夏が来て、夏が去ると秋が来て、秋が去ると冬が来て、冬が去ると春が来る

 ずっと同じ時間が流れ、くるうことなく季節は巡る

 

 

 思い出したのはこの部分だけだった。もう少し話は続いていたような気がしたが、思い出せない。しかし、どうして急にこの話のことを思い出したのだろうか。なんと言う話だっただろうかと、何度も自分の記憶を探す。

 ふと、幼い自分と、誰かが話をしている光景が浮かんだ。先ほど思い出した部分を一緒に本を持って読んでいる。楽しそうに一緒にいる人物と話をしている。

しかし、楽しそうな幼い自分の姿と顔ははっきりとわかるにもかかわらず、一緒にいる人物の顔は思い出せない。反対を向いていてわからない。もう少しで見えると思いつつも、影になって結局は見えなかった。

 『忘れたのか。』誰かに言われた気がした。しかし、振り返ろうとも、あたりを見渡そうとも、そこにはただ、秋に染まった気色と人影の無い道が続いているだけだった。

 人は見当たらない。気のせいだったのか。はっきりと自分に言われた気がしたのだが、違ったようだ。

今日は帰った方がいいかもしれないと思い、帰途を歩き出した。すると、また声が聞こえた。今度は先程よりもはっきりと聞こえた。

『忘れたのか、しょうがない奴だ。』聞こえた声はそう言う。しかし、その声に聞き覚えもなければ、自分の付近には人の姿も気配も何もない。ならなんだというのだ。

きょろきょろと周りを見回す春地の肩に手をポンとのせる奴がいた。警戒していたにもかかわらず、いつの間にか背後に現れたものにビクッと反応した。

「久しぶりだな。また大きくなったみたいだな、コウジ。」

後ろから自分に話し掛ける声。先程聞こえてきた声と同じだった。

 このままでいてもどうなるかわからない、逃げようとしても、逃げ切れる自信はない。春地は恐る恐る後ろを振り返った。そこには、自分より背の高いそれなりに顔もいい男が一人立っていた。

顔は確かにいいが、服装はどうなんだと思ってしまった。木の葉のような赤茶色に所々黄色が混じっているようなスーツを着ている。あまりそんな色のスーツは見た事がなかったからかもしれない。

 久しぶりといわれても自分には覚えがない。また大きくなったなと言われても、いつ会ったのか覚えていない。何がどうなっているのかと呆然としてその場に立っていたら、男はクスと笑みをこぼす。

「完全に忘れているみたいだね。ま、無理もないけど。あの時、君は事故に遭ってその頃の記憶が飛んじゃったからね。ま、約束だったから私は会いに来たんだけど・・・。それどころじゃないって感じだね。」

この男は知っていて、自分は知らない。いや、忘れている。そう言えば、なんだか懐かしい気がする。それに、さっきの幼い頃の自分と一緒にいた、記憶の中での『誰か』にも似ている気がした。

「あなたは誰ですか。」

それが一番知りたかった。思い出さなければいけないと、このとき思った。この男はいったい誰で『何者』なのかを。

 




 男は、月水季幸(つきみ きこう)という変わった名前で、職業はいろんな地を旅することで趣味は観察日記だとか。男はそう言うが、あきらかに不審者と思ってしまう神地。

しかし、そう考えると不審者と一緒にいる春地自分も不審者に間違われてしまうのではないか。だが、今はここには自分とこの男しかいないので、その心配はなかった。

ホッと息をつき、そのことは頭のすみにおいやり、男を見上げた。

「あの、月水さんはどこから来たんですか?」

「あっち。」

そう言って、沈みかけた夕日の方に向かって指差しながら言う。それではわからないではないか。

「これからどうするんですか?」

「わかんない。」

いったいどういう生活をしているのだろうか。ますますわからない男。

「じゃぁ、僕と知り合ったのはいつなんですか?」

「十年ぐらい前だったと思うよ。その時は本当に小さかったんだよね、コウジは。去年も一昨年も影から見守っていたけど、相変わらずだなーて思いながら。」

どうやら、この男は自分が知らないうちにずっと自分の側にいて見ていたらしい。ストーカーかと疑ってみたが、違うようだ。

「聞いてもいいですか。事故って僕が十年前に母が死んだときの事故ですよね?」

「そうだよ。そのときのことさえほとんどあやふやだろうけどね。」

確かに言われたとおりだ。あの時のことはほとんど覚えていない。覚えていると言えば、病院の白い天井とベッドの上で寝ていた事。そして、もう母がこの世にいないと言う事。

事故が起こった時の事はほとんど覚えていない。父も親戚も何も教えてくれなかった。

「なぁ、今から少し時間ないかい?」

「時間?何かあるんですか?」

考えていた最中に急に話し掛けれれ、ワンテンポ遅れて返事を出した。確かに時間は別に用事ないため暇がある。だが、暇があればなんだというのだ。

「久しぶりに行かないかい?私の家、すぐ近くだし。キャレットも会いたがっているんだよ。シュンジに会ったら喜ぶよ。」

よくわからないが、思い出せない記憶がどうもすっきりとしない。『この男は何か知っている』と思った為、春地はついていくことにした。キャレットが会いたがっているということは、自分が知らなくても開いては自分の事を知っている。

「行きます。その代わり、教えてほしいんです。事故の事と、月水さんのこと。」

「さっき教えてじゃないか?」

「何かピンとこないんです。何かもっと他にあるはずなんです。」

月水は少し考えた。まいったなぁという顔をしている。しかし、十年前からばれてるから別に問題はないかと、月水は右腕を上に伸ばした。そして、家まで行く事となった。

「目を瞑ってくれててもいいからね。」

これからどうなるのか、何故か神地にはわかった。

「フェアリー・ランド・ゲート」

この場所から、月水の家がある場所までいくためのキーワードであり、移動の呪文の言葉でもある。

少し思い出した。月水は妖精だということ。妖精、フェアリー・テールの中で季節の秋を司る妖精。

 思い出した頃には一軒の見覚えのある小屋についた。これが、月水とキャレットが住んでいる家。

 少しずつ、忘れてしまった記憶が蘇っていくようだ。何故今まで思い出そうとしなかったのだろうか。何か思い出してはいけないことでもあっただろうか。だんだんとつながる記憶に少し恐れを抱きながら中に入れと言う月水の指示に従った。

 

 見た目は少し崩れるのではないかと心配になる造りだったが、扉から中に入ると、そこは別世界のようだった。前を進む月水を見ながら、やはり月水は人間ではなく妖精だとはっきり確信した。

「ただいま、キャレット。今日はお客さんを連れてきたよ。すごく懐かしいお友達。」

そう言いながら扉を開けて入っていった月水。それに続いて中に入る春地。中に入ると、されに驚いた。『キャレット』と月水が呼ぶそこにいたのものは、猫のような耳とふさふさした尻尾と背に黒いカラスのような羽をつけていた。

「わ、コウチャン。久しぶり、元気だった?」

うれしそうに目の色を変えて飛びついてきた為、二人はその場で転倒した。

「キャレット、駄目だろ。」

「ごめんごめん。うれしくってつい。」

そう言いながら、キャレットは神地を起こした。

「けがしてないよね?」

少し心配そうに言うキャレットにうなずく。今の自分はどう反応していいいのか、どう対応していいのかわからなくなっていた。

「コウチャン、どうしたの?昔みたいな元気がないよ?」

確かにそうかもしれないなと、キャロットの言葉を聞いて下を向く春地。そんな二人の間を月水の言葉が割って入る。

「キャレット、コウジはあの時の事故で、私と君との過ごした記憶と一緒に事故発生時の光景の記憶を手放してしまったのだよ。」

「え、なんで?コウチャン、キャレットのこと嫌いになったの?」

「違う、事故のことを信じられなくて自分を保つために記憶を捨てたんだよ。君も見ただろう?あのひどい光景を。」

キャレットは何か言おうとして口をつむいだ。少し涙ぐんでいた。必死でこらえているのだろう。

「あの、事故の事、話してもらえないですか?」

今逃すと聞けなくなるような気がした。今聞けば、キャレットという名の子は泣き出してしまうだろうと思ったが、聞かないといけない気がした。このまま知らないままでいてはいけない気がしたのだ。

「・・・話はするよ。約束だしね。それに、君とは何でも話をすると十年前に約束しているからね。」

聞かない方が幸せかもしれないが、聞かないままだと知らないうちに誰かを不幸にしてしまうかもしれない。そんな思いが心の内にあった。

 







 十年前の、ちょうど秋から冬に変わる頃、神地は母親と父親に連れられて、出かけていく所だった。月水はそれを上から見守っていた。いつでも側にいて、何でも話をすると約束をしたからだ。

 月水はそういい、話し出した。

 久しぶりに、父親の仕事が片付き、三人で出かける事が可能になった。神地は三人で公園に行こうといい、外に出た。

 神地は三人で出かけるのが好きだった。いつも、母と父は忙しくあまり自分に構ってもくれないし、自分も二人の邪魔はしないでいい子にしようとしていたからだ。いい子でいれば、また三人で出かける事ができると、幼い神地はそう思っていた。

「お母さん、あれなに?」

「あれはからくり時計。つい最近できたのよ。神ちゃんはその時家にいたから知らないのね。」

優しく答えてくれる母。うれしい神地。

「もうすぐ、からくりが動くな。ほら、神地。」

父は神地を持ち上げ、肩車をした。神地はいつもより目線が高くなり、見えるものも広くなり喜んでいた。

ガラーン、ガラーン

時計の長い針が十二をさした。仕掛けが動き出す。

チャンチャンタラララ、チャンチャララ―――――

仕掛けが動きだし、中から人形が出てくる。その人形が動きだし、時計から音楽が流れ出す。始めて見た大きな時計に、動く人形。そして、三人が一緒だと言う事で、神地はうれしかった。

優しい母がいる。暖かい大きな父がいる。そして、二人と見れたこの時計の仕掛けが大きな思い出となり、うれしかった。

 子供は単純かもしれない。自分が知らないことにぶつかれば知ろうとする。怖いと思えば、どんなに言い聞かせてもなかなか近付こうとしない。

一度、うれしいと感じれば、またそのうれしいことを感じたくなる。神地は二人に止まった時計を指差して、また来ようねと言う。

もう二度とそんなことはありえないと知らなかったから言えた。この後、あんなことが起こるなんて知らなかったから、無邪気な笑顔で二人と約束をした。

 公園で母が作って持ってきたサンドウィッチを広げ、三人でベンチに座って食べた。

 その時、携帯の着信音が鳴る。父を呼び出す音。神地は少し顔をしかめる。父が、せっかく今日は一緒にいてくれるといったにもかかわらず、知らない人に連れて行かれる。

このときの神地にとっては、携帯から鳴る着信音は父を呼び出す音として嫌っていた。

「・・・悪いな、神地。お父さんこれから行かなければならない。」

「何の呼び出しだったの?」

「この近くらしいんだが、問題が起こったらしい。いろいろと社内でも問題が起こって対処できないらしい。」

「そう。」

母から笑顔が消えた。だから、神地は携帯の音が嫌いだ。あの音は父を連れて行き、母を悲しませる。反対の事も言える。

「じゃ、悪いが言ってくる。」

そう言って、父はベンチから立って走っていった。どんどん背中が小さくなっていく。神地はそんな父の背中を見ていた。そして、いつの間にか春地は父を追いかけていた。

「神ちゃん・・・、神ちゃん?!」

気づいた母が慌て出す。先程まで隣に座っていた神地の姿が見当たらないのだ。片づけをしようと少し目を離しただけにもかかわらず、そこには神地の姿はない。

「神ちゃん?どこ。」

母親は慌て出し、はっと父を追いかけたのではないかと思いついた。どうしてそう思ったのかはわからないが、そう思った瞬間、慌てて父が走っていった方向へ向かって走っていった。





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