さあ、白状してもらおう。 貴方が犯した罪を。 ――――人殺しという名の大罪を。 変化した少年の表情に、望月が小さく息を呑む。 名探偵と呼ばれていても、相手はただの高校生。 少々痛い目に合わせて脅しておけば、警察の動きも大人しくなるだろう。 そう考えていたのだが………… 望月の甘い考えは脆くも崩れ去ってしまった。 少年の鋭い眼差しが、望月を射抜く。 ―――これが、何人もの犯罪者の心を見透かしてきた慧眼。 たかが子供相手に、望月は内心で恐怖を感じた。 背筋を冷や汗が伝う。 明らかに動揺している望月に対し、ベッドに押し倒されたまま新一は口を開いた。 「秘書である田辺誠二さんを殺したのは――望月さん、貴方ですね」 新一の言葉に、望月の身体がほんの少しだけ揺れた。 それを見逃す新一ではない。 だが、彼は感情をすべて消し去り、パーティ会場で浮べていた笑みを見せた。 なにを考えているのか分からない、上辺だけの笑みを。 「彼は自殺だったはずでは?警察からはそう聞いていますよ」 さきほどの動揺を欠片も見せない望月に、新一はこっそりと溜息を吐く。 彼がはぐらかすことは分かり切っていたことなので、しょうがない…とばかりに新一は自分の推理を話し始めた。 「貴方は5年前から自社のお金を横領し、、ギャンブルで負った借金を返済し始めた。しかし、借金を返済してからも横領を続け、有意義な生活を送っていたそうですね。誰にも見つからないように細心の注意を払っていたようですが…今年に入ってそれがバレてしまった」 凛とした声が部屋に響く。 新一の方を押さえる手が微かに震えたような気がしたが、それに構わず彼は話を続ける。 「経理の人間が会社の横領に気づき、社長である貴方に報告をした。このままでは自分が犯人だとバレてしまう。そう思った貴方は、秘書である田辺さんにすべての罪を擦りつけた。彼は警察に任意同行を求められたが、貴方は彼を解雇しなかった。田辺さんは秘書としてとても優秀な方だったそうですね。スケジュール管理やらなにやらを彼に任せっぱなしだった貴方は、だから彼を解雇することができなかった。そうして田辺さんは証拠不十分で釈放され、自分に罪を擦りつけた犯人を探るべく、会社のメインコンピューターに進入し犯人を突き止めた」 田辺はさぞや驚いただろう。 なにせ、自分に罪を擦りつけた犯人が社長だったのだから。 それからの彼は恋人と過ごす時間を割いて、横領に関する証拠を集めはじめた。 それに気がついた望月は人目を忍んで田辺のマンションに向かい、自殺を装って彼をマンションから突き落としたのだ。 そして証拠を纏めたMOを持ち去り、翌日、何食わぬ顔をして警察の事情聴取に応じた。 だが、彼は致命的なミスをした。 己の保身のことばかり考えていたため、部屋の偽装をしなかったのだ。 それによって田辺の恋人が彼の死に不審を抱き、新一の許を訪れた。 予想しなかった事態に、望月は大層驚愕したことだろう。 あの工藤優作からパーティの招待状を催促され、あまつさえ彼の息子が出席することとなったのだから。 己の推理をすべてを話し終えた新一は、心の中で呟いた。 ―――これでも言い逃れをするのか?…と。 だが、望月の表情は笑みを浮べたまま、なんら変わらない。 それどころか、楽しげな顔で新一を見下ろしている。 「さすがは名探偵と呼ばれる方の推理ですね。思わず聞き惚れてしまいました。ですが、仮に私が犯人だとして、その証拠があるとは思えませんが……」 「証拠、ねぇ……」 予想通りの言葉に、新一は内心でほくそ笑んだ。 望月が白を切ることを承知で推理を話したのは、その言葉を引き出すため。 案の定、彼は新一の罠に掛かってくれた。 (詰めが甘いんだよ、望月サン) 呟きながら不適な笑みを浮べる新一。 その笑みを見た望月の肌が、ぞくりと粟立つ。 自分が犯人だという証拠を、少年は持っていないはず。 なのに、どうしてこんなにも緊張してしまうのだろうか。 心臓の音が大きく高鳴るのを感じながら、望月はごくりと喉を鳴らした。 その様子を瞳を細めながら見つめていた新一が、ゆっくりと口を開く。 「平成15年8月24日、356万円。平成15年9月5日、194万円。平成15年11月18日、223万円」 「――――――ッ!?」 「去年だけで2000万近く横領しているとは……。これだけのお金、なにに使用したんですか?」 言い放つ新一に、望月が愕然とした表情を浮べる。 なぜそれを…と彼の瞳が問いかけた。 「貴方は自分の保身しか考えていなかったようですが、彼はMO意外にも証拠を残していたんですよ。携帯電話という証拠を」 「な……ッ…」 「プライベート用の携帯の行方が分からず、犯人が持ち去ったのかと思いましたが、ベランダの排水溝に隠してありました。内容は…言わなくても分かりますよね?多分MOと同じ内容でしょう」 新一が見つけた携帯は、持ち去られたと思っていた田辺のプライベート用の携帯だった。 その中には望月が会社の金を横領したことや、自分がその罪を擦りつけられたことなどが詳細に書かれていた。 そして、おそらくMOに入っているだろう、彼が独自に調べた証拠も残されていた。 「そっ…そんなものが証拠になるわけないだろう!勝手に決めつけるな!」 「ちゃんとした証拠になりますよ。いい加減認めないと、法的手段を執らせてもらいますよ?」 その言葉に、望月の顔色が変わった。 それは強制的な立ち入りを意味している。 望月は観念したかのように唇を噛みしめた。 覆い被さっていた新一の上からゆっくりと身体を起こし、項垂れるようにしてベッドに腰掛ける。 「MOを渡してください。ああ、逃げようとしても無駄ですよ。一課の刑事達がホテルの出口を張ってますから」 「……分かっている」 身体を起こしながら声をかけると、望月は小さく頷いて立ち上がった。 その姿を見つめながら、新一は内心で溜息を吐いた。 なんとなーく嫌な予感がするが、後はMOを押収して佐藤達をこの部屋に呼ぶだけだ。 (でもなぁ…。昨日から感じている嫌な予感はなんだったんだ?『なんとなく』とは別物のような気がするけど……) 昨日警視庁で感じた嫌な予感は、未だに拭えていない。 にもかかわらず、『なんとなく』感じた嫌な予感。 …………どういうことなのだろうか? 眉根を寄せて考えていると、ベッドに腰掛けていた新一の前に、いつの間にか望月が立っていた。 その手には探していた証拠品が握られている。 差し出してくるそれを手にしようとして、しかし手にすることができなかった。 「――――ッ!」 「これを君に渡すわけにはいかないんだよ。申し訳ないが、工藤君には少々手荒な真似をさせてもらう」 決して油断していたわけではない。 が、考えに意識を取られていて、彼の行動を読むことができなかった。 みぞおちに拳を叩込まれた新一は、痛みに呻きながら望月を睨みつける。 しかし、意識が朦朧としてベッドに倒れ込んでしまった。 すかさず望月が新一の上から覆い被さり、嘲るように笑った。 「私は以前から君に興味を持っていたんだよ。君の方から訪ねてくれるとは思いもよらなかったが…神に感謝することにしよう」 「……ッ…。そりゃ…どうも」 服の上を這いずり回る手に嫌悪を感じながらも、新一は言葉を紡いだ。 みぞおちの痛みは未だ続いている。 望月との体格差を考えても、今の新一には彼をどうすることもできない。 必死で抵抗してみるが、彼はびくともしなかった。 (うー…気持ち悪ぃ。貞操の危機だっつーのに、結構冷静な俺って一体……) 全身鳥肌状態に気持ち悪さを感じつつ、冷静に己を判断する新一。 ちょっとどころか結構余裕そうに見えて、実は微かに手が震えていた。 全身の血の気が引くのをまざまざと感じながら、新一はどうするよ…と自問する。 武器になるようなものがないかと視線を彷徨わせていると、突然部屋の電気が消えた。 同時に漂う、冷涼な気配。 狼狽える望月に対して、新一は安堵の息を零しながら全身の力を抜いた。 温かな温もりに抱き寄せられ、閉じていた瞳を開くと、視界に映るのは純白。 無意識にそれを掴みながら頬を擦り寄せ、しかしすぐさま我に返る。 (俺はなにをしているんだぁぁぁぁッ!) 温もりに安心して、あまつさえ頬を擦り寄せるなんて! しかも相手は男であり、決して交わることはない人物。 自分の行動が理解できなくて、新一は内心でプチパニックを起こしていた。 うーうーと唸っていると、耳元でくすりと笑う声が聞こえる。 同時に、部屋の明かりが復旧し、視界に光が戻った。 「か…怪盗キッド……」 「こんばんわ、望月サン。予告時間にお邪魔するつもりでしたが…名探偵の貞操の危機を見過ごすわけにはいきませんから」 予告状が送られてきても、望月はそれを本気にすることはなかった。 だが、現れたキッドの姿を見てひどく動揺しているようだ。 腕の中で唸りながらも大人しくしている新一の体温を感じながら、キッドは瞳を細めて望月を見やる。 彼の瞳は怒りに支配されていた。 密かに新一の服に取り付けてあった盗聴器で、キッドはこの部屋の様子を探っていた。 最初に彼が押し倒された時はなんとか感情を押しとどめたが、みぞおちを殴られ望月が彼を襲った瞬間。 キッドの怒りが爆発した。 (この人に触れていいのは私だけなのに……。この男、どうしてくれよう) はらわたが煮えくりかえるほどの怒りが、キッドの体中に渦巻いている。 すぐさまボコボコにしたい衝動を必死で押し隠しながら、キッドは新一を抱きしめる腕に力を込めた。 当の本人は、怒りのオーラを漂わせている怪盗に首を傾げている。 コイツ、なんで怒ってンだ?と言わんばかりにきょとんとしていた。 (あ、可愛いv) その仕草に思わず内心で呟いてしまうキッド。 名探偵ってば細すぎだよなぁ…この腰、女の子よりも細すぎだよ。 ポーカーフェイスを半分ほど崩しながら、キッドはその感触に酔いしれる。 と、その時。 部屋の扉が大きな音を立てて開かれ、二課の警部が部下を引き連れて姿を現わした。 「キッドぉぉぉ!今日こそは……あ?」 「工藤君!無事なのッ!?」 中森の声に被さるように佐藤の声が聞こえ、一課の刑事達も姿を現わした。 しかし、間の抜けた声とともにぽかんとしている中森同様、彼女たちも目の前の光景に目を瞠らせている。 「佐藤さん、どうした――――」 どうしたんですか?と続けられるはずの言葉が、ふと途切れた。 新一はまず望月に視線を向け、次に己に視線を戻した。 そうして、今の自分の状態にハッとする。 ベッドの上に座り込み、あまつさえ怪盗に抱きしめられている自分。 恥ずかしさに真っ赤になりながら、新一はキッドの肩をぐいっと押した。 腕の力が緩んだ隙に慌ててベッドから降り、口元をヒクつかせながら彼から遠ざかる。 「名探偵…そんなに離れなくても……」 「う…うるせぇ!どさくさに紛れてナニしやがる!」 「ナニって、名探偵を抱きしめていただけですが?貴方も安心した表情をうかべていたではないですか」 「―――ッ////」 キッドの言葉に先ほどの自分を振り返り、新一の顔はゆでだこになってしまう。 少しばかり頭に血が上っているのか、声を出すこともできなかった。 口をパクパクさせている彼に、ちょっと苛めすぎたかな?と苦笑を浮べて、キッドは新一に向かってある物を放り投げた。 いきなりのことに慌てる新一だったが、落とすことなくそれを受け取り目を瞠った。 「これ…………」 「貴方の探していたものです。先ほど、コレと一緒に失敬しましたv」 「いっ…いつの間にッ!?」 新一の手にある物は、望月のスーツのポケットに収まっていたMO。 そしてキッドの手にある物は、望月家の家宝であるスターサファイアだった。 驚愕する男をよそに、キッドはベッドから降り新一へと近づく。 彼の頬に手を伸ばすと、そのまま顔を近づけて―――― ちゅっvv 「「「「「のぁぁぁぁぁ―――ッ!?!?」」」」 「助けたお礼はコレでチャラですからvでは、中森警部。獲物は頂いていきますよ♪」 新一の唇に触れるだけのキスをすると、キッドは中森に向かってにっこりと笑みを浮べた。 大声で叫ぶ警官と刑事達をよそに、中森がすぐさま動こうとしたところで、彼は閃光弾を床に投げつける。 部屋中を眩い光が覆い尽くし、数秒して視界が戻ると怪盗は姿を消していた。 「キッドを追いかけるぞッ!」 「「「おお――――ッ!」」」 密かに新一のファンだった二課の刑事たちは、中森の言葉に頷き勢いよく部屋を出て行く。 残されたのは一課の刑事達。 白鳥と千葉は愕然と座り込んでいる望月に近寄り、高木と佐藤は呆然としたままの新一に近づいた。 「く…工藤君?大丈夫…かい?」 高木がおそるおそる声をかけると、華奢な身体がぴくんと揺れる。 ゆるりとした動作で2人に顔を向け、一瞬にして真っ赤に染まった。 握りしめた拳がぶるぶると震えている。 目に見えた怒りに、高木と佐藤はずさささっと後ずさった。 同時に、滅多に聞くことのない名探偵の絶叫が部屋に響く。 「あンのば怪盗があぁぁぁぁぁ―――――ッ!!!」 † † † † † † その後、警視庁に連行された望月は、愕然としたまま己の罪を自供した。 警察の捜査ミスにより一時は自殺と断定された田辺の死は、事件として取り扱われ、無事解決された。 しかし、無事ではなかった名探偵はその日以来ご立腹が続き―――― 「く…工藤君?」 「どうしましたか?目暮警部」 「い…いや(汗)」 現場では氷の微笑を浮べる新一の姿があったとか。 そうして、名探偵のキスを奪った某怪盗は、1ヶ月以上口を利いてくれない彼にひたすら土下座をしたとか。 とにもかくにも、潜入捜査は証拠品押収、犯人逮捕という形で無事終了したのであった。 夏岐志乃香samaのコメント 「Masquerade」全5話、終了です! 探偵らしい新一を書こうとがんばってみましたが、探偵らしくなっていたでしょうか? リク内容から逸れている箇所が多々ありますが(汗)、李瀬サマ、こんな駄文でよろしければお持ち帰りくださいませv リクエスト代理、ありがとうございました! +++++++++++++++++++++++++++++ こんな素敵なお話をありがとうございます。 探偵な新一は自分がなかなか書けないのでうらやましいです。 キスを奪うなんてさすがです。そして、土下座して謝る姿がまた。 氷の微笑も見て見たいですが、土下座で謝る姿の白い方の方が見て見たいと思うのは駄目なのでしょうか? おかしなリクエストから素敵なお話どうもありがとうございます。 その後・・・ 戻る |