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「これはこれは。グラッサ殿ではないですか。こんなところへ何用ですかね?」 突然来訪したのは珍しいことに教会直属配下の軍人でもある、第一討伐隊隊長のグラッサであった。常に忙しく書類やら戦闘やら部下の管理や指導など、忙しい身である彼は滅多にこんな場所まで足を踏み入れることはなかった。だからこそ、不思議だったのだ。 「グラバン神父。すまぬが、次の討伐に付き添いで来ていただきたい。」 「はい?」 ほぼ討伐で共に行く治癒者は決まっていて、医療班がいくつか結成されているのは知っている。 しかし、自分が外へ出ることはまずない。だからこそ、すぐにグラッサの話を理解できず、はいっと間抜けな返事を返してしまったのはしょうがないだろう。 亡霊の嘆きに耳を傾けて・・・ 「どうぞ。」 とりあえず来訪したグラッサに席を進め、話を聞くグラバン。マリーはお茶を入れて出した。 ありがとうとグラッサは言い、一口頂いてから本題に入った。 「第三討伐隊の者達が皆出払っているのは知っているな?」 「一応はね。怪我人が増えるとこちらにも回ってきますしね。」 気に入らぬ奴は決して見ないし追い出すけれども。 「第二部隊の三分の一で構成された部隊が問題の森へ向かったのだが・・・戻ってこない。連絡もなしだ。」 「・・・。」 「隊長ガラドと完全に連絡が途絶えた翌日、部下が一人戻った。」 「へぇ。」 なら、ガラドも生きているかもしれないという可能性に面白くないと思うグラバン。 「彼はかなり衰弱していた。今はずっと眠り続けておる。」 「・・・。」 「眠りにつく前に、彼は言った。『あそこには、人を惑わす魔物が住み着いている。』とな。」 「そのような情報は一切ありませんでしたけど・・・それはそれで面白いですね。」 「お前ならそういうだろうと思った。」 苦笑するグラッサにグラバンは笑みだけ返してやった。 「ここには、治癒能力を持つ者は限られておる。お前ほどではないが、治癒能力を持つシェンルーとラシェは治療部隊として我等とともに行動しておることは知ってるだろう?」 「そうですね。だからこそ、私はここでお留守番できるわけですしね。」 そうでなければ、きっと外へ連れ出されていただろう。あの二人がいたから、自分は教会内で対処する治癒者として保険代わりとしていかなくていいのだろうから。 「ラシェ達は第三部隊と共に任務にあたっている。シェンルーはその森へ行って消息を絶っている。」 「つまり、彼等を探し出し、問題を解決する為に私に同行しろというご命令ですね。」 「・・・ああ。」 ラシェは戦闘の心得があり、自分の身を守れるが、シェンルーはエルフでありながら基本的に魔力がない為に小さな自分を守る盾のみで襲われれば対処できないだろう。 他の残っている治癒者は『治癒能力』を持たぬ、手当てをするだけの者達なのだから、戦闘技術もないしかえって足手まといになるだけ。だから、ここにまで回ってきたのだろう。 「まったく、迷惑な話ですね。・・・マリー、貴方は自分の身は守れますよね?」 「あ、はい。大丈夫です。」 突然話をふられたマリーは驚き慌てながらも答えると、ならいいですとすでに話は打ち切られた。 「私とマリーの二人だけ。そちらに同行させてもらいますよ。他の人入れるなら私は行きません。」 「ああ、それでもいい。助かる。」 立ち上がるグラッサが昼過ぎには出かけるから頼むというので、わかりましたとだけ答えて見送った。 その後、こちらをずっと見ているマリーに何がいいたいのですかと言えば、案の定疑問を投げかけた。先ほどから聞きたいという目で見てきたから質問する状況を作ったわけだが・・・。 「神父様って、戦うんですか?」 「・・・どういう意味です?」 「だって、神父様ただの変人じゃ・・・?」 「・・・失礼なこと言いますね。」 確かに会ってまだ数日だ。戦闘になり、戦う機会などほぼ皆無なのだからしょうがないといえばそうなのだが。 「そこらの馬鹿よりは強いと思ってますから大丈夫ですよ。」 「馬鹿かぁ・・・。で、私も一緒に行くのですよね?」 馬鹿で思い出すのは、ここ数日たまに訪れた哀れな犠牲者のことだろうとマリーは思い出す。 昨日も、昔いろいろあったらしい人に悪態ついたあげくに薬物実験の犠牲にしていたなぁと暢気に思いながら、グラバンの話の続きを聞く。 「はい。さすがに一人では怪我人を考えると無理なので、補助してくれる人が必要なのでね。」 「それは確かにそうですが・・・。」 足手まといになるかもしれないという不安から、戸惑うマリーにグラバンは背を向けたまま言う。 突き放す、冷たい言葉を。本当なら、彼女を巻き込みたくないのだから。それでも、自分ひとりでは限度があることがわかっているからこそ、彼女ならと思っただけ。ただの自分の我侭。 「嫌なら断ってくれても構いません。私一人でも充分ですから。」 そのまま、用意のため奥の部屋の扉に手をかけると、出会ったあの日のように、服の裾を攫む手があった。 「何です?」 「違うんです。私のせいで神父様の負担になるようなことになったらと思うと・・・。」 「・・・。」 「もし、危なかったら見捨てて下さい。」 そうならば、ご一緒しますという決意に満ちた目に負けたと思うグラバン。 「わかりました。ですが、無理そうなら撤退して下さいね。貴方を助ける余裕はありませんが、貴方には治療の補助はしてほしいですからね。」 「はいっ!」 すぐに用意しますとマリーは隣の部屋へと入って行った。 「兄妹そっくりですね・・・。」 クスクスと笑いながら、時間に遅れぬようにとグラバンも用意をはじめた。 約束の時刻より少し早めに集まったが、すでに第一討伐隊のメンバーが揃っていた。 肩から斜めにかけたかばんをかけたグラバンが姿を見せると、一同がざわつく。 そりゃそうだろう。普通なら医療班として討伐へ出て共に行動することなどめったいにない気まぐれな治癒者なのだ。何より、彼の性格と噂が大きいだろう。 「神父様、嫌われてますね。」 「まぁ、しょうがないですしね。私も彼等嫌いですから。」 嫌らしいほど笑顔で答えるグラバンに、彼らしいと笑う。 「静かに!今回、急に呼び出してすまなかったな。・・・今回は、連絡したとおり、消息を絶った第二部隊捜索と原因解明と罪人の捕獲だ。」 彼等のやる気に溢れた返事にいくぞとグラッサが声をかける。 そして、問題の森へと向かうのだった。もちろん、すでに存在忘れられているような、グラバンとマリーは最後尾についた。 「移動はいつも馬か飛竜なんですね。」 「移動が大変ですからね。」 途中までは、飛翔門で行けるが、その先からは足で歩かないといけない。 大陸の各地に門があると言っても、目的の場所にとはいかない。その近くにしかいけない時だってある。数が限られているからだ。 「それにしても、飛竜に神父様が乗れるというのも驚きです。」 「・・・。」 ただの実験馬鹿だと思われているのだろうかと思ってしまうグラバン。実際、その面しか見せた事がなかったからいたし方ないのかもしれないけれど、少し悲しいというか、何というか、別にわざわざ知らすことでもないけれど、馬鹿にされてるようで面白くなかった。 しかし、マリーのはしゃぐ顔や他の質問を聞いていたらどうでもよくなった。 「私のお兄ちゃんね。三人いるんだけど、一番上のお兄ちゃんと三番目のお兄ちゃんは飛翔門の番人の仕事してるんだよ。」 さっきは北の門を使ったから会えなかったけれど、東の門には三番目の兄がいるんだよと言うマリー。本当に、家族が好きなのだなと思う。 「アルベレカとアーラフスなら知ってますよ。飛翔門は結構利用しますから。」 「あ、そうなんだ。」 「マリーが教会に来ることも聞きましてね、よろしくと頼まれましたよ。」 まさか、本当にこっちに来るとは思いませんでしたけどと言えば、そうだったんだと驚くマリー。 「また、会いに行かないと。」 「そうですね。・・・二番目の兄。」 「・・・っ?!」 「アヤの元へは行かないのですか?」 「それはっ・・・。」 何か言おうとして口を閉じるマリー。関わったフィルドから話は聞いているけれど、まだ会う勇気がないのは本当みたいだなと冷静に考えるグラバン。 「無理に会うことはないよ。会いたくなったら自然と会えるものです。」 「・・・あ、はいっ!」 小さくありがとうございますという声を聞いて、しょうがない子だねぇと思いながら、部隊先頭を見る。 数人がちらちらとこちらを見ているが無視するに限るが、グラッサもどうやら敵の襲撃に気付いているようだなと思いながら今回の戦闘は任すことにした。 まだ、森にすら入っていない今、無駄に体力を使う気もないし、雑魚相手には新人の腕試しに丁度いいだろう。 新人といっても、それなりの腕があるからこそ昇格したのだろうし、今回の討伐派遣に選ばれたのだろうが。経験が少ないのだからグラバンには新人で充分だ。 まぁ、それだけ人手不足だったのだと考えられるけれどもだ。 「マリー。」 「何ですか?」 真剣な怖い顔してどうしたんですと振り返って聞いてくるグラバンに答える。 「動かないで下さいね。私から離れずに・・・。」 「どういうことです?」 片方の手で飛竜の手綱を取り、もう片方でマリーの胴体をしっかりと支えた。 まさにその時だった。 「な、なんだ?!」 「何者だっ!」 少しのことで、経験が少ない者は乱れる。本当、わかりやすいなと思いながら離れすぎず、だが巻き込まれない距離を保ちながらそこで待機する。 襲ってきたのは馬に乗る山賊だ。数はそれ程多くないからすぐに片付くだろう。 「神父様・・・?」 「大丈夫ですよ。基本的に、彼等は人を殺すのを禁じられているのですから。」 捕獲して教会に送り、裁くのが流れですからというグラバンにそうですかとマリーは答えるだけだった。 確かに、戦闘になることはあり、見たことはある。しかし、実際見たいものではない。血が流れるからだ。 何よりも、兄の死を予感したあの日を思い出すから。 「見たくないのなら、見なくていいですよ。私達の仕事は怪我人の治療ですから。」 マリーの両目を胴体を支えていた手が覆い隠した。 「・・・。」 「すぐに終わりますよ。」 その言葉の通り、数分すればことは落ち着いた。グラッサの指示で部隊の数人が彼等を教会へ送る任務を言い渡されるのを聞く。 マリーはちらりと盗賊達を見る。きっと彼等は自分達の村のように、二つの大国の争いの中で支配され、行き場を失った者達の一部だろう。 「どうして、戦闘はなくならないんでしょうね。」 「なくならないから世界は循環するのかもしれませんよ、マリー。」 「そんな世界は嫌ですね。」 「私も嫌です。嫌な大人ばかり生き残りますからね。」 それ以上会話はなく、彼等は森へとついた。そして、木々で太陽の光が遮られる道へと足を踏み入れたのだった。 森の入り口で半数が待機し、グラッサ率いる半数とグラバンとマリーが中へ入った。入ってすでに数時間はたっている。しかし、一向に視界に変化はない。それだけ、同じ景色が続く森だったからだ。そう思っていた。 しかし、方向感覚も狂い始めたころ、グラッサもグラバンも気付いた。 この中には結界があり、すでに自分達はその迷宮に入り込んでしまったということに。 「参りましたね。」 「どうかしたんですか?」 「分かりやすく言えば迷子です。」 「えぇ?!」 大きな声をあげて慌てて口を手で押さえる。何事かと数人の兵達に見られたが、曖昧に笑って誤魔化した。 「迷子ってどういうことですか?」 「何らかの力によって、外へ出られないように何度も同じ場所を歩かされてるのですよ。」 「元の場所に戻って先へ進めない。そして外にも戻れないという感じですか?」 「そうです。・・・グラッサと話をしますので、ちょっと捕まってて下さいね。」 と言うと、マリーの返事を待たずに飛竜を飛ばし、先頭のグラッサの前に降り立った。 部下達が何事かと騒いだが、すぐにグラッサが止めた。さすがは隊長様だと思いながら話を切り出す。 「状況をわかっていると思いますが、貴方はどうするつもりですか?」 「そうですね。闇雲に歩いても体力を無駄に使うだけだからな。」 どういうことだと騒ぐ部下に本当馬鹿ばかりですねと思うグラバン。グラッサのすぐ背後に仕える優秀な部下を見習わないと命落としてもしらないよと思うが口にはしない。 時間の無駄だからだ。それこそ、言えばうるさいだろうけれども。 「原因が何かわかるか?」 「わかりませんが、これが原因で第二部隊が消えたのなら、ここに彼等もいる可能性はあるかと思いますけどね。」 とりあえず、この薬を三回分貴方にあげておきますよと、しっかり封をしているビンを一つ渡した。 「一瓶で三回分しか入らないのでね。いつ誰に使うかは貴方に任せますよ。」 「ありがたくいただいておく。」 そんな怪しげな薬品をと部下はうるさいが、薬品の中身を知っているグラッサには静まれと命令を下すだけ。 何より、これを渡したということは多少この中が危険ということもあるが、次の自分の仕事を知っているからこそ、ついでなのだろう。 お節介な男だと思いながらも、気遣いはありがたくいただいておく。 「とりあえず、原因が広がらないようにするか、誘き出すか・・・。」 「あてをつけているようだな。」 「まぁ、実際遭遇するのははじめてですけどね。これが正解かどうかは確かめないと、先ほども言ったように『わかりません』が答えです。」 昔から結構有名でしたよと嫌味を言えば、また後ろが煩くなる。落ち着きがなくてよく部隊で団体行動できるもんだと笑うグラバン。 「原因はおそらく、この森一帯に生息する魔物・・・ヴァルサガーノかと思われます。」 「・・・あれか。」 グラッサもその名は知っているようだった。背後で相変わらずひそひそと話し声のしている部下に、信頼している右腕とも言われる部下に状況説明と待機するように言い渡す。 グラッサは部下のことは信頼する部下に任せ、グラバンとの話しに集中する。 「ヴァルサガーノは狐に似た魔物で普段は大人しいとされているのはご存知ですね。」 「ああ。かつて一度、子どもを奪われた事で教会に来たことはあったがな。」 「彼等は基本的にこちらが何かをしなければ何もしてこないおとなしい魔物です。ですが、上質の毛皮としても有名で密漁の被害にあっているのも事実です。」 そのような報告があり、密猟者を取り締まる側にいるグラッサはその事実に頷いた。 「そんな彼等は、未練を残し無念のまま死に絶えると、原因であるものに対して呪いをかけます。時にはいつか道ずれにできるようにと罠を張ります。それ程賢く、危ない魔物であるのも事実です。だからこそ、一時期ヴァルサガーノは危険ということで全て討伐するという計画がでたこともご存知のはずです。」 マリーには話をしていないから知らないだろうが、あの事件で彼等の友人であるエリザという子どもが亡くなったのは事実で消せない過去だ。その為、教会が動いて討伐計画があがったのだ。 何もしなければ、お互いに不利益になるようなことなど一切なかったというのに。 自分やフィルドがそんな無意味に争いを生むようなことをするのなら教会から抜けると言えば、大人しくなった。今更、手放せないのだろう。禁忌と知りながらも手の内に置いておこうとする、占いの一族として、高い未来予知能力のあるフィルドと性格はあれでも治癒者としては変わりになるものがいない今、自分を手放す事は教会の権力を下げる事になる。 権力など、教会が持つ者ではないと思っても、上の者達はもう何も聞こえないだろう。 少しずつ、周囲を取り囲むタカルタとフージェルの二つの大国に押しつぶされないように権力を持ち始めた教会。 あまりにもの人の愚かさに反吐が出ると思いながらグラバンは話を続ける。 「先日、一頭のヴァルサガーノが死んだ報告を受けています。死因は銃殺で、尾が切り落とされているところから密漁でしょう。尾と首が一番上質な毛皮として使えますからね。それで、母親だったと思われ、子どもが付近にいないことから連れて行かれたか逃げたか逃がしたのどれかです。」 あの魔物が未練を残し、子どもを待っているのか、殺した相手を道連れにしようとしているのかはわかりかねるが、何かを待っているのは事実だと述べる。 「そうか・・・。カルタッタからしっかり話を聞いておくべきだったな。」 「カルタッタでも、まだつかめてないと思いますけどね。」 あれは、兄のフィルドが残していった予言の一部なのだから。信じるわけではないが、度々残すキーワードが行く先々で役立つ事があるから覚えているだけで、結局は信じていないけれども。 「では何故?」 「予言のキーワードからですよ。グラッサ。・・・そんなことはどうでもいいです。まずは原因の魔物に中身だけ姿を現してもらうか探し物を見つけるかしないと。」 「そうだな。」 グラッサは背後を振り返り、数名部下の名を呼んだ。やはり、信用する彼の四天王とも言う四人を選んだなと思いながら、鞄の中に入れていた薬品の瓶を三つ、マリーに渡した。 何これという顔をしていたが、持っていて下さいといえば、大人しく自分の荷物の中にそれを入れた。 「あと、これも渡しておきます。不必要だと思いますけどね。予備があれば心強いでしょう。」 と、鞘に収められた一般に出回るナイフより少し大きな、獲物を狩るためのものを渡す。 「ありがとうございます。」 それを同じように鞄の中へつめた。きっと、使うのは懐にしまい込んでいる兄が残したナイフを使うだろう。もしも、何かが起こればの話だが。 「話はついた。原因の元へ二班に別れて行く。」 「おや。今回は個別よりも団体行動の方がいいと思いますけど?」 「最後尾に部下二人をつけるから大丈夫だ。」 やはりそうくるかと冷静に考える。なぜなら、彼等はお互いが何らかの糸で繋がっているように、どこで何をしているかわかる双子だ。 「わかりました。」 グラバンはそれ以上何も言わずに黙っていた。 その間にグラッサは別けてグラバン、マリー、グラッサ、双子の片割れ、四天王の一人、部下二名で組み、先を急ぐ。残してきた部下は双子の片割れと四天王の一人と部下数名。彼なりに彼等の安全のための配慮だろう。相変わらず人がいいと思いながらも、邪魔が少なくて助かるというのも事実。戦闘になれば、彼等は邪魔なのだ。グラバンにとって。 歩き出してしばらくした。グラバンはゾクゾクしますねと、血が騒ぐ思いに笑う。 そんな様子をグラバンを噂で知る部下が嫌な顔をする。グラッサや四天王の二人はグラバンのことを知っているために心配になる。また、やるのかと。 「・・・近いですね。」 自然と口元に笑みが浮かぶ。久しぶりの戦闘だ。せっかくなので楽しませてもらおうかと心の中で笑う。それが合図だったのかもしれない。 マリーに飛竜をお願いしますと一言言って飛び降りた。 「神父様っ?!」 「いらっしゃい、悪い子猫ちゃん。」 耳に響く嫌な音とともに、生ぬるい風が吹く。にやりと前髪と眼鏡の反射で表情をうかがえないが、口元が嫌味ったらしく笑みを浮かべているのはわかった。 そして、正気を失くした紅い目の魔物が姿を見せた。 バサッと広げられた無機質なグラバンの翼。はじめて見るその翼に、フラッシュバックのように兄の姿を思い出すマリー。何が起こっているのかまったくわからなかった。 グルルル・・・っと、お腹をすかせた魔物が獲物へと襲いかかろうとするかのように一歩、近づく。 突進してくる相手に宙で一回転して避ける。 その間にメスを数本投げるがしとめることはできずにそれは地面にささる。 「・・・どうやら、炎系のヴァルサガーノですね。」 「わかった。ダストール、仕留めろ。」 「御意。」 四天王の中で氷を操る魔術を使用するダストールが指名される。 「エドルは他の邪魔がないか集中してくれ。」 「御意。・・・なので、貴方方は戦闘の邪魔なので動かないで下さい。」 同じ火の守護を持つ男と風の守護を持つ男では不利である。 その指示を賢明な判断だと聞き取りながら、懐から試験管を四つほど取り出し、魔物へと投げる。 それは割れて酸素を得た瞬間に凍りつく。魔物が痛みからか叫びを上げる。しかし、氷を割って自力で逃げる程の力を持っていることに厄介だなと思う。 そして、今更ながら、昨日徹夜したことを思い出す。 「・・・明らかに不利ですね。」 用意したあと時間ぎりぎりまで寝ておけば良かったと思いながら、注射器を一つ取り出し、袖をまくって自分の腕にそれを刺して中身を入れる。 本来、薬品でもなく体内に必要のない遺物でしかないそれは激痛が走る。 ぐっとその痛みに耐えながら、針を抜いて適当に投げ捨てる。痛みと同時に体中を駆け巡るそれに口元が笑みを浮かべる。 バチチッと人工の翼の先端から電気が走る。それと同時にグラバンの周囲に冷気が漂う。 「ククク・・・大人しくしていればこんなことにもならずにすんだというのにね。」 グラバンの変貌にマリーも驚いていたが、魔物も感じ取ったようだ。毛を逆立てて警戒する魔物に一歩、足を踏み出す。 そして、それは一瞬の出来事。瞬きしたら次の瞬間には光景は変わっている。 「なっ!」 「相変わらず見事だ。」 「・・・。」 それぞれの反応を見せる彼等を他所に、数本のメスを投げた。そして、開いた穴付近に蹴りを入れる。すると、ズルッと首は折れて落ちた。 翼を羽ばたかせると同時に腐敗する成分を交えた冷気の塊が嵐のように襲い掛かり、凍った魔物の首だからこそ、壊れたのだ。 「脆いですね・・・。」 じゅうっとすでに氷が解け始めたそこには赤い血が流れ落ちていた。 そして、もやもやとかかる霧の様な幻だった視界がはっきりとしてくる。 「後始末の仕上げはグラッサにお任せしますよ。」 パンパンっと白衣の裾を叩いて背にはやした翼をしまい込んだグラバンの背を見ながら、魔物に近づいた。 「安らかに眠り給え。」 その言葉とともに大きく思い剣を振り下ろした。 「悲しき哀れな魂に救いあらんことを願う。」 ザザザーッと魔物の亡骸が砂のように崩れ、風に吹かれて消えていく。 すでに魂ない肉体を使い、無理に生前のように力も使い続けていたのだ。骨すら残らぬ程使い過ぎた。 「人の気配があるところを考えると、仕事は簡単に終わりそうですね。」 「ああ。」 グラバンはすぐにマリーの顔を見れずにそのまま自分の足で歩き始めた。それにグラッサもマリーもついていった。 |