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五章 船の上、海の声 貴一達は港まで歩いていき、乗る船の券を購入する。出発時間はもうすぐである為、子供達は急がないと、と走って乗り込む。 「こけるから危ないよ。」 と言っている側から純は何かにぶつかって転んだ。 「いって――。」 「ほら言わんこっちゃない。すみませんね。」 海樹は青を抱きかかえたままぶつかったものに誤る。純がぶつかったのは明らかにあの街の人間が着る服ではないものを着ている、異国人という奴だ。結構値が張りそうな服であるので、下手するとどこかの貴族や金持ちかもしれない。 「いいですよ。でも、走っては危ないですよ、君。」 優しそうな人でよかったと、ホッとする海樹だったが、すぐに動きが止まる。 後ろではなんだろうとわからない二人と子供達。ぶつかった人物はもうどこかに歩いていった。 「ねぇ、さっきの人、何て言ったの?」 「………………青、青のこと、天の使いって…。あれだけ力を表に出せば疲れるって。」 あの男は要注意だと、海樹は付け足した。昨日のことを知っているのは、自分達と輝と辰二と弥生だけ。 「そうだな、青はととうぶん起きそうに無いからな、気おつけておくに越した事は無いだろう。」 旅出発前から妖しい雲行きだった。 貴一達が船に乗り込む頃、『瀧靜』では、急いで海に出る用意をしていた。貴一達が船に乗った事を報告した為だ。 「守宮錠、朱従、必ず月を取り返して、青を連れ戻して頂戴。」 「わかっております、輝さん。」 「承知いたしました、輝さん。」 それぞれの思いの中、時間は進んでいく。 一方、貴一達はまた問題を起こしていた。 「私、ベッドがいい。奈央ちゃんと菖蒲ちゃんの三人で寝るから。」 ここは船の一室。貴一、海樹、藍、青、純、奈央、菖蒲の七人は一つの部屋で後悔をする事になった。理由は、持ち合わせのお金が今はほとんど無いからである。 部屋の中にはベッドが二つならんであり、あとは、船員に頼んで敷いてもらった布団が四つしかれた。 ここで、ベッドの一つは青が占領している。残りは一つだけ。それの争奪で藍と海樹が対立していた。 「あー、もういい。俺は適当に寝るから!」 やっと折れた海樹。そのまま歩いていき、青の眠るベッドまで来ると、その側に腰をおろしてもたれかかる。そこに座って寝るらしい。布団があるにもかかわらず、わざわざないところで寝る彼も困ったものだ。 「じゃぁ、三人で寝よう。」 藍は奈央と菖蒲をベッドへ連れて行って、お先にと言って寝た。 残された貴一と純。布団が綺麗に敷かれたその場。 「さて、寝ようか。広くなったけど、狭くなくていいでしょ?」 貴一と純はこれといって気にしていないらしい。 騒がしかった部屋は静寂に包まれた。かすかに聞こえる音と言えば、七人の寝息ぐらいだ。
その静かな部屋に侵入するものがいた。 「…誰だ?!」 近付いてきた者に気づいた海樹は勢い欲その者に飛び掛った。 ガチャン――――― 金属と金属がぶつかり合う音がした。 パチ 誰かが部屋の電気をつける。スイッチの側にいつの間にか貴一が立っていた。 「お前…、こんな時間に何の用だ。」 海樹の目の前に立つ者、それは船に乗る前に出会った、青のことを知る者。 二人は同時に二歩後ろに下がり、お互いそれぞれ持っていたものを片付ける。 「答えろ、何者だ。」 「…そこにいる彼の知り合いですよ。」 そう答えた。そして、名前は『神宮寺 紅乃』と名乗った。 紅乃は海樹がにらむ中、そろそろ青に起きてもらわないと困りますからと言う言葉にどうしてかと貴一が何故と質問をする。 「眠りすぎても、青にはあまりよくないからですよ。」 そう言い、青に近付いて人差し指を額に当てた。 「さて、目覚めはどうだい?」 彼の言葉に従うかのように、青が起き上がった。 「…なんでいるの?」 青も不審者を見る目で紅乃を見る。しかし、紅乃はその言葉を流し、そろそろ時間がないから頼めるかと言う。 「…おい、それより、名前はわかったが、いきなりやってきてなんなんだよ。」 「あぁ、確かにそうだね。僕は青の知り合いなんだけど…。」 どう説明すればいいかと考え出す紅乃を見て、ふぅとため息をついた青が変わりに答える。 「彼、紅乃は、太陽も十字架も大丈夫な現代においてほとんど危険性がなくなっているヴァンパイアの血筋の人間だよ。月に一度、血が必要になってしまうけど。」 はぁ?!三人は間抜けな言葉を発する。そんな側で、このような騒ぎになりながらも、ぐっすり幸せそうに眠る子供達が笑っている。夢見がいいのだろう。 「……そろそろ、血が必要になる時期だから、いきなり現れたっていう、不審者。」 「いきなりって何さ、いきなりって。青が自分のをくれるって言うからいつも探し回っているんだぞ!うろうろ動き回りやがって!それに、不審者なんかじゃないやい、お前がした約束だろう?!」 反対に何故か起こられてごめんなさいとこたえる青。何やってるんじゃーと騒ぎ出す海樹。そして、船員に静かにしてくださいと起こられる始末。 一同、少し落ち着いて、話をまとめる。 「ということは、青と約束をして血を分けてもらう為に今日はここへ来たっていうことですか。」 「その通り。会ったのはちょうど8年前ほどで、とっても可愛かって、食べてしまいそうになるんだけど…。いけない、話がずれたや。とにかく、会った日に、約束をしたんだよ。」 「なんだよそれ。」 海樹は気に入らない様子。しかも、8年前となると、瀧靜に入る1年前。後からわって出てきておきながら、横取りされるのは気に入らない。 「…そう言えば、契約対象になっている『鈴華』がいないのにまだ続くの?」 ふと出てきた疑問を紅乃に言うと、どう言う意味じゃーと海樹に首を閉められる。 貴一に抑えられて、なんとか助かった紅乃。しかし、どうしてそういうことになったかを話さなければいけなくなった。 8年前、血を求めて彷徨っていた時、大丈夫なはずの太陽の光が駄目になり、広場に倒れた。そこは、結構木々が生えていて、日射病になることはなかった。 倒れてどれくらいたったのか、誰かがそばにいることに気が付いた。意識が朦朧とする中、側にいる誰かに手を伸ばす。当然、その人物は驚く。 「…めだ・・・・・・、だめだ…。」 今ここで、人を襲えば周りに知れ、自分は捕まってしまう。だが、己の中に眠る血が止める事を許してくれない。 しかし、その人物は叫ぶことも、逃げる事も無かった。反対に、自分がまだ死んでいない事を喜んだ。 「……誰。」 今の自分は、目の前にいる人物の血をほしがっている。意識を手放せばきっと血を全部吸い取って殺してしまうだろう。 「私は鈴華。待ってて、すぐにお兄ちゃんが来るから。」 それが青と鈴華との出会いで、約束の始まりだった。 その後、鈴華と言う少女の言う通り、すぐに別の人間がやってきた。兄なのだから男だろう。蒼い髪で目はサングラスで隠していたが、結構美人の人。 「……大丈夫ですか?」 「…いた、……乾いた。喉、渇いた……。」 そう言って、紅乃はまた暗い闇に落ちていた。 しばらくして、目を覚ますと自分は布団の中で寝かされていた。 「あ、起きた。良かったよ。」 隣には、自分を見つけた少女、声からして鈴華という子だろう。 「…起きた、か。で、あの時喉が渇いたって何が飲みたい?」 この声は兄のだろう。自分は、朦朧とする意識の中、布団をはいで起き上がった。 「…ありがとう、助けてくれて。」 「お互い様だよ。ね、お兄ちゃん。」 可愛い、笑顔が似合う少女。子供は血の気が多い。今の自分は少女の中に流れる血を求める危ないもの。 意識を保つのは無理だった。自分は鈴華という少女に襲い掛かっていた。 白い布団は流れ落ちる血で赤く染まる。 「お、お兄ちゃん…?」 「………。」 「…べ、やべ、だ、大丈夫、か………?」 襲い掛かった自分より早く動いた兄が妹に襲い掛かる自分の牙が食い込むより先に己の腕を出していた。 「あ、お、お兄ちゃん…。あなた……。」 怯える少女。無理も無い。助けてもらいながら人を襲う吸血鬼なのだから。 「…痛みは、大分治まったし、血も止まっている。問題はない。…それより話せ、お前は何者で、どうしてこのようなことをするかを。」 男は別に責める事は無かった。己の妹に手を出そうとしたが、表情は変わらない。もしかすると、そのサングラスで隠されているのかもしれない。 話した。自分は吸血鬼で、一月に一度の割合で血を飲まなければ、死ぬのだと。普段はその症状は無く、普通でいられるが、何ヶ月も我慢をすると、自分を抑えられず我を忘れれば人を襲う。今回、五ヶ月以上も血を飲まなかったので、このような結果になったということ。 男は話している間、何も言わなかったが、話し終えたとき、口を開いた。 「……確かに、生きるためにはしょうがないのかもしれないが、妹に手を出す事は許さない。」 この男はシスコンかと思ったりしたが、よくよく考えれば、親がいないこの二人にとってはお互いが唯一の家族であり、守る者であり、生きる光なのであるから、しょうがないのかもしれないと、変に納得してしまう自分がいた。 「…まだ、意識はあやふやか?」 「…まぁな、五ヶ月以上も我慢したのは初めてだからな。」 男は少し考えて、答えを出した。それは紅乃にとって思いもよらないものであった。 「…ほら、まだ流れは収まったと言えど、出てくるものは出てくる。早々と飲め。」 そう言い、赤い血が流れる腕を紅乃の方へ差しだす。 「そんなやわには出来ていない。そんなのであれば、今ごろ死んでいる。何も言わず早く飲め。ただし、契約付だ。二度と鈴華に手を出すな。」 その後、男はつけたして、その代わり、月に一度血をわけてやる。そう言った。 その男こそが、青であった。 話し終えた紅乃は一人感動し、己の世界に浸っていた。 そんな紅乃は無視をして、海樹は青に怒鳴りつけていた。 「何でそう、自分が不利になるような契約ばっかりやっているんだよー!!」 気迫で負けている青は目を瞑り、耳を指でふさぐ。海樹の怒鳴り声で青が飛ばされそうになっている。 そんな二人と一人世界に入っている男を見てため息をつく貴一と藍。 「もう寝よう。」 「明日も速いからね。」 騒ぐ二人を残し、早々と休む二人。残された青はというと、しばらく二人の言い争いに巻き込まれていた。そして、船員に再び怒鳴られる事になった。 二度目のお怒りで、やっと部屋は静かになった。 貴一達を乗せる船の後ろをつける小さな船があった。それは、辰二と弥生が乗っている船である。 「やっと夜だよ。闇に紛れれば見つかる可能性はなくなるけど、昼間もこのままって、何考えてるのよ輝さんは。見つかったら私たち密航者?というより、不審者で捕まるわよ。輝さんのことは好きだけど、そりゃぁ、愛しているけどね。こんな仕打ちはないじゃないのよ〜?!」 一人でひたすらしゃべり、文句を夜の空に向かって叫ぶ弥生。むなしくも、貴一達の乗る船の汽笛と、波の音によって彼女の声はかき消される。 「少し休んでおきなさい。今さわいでも、どうしようもありませんよ。後5日、こうしていなければいけないのですよ?私だって嫌ですよ。これでは罰ゲームというものですよ。まったく、輝さんは…。」 辰二はかなり嫌そうである。それもそうだろう。彼もかなりのお疲れである為、速く休みたいにもかかわらず、暴れる弥生の面倒を見る羽目になり、結局無駄に時間を過ごしている。 「…それだけ元気ならば、朝まで船の様子を見ていて下さいよ。私はもう寝ます。」 そう言い、辰二はもう返事を返さなかった。 「何よ、私だって寝たいのにさ。」 文句を言いつつも、ばれても、船から落ちてもいけないので見張りは続けた。 しかし、さすがの弥生も長くは起きている事は出来なかった。 静まり返った海の上、起きているのは見張りの船員と操縦士ぐらいだろう。 静かに眠る者達を起こす者がそこに現れた。 ガッシャーン―――――!!! 船が大きくゆれる。何事かと、船の中にいるものは全員目を覚まして飛び起きる。 「な、何があったんだ?!」 「わからない。とにかく全員いつでも戦闘できる用意と、逃げられる用意をしておけ!」 海樹の指示で子供達は出していた荷物をカバンに詰め込む。 部屋の外が騒がしくなり、貴一は部屋の扉を開けてみる。 「どうかしたのですか?」 通りかかった船員を呼び止めて今の状況を聞き出す。すると、何かが船にぶつかったのだと言う。目の前にも、船の船体に触れるようなものは何もないというにもかかわらず、何かにぶつかったのだと言う。ぶつかったものは、船のセンサーに引っかからないものなのだと言う。 早々と話してすぐに操縦室だろう方向へ走っていった。 「引っかからず、見えない何か…ですか。」 船員が視界から見えなくなると、部屋に戻り、その何かをどう排除しようかと子供達を抜いた者で話を始めた。藍は、子供達の子守りということで、話には抜けているが。 『……誰か…けて、声が聞こ…える…なら……。』 ふと顔を上げる青。どうしたと貴一が聞くと、どこからか『声』がしたのだと言う。 「声?そんなもの何も聞こえないよ?」 「それより、何かがぶつかって船に穴があいては大変だからさ、一度外に出よう。」 貴一の意見で全員が部屋を出る。リーダーではないが、その役を持っている。自然と、貴一がリーダーになっていたのだ。今も昔も、そしてこれからもだろう。 看板にあがると、そこはいたって普通の波の暗い海だった。 「さてと、何かが近付いているな。どうする、貴一。」 確かに、何も無く普通の夜の海であるが、貴一達には感じた。そこに何かがいるのが。 「きっと、機械に記録されている物以外なのでしょうね、そうでな…、あ、危ない!」 先程までの海ではなくなり、大きな波が船を襲う。 「何なんだよ?!」 「飲み込まれるわ、あんた達、ここを動かないでよ!!」 藍は子供二人を捕まえて手すりを掴み、海樹はもう一人の子供を。後の三人は各自それぞれ手すりにつかまる。 「…おい、お前!!」 「…く、そっ!!」 紅乃は腕に思うように力が入らない。そのため、波の流れに耐えられないのだ。きっと、血が足りないせいだろう。 「…紅乃さん!!」 青がよろけて海に落ちかける紅乃を引っ張り、持っていた紐で腰と手すりを縛りつけた。 「あ、ありがとよ、青。」 「…どういたしまし……!!」 そんな二人に再び波が押し寄せてきた。 「せ、青!!」 「―――!?」 波は、海に帰っていく。その後、元のように静かになった。いつもと変わらぬ静かな波、暗い夜。 「お、おい…。嘘だろう?」 一つ違ったのは、そこにいたはずの青の姿が無いだけ。 「あの馬鹿!自分が波にさらわれて何やっているんだよ?!」 波が流れた方向へ手すりを乗り出して下を見る。 「青の姿、ないぜ…。」 青は海に連れて行かれた。
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