第五章 消えていた記憶

 

 

快斗の魔法で、一緒に部屋に戻る新一。今日は楽しかったなと、結構ご機嫌。皆といろいろ話ができた事もうれしかった。

よそ者は嫌われているのかと思ったが、どうやらそこまで嫌われるという事はないようだ。

そんな事を快斗を含め、皆が知ればすぐさま違うと返答するだろう。

新一は自分の魅力に全然気付いていない。なので、その持つもので皆が認めているのだと、わかっていない。

ここにいる連中は、気に入らない相手には本当に容赦ないのだ。

「なぁ、快斗。」

「どうした?新一から話しかけるって珍しいな。」

お茶会から戻り、ベッドの上でごろごろしていた新一は、隣で腰掛けて自分をずっと見ている快斗に問いかけた。

「あのな、ここに本ってあるか?」

「本?あー、あるよ。どうして?」

自分で聞いておいて、そっかと気付く。そういえば、昔も本が好きだった。それで構ってもらえなくて、泣いた事を思い出した。

「じゃぁ、書棚見に行く?」

「あるのか?」

うれしそうに起き上がって問う新一に、結構あるよといって、移動を開始する。

着いた場所は壁が全て本棚で本に囲まれた部屋。

「わぁ、すげー。」

新一はうれしそうに、どれでもいいのかと聞いてくる。一応主なので、許可を取るべきだと判断したのだろう。

「いいよ。どれでもね。その間、俺はあそこで調べ物の続きをやってるから、何かあったら呼んで。」

そういって、二人は別れた。

快斗も遊んでいるように見えるが、しっかりと仕事はやっているのだ。

だが、最近はあまりやっていないので、少しやらないといけないと、しっかり部屋の周りに結界を敷いて、作業に取り掛かった。

新一はどれから読もうかなと、たくさんある本のタイトルを眼で追って見ていた。

知らないものばかりで、ずっとここにいたいと思うぐらいで、どれも読んでみたくって、中々はじめの一冊に手を付けられない。

 

 

気がつけば、もう五時間は経過していて、キッドは部屋に現れ、快斗は仕事を終えたようだった。

「さて、部屋に帰りますよ。」

夕食の時間は過ぎてしまいましたが、後で持ってきてくれるようですからと、またあの瞬間移動で部屋へと戻る。

新一は快斗に頼んで、借りた本をしっかり持って戻ってきている。

寝る前に読むぞと、かなりうれしそうにしているので、寝ないと駄目だと注意したくても、出来ないかもしれないなと考える二人がいた。

昔から、自分達は本には勝てたためしがなかったのだ。

なんだか、むなしいく悲しいような事だが、事実だ。だが、喜んでうれしそうな彼の姿を見ると、どうでもよくなり、自分達もうれしくなるのだから不思議だ。

寺井が持ってきてくれた夕食を三人で食べながら、今日の事や、覚えている自分の事を話す新一。

それにでてくるのは、彼等の両親の話。

そして知るのは、両親がいつも話していた蒼と紫の事。

話す新一の姿を見て、何一つ変わらないなと思う。ただ、昔より美人になって帰ってきただけで。

さっそく読むと言って、ベッドの上で読み始めた新一。しょうがないなと思いながらも、自分達はまず、知る必要のある事があるために、そちらを優先しないといけないので、キッドは寺井を呼び、行動する。

「寺井。」

「なんでしょう?」

「すぐに、千葉に連絡を取って下さい。白鳥には工藤夫妻の最後に居た場所へと向かわせて下さい。」

すぐに、新一に残っていない狙われる理由を探さなければ、対処のしようがない。

どうあっても、渡すつもりはないが、知らない事は時に破滅を齎す事を経験で知っているから、はやく知って、対処できるように備えたいと思うのだ。

あのまだ無知だった頃。両親の消息がつかめなくなった頃。

最後に彼は言ったはずだ。あとはたんだと。

あれは、自分へこの館の主を継がせるものではなく、自分の死を覚悟し、それを乗り越えて館の住人達を守れという事だと気付いたのは、完全に消息を絶った後だ。

だから、今度は絶対に失いたくない彼を守る為、少しでも情報を手に入れたいと思う。

「英理にも、一つ頼みたい事があります。」

「英理様にもですか?」

「何か、少しでも両親と工藤夫妻の事でわかっている情報や、新たに分かる事はないかどうか、調べてほしいんです。あと、新一の事もわかれば・・・。」

「わかりました。すぐに連絡をし、彼等に伝えます。」

そう言って、現れた時と同じようにすうっとその場から消えた。

「さて、どうなるか・・・。」

いったい、新一は何を持っているのか。奴等に追われる程の何を。

「快斗。貴方にも、一つ頼みたい事があります。」

「はいはい、いいよ〜。でも、その間、抜け駆けなしだかんね。」

「わかっていますよ。」

にやりと、笑みを見せる快斗と、苦笑するキッド。

「今すぐ、お願いしますね。」

「了解〜。じゃぁ、ちょいっと今夜は出かけるよ〜。」

快斗はばいばいと手を振って、新一にしっかりとおやすみと言って、部屋から姿を消した。

新一は本の世界にいるために、快斗が出て行った事など、気がついていなかったのだが・・・。

 

 

 

ここは、一体何処だろう。

何もない、暗闇が続くだけの場所。

かすかに、何かが見えたりするのだが、はっきりと見えないから、何なのかまったくわからない。

『・・・奴等がほしがる力を持っている。』

突如として聞こえてきた声。だが、誰も人の姿は見られない。

誰の、声だろうか。なんだか、懐かしい気がする。この声の主を、知っている・・・?

『そうか。やっぱりか・・。』

『蒼の後継者として継ぐものでもあるが、神でもある。我等が有翼人・・・あの館の上に立つ神・・・。』

『まさか、本当にいるとは思わなかったけどな・・・。だからだろうな。子として、この世に現れるなんてな。』

懐かしい声。だんだんとはっきりとその声は聞こえ、そして、見えてくるその光景。

二人の会話を昔、自分はこっそりと聞いていた。そう、眼が覚めて一人は寂しかったから、この部屋の前まで来て、話を聞いていたんだ。

二人・・・自分の父と、彼等の父。優作と盗一の会話。

「・・・これは、俺の記憶か・・・。」

ここは、今自分にはない記憶の場所なんだと思う。だから、何もないのかもしれない。

記憶を遡るかのように、そして導かれるかのように、新一は暗いその中を真っ直ぐ歩いた。

迷う事なく、真っ直ぐと。恐れることなく。

『・・・やっと、来たみたいだね・・・。』

そこにいたのは、自分とはもう二度と会えないと思っていた人達。

「・・・なんだよ。来たって。親父が来ればいいだろ・・・!」

ぽたりと零れ落ちる涙を、今は気にしない。

『いやぁ、さすがにこの状態ではいけなくてね。』

「のんきに馬鹿いってんじゃねーよ。」

触れられる事が、嬉しく感じるが、このぬくもりはこれが本当に最後なんだと思うと、寂しく思う。

ぎゅっとだきしめられたその手が、大きく暖かいのを知っていたが、この短期間で忘れてしまっていたようだ。

『悪かったね。君はずっと気にしてくれていたから。心配だったんだ。いつか、壊れてしまうのではないかと。』

「盗一さん達がいなくならなければ、そんなことにはならなかったって。」

盗一と薫の二人を見て微笑む。今出来る、精一杯の笑顔で言う。あまり、情けない涙ばかり見せていると、困らせるとわかっているから。

『おや、父さんたちはいいのかい?』

「そんなこといってねーだろ。」

それとこれとは別なのだ。そう、別。

『さて。起きる前に話しておこうか。消えてしまった記憶をしっかり持ち帰ってほしいからね。』

うなずく新一。

知らないままでいれば、守ろうとしてくれている彼等を守る事はできないから。

いつまでも、守られているだけでいるのは、ごめんだ。失うかもしれないのなら、自分は守りたいと思うから。

守られて自分だけ生き残るなんてこと、もうたくさんだ。

『話そう。お前に話して、お前が忘れてしまった記憶を。』

急に辺りに光で満ちて、そこには見知った光景が広がっていた。

それは、かつて自分達が過ごしていた家だった。

 

 

まだ、何も知らなかった頃。ほんの少し前の自分。

「新一。」

「どうしたんだ、父さん。」

珍しく、いつものふざけた笑みがない父親に首をかしげながら、大人しく来てみれば、大事な話があると言う。

「お前にはそろそろ言わなければいけないことだ。きっと、気付いているのだろう?」

その問いかけに思う事がある自分。素直に父親の話に耳を傾ける。

「私達が人とは違うものである事。盗一達もまた、私達と同じである事。そして、私達を狙うモノがいる事。」

うなずいて答える新一。

「奴等の最終目的は、私達を滅ぼす事。それに必要なのは、新一。お前なんだ。」

すぐには意味を理解できなかったが、賢い新一は理解した。自分が生まれ持っているこの力をほしがっているのだと。

「だから、盗一達と一緒に私達は行動する事にした。結果がどうなるかはわからないけどね。」

ほぼ、死を覚悟しての決意。

「お前にはその力を使えると困るから、今は封印しておくからね。盗一の跡を継ぐ二人の者と出会えば、封印は解けるようになっているから。」

つまり、自分は置いていくからそこへ行けといっているのだ。

本当は、これはウソだったんだ。この日、奴等に見つかっていたために襲撃を受けた日だから。

目の前で盗一と薫は殺された。

そして、逃がしてくれた両親も・・・。きっと殺された。

零れ落ちる涙。拾い上げる暖かい手。だけど、それはもう二度と触れる事が叶わない人達の温もり。

その後、自分は走った。

であったけど、そして頼まれていたカセットも届けたけど、記憶がなかったから、封印は解けることなく記憶と同じように眠ってしまっていた。

 

 

目の前では、過去の記憶での光景は消えていた。

『私達だけでは終わらせる事が出来なかった。』

『新ちゃんだったら、きっと大丈夫。彼等もついているから。』

『必ず、終わらせて。これ以上、悲しみは必要ないから。』

『さぁ。最後のショーもそろそろ撒く引きです。・・・さようなら、新一。』

四人の笑顔に見送られる。

懸命に笑顔でまたなと言って、真っ直ぐ走る。

これは自分の夢。同調して入ったきた彼等との別れ。

でも、いつか会える日は来る。彼等のいる場所へ、行く日がくる。

それまでは、悲しくても戻らなければいけない。

きっと、自分を迎えてくれた彼等が心配しているから。

 





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