第七章 あなたの側にいたい

 

 

後始末で皆が動く頃。すっかり疲れてしまった新一は夢の中。ありがとうとお礼を言って、寝ている新一の頬にキスをする快斗。

帰ってきた愛しい女神様への忠誠を誓うかのようにキスをするキッド。

二人の優しく暖かい気配が包み込む中、穏やかに眠る新一。

「それにしても、まさか狙われる原因が、この屋敷の創造主としての力だったとはね。」

「もう、びっくりだったよ。新一がいきなり苦しみだしたかと思ったら、翼が生えるし、蒼い色は薄れていくし。」

その瞬間に立ち会いたかったとかなり残念そうなキッド。

「いいじゃんか!新一のファーストキスはキッドだろ。」

あれは、かなり不服だったらしい。

「早い者勝ちです。」

「だから。一早く駆けつけたナイトから女神様の助けなの。」

「だからこそ、むかつくのですよ。」

自分は闇の中を探ることは出来ないのだから。

「でも、新一が無事で良かったよ。」

あの時は本当にやばかったから。

「もし、先に向かっておきながら、新一に怪我をさせていれば、容赦なく追い出すところでしたよ。」

「え〜?!ひど〜い。快斗君頑張ったんだよ?!ちなみに、あの怪我は駆けつけたときすでにだったからね。」

もし、哀や紅子など、第三者がいれば馬鹿になったのねと言うところ。

「それにしても・・・。」

「危険な力・・・だね。・・・今まではわからなかったけれど。」

かつて、まだ両親がこの屋敷にいた頃、言われ続けてきた守護神の話。

守護神には誰も敵わない。それは、自然の理を知り、その力を全て最大限に引き出し、扱う事が出来るからだと言う。そして、それと同時に理に乗っ取って全てを破壊し、全てを新たに創造する事も可能な力を持っている。

その力のせいで、守護神は姿を消した。そう、彼は言ったのだ。

過去に何があったのかは知らない。だが、その何かがあったせいで、守護神は姿を消したのだと、言う。

その守護神が同じ仲間として生まれた事を知り、身を隠したのだろう。

同じ過ちを繰り返さない為、まだ幼いその子供を守る為。

ただ、側にいたいと願う守護神の願いを聞くかのように。

先ほど、新一に触れたときに読み取った悲痛な程の叫び。

自分の力を制御できずに、大切な人の命を奪ってしまった事。

ただ、側にいたいと願っていただけなのに、側にいればその人の命はない。

他には何かないかと思ったとき、不安定な心によって暴走した力。

止めてくれたのは大切な人。だけど、もう動く事の出来ない人。

 

 

『嫌、独りに、しないで・・・。置いて、いかないで・・・ねぇ、起きてよ・・・っ!』

 

 

側にいれば死が待つ。側にいなければ、良かったのだろうか。

その日から、守護神は姿を消した。

愛しい人が眠るこの館の外へ出て行った。

これ以上、自分を保つ事は出来なかったから。これ以上、迷惑をかけたくなかったから。

そういうところは、しっかりと新一に受け継がれてしまったのか、まったく同じだ。

「でも。そうやっていつまでも心に住まわせる方法を取るなんて・・・。」

「嫌な奴だな。」

だが、そういっている二人こそ、その大切な人の生まれ変わりだとわかっていない。

彼は、自分の不甲斐無さで守る事が出来なかった守護神を思い続け、確実に守れるようにと、魂を二つに分けたのだ。

一人は神。もう一人は悪魔。

一人は守護神を守り、もう一人は守護神を狙うものを破壊するものとなった。

もう二度と、離れ離れにはならないと、誓ったから。泣かせたくはないと思ったから。

涙は綺麗だけど、悲しませるのは不本意だから、笑顔が見られるようにと、死に際に彼は思ったのだ。

その思いが強く、そして現代に蘇った。

そして、二人は・・・三人は再び出会ったのだ。

長い道をたどって再び会えた事。魂は引き付けあう。

だけど、三人とも過去は知らない。知らなくても互いを好きになった。それだけで十分だ。

 

 

もぞもぞと、動く体。ぴくぴくと、動く羽根。

「眼が覚めましたか?」

愛しい天使の目覚めの時間。

「・・・ド・・・、・・・ぃと・・・。」

まだ、ほとんど眼が覚めていないのか、開かれた瞳は幼く揺れている。あの、鋭さはまったくない。

「新一・・・。」

ちゅっと頬にキスをする。目覚めの挨拶のようなもの。

寝ぼけている新一は、キッドにキスを返す。しっかりと、快斗もキスをして返して貰っている。

「・・・朝・・・?」

「いえ。今は夕暮れ時です。」

えっと、どうして寝てたんだと考えていた新一は、はっと気付いた。

「あ、えっと、あいつは!」

自分は確か、敵と対面していて、快斗は怪我をしていたはずだ。

だが、快斗には怪我はすっかり治っているのか、まったくなく、何より、背中の違和感に気がいった。

「えっ・・・?」

背中には、キッドや快斗達同様に、六枚の、空白だと言われていた蒼い色の翼があった。

「どういう・・・こと・・・?」

確か、自分は力はあったが、翼はなかったはずだ。

力を封じられていたはずで、その封印が解けたとしても、おかしい。

「新一は、間違いなく蒼。きっと、その力と一緒に翼も封じていたのでしょう。」

「これで、ずっと一緒だねぇ〜。」

すりすりとくっついて懐く快斗。なんだか、状況が飲み込めず置いていかれている新一。

「蒼である以上、ここに留まる義務があります。そして何より、新一の持つその力は、かつてこの館を作り上げた神が持っていたもの。」

「神?」

「いなくなってしまった神が持っていたもの。だから、新一ははじめからここへ来る事になっていたんだ。戻ってくる、つもりだったんだ。」

そう言えば、聞いた事がある。いなくなってしまった館の守護神の話。

まさか、それが自分のことだとは思いもしなかったが。

「それで・・・。」

なんだか、ちょっと落ち着きがないように思われる二人。

「どうしたんだ?」

いつもぐいぐいと人の話を無視して進めていく二人だ。まったくもって珍しい。

「いざ言おうと思うと、難しいね・・・。」

「なんなんだよ。」

何かを言おうと考えているらしいが、その顔がなんとも言いにくそうで。

しっかりと誤解してしまった新一。こんな力があるから、きっと邪魔なんだろうと勘違いしてしまっていた。

いつ、制御できずに破壊してしまうかわからないから。敵にこの力を奪われていはいけないという盗一の遺言で、きっと親切にしてくれていたのだと考え、勝手に沈んでいく。

実は、昔はじめて二人を見かけたときに何気に一目ぼれなんぞをしていた新一。

記憶が飛んでいてすっかり忘れていたが、一緒に眠っていた時の心地よさは、体が覚えていたぐらいだ。

どうしようかと困っていたキッドは、ふと新一が下を向いて泣きそうになっている事に気付いた。

いったいどうしたかと慌てるが、わからない。

快斗もまた、いう言葉を考えているよりも、どうしたのかと問いかけて慌てているキッドによって、ほぼ泣きかけの新一を見て、さらに慌てる。

どうしたらいいのか、まったくわからない。何より、どうして悲しんでいるのかもわからない。

とうとう、零れだす涙。その涙は綺麗だが、やはり悲しませたくはない。

そういえば、昔に会った時もあったではないか。

新一は気付いていないが、一目ぼれをして好きだということで、新一を独占しようと二人で喧嘩をした時。あの時、喧嘩をしたら嫌だと、彼は泣いていた。

その時と同じ。

だが、今は喧嘩をしているわけでもないし、まだ新一の記憶が戻った事も知らないので、理解不能なことで困り果てる二人。

「・・・う・・・っ・・・邪魔なら、言えばいいだろ。・・・出て行くから・・・。」

はっと、新一が言った言葉にさらに理解不能になる二人。今、彼は何と言った?

第一に、いったいつ、自分達は邪魔だといったのか。

「えっと、新一。」

「邪魔だなんて、言ってないよ。出て行けって言ってないよ。どうしてそんな事をいうのさ。」

「だってぇ・・・っ。」

ぼろぼろと零れる涙。よしよしとキッドは抱きしめて宥める。うらやましいが、今はそんな事を言っている場合ではない。

「えっと、何か勘違いか誤解が生じてしまっているようなのですが・・・。」

「俺たちは、新一に出て行ってほしくないよ。ずっと一緒にいてほしいんだ。」

「でも・・・。」

そこでふと、新一の不安を感じ取る。独りにしないでと、心が叫んでいる。

「こんな力・・・邪魔だろ。それに、それに・・・っ。盗一さんも、お前等も優しいから・・・。」

だから、邪魔だけど一緒にいるんだろと、小さな声で言う。

その言葉に、驚かされる二人。何て事をいってくれるのだというところ。

いったいいつ、自分達は新一の存在を邪魔だといったのか。反対に、ずっと一緒にいて欲しいと願い続けてきたというのに。

そんな、ボランティアで一緒にいるような事はしない。嫌いならとっくの昔に追い出している。

何より、この部屋には連れてこない。新一だから、この部屋に通したのに。

まったく、最初にいったはずだ。

この部屋にこれた事は名誉な事。自分達以外の者が入る事はほとんどない事。

つまり、新一だからこそ、部屋に入れたのだというのに。

なんてことだ。この愛しい天使はまったくもってわかっていないのだ。鈍い事は昔からわかっていたが、ここまで鈍く、そして可笑しな方向へと考えるとは思ってもみなかった。

いったい、何故そんな事を考えるのか、反対に教えて欲しいぐらいだ。

キッドは抱きしめて胸の中で泣いている新一に話しかける。

「新一・・・。どうしてそんな事を思ったのですか?」

「だって、お前等。お前等困ってる。」

そういえば、さっきまで言おうとしていたことに困っていた事は確かだ。つまり、自分達がこの不安の原因だったのだ。

「えっと、困っているのは、新一を追い出す事ではなく、昔から言いたかった事があったからです。」

「言いたい事?・・・邪魔?」

「違うってば。もう、新一は邪魔じゃなくて歓迎なの。そんな事それ以上いわないでよ。」

めっと、コツンとされる。

「会った時から、私達は貴方に引かれ、共にいたいと思っていました。」

「新一は鈍いから、言おうか言わないか困ったけど。」

好きだと言っても、好きだと返してくれてうれしかったが、それは新一にとって友好の好きであることは間違いない。その後、自分の父親に私の事は好きかいと聞かれて、好きと即答していたのだ。

その時に、自分の父親に殺意を覚えたのを覚えている。

「昔は、言っても新一はわかってくれなかった。今も好きですが、新一の気持ちはわからない。」

「だから、戸惑ったんだよね。またわかってもらえなかったら、どうしたらいいんだろうってね。」

完全な誤解。だけど、一番ほしくてうれしい言葉をもらった気がする。

「ですから、これからも私達と共に・・・新一の側にいさせて下さい。」

「新一のそばに、いたいんだよ。だから、出て行かないでよね。」

二人から抱きしめられる。その腕はとっても温かかった。

「邪魔じゃ、ない・・・?本当に、一緒?」

嘘かもしれない言葉。信じていいのか戸惑う。

「嘘じゃないですよ。私は、新一が好きなんです。愛しています。」

「新一が必要なの。ずっと好きだったの。愛しているの。新一は?」

「・・・俺は・・・。」

言ってもいいのだろうか。迷惑じゃないのだろうか。

一人でいなくても、いいのだろうか・・・?

「俺は・・・俺も・・・・・・二人が好き」

小さな声だが、しっかりと届いた。

ぎゅっと抱きしめる力が強くなる。拒絶されて突き放される事はなかった。

だから、新一も二人に手を伸ばしてぎゅっと力を入れた。

 

三人は、やっと思いが通じ合ったのだった。

 




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