あの潜入捜査から1ヶ月経った頃。
工藤邸の庭に1羽の白い鳥が降り立った。
明かりが灯っていることを確認し、外からリビングの様子を窺う。
人気はあるがこの家の主の姿が見当たらない。
(……風呂にでも入ってるのかな?)
怪盗モードがほとんど剥がれかかっているため、普段の口調で内心呟く。
カーテンの隙間から伺い見る姿は、ストーカーとも言えよう。
だが、本人はまったく気にした風もなく、ここ1ヶ月間の記憶を思い浮かべ意識を遠くに馳せた。
‡ ‡ ‡ masquerade ―after― ‡ ‡ ‡
気障な怪盗が彼の名探偵の唇を奪った事件?から1週間後。
一課の現場で終日ブリザードが吹き荒れている、という噂が警視庁内に流れた。
それを聞いた加害者(笑)は、例のごとく警官に変装して現場に向かい……身体を硬直させてしまった。
(マジでブリザードが吹き荒れてる…………(汗))
噂は本当だったのか…とキッドは表情を引き攣らせた。
視線の先にいる名探偵は、荒れ狂う吹雪を背後に背負っている。
氷の微笑を浮べ冷気を漂わせている姿は、普段の彼とは天と地ほどの差があった。
それでいて瞳には紅蓮の炎が揺れている。
彼がこうして怒りを表面に出すとは、一体どうしたのだろうか?
嫌な予感がしつつも、どうしてもその理由が知りたくて。
キッドは近くにいた刑事に向かって、おそるおそる問いかけてみた。
「あのぉ……」
「どうしたんだい?」
「工藤君が怖いんですけど…なにかあったんですか?」
「あー…………」
声をかけた相手は偶然にも一課の高木刑事だった。
目の前にいる相手がキッドの変装した姿だと気づきもせず、高木は乾いた笑みを浮べる。
口元が引き攣っているように見えるのは、気のせいではないようだ。
彼は頬を引っ掻きながら、困惑の表情で口を開いた。
回りの警官達に聞かれたくないのか、小さい声で話してくれる。
「詳しくは言えないんだけど…、1週間前に偶然キッドの現場とバッティングしてしまって…。工藤君、僕たちの前でキッドに不本意なことをされてしまったんだ。それ以来あの調子なんだよ……」
あれほど怒りを露わにする工藤君を見たのは初めてで、どう接すればいいのか分からないんだ。
溜息を吐きながら呟く彼の言葉に、キッドの顔が盛大に引き攣った。
冷や汗がどっと吹き出し、口元がヒクつく。
「そ…そうなんですか。余計なことを聞いてしまってすみません」
持ち場に戻ります、と敬礼し、キッドはそそくさと現場から立ち去った。
一瞬だけ新一の視線を感じた気がしたが、素知らぬ顔で路地裏へと向かう。
額に伝う冷や汗を拭いながら変装を解き、キッドは大きく息を吐いた。
「名探偵の絶対零度の怒りは俺の所為…だよな、絶対に」
マジかよぉ…と呟きながらしゃがみ込むキッド。
少しだけ一課の刑事達に同情してしまうのは、自分が原因だとようやく気づいたからである。
謝った方がいいよなぁ…と考えつつも、あの怒りを一身に浴びる勇気はない。
つか、絶対に浴びたくない。
下手をすればサッカーで鍛えた黄金の右足を食らう可能性が高い。
命の危険性を感じたキッドは、一瞬だけ身を震わせた。
組織相手に命がけで戦っている彼だが、新一の右足の威力には本当に恐怖を感じてしまう。
大阪の探偵が彼の右足を食らって骨折した所を偶然見てしまったので、その威力は知っている。
「やっぱ、素直に謝った方がいいよな。今後のためにも、そうした方がいい」
うむうむと頷いて、キッドはその夜工藤邸に訪れた。
―――――しかし。
件の名探偵はキッドの顔を見るや否や、無言のまま彼の服を掴み外へと蹴り出した。
めげずに再度訪れてみるが、口を開くどころか視線さえも合わせてくれない。
土下座までして謝っても、まったく取り合ってくれなかった。
そんな状態が1ヶ月も続き―――――
工藤邸に訪れることが日課になってしまったキッドは、今日も今日とて彼の家を訪れたのだった。
長い間意識を飛ばしていたキッドは、窓を叩く音で我に返った。
視線を戻してみると、目の前にはお隣の少女が立っている。
彼女は窓を開けながら呆れたように口を開いた。
「いつまでストーカーまがいのことを続けるつもりなの?」
「ストーカーって…(涙)名探偵が許してくれるまで続けるつもりですよ」
「ああ、そう。その工藤君だけど、倒れたから強制的に眠らせてるわよ」
「倒れたっ!?」
「疲労と睡眠不足が重なっただけだから大丈夫」
少女の言葉を聞いて、キッドは安堵の息を零した。
しかし、疲労と睡眠不足が自分の所為だったらどうしよう…と考えてしまう。
そんな彼の考えを読んだのか、少女は無表情に言った。
「コソドロさんの所為じゃないけれど…心配なら起きるまで側にいればいいわ」
「……いいんですか?」
「いいんじゃないの?起きた時の反応は保証できないわよ」
「では、お言葉に甘えまして……」
いそいそとリビングを出て行く怪盗の姿を、少女は溜息を吐きながら見送った。
そうしてリビングの電気を消し、さっさと隣の家へ帰っていった。
気配を消したまま新一の部屋に入ったキッドは、ベッドで眠る彼の寝顔をそっと覗き見る。
初めて見る寝顔にドキドキと胸を高鳴らせながら、邪魔なシルクハットと手袋を無造作に放り投げ、ネクタイを緩める。
寛ぐ体勢を整えた彼は、徐に床に座り込んで新一の寝顔を観察しはじめた。
しかし、視線を感じたのか新一の瞼がふるりと震え、ゆっくりと開かれる。
ぼんやりと視線を彷徨わせていた彼だが、キッドに気づくと驚愕に目を見開いた。
そうして、がばりと起きあがり枕を投げつける。
もちろんそれは躱されてしまったが。
「名探偵、人に向かって物を投げてはダメですよ」
「うるせぇ!ってか、不法侵入で訴えるぞ!」
「お隣のお嬢さんに入れて頂きましたよ?それに、滞在の許可も頂きましたし」
「……ッ!灰原のヤツ……」
キッドの言葉を聞いた新一は言葉を詰まらせ、小さな声で主治医の名前を呟いた。
罵声を投げかけられたとはいえ、久しぶりに交わした彼との会話に、キッドの顔がだらしなく緩む。
彼の回りに飛び交う音譜マークに、新一の表情が引き攣った。
(コイツ…なんでこんなに嬉しそうなんだよ……)
今まで溜め込んでいた怒りが頂点まで達したが、拍子抜けしたように萎んでしまう。
なんでこんなにも怒りが持続していたのか、自分でもさっぱり分からない。
そりゃあ、人前でキスなんぞしやがった怪盗に対して怒っていたのは事実だ。
でも、謝る彼に対して無視を貫いてきたのはなぜなんだろう?
考え込もうとした新一は、しかし再び襲ってきた睡魔によって欠伸を漏らした。
それに気づいたキッドが、心配そうに見つめてくる。
(コイツの行動って、ワケ分かんねぇ……)
再びベッドに寝転がりもそもそと布団を被りながら、ぼんやりと思う。
この怪盗はなぜ自分にちょっかいをかけてくるんだろうか……
欠伸を噛み殺しながら考えていると、キッドがおずおずと話しかけてくる。
「あの…名探偵?」
「……ンだよ」
「あの時は、本当にすみませんでした。ですが、あれは――――」
「もうイイよ」
「……はい?」
「もう…人前でするンじゃ……ねぇ…ぞ……」
焦ったように言い募るキッドの言葉は、眠たげな声に遮られてしまった。
首を傾げて聞き直してみると、とぎれとぎれの言葉が返ってくる。
完全に寝入ってしまった新一の寝息が、惚けてしまったキッドの耳に届く。
「……名探偵、それって、人前じゃなかったらいいってコト?」
呟きながら、キッドの表情がだらしなく緩んだ。
言葉の意味を取り違えたとしても、そんなことはどうでもいい。
新一がようやっと許してくれて、嬉しいことを言ってくれたのだから。
「覚悟しとけよ、名探偵。絶対に落として見せるからな」
にやりと笑って自信たっぷりに宣言する。
滑らかな額にそっと口づけると、キッドはするりと立ち上がり、手袋を嵌めシルクハットを目深に被った。
数秒ほど新一を見つめてから、工藤邸を去っていく。
翌日、工藤邸に怪盗からの熱烈なラブレターが届いたらしい。
受け取った名探偵は、顔を真っ赤に染めながら叫び声を上げていたとか。
一体なにが書かれていたのか…………
隣家の少女が問いかけてみても、彼は決して口を割らなかったそうだ。
夏岐志乃香samaよりコメント
李瀬サマ、20000hitおめでとうございます♪
前回はお祝いを贈ることができませんでしたが、今回はリベンジできました(安堵)
「masquerade」の後日談になりますが、後日談というよりも1ヶ月後のお話かな?
こんなものでよろしければ、本編共々お受け取りくださいませv
これからもサイト運営がんばってください!
影ながら応援しております(笑)
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サイトの20000のお祝いに頂きました。
代キリリクの一ヵ月後のお話なんですよ。
人前じゃなかったろということは・・・。
これからどんどんとキッドさんには押して頂きいです。
それにしても、お隣さんが許可してくれるとは。
もしかしてと思うのですが?
素敵なお話本当にありがとうございます。
もう、へばっていた時だったのでとってもうれしかったです。
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