こんな日は不安になる あいつが夜の姿で出かける時 ほとんど感情が壊れてなくなったが 今では快斗や哀の前では自然と出てくる笑顔や怒りや不安や心配 様々な感情や表情が それはほんの一瞬の時もあったけれど 少しずつ、変わっている 心もまた、少し変わっているのかもしれない こんなにも快斗が、あの泥棒が来るのを待つようになった 怪盗が落ちてきた日+++命の音 新聞に大々的に載る彼の泥棒の予告状。テレビでもずっとその話題。 今夜は冷えるからと、やってきた快斗に厚着をさせられた新一。自分よりも、こんな寒い夜にあんな格好で出かける快斗の方が心配だ。 鍛えてるから大丈夫だとか言っていたが、心配なのは心配なのだ。 「工藤君。食事ぐらい、食べて頂戴。」 「あ、悪い。」 快斗が行って来ると出て行って数時間。もうすぐキッドの予告時間である。だからなのか、少し落ち着かない。捕まらないとわかっていても、庭に落ちてきたときのように、怪我をしないとも限らないからだ。 「大丈夫よ。彼なら。それに、怪我をしても、私が治すから大丈夫よ。貴方のために、必ずここへ帰ってくるわよ。」 出て行く時に、今晩行くからと言った快斗。その言葉を信じて待っている自分。 「彼が帰ってくる前に食べないと、会わせないわよ。」 哀が言うと、必ず実行してしまう。会いたいと思うようになっていたから、慌てて食べる。 おかげでむせて咳き込んで、馬鹿ねと怒られる始末。 最近見られるようになった、あたたかい空間、時間、会話。 うとうとと眠気に襲われつつも、必死に起きる新一。 さすがに哀も不安の色を隠せずにいた。だが、体調の面で、新一には何度も寝るように言った。だが、彼は決して寝ようとはしなかった。あのぬくもりがまだ帰ってこないから。 予告時間はとっくに過ぎている。宝石も盗まれた事は聞いている。あとは、帰ってくるだけだ。 それなのに、あの怪盗は姿を見せない。 そうすると、自然と二人の脳裏に浮かぶのは、最悪の状況。 「快斗・・・。」 このままでは、また新一は心を閉ざしてしまう。何が何でも帰ってきなさいよと、心の中で叫び続ける哀。 「・・・もう、今日は帰ってもいいぞ。」 「でも。」 「明日、また来て。・・・俺は、起きてないと心配だから。何かあったとき、二人とも寝不足だったら洒落になんないだろ。」 哀への気遣い。それと同時に、独りにしてと突き放す。 哀はただ、新一がの望むようにしかできない。 「わかったわ。・・・貴方も、出来るだけ早く、寝てよね。」 そう言って、部屋をあとにする。 部屋に上がったことは確認している。だけど、家に明りは灯ることはない。 はぁとため息が出る。せっかく、よい方向へと向かってきていたのに。さっさと帰って来なさいよ、馬鹿と言っても、怪盗が姿を見せることはない。 今頃、新一は部屋の窓から外を眺めているだろう。 「なんて嫌らしいほど、丸い月なんでしょうね。」 あの怪盗を守護するとも言われている月。それはとても大きく、くっきりと円の形で目に映る。 月はこんなに綺麗に見えても、望む者は来ない。 そして、朝が来た。 一日が明けたのだ。 はじめて、あの怪盗は約束を違えた。 次の日一日、朝になったら来てもよいという新一の言葉どおり、心配になって来た哀は、来なかったのねと呟く。 まだ起きていて、明るくなった空を見上げる新一がそこにいた。 一晩中、起きていたのだ。来るといった彼を待って。 だけど、あの男が姿を見せることはなかった。 それはつまり、二人が頭の隅で考えていた二つのことが過ぎる。 「工藤君。・・・まずは、何か食べて寝てちょうだい。彼が来たら、必ず起こすから。」 何度も言って、なんとか食事を取らせて、無理やりにでも寝かせた。必ず、起こすからと言って。 浅い眠りにはついてくれた。決して身体を休めようと眠る行為を拒んでいるようにも思われるが。 浅くても、睡眠をとらないと身体を壊してしまう。 「・・・連絡一つぐらい、さっさとよこしなさいよ。」 連絡すらない怪盗に呟く言葉。 昼食の用意をしておこうかと、哀は台所へと足を踏み入れる。彼が来てもいいようにと、三人分の食器を用意して。 調理を開始してから数十分後。 一本の電話が鳴る。 哀は慌ててそれをとり、出来るだけ冷静を装って出た。すると、相手は思っていた相手ではなかった。しかし・・・。 「こんにちは。工藤さんのお宅ですね?」 「ええ。そうですよ。」 「私、黒羽快斗の知り合いの寺井と申します。・・・新一様はおられますか?」 だが、まったく予想外れの電話ではないようだった。 哀は少しお待ち下さいと保留にし、子機に移して新一が眠る部屋へと移動する。 入ってきても、どうやら気付いて起きる事はないようだ。だが、約束は約束。ちゃんと寝ていた彼に、待っていた彼に伝えなければいけない。 「工藤君。起きて。・・・電話よ。」 「・・・ん・・・誰・・・?」 「寺井さん。・・・あの怪盗さんの知り合いよ。」 それを聞いて、目を覚ます新一。はいっと哀が渡せば、すぐに保留を消せず、深呼吸をしてからはいと答えた。 もし、それが悪い知らせだったら、聞きたくないと思ってしまうからであった。 「新一様ですね?」 「はい。・・・えっと、寺井さんですか?」 「はい。快斗坊ちゃまの・・・先代から怪盗キッドの付き人をさせていただいている者です。」 その言葉で確信した。この電話は、キッドに関係することだと。そして、キッドは今、連絡を付けられる状況ではないということ。 「坊ちゃまは昨日、探し物を見つけられました。」 「見つかったんですね。」 「ええ。ですが、やはり黒服の方々は追うことを止めては下さいません。」 予想通りの答えが新一の耳に届く。 「快斗坊ちゃまは、今は意識が戻られていますが、昨日は撃たれて意識がなかったのです。」 この後も、彼はいかなくてはいけないということが安易に想像できる。あいつがいってしまう。 「新一様に出会ってから、坊ちゃまが私に言われていたことがありました。会いにいけない日があれば、代わりに連絡を入れてほしいと。」 しかし、実際は一日明けてしまい、遅くなって心配かけてすみませんでしたという相手。だが、快斗が無事だという言葉で、少しほっとした新一は、行ってしまうと思っても大人しく聞く事が出来た。 「今夜、坊ちゃまはそちらに向かわれます。明後日には出られるそうですから。ですから・・・。」 「ええ。待ってますよ。・・・ありがとうございます。」 それではと、相手は電話を切った。 快斗の側に、キッドの側にも一人は支えてくれていた人がいたんだと思うと、少しほっとした。 いるとは知っていてもどんな人かは知らなかったから、話していて優しい良い人だとわかり、本当に快斗のことを心配している様子も伺えて、そんなんでキッドなんて続けるなよなと思う。 だけど、自分はそのことを快斗には言えない。 「彼、今日来るの?」 「ああ。来る。お別れになるかもしれないけど。」 哀はその言葉で理解する。彼が行ってしまう日がきたのだと。出来れば、行ってほしくない。自分では、新一を笑顔にすることは不可能だから。悔しさはあるが、認めるしかないのだ。 そして、新一を困らせないように隠すのだ。まだ、彼も気付いていないだろうが、きっと気付く本当の気持ち。自分が持つものと同じものを新一も理解する。だから、隠す。 「なら、昼食を食べましょう。そして、夕食をご馳走してあげましょう?」 「そうだな。」 哀が用意した三人分。それを少し食べて、新一は再び眠る。今度は哀に起こしてとしっかりと頼んで、しっかりと休む。彼が来た時に眠くてはいけないから。 「おやすみなさい。工藤君。」 本当に、浅い眠りでしか寝ていなかった彼は、すぐに寝息を立て始めた。 自分も信頼できる相手として、人前だというのに寝ている姿を見られるのは、うれしいこと。それだけ、彼に心を許されている証拠だから。 「生きて帰ってくる覚悟じゃなきゃ、許さないんだからね。」 あの男は、今日来て告げるのだ。目的であった探し物を見つけ、組織を内部から破壊する為に旅立つ。簡単にあの男から聞いているから知っている。新一はそれ以上に知っているだろうから、何かあったときのためにと、自分も独自の方法で調べたから粗方知っている。 彼はきっと、着いて行くと言うだろう。そして、自分は置いてけぼりだろう。だが、あの怪盗は置いていこうとするだろう。 どっちにしても、どちらにしても、新一が傷つく結果になるのは見えている。 ただ、側にいるか、帰りを待つかの違い。それが大きく違うのだが。 日が暮れ始めた頃。チャイムを鳴らす音がした。 哀は起こしに行こうとしたが、どうやら上で気配が動いているのを感じ、そのまま玄関へと向かう。 「・・・何やっていたのかしら。」 「ごめん。」 そこには、無傷というわけではないが、相変わらずな快斗の姿があった。 「話があって、来たんだ。・・・新一にはちゃんと言っておきたかったし。」 「そうしてくれるとありがたいわ。」 そんな話をしている間に玄関は閉じたが、しっかりと新一は起きて降りてきた。 「快斗。」 「ごめんね。約束守れなくて。」 「馬鹿野郎。心配したんだぞ。」 「うん。ごめん。」 話は中でしましょうと言う哀の言葉に従い、三人共リビングへと向かう。 最近一緒に囲む食卓。机の上にはしっかりと三人分の食事が用意されていた。 「最後の晩餐にするつもりはないからね。」 「・・・哀ちゃんはもう知ってるんだね。新一も?」 「あたり前だ。それに、寺井さんも言っていたしな。」 「そっかぁ。寺井ちゃんが言ったかぁ。」 彼も、できれば快斗を止めたいのだろう。大切だから。 だけど、食事の時にそんな話はしたくないから、いつもと変わりのない夕食の時間を過ごした。 そして、片づけを簡単に済ませて、この時がやってきた。 「もう、二人の様子からしてわかっていると思うけど。俺、行く事にしたから。」 「その決意は変わらないのね。」 「ああ。だって、行かなかったら後悔すると思うから。それに、ちゃんとキッドを終わらせないといけないからね。」 快斗の様子はいつもと変わりない。死と隣り合わせの戦場に向かうというのに。 「・・・俺・・・。」 「駄目。」 新一の口に人差し指で止めて、それ以上は駄目と言う。彼なら、ついてくると言うに決まっているから。 「駄目。」 「だが、俺は・・・っ!」 「でも、駄目。・・・ねぇ、もし一緒に来たいと思うのなら。」 「・・・。」 「帰る場所を用意しておいてよ。」 生きる希望として、この場所を置いておいてよと言う。闇の中で迷子になっても、手を繋いでいたら迷子にならないように、新一がこの場所で帰る道を照らし続けていてくれたら、きっと帰ってくるから。 「俺の我侭。聞いて?」 そこまで願うのなら、今の新一にはそれ以上言えない。だから、うなずいた。 「待っててやるよ。お前が帰ってこれるように。」 「ありがと。」 隣に座る新一に伸ばされる腕。ぎゅうっと、あまり体格差はないと思っていたのに、予想以上に広い腕の中に抱きしめられた。 突然の事ですぐに理解は出来なかったが、快斗の腕の中にいるとわかったら、ゆっくりと新一も快斗の背に腕を回した。 はじめて近くに感じる温かい温もりがここにある。そして、はじめて聞く彼の心音。 トクントクンと、快斗から聞こえる命の音。生きているのだと証明するもの。だけど、出かけていってしまう。危険を曝して、この音が止まってしまうかもしれない。 「・・・生きて帰ってこいよ。」 「必ず。」 そんなやり取りを目の前で繰り広げられているのを、冷たい目で見ている哀。 「いちゃつくは勝手だけれど、部屋に戻ってからにして頂戴。」 「あ。」 「哀ちゃん。」 新一はすっかり快斗の事で頭がいっぱいで、今だに彼の腕の中に納まっているのだが、恥ずかしい言葉の数々を思いだし、そして行動も思い出し、赤を紅く染める。 「そうですね。新一には休んで頂きたいですから。」 今夜は一緒に過ごさせて下さいと言えば、うなずく新一。ありがとうございますと、どうしてかキッドの口調で少し戸惑いながら様子を伺っていると、ひょいっといとも簡単に抱き上げられて、そのまま部屋を退場する事になった。 もう、哀に見られて顔を真っ赤にして、馬鹿馬鹿と暴れても、怪盗として鍛えられた快斗には無意味なもの。最後には新一から腕を回してしっかりと抱きついてきてくれたりしたとかしないとか。 部屋にひっこんだ二人を確認して、苦笑しながら用意されていたのに飲むことはなく、冷めてしまった珈琲を一口飲んだ。 「今日は泊まるのかしら?」 いつも、必ず新一が眠れば律儀に帰っていた怪盗。新一が今夜は帰すつもりはないだろうが。 二人がどうなるかは二人次第。今はもう、口出しできないだろう。 また、お寝坊だろう二人のために、明日も朝食を作りに来ようかと考えながら、片付けて戸締りをして家を立ち去った。 まだ、彼の部屋の明りは点されていた。 |