10章 心の思いの強さ

 

 

 消滅した影は二度と戻らない。消滅はすなわち、無を示し、再生はありえない。

 以前よりまして、恐怖を感じる目の前のクラスメイト。話はあまりしなくても、悪い奴ではないと思っている相手。今はとても怖いと感じる。

あの日の覚醒とはまったく別物。ただ、本能で守ろうとする意思によって発動した小さな力。灯露も、皐月とであったときに、無意識で風の魔法を使ったのだという。それと同じ事。

 だが、今は違う。あれは本心で、確実に影をしとめて消そうと考えて行動した。冷たいながらも人が傷つく事を好まない暖かい心を持つ皐月の目には、何も映っていないように見える。

 確かにあの日、本能で守る為に暴走した力で破壊した時とは違い、意思も瞳の光もある。だが、違うのだ。

 灯露はその場から動けずにいた。

羽梟もまた、同じだった。彼は野生の感が鋭いから、わかるのだろう。少しでも背を向ければ、弱みを見せれば、食い殺されると。

 圧倒的な力。

「…み…沢…。正気、なん、だよね…?」

動かない足を懸命に動かそうとするが動かない灯露。唯一動いた口で、言葉を皐月に伝える。すると、皐月は灯露の方を向き、小さな声で、いつもと同じ面倒な口調で、「ああ」とだけ答えた。

 皐月が灯露の言葉に答えた事によってか、感じていた恐怖は消えていた。

あたりを包んだ冷たい空気も、いつしか晴れていた。まるで、先程の恐怖や冷気は嘘幻であったかのように。

「…戻るぞ。奴等はうるさい…。」

一人何事もなかったかのようにすたすたと立ち去ろうとする皐月。どうやら、何も変わっていないようだ。恐怖を感じて恐れていた自分が馬鹿みたいに思える。

「あ、ちょっと待ってよ!」

後を追いかける灯露。羽梟もやれやれといいながら、二人を追いかけた。

 なんとなく、これで分かった気がした。皆変わらないと。力を手に入れても、変わる事はないと。

 力を手に入れた人は、どんどん堕ちていく。人は大きな事があると、変わってしまう。だけど、このメンバーだったら、それはないと思う。

 皆が、強い心を持っているから。他人事だが、皆思いは一つで、無駄なこの争いを終わりにしたいと願うのは同じで、守りたいという思いが強いから。

皆、乗り越えていく。そして、新たに強くなって、前を進む。

 自分はまだ、スタートラインにすら立っていない。皆はもう、スタートラインを切って、ゴール目指して進んでいるというのに。

灯露は迷う心を押し隠して、普段通りの笑顔で皐月を追いかけて、皆と合流した。

 今は、皆のその笑顔を見るのが、つらいと思う。

 どうして、自分はこんなに弱くなったのだろうか。祖母が亡くなったときも、約束守れるように、いつまでもめそめそしていないで、立ち直ったではないか。

 何がおかしいのだろうか。何が狂ってしまったのだろうか。何が…足りないのだろうか?

 おいていかれる自分。守られる立場にいる自分。弱い自分。卑怯で醜い自分。

 母に心配かけないように、しっかりとしてきたというのに。自分をしっかり保ってきたというのに。もう、限界なのかな?

 人に頼らず生きられるように、しっかり足をついて歩いていけるようにと、その思いで今までを過ごしてきたのに。今はそんな事は遠い過去で、大きな恐ろしい敵を倒す事に向けて、集まった仲間と共に、前へ進む。

 祖母が亡くなった事。記憶がなくてもかすかに覚えている幼馴染の死。それが、灯露が人を近づけすぎないようにと立てる、壁を知らず知らずの内に作ってしまっている原因だろう。

 それが今、崩れようとしている。それと同時に、自分が自分でいられなくなっている。

 


…今は、この人の温もりに安心感を覚え、手放せなくなっている。

 自分はこのまま、弱い自分に成り下がって、皆の足手まといになっていく…。

 


弱い自分。足手まといなだけの、ただその強い力を得て使いこなせないだけの自分。

何も出来ないのに、大きな運命だけが圧し掛かっている。

「…どうしたらいいの、おばあちゃん…。」

灯露の言葉は誰に聞かれる事なく、空間の中を彷徨う風の音によって掻き消された。

 

 

夢を見た。

これは誰の記憶だろうか。

知らない二つの人影が話をしている。

そして、眼が覚めてみれば、何も覚えていなかった。

 

 

 

いったいどうして、先日までいたが確かに帰ったはずの少女がここにいるのだろうか。

「やほっ。また来ちゃった。」

元気よく、相変わらず一般常識を覆すような登場の仕方でやってきた少女、キサ。

「今度は灯露ちゃんの事じゃなくて、ドリーム・キーパーも関係なく、個人的な事なんだけどさ。」

そういって、くるりんと、宙に浮いていたキサは宙返りをして床に足をついた。何かと、行動が大げさである。

「実は、郁ちゃんと雅季さんに用があったの。」

「「え?」」

思ってもみなかった指名に少し驚いて動きが止まる二人。

「二人が目覚めさせた力。その中でまだ顔見せと言葉を交わしていない相手。」

そこで鏡衣智も気付いた。

石との通じあったあの一件で、四獣の力を得て覚醒したはいいが、言葉を交わしてもいないし、本人達はまだ存在を知らないだろう。

「その二人と、石の聖霊二人に用があったの。用といっても、話なんだけどね。」

出てきてくれる?と言えば、空気が少し歪み、すうっと幽霊のように四つの人影が現れた。

『…改めて、魔放石の守護番人。イマンサだ、我主、郁。』

『挨拶が遅れて申し訳がない、郁殿。我名は黒獅子のサークラック。北の地属性の守護神。』

『顔見でははじめてだな、雅季よ。我、魔封石の守護番人。シールス。』

『あまり、力を外へ気付かせるわけにはいかなかったのだ。申し訳ない、マスター。我名は蒼竜のドラクスター。東の水属性の守護神也。』

四人がそれぞれ主となる二人に挨拶を交わす。

なんだかよくわからないが、同じようによろしくと応える二人。まったくもって今更だが、もうすこしまともに挨拶をしたいものだ。

まぁ、キサのおかげで、そこまで引くようなことはなかったのだが…。

「さて、挨拶はそれくらいでいいかな?」

『ああ、問題ない。それで、お主の用とは?』

「わかっていながら言わせるつもり?嫌な人ね。」

お互い、何が言いたいのかわかっていて、そしてどうするべきかも分かっていながら遠回りな会話をする。

きっと、ここでおおやけに話をしたくない内容なのだろう。

鏡衣智も奥の部屋でしっかりと語りあって来ればいいというぐらいだから、余計に重要な問題なんだろうなと思う。

賑やかなのが退散して、昨日と同じメンバーでの食卓が始まる。

少しだけ変わった朝の風景。

なんだか、あの賑やかさで、うじうじ悩んでいた自分が馬鹿らしく思えて、今はもういいかと思うようになった灯露だった。

弱気になれば成る程、弱くなる気が磨るから、強い気持ちを持って前へ進んで、納得いく結果になるように頑張ろうと決意する。

それが、太陽に必要な強い心。

持つ事が出来なければ、一向に力を覚醒させて使う事は出来ない。

本人は気付かずに、覚醒への道へ少しずつ近づいているのだった。

 


 


先ほどまで騒ぐような明るさと笑顔だったキサからは、真剣な表情しか伺えない。

『すまぬな。…また、巻き込むぞ、キサよ。』

「いいよ。覚悟はしてたし。」

その覚悟が意味することは、この愚かな戦いの終幕を迎える事。命を投げ出してでも、叶えようと思う事。

「元はといえば、私がきっかけだったんだからさ。」

『…だが、そう望んだわけではあるまい?』

キサの事情を知るイマンサ達。知る者は人ではない自分達と神、そして鏡衣智ぐらいだろう。

「あの人は本当に優しかったから。優しいからこうなるかもしれないって事、わかっていたのにとめられなかったから。それが私の責任だから。」

長い悪夢に囚われてしまったあの人を救う手はどんどんなくなっていく。年月を重ねる後とに、あの人は思い出も目的も、忘れてしまうから、その前に救いたい。

「あの人は今、悪夢に囚われているの。全ては私のせい。今度こそ止めるわ。五十年前は止められなかったけれどね。」

キサの強い覚悟。それ程の覚悟が出来る理由は戦いに巻き込まれた幻想人達は知らない。

それもそうだ。

まさか、強い意志により、魂が夢世界で行き続け、肉体を与えられて夢の管理局の関係者としていき続けているなんて、誰も思わないだろう。

魔王と呼ばれた魔術師の最愛の人、キーサ・ファンルリーヌが、キサとして生きているなんて、幻想人達でさえ、知らないのだから。

夢の管理局の最大機密だから。

「でも、今回はばれるかもしれないなぁ。」

『…あの子、ですか?』

名前は出さなくても考えている事は同じでわかる。

「あの子、きっと魔王も神も越えるわよ?」

『それは頼もしいですね。』

だからこそ、それまでにそこへと辿り着く道が遠く、苦労と悩みが多いだろうけれど。

「あの子なら乗り越えられるわ。一番、強い心を持っているから。」

キサにはなかったもの。今でも、少し人と壁をつくってしまう自分がいるから、羨ましく思う。

あの日出来なかった事。五十年前も出来なかった事。

これ以上、自分の過去を隠しとおせる自身もないし、今の大切な仲間達を騙すような結果になっている現状をどうにかしたいという思いもある。

「必ず、今度で終わりよ。きっと、それが魔王を救う最後のチャンスでもあると、思うから。」

これ以上は危険だし、今回はさらなる危険も抱えている。

『あの娘の覚醒の後、すぐに会えるように用意しておくべきだな。』

「ええ。でも、すぐ会えるわよ。最近は暇みたいだから。」

太陽と月の力を持ち、多くの世界へと続く扉を守る番人としての役目を持った双子の神。

彼等の誓いの契約を交わせば、その先に待ち構えているのは悲しいだけの戦いの世界。

 

「もう、戻れないのかな…?」

 

いつも戻れることを祈っていた。

けれど、ここまで悪化していく状況の中、果たして彼等や自分達、そして神や魔王はどうなっていくのか。

 


強い心を持つ者が最後に残る。

強い心を持つ者が、最後を告げる。

 


そして。その者こそ、一番の生贄。

 


キサは願う。

あの子達が無事な平和な日常に戻れる事を。

再び鏡衣智が本来あるべき場所へ戻れる事を。

魔王が、悪夢から抜け出せる事を。

そして、自分の存在の意味が見つかる事を。

 

 

 

あとがき

 

とうとう二桁。それでも第二幕覚醒編は終わらない(涙

でも、後少しなんですけどね。

しかし、今回の幕は長い事キサちゃんが出てきますね。それも、重要キャラの一人だったりもして。

はじめはそうではなかったのですが、キサちゃんの過去のいろいろと微妙に出てくる疑問点などから、その結果、キサちゃんの正体が明らかに?!という事態です。

はい、キサちゃんこそ、魔王様が助けられずに失った大切な人でした。

そんなのありかよって話ですが、ありなんです。私の頭のパラレルワールドでは何でもありなんです。

いちよう、読みきりでキサちゃんの話はありますが、そこではルウイさんが要となっていて忘れがちですが、いちようキサちゃんが主人公だったりもして…。

そして、持っている植物や動物の意思を読み取る力。それは生前から持っていたものだったりもします。

それで、幻想人達との事でも必死になっていたのでした。

ということで、これはこのへんで終わり。これ以上は先が見えてきちゃうのでね。



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