六章 迷い人と生命の水

 

 

 

 波にさらわれ、海に落ちた青。

「どうする、さっきの気配のせいだろうか。」

少し焦る気持ちがありつつも、辛うじて冷静を保つ四人。子供三人はいきなりの事でパニックになっているが今はお構い無しだ。

「…しかし、おかしいですね。」

紅乃の言葉に貴一は気が付いたようだ。

「…なんで?!」

藍も気が付いたようだ。しかし、やはりと言っていいように、海樹は気がついていない。はぁと三人はため息をつく。

「何で気が付かないかなぁ?」

「何がだよ?」

「だから、そこに気が付かないといけないと藍や紅乃さんは言いたいんですよ、海樹。」

「だから、何に気が付かないといけないんだよ?」

まだ気づかないかと再びため息をつく二人と、やれやれ困ったと言う貴一。子供達はわかっていないが、海樹が三人にはわかることがわかっていないということには気づき、とくに純は馬鹿ばーかと馬鹿にする。自分もわかっていないが、自分と同じようにわかっていない奴で遊ぶのは楽しいのだろう。おかしな仲間意識なのだろうか、馬鹿にされて何かを叫ぼうとして言葉に詰まる海樹。それをみてまたため息をつく三人の姿が月の光で照らされていた。

 

 貴一は子供達に襲い掛かろうとする海樹を抑え、先程の気が付いた事を話だした。

「ですから、可笑しな事に、波に覆われて、青は波にさらわれたはずですよね?」

「ああ、だから今ここにいないんだろ?」

「そうです。なら、同じようにここにいて波の流れを受けた私たちの服、体、髪がぬれていないのはなんでなのでしょうね?」

「…あ、そう言えば冷たくないな。」

やっとわかったようだ。なるほどと手をポンとたたく。三人は話すまで気が付かないこの男はとこの先どうなるやらと不安になりだした。

 貴一のとにかく、の言葉で全員が貴一の言葉に集中する。

「あの時の気配がなんなのかと、ここへ出てきた理由、船に何かがぶつかったというものがなんなのかを調べましょう。」

 全員がそれぞればらばらに散る。もちろん、純は海樹で、女二人は藍とくっついて。

「青を連れ戻しましょ。」

一番乗り気のような男が妙に出てきて、この場は再び静かな夜の闇に包まれた。

 

 

 

 『 ……もう、いやなの。…一人…は、…さ…しい…の… 』

 

波が押し寄せる前、聞いた声と同じ声が、船から落ちる時に聞いた。

 

 ピチャンと顔に水の雫が落ちたのか、ふと目が覚めた。

「……どこでしょうか。」

見たところ、周りに人はいない。先程まで、手すりにつかまりながら波に耐えていた一緒に旅をする事になっていた三人+一人+子供三人がいないことに気が付いた。

「…岩?…どこかの穴ですか、ここは?」

見たところ、いちようは部屋のようになっているが、壁は石で出来ている。森にあった岩の洞窟と同じような感じである。

「…で、どうなったんだっけ?」

思い出せるだけ思い出して、考えた。

「…輝が藍を傷つけて、俺がきれて、なぜか船の中にいて、紅乃がいて、船がゆれて外に出て…、紅乃が危なかったから助けようとして…。」

はてしなく関係のないところから回想が始まる。彼は鈍いのか、遅いのか。速いのか、鋭いのか…。本人が一番よくわかっていなかったりする。

「そっか、波に飲み込まれたんだ。」

やっと答えが出たようだ。そして、紅乃のせいだなと言い出す。戦闘状態時、人との接触時などでは見られないボケた彼だった。誰も、こんな姿発言は想像もしないだろうし、思いつきもしないだろう。

「とにかく、帰らないと…。」

青は自分にかけられた布団を丁寧にたたんで、ベッドのようなものから降りた。

「でも、一面が壁なんですけど…。」

困ったなと苦笑する。そして、いったいどうやって入ってきたんだろうと、そちらに気がいっていた。

 

 

 『 帰りましょう、生まれた地に…。帰りましょう、失ったものを探しに…。 』

 

また、あの声が聞こえてきた。どこから聞こえるのかとあたりを見回すが、この壁に囲まれた部屋の中には人の姿は無い。それに、声は部屋全体に響いている。

「…なるほど。」

上を見上げ、やっとわかった。自分がこの部屋の中に入ってこれた入り口と、声の主のこと。入り口は目線の高さにあったのではなく、頭よりはるかに高い天井と言われる場所にあったのだ。

『…目を覚ましたのね。』

声の主、少し幼さを感じる少女が座っていた天井の入り口から青の目の前に飛び降りた。空気のように軽く、水中を泳ぐ魚のように、静かに下りてきた。

『…聞きたい事があるの。』

青は彼女に聞きたい事がたくさんあったのだが、先に聞きたい事があるといわれ、普段には見られないほどのぼけぼけ状態である彼は素直にうなずいていた。

『…名前、あなたの名前を教えて。』

「…名前?俺は青、柳里 青。で、君は?名前を知らないと呼びづらいから教えてくれない?」

青は普通に答え、普通に名前を聞き、それに彼女は答えた。

『…私は水。水の都の住人の『水使いの水』よ。あとね、ここは私の住んでいる水の都。全ての水を操り、支配する都の住人……。』

そう言って、水はくるりと向きを変えた。『人の姿にもなれる、罪を犯した人魚。そして、人魚の生き残り。』と、水は付け足した。

「…で、ここはどこあたりになる?」

大分仕事最中の真剣な彼に戻りつつあった青。ある程度状況はつかめてきたらしい。

「確か、俺は船の上にいて、一緒に何人かといたはずなんだけど?」

答えようとしない水。青も口はそれっきり開かず、お互いその場にたったまま、目を見ることも無く、静かな空気が包み、時間が流れていった。

 

 その頃、ちょうどこの海の下に飲み込まれて眠っている都があるという話を聞いた貴一達は、内容をもっと詳しく聞いていた。

「海に消えた都に取り残された何者かが、失った大切な人を探して起こした行動だ。」

話を聞いていく中、やっとわかった答えだった。

 

 

 

 いいかげん、このまま立っているのも疲れるし、紅乃の血の気のうせた顔を思い出して危ないなと思い、戻らないといけないなと思い出した頃、水の方から口を開いた。

『……私、あの…、お願いがあるんです。』

消えるような声、震えて言葉がかすれている。

『……………い…さい。……ずっと、ここに…いて下さい。』

青は水の言葉を理解するのに少し時間がかかった。

「…それは、ここから出るなと言う事?俺は皆が心配しているだろうから戻りたいんだけど…。」

水は唇をきゅっと噛み、また話さなくなった。

「…貴方がいてほしいと思っている人は、俺ではない。その人もきっと貴方のことを探しているでしょう。変わりなんていうものはあまり意味がありませんよ。俺も、変わりとして過ごしてきましたから。」

話してもいないことを知らないはずの人間に言われ、驚いているようだ。

「…俺は、特殊複合能力者なんです。戦闘時では扇を使いますが、能力によって得た力を使う事もあります。俺の特殊能力は『写』で、今は結構いろいろな人の力を借りてきましてね。その能力の中に、『心読術』もあるんですよ。」

青の説明により、謎はわかったようだ。

 水は下手に心の中で思いを出す事を拒んだ。また読まれることを恐れてだろう。何の反応も見せなくなった。ただ、そこに立って、全てを恐れて拒絶して壁を創り、会いたいただ一人が迎えに来るのを待つ半魚の娘。

 青はふうとため息をついた後、一歩、前に出た。そして、又一歩と前に出て、水が逃げる前に腕を捕まえた。

「…わかっていながらも、心が拒否をしてしまうのですね。やはり、大切な人を無くしたときは、それを認めることができませんから…。」

お互い寂しい目をして相手の目を見る。お互い、大切にしていた人を無くしたという思いを経験し、青には認める事ができず、逃げてしまい、いつまでも影を追いつづけると言う水の思いはわかった。自分も、守りたかったたった一人の兄弟で、血の繋がった家族である鈴華を亡くしたのだ。

「………思い出して、貴方の探している人は、今どこで何をしているか。いつまでもここに留まり、答えの無い時間の中を迷い歩くのですか…?」

水には青の言いたい事がよくわかった。だが、自分の中にいるもう一人の醜い自分がそれを許してくれない。ここから離れる事、そして、あの人がもういないことを認めることを………。

 

 

「…思いは、己が支配する しかし、支配しきれない思いが溢れ出す

 幸せは、別の幸せの破壊によって成り立つ それは、犠牲の上に今がある

 瞳は見ることを拒む 心は傷つくのを恐れる 声は…、伝えるのを戸惑う

 何が見える、心の鏡に 何が聞こえる、心の泉から 何が言いたい、心に眠る思い

 生命は使命を持って、尽きるまで試練に耐えて、時間の流れに沿いながら…  」

 

青は詩のような言葉を歌うように続けていった。

「貴方がここにいるのは、貴方に対しての何の試練ですか?試練を乗り越えれば、使命を果たせるのですか?生命は使命を果たすまで、尽きる事は許されませんよ?」

水の考え、思いはまとまったようだ。

『……私、私は約束をせず待つより、探しに行く。』

これが、彼女の答えで、乗り越えなければいけない試練でもあり、生まれてきた使命であった。

「…じゃぁさ、俺、戻りたいのだけど…?!」

戻してもらえないかと言おうとしたとき、水の身体を黒い影が包み出し、あふれ出て青をも巻き込んで空に向かって花火のように上がった。

 

『ここから離れる事は許さない。惑わす者、裏切り者は始末!』

 

黒い影が海上に打ちあがったとき、青が聞いた言葉だった。

 

 

 大きな音がした。貴一達はまた先程の何者かが現れたかと急いで甲板まで走っていった。

「な、なんだよあれ…。」

誰もがそう思うだろう。海のそこから黒いものが吹きあふれて空に向かっている光景がそこにあったのだから。

「これはまた…、って、あれは!!」

貴一は黒いものが吹き上げている上を眺めていたら、そこに人影があることに気が付いた。

「貴一、あれってもしかして青?でも、もう一人いない?」

あのままでは落ちてくるだろう。予想通り、二つの人影は落ちてくる。運良く、四人がいる船の上であったため、受け止められて、変な外傷はない。

「危ない…。というか、あれが原因だったのか?」

「そう、かもしれませんが、この少女の事も気になりますね。」

貴一と藍が受け止めた、知らない少女。青を受け止めることで精一杯であった海樹と紅乃であったが、貴一の言葉で気が付いた。

「こ、こいつ…。」

「見たとおり、だと、人魚ということになりますね。」

「可笑しなものを拾ったものだね。」

四人は二人に息があることを確認し、黒い影をどうするかの話にうつった。

「…一つ気になっているのですが、あの原型がわからなくなってしまっている黒い影は誰のものなのですか?」

急に話を変える紅乃。何言っているんだよ、と海樹はいい、『青を連れて行った、都に囚われた奴のだろう?』と言う。確かに誰もがそう思うが、少しおかしなこともあったのだ。

「…何か、知っている事でもあるんですか?」

「詳しくはしらないんだけどな、どこかの言い伝えだよ。言い伝え。平和な島で暮らす生命を襲う、他国の軍人と偉いといわれる役人の話。」

それを聞き、貴一も何か思い当たることがあるようだ。

「確か、島の『守神』とされている人が『黒き者より我等を救って下さい。』と空に向かって叫び、嵐が島全体を襲い、島ごと海の下に沈んだ。豊かな水と緑のある、水の都と言われた『水を使役するもの』という島の話ですよね?」

「そう、良く知っているな。実は、ほとんど知られていないんだが、それには続きがあるんだよ。」

貴一でも初耳であった。書物にはそこから先は、今もどこかで眠っているとされて終わっているだけである。続きがあることは知らなかった。

「…水に帰った水の国はそのまま眠るはずだった。だが、戦争で引き離された恋人と守神の話は解決していなかったからだ。」

 

そう言い、話し始めた。この海に浮かぶ戦争を、流れる血を知らないものの暮らす島の忘れられた話を…

 

 島は、ほぼ占領状態となっていた。資源も生命も豊富なこの地を支配して、国の勢力を伸ばそうと企む役人がいたのだ。その役人こそ、今この海を荒らす者として処罰を受け、海を守る神とされて死ぬ事を許されなくなった神、アリン。

 島に侵入してきた軍服を着た、危ない鉄の塊、見たことも無いものを振り回し、たくさんの生命を奪う者達。

「…様、守神様!駄目です。もう、私たちには…。」

「落ち着きなさい。あと、皆に言っておきなさい。生命を無駄にするなと。」

慌てて神社のような場所に駆け込んできた男。男は中で祈りを捧げつづける女に言う。男はここでの代表だろう。女は、島を守る守神と呼ばれる巫女である。

「いけません、海を汚しては。あの船は海を汚しすぎます。」

男を追い出した後、女は涙をこぼし、悲しんでいた。

「私では、守る事はできないのでしょうか…。」

涙が止まらない女の元へ、二つの影が近付いてきた。

「…王子と水ですか。お入りなさい。」

女は誰が来たのかわかった。見てもいないのにわかったのだ。しかし、彼女には見る必要が無かった。彼女は目が見えていないからだ。守神になった後、目はどんどん悪くなり、とうとう何も見えない、闇が広がるだけの世界となったのだ。しかし、彼女は見えなくても、別の目で見ることができた。だから、守神になったのだ。

「王子というのは止めて下さい、巫女靜柳。」

「そうだよ、幼馴染だからいいの。」

二人は、島と共存することを誓った水の都の住人、水魚人である。そして、彼女の大切な友人であり、幼馴染でもある、一番信頼している者だ。

「…王子、実は話があります。」

「………貴方の事ですから、そう言うと思っていましたよ。」

王子は彼女が言いたい事は全てお見通しのようだ。さすが、一番信頼している友人だと言える。水もうすうす感じているようだ。

「…悪いですね、今日でお別れです。後の事、頼みます。」

そう言い、彼女は立ち上がった。その時はまだ気づいていなかった。自分と二人の考える事、思いはいつも同じだったと言う事。守りたかった、一番、守りたかった人達を守る事ができなかった。

 

彼女は、外に出た後、すべてのものを見渡せるこの場所に立ち、そして、空に、海に、すべてのものに聞こえるように言った。

『黒きものを抱え、清らかな光を汚すものを浄化せよ。生命の水よ、全てのものを、塗りつぶされたものを洗い流し、本来の魂の輝きに戻せ―――――――!!』

その言葉をいったとともに、思いもしない事が起きた。侵入者を全員、彼らの住むべき国の港まで流そうとしただけであったにもかかわらず、大きな津波が島に襲い掛かった。全てを飲み込む、海の神の怒り。

「…私は、何も救う事はできない。」

彼女と水はどうしてかかろうじて無事であった。王子が二人を助けたのだった。

 

 ここがどこかわからない。知らない土地に流された。

「王子、これからどうするおつもりですか?」

「そう言う巫女はどうするつもりですか?」

「今はそんな事どうでもいいでしょう。」

水はそう言い、王子の上着を剥ぎ取った。

「やっぱり、無事ではなかったんですね…。」

彼の背中には大きな傷があった。まだ、血は流れ出て、止まる気配は無い。

「…私のせいですね。やはり、あの時、死を覚悟した私の前に現れたのは王子だったのですね。」

王子は笑うだけであった。今までと同じような、優しい笑顔だった。

「…私はしたいようにしただけですよ。貴方が島を清らかなままで終わりたいと願うように、私も、私自身、そして、二人が二人のままで終われたらいいと思ったのですよ。貴方になら、わかると思います。そうですよね…?」

彼女は頷き、水の目からは涙がこぼれて止まらず、必死で笑顔を作って…。

 王子は最後に二人に笑いかけた後、話すことも、二人を見ることも、動く事も無かった。あの笑顔をみることも、二度となくなった。

「あ、いや…。まだ、私、言っていないのに…。」

彼女にはわかった。水が王子の事を好きであったことを。それなのに、自分をかばい、彼は死んだ。二度と伝える事も、返事を聞く事も出来ない。

「やだよ…。もう、なんでいつも…。ばか……。」

彼女は何もいえなかった。水は優しくて、誰にも差をつけず接し、人を拒む事も無く、よく泣いたが、今の涙ほど悲しいものを、悲しい以上のものを見た事はなかった。

「…水、私が、頼りなかったから…。いつも助けられていたのに、肝心な時に助けてあげられなくて、本当にごめんなさい。」

水が現実を拒んだ瞬間であり、彼女の心が死に、そして、自分を見失い、人という形を無くした瞬間であった。

 





    あとがき

 自分を見失って孤独に生きてきた新キャラさん登場。
 第二部は新キャラ登場編なのか?違うはずなんだけど・・・。



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