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神地は父を追いかけた。見失いかけたが、反対の道にいるのを見つけた。だが、父と自分の間には道路があり、車が走っている。事故があったのか、二台の車がへこんでいた。 「お父さん、お父さん。」 呼んでも聞こえるはずがない。車が通るたびに、神地の声はかき消されていった。 「お父さん、ねぇ、お父さん!」 神地の姿も父の視界には入らない。むっと膨れる神地。もう知らないと、その場から離れて母のいる公園へと戻ろうとした。 「うわ!」 大きな車のブレーキの音と、慌てる知らない男の声がその場に響いた。 ガッシャ―――ン――――――――――ッ 車はぶつかった。春地が歩いていた歩道に突っ込んで、電信柱にぶつかった。 目の前は暗かった。真っ暗だった。いったいどうなったんだろう。ポタッ、何かが自分の顔に落ちた。水だろうか、水にしてはどろどろとしている。 「大丈夫か。」 「おい、救急車だ。」 いろんな声が聞こえてきた。その中に父の声が混じっている。父が近くにいる。あれだけ遠くに感じた父が近くにいる。 突っ込んできた車に乗っていた男は、四八歳の会社員で居眠り運転だったという。ふらふらとしたかと思えば、視界に歩道を歩く子供と電信柱が見えたのだと言う。慌ててブレーキを踏んだが、間に合わず、電信柱に突っ込んだ。 暗い視界から光が入ったとき、誰かがそう言っていた。 神地の視界には、光とともに、そんな話より衝撃的なことが待っていた。 車が突っ込んできた時、逃げようとしたが神地では逃げられるはずがない。その時、何かが覆い被さった。あれは、母だった。 あの視界が暗い闇の中で、頬に落ちた液体が母の血だと理解でき、神地は泣き叫んだ。運ばれていく母にくっついて離れず、そのまま救急車は走り出した。 その後、母は息を引き取った。あの時すでに助かる確率はなかったのだと医者は言った。
神地は一晩中泣き続けた。声が出なくなっても涙は止まらなかった。涙が乾いて止まっても、心はまだ泣いたままだった。 そして、いつの間にか眠っていた。気が付けば、白い天井が視界に入り、起き上がれば、自分は病室内のベッドの上だった。
話し終わった月水。少し下を向き、目を合わせない。 「そっか。僕のせいで母が死んだんだ。父さんは居眠り運転の男が悪いと言っていたけど。」 つながった記憶、だが、どうしてもまだ忘れている事があるような気がした。 頭の中を少し空っぽにして、今の話を記憶として今までの記憶の中に繋げ、考える。自分はいったい何を忘れているのか。 三人と出かけた。 考えた。ふと何かが浮かんだ。一冊の本。 「四季の妖精、秋の妖精の話、月水さんが登場するお話。あの時、月水さんあそこにいたんじゃないんですか?」 記憶がどんどん引き出された。あの時、泣いている自分の目の前に月水が現れた。 「あの時、約束した。自分達は今日でここでの仕事が終わりだから帰らないといけないからって。また絶対に会おうって。」 どんどん思い出していく。
あの時、月水は『自分は見ているだけで助ける事が出来ず、いつまでも友達で側にいてと約束してくれた友達の幸せが壊れても手を貸すことが出来なかった自分が情けないと』とつぶやき、悔やんでいた。 「泣かないで、きこうちゃん。」 「そうですね、悲しいのはコウジですよね。」 「泣かないで、きこうちゃんが泣くとこうちゃんも悲しいの。」 いつの間にか神地の顔には笑顔があった。月水は神地を抱きしめ、涙を流した。 「泣いていてはいけませんね。」 神地を少し離し、涙をぬぐって話し出した。 「私は、今日でここから離れないといけません。別の場所で仕事をしなければいけないのです。」 「きこうちゃん・・・。」 「今日でコウジとはお別れなんです。」 神地の目にはまた涙が溢れ出した。神地にはわかった、月水が何を言いたいのかを。 「きこうちゃん、ヤダ。いっちゃヤダよ。行かないで、置いて行かないで。」 「泣かないで下さい。」 膝を地に付いて、目線の高さを同じぐらいにし、頭をなでながら言う。 「私は秋の妖精でしょう?秋はもう終わるから私は行かないといけないのです。」 「ヤダ。」 少し困ったなと思う月水だった。 「だって、きこうちゃんがいなくなったら、キャレットもいなくなっちゃうし、お母さんもいないんだよ。」 月水は少し困った。どうしようかと考えていた時、神地が先に口を開いた。 「ねぇ、どうしても行くんだったらね、秋がまた来たらきこうちゃんとキャレットここに戻って来て会いに来てくれる?」 確かに来年になれば秋がきて戻ってこれるかもしれない。だが、神地が自分やキャレットのことを忘れてしまうかもしれない。 「こうちゃんは忘れないから、絶対に来てね。待ってるから、会いに来てよね。」 服をつかんで訴える。月水は、そんな神地の願いを叶えなければいけないと思った。自分はずっと彼の友達で側にいると約束した親友だからだ。 「わかった。また来年、秋に会いに来るよ。コウジが私やキャレットのことを忘れていなかったら会えるよ。」 「うん。」 笑顔に戻った神地は今までの疲れが出たのか、そのまま倒れこんだ。 「おっと。まったく、君は無茶ばっかりしますね。」 そう言いながら、そばにあった腰掛椅子に神地を寝かせてその場を去った。
思い出した。これで月水のことと、キャレットのこと、そして事故のことが全部繋がった。 「あの、月水さん・・・。」 「いやですよ、そんな口調は君には合いませんよ。それに、君はさっき思い出してくれたじゃないですか。私達のことを。妖精は、信じてくれる人のもとにしか現れないのですよ。十年経ってしまいましたけど、約束はしっかりと果たせたようですね。」 神地はうなずいた。そのとき、目から涙が零れ落ちた。何故涙が出たのかはわからなかったが、うれしいと会えて良かったという気持ちからだろう。
それから、神地は一ヶ月ほど学校帰りのこの場所で立ち止まっては月水を呼び、彼の家に遊びにいった。 一ヶ月経って、変わったことは、忘れた記憶が元に戻り、大切な友人とまた会う事ができたこと。 「あった、ほら懐かしいだろ神地。」 月水が奥にある物置で何かをしていると思えば、ほこりまみれになって、一冊の本を手に持って現れた。手にもっていた本は月水と同じようにほこりをかぶっていたが、それが何の本かわかった。 「それ、四季の妖精の奴。」 「そう、やー良かった。どこになおしたかわからなくて、ずっと探していたんだよ。」 「見せてもらってもいい。」 懐かしい本。月水は近くに置いてあったタオルで本のほこりをはたいて神地に渡した。 その日、神地はその本を読んだ。中身はそれほど難しくも、長くもない。幼い頃、自分が大好きだった本。いつの間にか、また外では日が沈んだので帰らなければいけなくなった。 「さて、帰らないとお父さんに心配されるぞ。キャレットも、もうすぐカノンさんが来るだろう?」 そういって、いつも月水は送ってくれる。 「キャレットまたね。」 そう言うと、少しキャレットが寂しそうな顔をした気がした。いつもとは違うまた明日だった。
その日、もっとキャレットの様子がおかしいのに気が付けばよかったのだ。
次の日の朝も、同じように学校の帰りに月水を呼んで彼の家に行った。 昨日のキャレットの様子が少しおかしかったのを聞こうと思ったが、月水の様子も少しおかしかった。 「やぁ、キャレット。」 「やぁ。そうだ、昨日友達がアーモンドを持ってきてくれたからさ、クッキーの上にのせて焼いたんだ。食べない?」 「うん、もらう。」 そういうと、キャレットがキッチンへと入っていった。中から紅茶はいつものでいいよね、という声が聞こえてきた。神地と月水はそれでオッケーだと返事を返した。 「さて、食べよう。」 そういって、返事を返してすぐに大きなお盆を持っていつものこの部屋のテーブルの上にのせた。 綺麗に焼きあがり、おいしそうな香ばしい匂いを漂わせるクッキーと甘い香りの暖かい紅茶。 いつもと同じように話をしながらその時間を過ごした。しかし、どうも二人の様子がおかしい。 「ねぇ、二人ともどうしたの。」 どうも気になり、思い切って聞いたみた。その言葉に一瞬ビクと二人の肩が動いたのを見た。 「何でも話してくれるんじゃなかったの?」 月水はつむっていた目を開け、一息置いてわかったといって話し出した。 「実は、今日でここから離れる事になっているんだ。」 すぐには理解できない一言だった。 「君と十年前別れた時と同じように、時期がきてしまったんだよ。秋が終わる時期が。もう冬の妖精がこちらにやって来ている。」 十年前のように、またお別れだった。せっかく楽しくなってきたと思ったにもかかわらず、お別れがきた。 「君も、今年受験で遠い所へ行くんだろう?この辺には高校はないから。」 それを聞いて、思い出した。今は受験で来年から遠い高校へ行くと決めていたことに。 「この辺は子供の人数がないから小学校と中学校までは辛うじてあったけど、高校はこの地から離れないといけないのだろう?」 確かにそうだ。来年会えたとしても、ここにいるかどうかはわからない。 「でも、僕は君達を忘れたりはしない。今回は十年かかったけど、一年で会えるようにするから。戻ってくるから。」 月水は少しうれしそうだった。まだ一緒にいてもいいのかと言い、当たり前だと言い返した。 「わかった、またここに戻ってくるよ。君が忘れずにここへ戻ってくるのをずっと待っているよ。」 「ありがとう。」 そういうと、月水はそろそろ帰る時間だねと言う。いつの間にか、いつもと同じように日は暮れていた。 「じゃ、また来年。」 いつも帰るあの道に繋がっている光の中に入っていった。
目が覚めた。どうやら今回は眠っていたらしい。しかも、いつもと場所が違う。家の側の川辺にある芝生のしいてある坂にいた。 「家まで送ってくれたんだね。」 そういって、空に向かってありがとうといった。 「ん?」 手が何かに触れた。何だろうか。 「あ、これ。」 そこにあったのは、自分が一番大好きで、一番好きな妖精のことが書かれた本だった。 「大丈夫、本を貸してくれたから。来年、返しに来るよ。」
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