いつも、朝目覚めたら彼の姿はない

自分が寝た後は、必ず帰るあいつ

泊まらないかと聞いても、決して首を縦にふることはなかった

 

だけど今日は・・・

 

「朝までいるか?」

「ええ。新一が望むのならば。」

 

はじめて抱きしめられて、はじめて一緒に過ごす一夜

寝るのがもったいないぐらい

 

 

いつの間にか、こんなに好きになっていたんだ

 

 

 

 

 怪盗が落ちてきた日+++約束の証

 

 

 

 

灰原が家に戻って、部屋に残った二人は何も話さずそこにいた。

しばらくして、先に動いた快斗。

「ごめん。」

「謝るなよ。それに、俺は待っててやるさ。・・・だが、遅すぎると動くからな。」

情報収集を止めるつもりはないからと宣言されて、これははやく片付けないといけないとふざけて言う。

そんな彼に馬鹿とまた悪態つく彼。そんな彼を腕に抱きしめて、ただただ時間を過ごす。

気持ちに気付いてからも、触れないように気をつけていた。触れたら、止まらなくなってしまうからと。

だけど、もう会えなくなるかもしれないという今の状況。これが最後だとしたら、そう考えたら触れてしまった。こうして、腕の中に彼を閉じ込めて。

こうしてずっといられたらいいなと思う日があった。そうしたら、彼は怒って、きっと自力で抜け出してしまうだろう。

「お前がどこに行っても、情報で追い続けてやるからな。」

「はい。」

「遅いと、待っててやらないからな。」

「はい。」

「・・・621日。・・・その日までしか待たないからな。」

その言葉に少なからず驚いた。彼は自分の誕生日を忘れるぐらいの人だ。以前に一度聞かれて答えた自分の誕生日を覚えているとは思ってもみなかったのだ。

「・・・ありがと、ありがと、新一。」

抱きしめる腕に自然と力が入る。そんな快斗をあやすように背中に回した手でぽんぽんと叩き、新一も力を入れた。

互いに現在顔は見えない。だけど、新一にはなんとなく予想できた。

頬に落ちる涙によって。

「ありがとうばっかじゃねーかよ。」

「だって。」

「俺だって、お前に会えたことに言いたかったけどな。」

人が近づくのを嫌い、触れられるのを嫌っていた。それが、快斗は自然と自分の内に入り込み、そして今では触れられている。それでも、嫌悪感を懐かないし、温かさを感じるほど、今までと違う。

そして、彼と出会って気持ちも自覚して理解したこと。彼と会わなかったらなかったこと。

「本当にありがと。」

「それに、帰ってこなかったら、言えないだろ。」

彼が家に来るようになってから、増えたイベント事。自分の誕生日すら、期待していてねとはりきっていた男だ。だが、その日に帰ってこれる可能性は低い。

それに、祝って欲しいと望むのは少し恥ずかしかったから、快斗の誕生日を指定したのだ。

自分だって、たまには彼に答えを返したい。

「・・・なぁ。」

「なんですか?」

「お前、望は何もないのか?」

突然の新一の質問にいきなりどうしてとつぶやいて新一を見る。

そこには、キッドをじっと見つめる二つの蒼がある。どんな些細な反応も見逃さないようにと、見つめる目。

新一としては、先ほどまで快斗の口調であったのに、もうキッドの口調になっていることが少なからず気に入らなかったから、相手の様子を伺っていたからこそ、じっと見ていたのだが、その目には適わない彼は諦めていいだろうかと希望を持つ。

叶わないと思っていても、今だからいってしまおうかと、キッドは決めた。

必ず帰ってくるつもりではいる。だが、絶対だとは言えないのが現実。

悔いを必要以上に残していたくない。諦めているわけではなく、ただ、今を逃したらもうないかと思うと、言ってしまおうと思ったのだ。

だって、帰ってきたとしても、この思いは一層強くなり、決して消えることはないだろうから。

「・・・でしたら、一つ、黙って聞いていただけませんか?」

「黙ってたらいいのか?」

「はい。私の我侭だと思って、言わせて下さい。」

悪い返事だったら、出来れば聞きたくないから、逃げた言葉。

新一はいいぞといって、キッドの言葉を待つ。

少し間をあけて、キッドが口を開く。その言葉は、新一を驚かすものであると同時に、心の氷を、人を遠ざける壁を崩れさせる言葉でもあった。

「・・・新一のことが、好きです。側にいるようになって、好きになりました。」

真剣なキッドの目から、それが本気なのだとわかる。だが、新一に近づいた二人とはまったく違う目。そして何より、新一の身体が拒もうとしない。

友人とはいえ、服部には気持ち悪さしかなく、あの男なんてもっての他だった。

それに、今ではキッドへの気持ちがわかっているから、それに答えようと思ったら、それを止めるようにぎゅっと抱きしめられて、キッドの顔が見えなくなった。

少し、肩が震えている。それだけ、言うのに勇気がいるのだと思った。だって、本来向くはずの思いではないからだ。別に新一はそれに関して何もいう事はないし、個人の自由だと思っているから気にしないが。

自分にとって嫌いな相手やそう思う事が出来ない相手には、答えることは無理なこと。だけど、キッドには答えられる。今の自分もそう思っているから。

だから、答えようと思ったのに。

「返事はいいです。突然で、すみませんでした。」

新一の返事はいらないと答える。死に向かうような戦いへ行くからか。それとも、はじめから返事の期待をしていなかったからか。それとも・・・。

「なぁ、キッド。」

「・・・。」

何も答えない。言わさないつもりらしい。背中に回された腕に力が入り、少し苦しい。

「・・・キッド。」

「無理に答えなくていいですよ。」

そんなキッドの態度に、新一が切れる。頭の中の音が聞こえたら、綺麗に糸が切れるようなプツンという音が聞こえたことだろう。

「・・・ろ。」

「どうかしましたか?」

「馬鹿野郎!」

ぐいっとキッドの胸を押して少し距離を取り、思いっきり頬を叩いた。

「なんだよそれっ、返事いらないって。なんで言うだけなんだよ。」

「すみません、困らせるつもりは・・・。」

「馬鹿っ!違うだろ。どうして、どうしてだよ。」

ぐっとキッドの両肩をつかみ、力を入れすぎて袖がよれてもキッドは気にしない。

ただ、どうして新一が怒っているのだろうかと、内心慌てながら考えているのでいっぱいだったから。

「お前は、俺に言うだけ言って、俺には、何も言わせてくれないのかよ。」

俺だって、お前に言いたい事があるのに。それをお前は拒むのかと言われて、いえっと慌てて返答して言葉を続けようとしたが、言葉が口から出る事はなかった。

目の前には、蒼い瞳を濡らし、頬を伝って流れ落ちた一滴の涙を流した新一がいた。

「お前が帰る場所がほしいっていうから、どうしても待っていてほしいというから、本当は行きたいけどお前が望むから待つと答えた。なのに、今度は何の返事もさせてくれないのかよ。」

「返事・・・?」

「そうだよ。」

新一はキッドを睨みつけて叫ぶ。キッド同様に、もしかしたら二度と伝える事は出来ないかもしれないと思っていた言葉を。

「俺だって、俺だってキッドのことが・・・っ!・・・・・・好きなんだぞっ!」

最後に馬鹿野郎と再び叫んで、溢れ出る涙を気にせずに新一はキッドに言い続ける。

「気付いてもお前の負担になるのは嫌だったから、言わなかったんだ。」

それなのに、せっかく言っても大丈夫だと思ったのに、その言葉をいらないとはどういうことだと、泣き叫ぶ。

キッドだけではない。自分も同じ気持ち。

「俺は、キッドも快斗も好きなんだぞ。それなのに、どうして言わせてくれないんだよ。」

答えることをどうして拒むんだと泣き叫ぶ新一に、さすがにキッドもそこまで考えていなくて、余裕がなくて彼のことをしっかり感じ取っていなかったから、逃げ道を作ろうとしていたからいけないんだろうなと思いながら、抱きしめた。

優しく腕の中に新一を包み込んで、暴れようとする彼に囁く。ごめんねと。

また謝ると、謝る言葉はもういらないという新一に、今度はありがとうと答えた。

「ありがとう。うれしい。・・・本当に、返事はもらえると思ってなかったから。」

新一がはじめて見たキッドの涙。先ほどのは顔が見えなかったから知らないので、これがはじめて。

今ここには、気障で嫌味ったらしい怪盗紳士はいない。一人の、新一の事を大切に思う人間。

「ありがと、新一。絶対に帰ってくるから。」

うれしすぎて、夢じゃないかって思うよと言うと、馬鹿とまた頭を小突かれた。

そして、お互いの顔を見て、笑いあった。

二人の距離は縮まり、少しだけ、互いに壁を作っていた心が交わった。そんな感じ。

 

 

 

 

 

しばらく二人でそのまま時間を過ごした。

少し冷える気もしたが、キッド・・・快斗の体温は温かいので、新一にはちょうどよい。

「・・・なぁ。明後日。本当に行くのか?」

「ええ。」

「止めても無駄なんだろうな。」

待っている。確かにそう言った。だけど、不安がないわけじゃないし、いくら思いが通じ合っても、不安が消えるわけじゃない。

最後まで、彼が行かなくてもいいだろうかと、考えてしまう。

行かなくては、彼の存在意義を、今までの彼の努力を水の泡にして、壊してしまうのだが。

「せっかく新一から返事ももらえましたし、新たな望もありますからね。」

こんなところで死ぬなんてこと、しませんよと言うキッド。自信に満ち溢れた彼の態度を見ても、やっぱり不安は消えない。

「・・・そろそろ夜が明けますね。」

はじめて、一晩一緒に過ごした日。といっても、これから寂しい日々が続くのだろうが。

「新一のもとへ必ず帰ると約束します。」

自分の懐に収めた新一の手を取り、いつものような仕草で、だけどどこか愛しそうに手の甲に口付けを一つ落とす。

キッドでなくても快斗でも様になる。

今まで、あまり彼のことを調べるなんてことはせず、彼の口から聞くことだけを聞いてきた。その中に幼馴染と変わった魔女や探偵の話は出てくるが、他はまったくないに等しい。

だから、きっとすごくもてるのだろうなとどこかで考える。自分でも見惚れるほど、格好いいから、きっと間違いないだろう。

少し悔しくて、そして今の自分が出来る精一杯のことで快斗を支えたいと思った。

だから、珍しく新一は行動に出た。普段ではきっと見られないようなこと。

「・・・。」

しばらく快斗も何が起こったのか理解できなかった。

だけど、そこに手を触れて、事態を理解できたら、目の前にいる新一同様に顔を紅くする。

そんな姿が見れるなんて、と他の者なら思うだろうし、新一も思うだろう。彼のポーカーフェイスはなかなか崩れないからだ。

それが、今ではみっともないぐらい緩んで、飛び切りの笑顔を見せる。

「ありがと。」

何度も謝った。そして、何度もお礼を言った。だけど、今まで以上に気持ちを込めて言った。

新一からの快斗へのキス。口ではないが、はじめてのそれ。きっと、この先一緒にいても数えるほどしかないだろうもの。

うれしくて、絶対に生きて帰ろうと思う。新一からの待っているという約束の証を忘れる前に。

快斗も必ず帰ってくるからと、いいと聞いて、聞くな馬鹿と言われたので、苦笑してでは遠慮なくと答え、行動に移した。

新一にとっても、快斗にとっても、それがはじめてのキス。

だって、いくら心に傷を負っていても、あの男達からは、押し倒されて服を破かれただけの未遂だったから。

だから、本当に好きな人との口付けは、とても甘くて、うれしくて、それと同時にこれからの日々で寂しさを覚えて離すことができないものだった。

「怪盗の名にかけて。必ず新一のもとへ戻ってきます。」

「馬鹿。終わったら怪盗は消えるだろ。」

「では、新一の私への思いにかけて。・・・必ず帰ってくるよ。」

「ああ。」

交わされた約束。

 

 

 

 

 

朝日が昇る。

二人はそれをぼんやりと見て、一晩中起きていたから新一は少し辛かったが、快斗が帰るまでと、朝食の用意を二人でする。

もうすぐ、お隣から彼女がやってくるだろう。

そして、きっと呆れるだろう。一晩中起きてるなんて馬鹿ね、と。

・・・その後、一緒に笑いながら朝食を食べて、笑顔で見送ろう。

必ず帰って来いと言って、彼を。

帰ってこれるように、闇の中で迷子にならないように、ここで待っているから。

早く帰って来いよと言って、送り出した。





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