第一章 翼を持つ人の館
立ち込めていた白い怪しげな霧は少しずつ晴れていく。 まるで、客を迎え入れるかのように、道が開いていく。 少年は重たい体を起こし、今の自分の状況を整理していた。 「・・・崖のような場所から落ちて、追っ手をまいたが動くのにきつい怪我をおってしまった・・・というところか。」 あたりを見回して、追っ手ではない人あるいは、休める場所はないかと探るが、何もない。ただ、霧が少し晴れ、一本の道を進めといわんばかりにあるだけだ。 少年は、痛い体を無理やり動かして、その道を進む。 もしかしたら、ここにあの人の息子達がいるかもしれないという期待をのせて。 肩からかけているカバンの中身を確認して、何処も壊れていないかよく見て、歩く。壊れてしまったら、困るのだ。 これは、あの人から伝えられない言葉を大切な息子達に届けてほしいと頼まれた、あの人の声がはいったテープが入っているからだ。あと、真っ白の封筒の手紙。この二つを届けないといけないのだ。 少年は、しばらく歩いて腰をおとした。もう、体は限界にきていた。今まで、それなりに体は鍛えておいたが、あの追っ手によって負わされた怪我と落ちたときにできた怪我と、追っ手によって休む間を与えられなかった事から、限界に近いのだ。 「まだ、まだなのに・・・。」 これを届けなければいけない。そして、奴等とあの場所の人達とのことをどうにかしないといけない。でないと、あの人や両親のような目に遭う人が増える。 だから、今時分がここで倒れる事は出来ない。だが、もう、限界だった。 少年は必死になってあけていた瞼を下ろし、目を瞑った。深い深い眠りについて。 その様子を見ていたものが、少年が眠った事をみて、しょうがないと腰をあげ、目の前に現れた。 「まったく、ここまでの状態になってもなお、何かのために動くとはね・・・。並みの精神力じゃないわね。何より、この場所へ足を踏み込めたってことは、ここの誰かに会うことが目的なのかしら?」 少年より幼いが少年と同等ぐらいのようにしっかりしている少女は、眠りについた少年の肩に手を置いて、その場所から消えた。 始めからそこには何もなかったかのように・・・。
「しんちゃん。いい、絶対無茶しちゃ駄目よ?」 「そうだぞ、おまえ自身も大事にしてほしいからな。」 「私たちの大切な息子なんだからね。」 「あいつの事と、私達のこと、そして、おまえ自身が持つそれによって、いろいろあるだろうが、乗り越えてほしい。」 「私達はもうすぐ消える。それが決まっている運命というものだから。あの人との約束を守りたいから。」 「逃げなさい。逃げ切って、私達の故郷、あの人がおさめていた場所へ、行きなさい。彼等が今、あの人の跡をついでいるはずだから、力になってもらいなさい。」 「それと、困っていたら、力をかしてあげるのよ。貴方は……。」 二人は一方的に言葉を告げていく。自分は声を出して嫌だと、行かないでといいたいが、声がでない。 そして、二人は真っ赤な海に沈んだのだ。 全部覚えている。あいつらが現れて、二人を殺したんだ。そして、自分も殺そうと、追いかけてくる。 二人の事が気になった。だけど、二人のいう、自分が過去に一度だけいったあの場所へ行けといった二人の言葉の中にある、何かのために、少年は逃げた。走って走って、ぎりぎりのところで逃げて・・・ 「・・・あ・・・っ?!」 目を開けて飛び起きた。今、自分の置かれている状況がわからない。 そんな少年のそばに、一人の少女がいて、起きたのねと声をかけた。声をかけられるまで、気配を感じなかった。 少年はがばりと起き上がって、少し後ろに後退しながら相手を見極めようとする。敵か味方か。 「お、お前・・・誰だ・・・?」 あからさまな敵意を向けて、隙なく相手をにらみつける。 「ご挨拶ね・・・。まぁ、状況的にしょうがないかもしれないけどね・・・。」 そういいながら、暖かいミルクを少年に渡した。 「診察して、手当てはしておいたわ。どうやら、何かに巻き込まれているみたいね。その怪我は普通じゃないもの。私達の側にいるあいつらがつけるようなものと同じよね・・・。」 その言葉に、肩をビクッと反応させてしまった。 「どうして追われるようになったかは、わからないけど・・・。とりあえず、私達は敵ではない事は確かだから、夕食、ご一緒しないかしら?ここ最近、あまり何も食べていないんでしょう?」 自分の体のことはすでにほとんど知られてしまっているらしい。 「あ、そうだわ・・・。あなた、名前なんというのかしら?」 今思い出したわといいながら、たずねる少女に、少年はぶっきらぼうに「聞く前に名乗ったらどうだ」と言い返した。 「それもそうよね・・・。私はこの館で紫の志保というものよ。」 「俺は・・・俺は、新一。」 「そう。とりあえず、名前はわかったからいいわ。とにかく、館主達に報告を入れておくべきね。」 そういって、志保は隠していた全部で6枚の翼を解放し、呼び出す。すると、気配もなく、部屋に誰かが入ってきた。 「呼んだかしら、志保。」 「ええ、拾ってきた彼が目を覚ましたから、一応上に報告をしておこうかと。名前は新一というらしいわ。」 「そう、目を覚ましたのね。」 それだけいうと、すうっと姿を消した。いったいここはどうなっているのだと頭を悩ます新一だった。 「あ、そういえば、この館のことを話しておくのを忘れていたわね。驚くのは無理わないわ。それが、通常の反応ですものね。」 クスクスと笑みを浮かべながらいうこの女。新一は敵に回してはいけないと判断した。 「そういえば、さっきの子、誰?」 「あの子のこと?あの子は私の配下、藤の哀よ。彼女が、あなたを見つけて拾ってきたのよ。」 拾ってきたという言葉には、どうも人権を無視されているようでむかつくが、今自分が生きているのは彼女が見つけてここにつれてきてくれたおかげなのだろうから、今は黙っておく事にした。 新一は志保の用意してくれた食事を食べた。自分に害をなす追っ手と同じような気配はないし、何よりこの場所は外よりも自分になじむもので、大丈夫だと体が判断したからだろう。 志保は志保で、押さない獣のように敵意をむき出しにしていた相手が、大人しくなり、何より自分に警戒心を持たなくなった事から、顔が綻んでいた。小さい動物を手なずけた感じだ。 「・・・美味しい・・・。」 「あら、そう?そう言ってくれるなら、作ったかいがあるわね。」 うれしいわといいながら、少量だったとはいえ、残さずに食べてくれてほっとする志保。それだけ、新一の体はぎりぎりだったのだ。 そこへ、また気配もなく現れたものがいた。 「・・・そこの彼が迷子の彼かしら?」 「あら、紅子ね・・・。そうよ、大分弱っていたけど、今は大丈夫みたいね。私達に近いぐらい、怪我の治りは早いみたいよ。」 新一は志保が警戒もせずに話をすることからこの相手は敵ではないと判断したと同時に、誰だろうと思いながら見ていた。すると、相手と視線があい、あわてて目をそむける。 「ふふふ、面白いわね・・・。そう言えば、名乗っていなかったわね、迷子の新一さん。」 「あ、何で名前・・・。」 「あなたが名乗ったときに哀に館主達に貴方の事の報告にいってもらったでしょう?私を含めて、彼女もまた、館主の次の位に立つ・・・そうね、幹部というのかしら?そういった組織のトップなのよ。それで、情報が入っているわけ。」 丁寧に説明されるが、それは自分が話した事全て筒抜けという事で、あまりうれしくない。 「改めて、私は紅の紅子よ。しばらくの間・・・あなたの用件が済むまでかしら?よろしくね。」 そういいながら、彼女は姿を消した。相変わらず、新一にとってうれしくない現れ方と消え方をしてくれる。 ここにいて、追っ手の心配はしばらくないが、かえって疲れそうだなと思う新一だった。
よくわからないままに、この館で一晩明かす事になった新一。志保曰く、このままこのベッドで大人しく寝ていろとのこと。 下手に動き回られて迷子になられるのも、体調が悪化するのも面倒が増えて困るらしい。新一としては、この奇妙な館からは早く出たかった。 だが、もしかしたらここが両親が行くようにいった、二人の故郷なのかもしれないと思うと、行動に移せないでいた。それに、この館は中がどうなっているのかわからないので、下手に動けば命取りになると、第六感が訴えている。なので、新一は大人しく一夜を明かしたのだ。 窓も何もないこの部屋は、まるで魔法のように、朝が来る頃、部屋の電気はついていた。そして、自分が起きた後、志保は部屋に入ってきたのだ。 「おはよう、新一君。よく眠れたかしら?」 「・・・おはよう・・・ございます・・・。」 かえって神経を尖らせて疲れた一夜。だが、ここへ連れて来られる際に熟睡したためか、前ほど疲れはない。 「はい、朝食よ。トップ達がそろう朝食会には出るだけで息が詰まると思うから、あなたはここでね。」 「ありがとうございます・・・。」 その心遣いは確かにありがたかった。昨日で三人の謎を含んだ女を見ているので、トップがそろうという事は、何人かいる全てがそろうという事で、三人と同じように只者ではないのだから。 「そうそう、あなたの用件、たぶんここの館主達に用があると思っていいのよね?」 「あ、えっと、ここが『裏表の翼の主』がいる館なら、その館主さんに届け物預かっていて・・・。」 「そう。なら、間違ってではないようね。ここは貴方が探していた主のいる館よ。良かったわね。館主達は昼には戻ってくるらしいわ。だから、それまでは大人しくしていてくれるかしら?」 言われなくても大人しくしているつもりだ。目的地だったのならなおさらだ。 新一は大人しく志保の持ってきた食事に手をつける。 だが、食べている途中で、志保の様子が可笑しくなったのに気付いた。何かを警戒するように殺気立っている。 「どう、したんだ・・・?」 「あら、ごめんなさい。ちょっとね・・・。邪魔な虫が近くまで来たみたいだったから追い返したのよ。」 目はぜんぜん笑っていなかった。きっと、その虫というやつは彼女の怒りに触れたのだろう。 そんな時、志保はまずいと慌てて椅子から立ち上がった。新一はなんだろうかと首をかしげながら見ていた。すると、その場所にまた別の人が現れた。 「・・・真さん・・・。」 「すみません、志保さん。私としたことが、まさかあそこまで知恵がついているとは思いませんでした。」 誤る男。その男の背中には志保の紫とは違う黄の6枚の翼があった。たぶん、彼が志保と紅子と同じトップに立つものの一人なのだろう。 「しょうがない人達ね・・・。」 「あなたの手をわずらわせはしませんよ。」 何か来るらしい。そう思ったと同時に、同じようにいきなり現れた二つ。 「何で入れてくれんかってん、姉ちゃん。」 「そうですよ。私がここに人が入る事に反対したからですか?」 現れたのはそれおぞれ2枚の緑と茶の翼を持つ二人組み。 「あなた達は抵抗力のない客人にはあわないからよ。うるさいわ。」 「そうですよ。反対していながらも、自分たちの懐においておこうと考えるあなた方が信じられませんよ。」 「せやかて、ここは人が入れる場所ちゃうねんで?せやのに、いるから反対しとるんやん。館主の二人が今不在やさかい、奴らがスパイ送ったやもしれんやろ?」 確かに、自分はよそ者なので、何も言えない新一。出て行った方がいいのかと聞こうとしたら、なにやら自分が言う前に厳しい目つきの男が容赦なく言葉を放つ。 「ですけど、本当にただの迷い人の客人なのでしたら、迎えるべきでしょう?何より、奴らに追われていた人らしいですし、それに、今は空白になっている蒼と同じ蒼い目の色を持つ人だというのですから、興味がわきますよ。」 二人はそれぞれ意見をいうが、志保は睨みつけて、出て行くようにいう。男も、これ以上は許さないという目で相手を見る。 なんだか、すごい事になっているなと、他人事のように感じている新一。 「だからこそ、うるさいあなたたちを追い出すんじゃない。」 「そうですよ。」 「それもそうよね。」 と、いつのまにか、・・・確か紅子という名の人が現れて二人を追い出す用意をしていた。 今は紅子にも背中に翼があった。紅い、6枚の翼。 二人は恐ろしいものを見る目で相手を見る。どうやら、トップという事で、力は強いようだ。
どうにか、さわぐのをやめて、それぞれ近くにこれまたどこからか椅子をだして座った。あの二人も、結局そこに居座った。 「あ、あの・・・。」 なんとも居心地が悪い。よくわからないが、ここには6枚の翼を持つ人物が三人もいる。つまり、この三人は主の次に偉いトップの面々なのだろう。何せ、あの二人には2枚の翼しかないし、先ほど現れた哀は4枚あるからだ。身分の階級がわかれているのだろう。 「・・・そうね、居心地悪いのはわかるわ。やはり、あの二人は追い出すべきね・・・。」 「そうね、しばらく顔を見せられないようにしておこうかしら?」 「ちょ、ちょう、まってーな、姉ちゃん達。俺等、これでも第三階級やねんで?」 「そうですよ。それに、私達だって、そこの彼の名前も知りたいですし、話もしたいんですよ。」 必死で訴えるが、その訴えはきかない。なぜならば、彼等の周りには、さらに上の第一階級のものがいるからだ。 「これ以上騒がれるのは問題だわ。」 「拾ってきた私の責任があるんだから、これ以上はやめてほしいわね・・・。」 簡単に聞いたが、哀は第二階級であの二人よりは上の立場で偉いらしい。見た目は見えなくても、目と気配を見れば、わかる。新一はそういったものには敏感というより、育った経緯からどうしても、相手を観察して自分にとってどうなのかを判断するようになっていたのだ。 そんなとき、はじめてみる、志保と同じくらいの歳の少女が現れた。 「哀ちゃん、館主様達帰ってきたよ。」 「そう、ありがとう。私達は邪魔にならないように、これを排除して向こうに行っていようかしら。」 「わかった。あ、お客さん、はじめまして。私は志保さんと哀ちゃんの配下、桃のあゆみです。またあとで、お話しましょうね。では、失礼します。」 ここでは、変わった人は多いが、翼がある時点でかわっているのだが、挨拶というか、自分の存在として、名お名乗るのはしっかりしていると思う。知らないと呼べなくて不便なのでいいのだが。 「というわけよ。全員退場ね。」 「あら、もう来てしまったわ。」 「せっかちね・・・。まぁ、ここ最近は招かれざる客が多かったから、あの人達はお祭り男だからね。」 そんなことをいいながら、にぎやかなほどこの部屋にいた相手は皆姿を消した。一種の魔法のように。あまりにも見事に消えるので、今ではすごいと感心してしまう始末だ。 きっと、ここでの用件を全て終らせて、出て行くときにはきっと、違和感がないのだろうなと思うと、自分の日常に戻れるか不安だった。 |