白い衣を纏った闇を抱える退屈な怪盗とどこか感情が足りない全てを見透かす探偵 そんな二人がはっきりと出会ったのは月が綺麗な夜 そいつは、必死に己の怪我を隠して振舞った そいつは、すぐに己の怪我に気付いて迎えた その瞬間 お前は馬鹿だろう お前は変わってるな 互いがそんなことを考えていた 怪盗が落ちてきた日+++希望の言葉 何も感じない日々。ただ、夜の姿とは別に、日常の昼の本来の時間でも、今では作ってしまっている。 幼馴染は今でも大切だが、彼女には家族愛しか感じない。 それを伝えれば、彼女は無理に笑顔を作ってわかったと答えた。その後は、彼女は変わりなく過ごしている。 そして、自分も変わりはない。ほら、誰がどうみても、変わることはない。 ただ一人、あの魔女だけは良い顔をしないけれど。そんなこと、自分は気にしない。 今という時間を顔を作って演じて過ごしていても、何も感じない。そして、あの魔女以外は気付かない。 それだけ、己の作り出した仮面は見破る事が出来るものはいない。 だから、いつも退屈な日々だ。モノクロ世界にいるような感じ。 夜の時間でも、時にはスリルがあって楽しく感じた時もあった。 だけど、今は麻痺してしまったのか、自分を追いかけてくれる警部は人柄として良い人だが、何だか足りない。クラスメイトで自分を怪盗だと言い張る探偵もまた、論外だ。あんな奴、鬱陶しいだけで、楽しめない。 きっと、父親が死んでから、何かが変わったのだ。あの時の心は変わってしまった。 だからといって、そうそう元に戻るなんて出来ないし、戻ろうとも思わない。何より、父の死の真相を知ってからは、絶対にあの愚かな夢を目の前で砕き、奴等に復讐すると誓ったのだから。 復讐といっても、父の名を汚したくはないから人殺しだけはしないが。 そして、今日も夜の空を飛ぶ。背後には丸い月がいる。 いつもと変わりない夜。ほら、迷惑な舞台の客も現れた。 「まったく。しつこいですね。」 ほら、目的の物と違うものですが、いりますかと聞いてやればいらないと答え、奴等は集団で取り囲んで優位に立ったように笑う。 集団でしか向かってこない弱い者。だから、この先も自分には勝てないだろう。一人で立ち向かい、命をかける覚悟がないから。 まぁ、その点では、自分は命すら投げ出す覚悟でいるから少し違うだろうが。 今生きようと思うのは、母親を独りにしたくないためである。だが、目的の為に己の命が代償となるのならば、差し出しててしまうだろう。 「それでは皆さん。今日のショーは終わりですので、帰らせていただきますよ。」 いつものように、彼等から逃げる。 目くらましをしてすぐに姿を消せば、焦る奴等は勝手に探しに離れていく。 「・・・さて、帰りますか。」 獲物はこっそりと返却して帰ろう。キッドは隠れていた陰から出て、奴等とは反対方向へと歩き出した。 その後、誰にも気付かれずこれもまたいつものように返却した。 盗聴して聞いていれば、気付いたらしい刑事が報告し、中森の怒りの声が聞こえてくる。 「血圧あがって倒れちまうぜ、おじさん。」 父親が死んでから、自分や母によくしてくれたお隣さん。だけど、この行為を止めるわけには行かないから嘘をつき続ける。 キッドは屋上に昇り、しばらく月を眺めた後、ハンググライダーを開き、夜の空に飛び出した。 まだ、奴等が探し回っているから、何の障害もない空から帰ろうと思ったのだ。 しばらく飛んだ後、ふと、眼に入る紅い光。 まずいと思ったが遅い。それはキッドの左肩を掠り、背後の金具に当たった。 そして、もう一発は横腹に当たった。 だが、ここでやられるわけにもいかないから、キッドはトランプ銃を相手に打ち込み、閃光弾を投げつけた。 闇に慣れた目では、かなりまぶしいだろう。そして、しばらくは何も見えないだろう。 その間に、キッドはなるべく離れ、ぎりぎりだろう場所に降り立った。 音を立てないように努力したが、無理だった。猫が入ったぐらいの音は立ててしまった。 さすがに、それにはまずいなと思った。何せ、降り立った家の庭というのが、あの探偵の家であったからだ。 がらりと彼の部屋だろう二階の窓が開き、隠れたが無駄であった。 「出てきやがれ、こそ泥。」 あの探偵にはばればれだったようだ。さすがは、かつて自分を追い詰めた事がある探偵だけある。 もし、クラスメイトが彼ぐらいの実力を持っていたら、もう少し退屈しなかったかもしれないなと思ったが、すぐに頭を切り替える。 「これはこれは、名探偵。夜分遅くにお邪魔してしまい、申し訳ございません。」 キッドらしく、演じる。あの探偵にはあの客同様に油断は禁物だ。彼が本気で捕まえようとすれば、今の状況では捕まる可能性はある。だが、捕まえる気はなさそうで、どうでもよさそうにしている探偵。何か言われるだろうかと相手の様子を伺っていると、探偵が一言漏らした。 「どうせ、開けられるんだろ。リビングで待ってろ。手当てしてやる。」 ぴしゃりと窓を閉めてしまった探偵。さすがにキッドは驚いた。 どうして、自分の怪我がばれてしまっているのだろうかと。顔に出していなかったのに。 とりあえず、誘われたので、その通り中に入るのもいいかもしれない。捕まえる気のない、公にも泥棒には興味がないと宣言している彼が、自分をどう思っているのかを探るのもいいかもしれない。 中に入って、電気をつけて彼を待つ。すぐに降りてきた探偵の手には救急箱があった。 座れといわれて、その言われるままに従う怪盗に上を脱げと言われた。 別に見られて恥ずかしくはないのだが、結構傷の多い身体。人が見ていい気はしないだろう。 「・・・さっさと脱げ。別に襲いもしないし捕まえねーから。」 近くで殺されるのも、倒れられるのも迷惑だと言って、動かないキッドの上着を剥ぎ取る探偵。 無表情で剥がされて、とにかくキッドは探偵の腕を止めて自分で脱ぐといって逃げた。 それにしても、無表情で襲いもしないとは、あの探偵から聞く言葉じゃないなと思いながら、キッドはネクタイを外して青いシャツを脱いだ。 「・・・やっぱり、馬鹿だな。」 そんな感想を漏らしながら、手当てをする探偵。かなり手際がいいので、ふと聞いてみた。 「いろいろあるからな。」 確かに、この探偵は自分が知るクラスメイトとは違う。多くの事件で自ら首を突っ込んで身体を張って事件を解決へと導く者だ。 かつて、あの魔女は彼のことを『光の魔人』と言っていた。 それに相応しい、蒼い輝きを持つ瞳で闇に染まった者達を捕らえる者。己が持つ光を持って闇を浄化しているかのようで、命を縮めているようにも感じる。 そんな彼は、少し見ない間におかしいと感じた。あの輝きが一切なかったのだ。己を危機に追いやった探偵としての瞳の輝き。 「名探偵・・・。」 「何だ。・・・ほら、終わったぞ。」 丁寧に巻かれた包帯。痛みは現在ほとんどない。手当てに使われた薬品の中に、普通の家庭にはないような痛み止めやたぶんお隣の少女が作っただろうものなどがある。だから、今は痛みはないし、薬が大分効かなくなった己の身体にも効いているのだろうと思うが。 「ありがとうございます。それで、名探偵。一つお聞きしてもよろしいですか?」 「何だよ。」 探偵は包帯の残りや薬品の瓶を締めて救急箱にしまいながら返事をする。 「何があったのですか?」 その言葉に、少しだけ、探偵の動きが止まった。すぐに手は救急箱へ最後の瓶を締まって箱を閉じて、洞察力がすぐれていなければ見逃してしまうような少しの間だったが。生憎そういったことには優れている怪盗だ。しっかりと気付いた。 「・・・お前には関係のない事だ。」 それだけ言って、救急箱をなおしに部屋の外へ出て行った。その様子をじっと見ていた怪盗は、彼に何かあったのだと気付く。そして、思い出す。ここ最近あったこと。そして、もっともっと古い記憶。 どこかに、彼が関わっただろう事件か原因となることがないかと。 そして、ふと、一つ気になることを思い出した。 「・・・あの被害者は・・・彼ですか・・・。」 夜、女性を狙う通り魔。発見されても、心を閉ざす者が多く、本人からの証言も回りからも何も一切でなかった事件。強姦という犯罪。 あの探偵も最終的に関わっていたらしいが、はっきりと調べていない。 気になりだしたら、どうしても聞きたくなった。だから、部屋に戻ってきた探偵に、言いたくないことなのかもしれないが、聞き出そうと話しかける。 あの事件の事。その最後の被害者が探偵で、彼が捕まえたのかと。 「・・・何も出てないのに、よくわかったな。」 それが答え。 「では・・・。」 「でもさ、少し違うぞ。」 怪盗なんかに話して良い内容ではないと思うが、どうやら話してくれるようだ。 「狙われたのは、俺の幼馴染だ。そして、助けようとして、犯人を押さえて逃がした。」 その後蹴り飛ばして警察へと連絡を入れた。幼馴染の家に、簡単に説明して帰ってきたら落ち着かせて、母親にも伝えてくれと電話を切った。 そこまでは良かった。後は、警察が到着するのを待つだけだった。 男は気絶しているからと油断していたのかもしれない。男は意識を取り戻し、背後に迫って気付いても遅く、押し倒された。 抵抗しても、自分の力ではどうにもならなかった。なんとか警察が来るまでと頑張っても、力では適わなかった。 男である自分が男に対象にされるなんて屈辱的なこと、簡単に許すつもりはなかったし、もう一度眠らしてやると思った。 だけど、この漠然とした力の差はどうにもならない。 びりびりに引き裂かれたシャツ。ボタンは飛び散った。 だが、その一瞬で今日はたまたま持っていた時計型麻酔銃で男を眠らせた。 別にどうこうされるわけではなかったが、自分の上に倒れて眠る男。横に倒してなんとか身体を起こしたが、今更になって震えが出てきた。 そして、警察が到着し、男は連れて行かれた。その時はなんとか変わりなく対応は出来たが、家に帰ってからがまた、ひどかった。 震えは止まることなく、思い出す男の欲望の目。ぞわりと感じる嫌悪感。 そして、思い出す数ヶ月前の事。なんとか立ち直ったというのに、思い出してしまった。 あの目は同じ。それなりに言い話が合う言い奴だと思っていた西の探偵服部平次。 あの時も力の差を見せ付けられて、悔しかった。哀が来て、なんとか助かったが、しばらく人間不信に陥った。クラスメイトも、警察内にいる人間も、違うだろうと頭で考えていても、もしかしたら服部と同じなのかもしれないと身体が拒む。だから、家から出ずに中から外を見る生活をした。 少しずつ、心が閉ざされ、感情が消えていった。笑顔なんて、ほとんどなくなっていった。 だけど、哀がいて、彼女が自分の今の姿を見て何も言わないが悔しそうにしていて、自分を責めていたから、このままでもいけないなと思い、なんとかそれなりの生活には戻った。その矢先のことだった。 「それから、どうも感情が出なくなってな。」 お前に言ってもどうにもならない問題だがなと言う時も感情は動くことはなかった。 「そうですか。それは、辛かったでしょうね。」 どうしてか、自然と身体が動き、探偵の身体に腕を回していた。 何が起こったのかいまいちわかってないらしい探偵は、ぼんやりとキッドの顔を見ていた。 「名探偵は、優しすぎるんでしょうね。」 心をこんなに傷つけて、他人を守る。そして、命を削るのだ。己の身など省みず。どれだけ、お隣の少女は頼らずに反対に守ろうとする探偵に、不甲斐無さを思い、それでも言ってくれるまで黙っているのだろうか。 自分も、この探偵ももしかしたら似たようなものかもしれない。 心に抱える深い闇は。この探偵は闇を抱えて尚、輝きが衰えることはないのだが。 だが、やはりあの瞳の輝きは戻してほしいと思った。唯一己を追い詰めた探偵だ。 そう思ってから、少し楽しみが出来たなと思う。しばらく退屈しなくてすみそうだ。 「名探偵。」 「何だよ。」 いいかげん離れろとキッドを引き離そうとする探偵の腕。だが、そんなものでキッドを離せるわけがない。それがまた、探偵に屈辱を与えるのだった。 「大丈夫ですよ。私は違いますから。」 「何がだよ。それよりさっさと離れろ。」 「では、一つ、怪盗の話を、願いを聞いてくれませんか?」 離れてくれるのならと、うなずく探偵。 何を言われるのだろうかと、探偵は怪盗の言葉を待った。それは、とても以外なことだった。 「新一と、名前で呼んでもよろしいですか?」 別にそれぐらい構わなかったのでうなずいた。すると、良かったと柔らかい声。ますますよくわからない新一は次の言葉を待つ。 「過去の経験で、いろいろあるでしょうが、私を側に置いていただけませんか?」 一つという割には願いは二つあったのだが。あまり気にしていない新一は少し考えて、どうしてだと反対に問いかけた。 「お隣の彼女には話せない事。その話を聞く、貴方の感情を吐き出す為の相手になります。貴方が今夜、助けて下さったお礼もかねて。」 「別に、いらねーよ。そんなの。」 「それに、私も貴方に興味を持ったのです。ですから、この怪盗のわがままを聞いて下さい。貴方の側にいると、どうも落ち着くのです。それに、最近退屈なので、話し相手になって下さい。」 側にいる許可をいただけませんかと聞くと、また少し考えて新一は好きにしろと答えた。 「では、好きにさせて頂きます。」 本当に、この探偵といると、本来は敵同士である立場だというのに、落ち着くのだ。心地がよいというのか、モノクロだった世界も少し明るくなっているのだ。 それはやはり、輝きは失われているとはいえ、かすかに残る輝きが、その青がモノクロの世界に入ってきたからかもしれない。 はじめて、他人である相手に興味を持った。 「それでは、今日からよろしくお願いしますね。」 「・・・その格好で昼間は来るなよ。」 来るなら別に気にしないから昼のままで来いという新一に、驚かされたと同時に、少しうれしかった。 キッドの表情が変わったのが良かったのか、苦笑する新一。今日この家に来て初めて見た笑み。 かつてみたあの輝きがそこにあった。一気にモノクロの世界に青が混じる。 すぐに彼の表情は元に戻ったが、その顔はしっかりとキッドの脳裏に焼き付けられた。 やっぱり、彼の笑顔を見たい。あの輝きに満ちた瞳に映りたい。 「そうさせてもらいます。明日また、会いに来ますよ、新一。」 気をつけて帰れよと声をかけてくれた新一におやすみなさいと声をかけて、なんだか少し変わった心を持って、家に帰った。 明日が楽しみだなと、久しぶりに思った。 同時に新一もまた、会話を楽しめる相手の訪問を、楽しみにしているのだった。 |