心配ないよ、新一 誰も、新一を残してなんてしないから 新一は、一人じゃないんだよ? 少しは頼って頂戴 私だって、いつまでも闇に怯えて泣いているだけの子供じゃないわ この先、この予言が本当に起こってしまうとしても 必ず変えてみせるから。 突然全てを失ったと、目の前の光景で認識されざる得なかった事 また、失うのかと、怯える愛しい者が人のぬくもりを求める。 俺はそれに答えるように、抱きしめる 頼れば危険が迫ると考える貴方はいつも一人でいる事を望む こんなにも、一人でいる事を嫌っているというのに 見たくもない予言を、私は伝える だけど、決して変える事が出来ない事はない 貴方は未来を変える力を持っているのだから 自分達の愛する者への思いは伝わる だが、それでもその者は手をすり抜けて一人飛び立って行く 闇さえも引き寄せ、味方にする… いつか、私達の手からすり抜けてしまいそうです 本当に、失ってしまいそうな感覚 かつての自分もそうだったのかもしれない そんな思いに囚われながら、真実を受け止めて守ろうと、最後まで悪あがきを続ける まだ、全てが決まったわけじゃない どんな未来も、全ては不完全で、人の力が変える事が出来るのだから それを信じて、今を生きる 第四幕 閉ざされた心に誘う闇 「・・・そろそろ、別れ道に差し掛かる、扉のある間へと訪れる・・・。」 貴方はいったい、何を選ぶのでしょうね? 闇人は己が纏う闇に隠れ、ただ成り行きを見ていた。 「本当にいいの?」 「いいんだ。彼女達の命を奪っても、何もならない。」 「そっか。」 「連れてきてほしいのは彼ただ一人だからね。」 「わかった。」 にこっと夢人は無邪気な笑顔を見せて、与えられた使命を果たすために走って行った。 その背中を少しだけ追い、闇人はすぐに反対側を見上げる。 「別に、命を奪いたいわけじゃないんでね。」 そこには、十字に吊るされ、意識のない二人の女がいた。 先ほどの戦いに介入しないでいようと思ったが、あの二人はまだ死なすわけにはいかないと、彼は姿を現した。 現らわしたと同時に二人の意識を奪い、今にいたる。 「本当に守りたいのなら、いつまでもお遊びでいてはいけないんですよ。」 彼のお姫様は、守られるだけではいることを許さない。 反対に、大切なものを守ろうとする危ない人。 こんな自分にさえ、手を差し伸べた代わった人でもある。 「駒も舞台も、もうすぐで整いますね。」 この場所は闇に覆われた、『人世』から隔離された世界。 踏み込めるのは作り出した者か、それ以上の力を持ち、気付く者だけ。 「さて。外の様子を見に行きましょうか。」 今頃、お姫様の事情をあの男が話しているだろうから。 かつて、巫女を愛した片割れ。 そして、二つに分かれた男。 もとは一人でありながら、今は三つに分かれてしまったもの。 結局は一つの魂を中心に繋がっている絆のもとに、集まってくる。 どんなに別れても、戻る場所はあの魂のもとだけだから。 そして、自分もまた、その魂に惹かれた者の一人。 闇に融けるようにして、姿を消した闇人。 まだ、長い夜が明けることはない。 「一先ずは、ここで・・・。」 時矢がやって来たのは、静かな港にある古く今は使われていない倉庫。 勝手を知っていることから、何度も彼はここに足を運んでいるのだろうとわかる。 「で、話の続きだ。」 担いでいたまだ眠ったままの新一をキッドに渡し、快斗とキッドの前に立ち、話を続ける。 まずは、新一の力について。もっと詳しい、自分の力の一部も出しながら。 「俺の力は、相手の力を飲み込むものだ。新一の力は相手に与える力だ。わかるな。力は俺達のような奴にとっては、生命の源にも近い。つまり、与えるということは、生命の力を与えることと考えればいい。」 「ではやはりっ。」 「そうだ。涙を流せば力は弱まり、倍もの力を削られる。それはさっきも言ったとおりだ。」 そして、その強大なる力を得たのは、生まれたときから交わされた契約によるもの。 その契約は、時に一生を変えるとても重いものでもある。 新一の場合は、契約の数と力の段階が高いために、強大な力を得て、大抵の事は何でも出来るが、それとともにリスクを伴うこととなる。 それが、時矢と違うところ。 時矢の場合は、一定の年までは成長するが、その後は成長がなくなるようなもの。 だが、寿命がないわけではなく、ずっとこの身体と顔で過ごすこととなる。 生活上では肉体が衰えるのは生きていくうえで困る為にいいが、一定の場所で暮らしていくことは出来ない。 元から風のように一箇所に留まらずにふらふらと旅をする旅人のように歩き回るが、事情もまた、彼にそうさせる理由を与えた。 「俺は昔、両親を殺した。」 「っ!」 「確かに、あれは事故だった。だが、俺の持つ力が原因だった。つまり、俺が殺したようなものだ。」 はっきりと、これで彼がかつて海であったことと繋がった。 彼もまた、親殺しで力を持っていたのだ。 「この通り、目の色が違う。」 取り払われ、本来の目の色がさらされる。 そこには、血のような深い紅の瞳があった。 「何代にも渡って受け継がれる一種の呪いだ。最初は呪いではなく、・・・そうだな、わかりやすく言えば魔族の力の継承の証のようなものだった。だが、継承するという事は過去のものが持っていた力を全て継承することとなり、代を重ねる事に膨れ上がった力は、時に宿主を食い殺すものとなった。」 「貴方は、大丈夫なんですか?」 「海同様に、宿主が扱えることもある。それが、力に認められたまれな人間。一種の生贄みたいなものだな。」 「なんだよそれ。」 「信じられないだろうが、それが事実だ。そして、新一もまた、俺とは違う枷をつけられた。その背に重い刻印が押された。」 その特殊な扇は、かつて新納が所有し使用していたもの。 そして、過去の力を持つ巫女も使用してきたもの。 だが、新一ほどの力は誰も持つことはなく、誰もが扇本来の力を全て引き出すことは不可能だった。 それを新一は可能にしてしまった。 世界に一人いるかいないかと言われる力の塊でもある宝珠の継承者とも選ばれ、神や聖霊王、魔王や死神さえも引き寄せ、契約を交わしてしまった。 「だから、さっきも言ったように狙われる。新一ほど、力のある極上の餌はないからな。」 「新一にばかり、そんなものを背負わせてっ!」 「だから、お前や俺達がいるんだろ。」 しっかり意思を持て。弱い心には付け込む隙が出来る。 そうすれば、簡単に崩れてしまう。 その時、新一が消えてしまう可能性だってある。 俺やあの女、そしてこいつらが曲がりなりにも守ってきた。 そして、あの両親や異空間を創る闇の力を持つ忍びもまた、守ってきた。 一番は、契約を交わした下級の妖精達。 「新一と共にありたと思うのなら、誓え。神でも月にでも、新一でも己自身にでもいい。決して意思を曲げず、力に屈指負けないと。」 「・・・。」 「さもなくば、お前等は簡単に取り込まれる。力の前には無力だ。」 「そうですね。事情も何も知らないですし。」 「何より、力は一切ないからね。」 双子の片割れにはある力はもう一人にはなかった。 ない方が別れても、やはりどちらにもないように。 持って生まれたものはしょうがない。ないものもまたしょうがないかもしれない。 だが、他で補えるのなら補おう。 「これをお前等に渡しておいてやる。」 すっと、渡されたのは日本の刀。 そして、呪が刻まれた札だった。 「多少の力が宿り、使う者によって力を与えるものだ。それは新一の暴走を抑える事もでき、そして己の身を守るのにも役立つだろう。」 「・・・これ。」 「俺は別にあるから気にするな。」 だから、新一としばらくどこかに言っていてくれ。 時矢が言うと同時に三人は倉庫から放り出された。 時矢が側に連れている妖精のせいだとはすぐに判断できなかった。 爆発音とともに、上がる黒い煙。 そして、燃え盛る炎が包み込む。 「そ、そんな・・・。」 「嘘だろ。」 さっきまで自分達がいた場所。そして、あそこにはまだ人がいる。 なのに、そこは禍々しい黒い炎に包まれていた。 「とにかく、離れましょう。」 「そうだな。あいつが簡単にくたばるわけがないよな。」 二人はそう信じて、追っ手から逃げるように、新一を連れてその場から離れた。 その後、警察がその場に駆けつけた。 だが、一切の原因はつかめることはなかった。 「また、何かに巻き込まれているのか・・・。」 「我等の力では、また何も出来ぬのか・・・。」 そこに駆けつけた二人の警部は手を握り締める。強く強く、血が滲んだとしても、自分達の無力を知り、そのなんともいえない感情を抑える為に握る。 行く宛など彼等にはない。ある家は黒羽邸と月華楼。 人目とあの二人のことを考えると月華楼にいるのが一番だった。 だが、帰ってみると何事もなかったかのように静まり返る自分達の部屋がそこにあるだけ。 やはり、何かの力によって結界のような働きがあり、隔離されていたのだろう。 先ほど派手に壊れた扉も、倒れた棚も元のままだった。 「あの二人は・・・。」 「まさかっ?!」 考えたくないが、導き出される答えは自然と決まってくる。 あの人形にやられたか、闇に飲み込まれてしまったか。 「くそっ。もう、何がどうなって・・・。」 「・・・新一の事に関して、あまりにも無知すぎたのが、今回の対処の遅れでしょうね。」 あの男の存在と、新一が持つ力。そして、狙われる理由。 何も知らずに過ごしてきた。知ろうと、今まで考えることはなかった。 一度だけ、彼が使う力について問いたことがあった。 あの時はただ苦笑しながら、生まれ持って持った定めを背負う枷だと言っていた。 その言葉の意味はわからず、あまり言いたそうにしていなかったためにそれ以上は聞かなかったのだ。 今なら、彼が言っていた意味はわかる。 生まれたときから、もしかしたらそれよりずっと前から決められた運命。 自らの命をかけて使う術。過酷な運命を生きるために必要だとしても、それは彼にとっては枷でしかないということ。 本当に彼が枷といいたいのは彼自身の厄介な運命。 彼はひどく他人が傷つくのを恐れる。両親の行方不明も死を予感し、最後まで諦めずにいたが、どこか危なっかしかった。 そして、自分にとっても大切なの人の死もまた、彼にとってはとてつもない重荷になり、記憶を消した程だ。 だから、その力による争いが起これば、自然と自分達が巻き込まれる。 そのことをわかっていたから、彼は自分が枷でしかないと遠まわしに言っていたのだ。 あれだけ、自分達には彼がいないといけないと言っていても。 やはり、守られるだけではいられない、大人しくしていることを嫌う人だから。 「今すぐ、この動きにくい服は脱ぎましょう。」 「そうだね。」 まるで魔法のように一瞬で戦闘服へと着替える。 一人は闇にも混ざらず、映える白を纏った異国の紳士。 一人は闇にも混ざる、深い黒を纏った裏の忍び。 そして、二人の間には、今も尚、眠りについたままの愛しき人。 「来ますね。」 「聞き出さないとね。二人の行方。」 再びこの屋敷へと近づいてくる気配。 まだ、外には人がいるというのにお構いなしだ。 だから、こちらも構わない。きっと、また自分達は敵の陣の中にいるのだろうから。 「追いついた。もう、逃がさない。」 「こちらも、追いかけっこは終わりにしたいと思ってましたから。」 「・・・逃がさないのはこちらも同じだ。」 にらみ合う三人。 先に動いたのは誰か。そんなのはわからない。 今は二人でいても何も思わない。相手は人のように感情を持っただけの、結局は哀れな人形に過ぎないから。 「キッドっ!」 「私のことなど気にしている余裕はないでしょうっ!」 キッドの身体が吹き飛ばされ、慌てて駆け寄ろうとする快斗に、キッドが立ち上がって庇った。 一瞬の隙が命取りとなる戦いの世界。 快斗だってそんなことはわかっている。だけど、気にしてしまうのだ。 「邪魔することは、許さない。」 「こちらとて、同じ事です。」 「だいたい、お前は生意気すぎだっ!」 「お兄さん達も充分生意気だと思うよ?」 「・・・っ、可愛くない奴っ!」 「快斗。落ち着いて下さい。」 会話の間も、互いの攻防は続く。 片方が仕掛ければ片方は避け、それと同時に仕掛けて、相手も避ける。 いつの間にか新一を中に残して屋根の上に上がっていた。 やりにくいという事と、新一を巻き込みたくないということ。 「絶対に倒すから。」 「それはこちらとて同じ事だと、何度言わせるつもりですか?」 「勝手に言ってるのはそっちでしょ?」 「やっぱり、お前は生意気だっ!俺の嫌いなタイプだ。」 「お兄さん達だって、僕は嫌いだよ。」 とくに、自分が連れて行かないといけない人の元へ行く事を邪魔するのだから。 二人にとっても、大事な人を連れて行く相手は嫌いであるが、それ以上は言いあってもしょうがないので言わなかった。 無言のまま、睨み合っていた三人は、突如動き出す。同時に、合図もなく。 そして、相手を倒す為だけに、三人は動く。 「終わりだよっ。」 「快斗っ。」 夢人に上手く足をとられて、体が浮遊感の中倒れる。 それを見逃さずに止めをさす。 夢人の手から離れた刃が快斗の心臓目掛けて空気を切り裂いて飛ぶ。 だが、それが快斗の胸に刺さる事はなかった。 キィィ――――ンッ 金属がぶつかり合う音が聞こえ、刃は快斗の前に現れた何かによって阻まれて、あっけなく重力にしたがって下に落ちた。 「余所見は命取りだと、何度も戦闘で学んでいたはずでしょう。」 「・・・真。」 「っ・・・。」 現れたのは、突然のことで連絡を入れていない真だった。 彼も馬鹿ではない。情報を手に入れ、すぐに動けるようにはしている。 だからこそ、今ここにいるのである。 「手を貸そう。」 「ありがたい限りです。悪いですが、快斗は新一を連れて、この場所から離れて下さい。」 「っ?どうして?」 「気付かないのですか?」 「・・・すでに、我等は本来いた街から切り離された。」 逃げる場所はない。すでに、闇の中に紛れ込んでしまった。 そんな中だ。何があるかわからないし、あったとしても気付くのが遅れた自分達が悪い。 そんな世界で、時代で、自分達は生きるのだ。 「必ず、穴はあります。行って下さい。」 「我等は、彼を守る為に集まる者だ。」 頼みますよと、屋根から快斗を突き落とす。 運動神経はいいから、下の屋根に降りて、そのまま部屋の中に入れるだろう。 そこには、新一がいる。 今、何を選択しないといけないかと問われると、きっと快斗なら選ぶはずだ。 「必ず、後で会いましょう。」 「・・・では、こちらもはじめようか。」 「いつまでも話してるから、待ちくたびれたよ。」 相変わらず、変わらないあの無邪気な子供の笑み。 たとえ命があるとしても、結局は人形なのだと思わされる。 だって、あれには表情というものがない。感情というものも、痛覚というものも。 人が人である為に必要であり、なくてはならないものがない。 あったとしても、それは閉ざされたのか。それとも消されたのか。 今のあれはただの人形。 人を簡単に傷つけ、傷つけて、流す涙はない。 そして、喜びも怒りも悲しみも何もない。 「だから、容赦なく潰させていただきます。」 「潰れるのはそっちだよ。」 メンバーを代えて、再び戦闘は始まる。 新一を抱きかかえて、ただ闇雲に、あの三人から離れようと走る。 ぎゅっと、消えないように、この腕から離れないようにしっかりと力を込めて抱き込んで。 「くそっ。どうなってんだよ。」 走っても走っても、景色は変わらない。 月華楼は見えなくなったが、その後の景色はまったく変わらない。 まるで、何度も元へ戻される、永遠に続く迷路の中に足を踏み入れてしまった感じだ。 その時だった。 ヒュッ――――――ン・・・・・・・ どこからか、空気を裂くような、何かが通りぬける音がした。 それは、普段よく耳にするものだった。 「銃声?!」 その音のする方向を見ると、かすかに、景色が歪んでいる。 だが、それはすぐに元に戻ろうとしている。 急がないといけない。快斗は何が何でも抜け出てやると、走った。 歪みが一層大きく揺れたとき、ぎりぎり快斗は歪みに突っ込んだ。 その後は、何事もなかったかのように、そこにはまた同じ景色が続いていた。 だが、快斗の姿はそこから消えていた。 「・・・出られたんだ・・・。」 時間はどれだけ経っているのかはわからない。 ただ、今は夜中だとはわかった。人通りがそんなにないから。 「あの銃声。いったい誰が・・・。」 「良かった。無事だったんですね。」 銃声の事に気を取られていて、気配に気付けなかった。 声をかけられて背後にいた相手を見て、驚きながらもほっと息をつく。 「あんたか・・・。」 「歪みがたくさん生じているので、それが月華楼を中心にしているので今から追いかけようと思っていたんです。」 現れたのは、両親とともに狭間で過ごしているはずの新出だった。 本当は玖城であるが、今は新出と名乗っているので、自分もそう呼ぶ事にしたのだ。 「歪み・・・。やっぱり、結界か何かか?」 「ええ。それも特殊なものです。・・・深く濃い闇の結界。包まれれば、なかなか抜け出る事はできません。」 穴が開かない限りはと言われ、やはりあの銃弾が穴を開けたのだろうと確信した。 だから、彼が開けてくれたのかと聞けば、違うと言われた。 では誰か。だが、今はそんなことを気にしている余裕もない。 「キッドや、哀ちゃん達がっ!」 「わかっています。・・・相手が何の目的で事を起こしたのかはわかりません。しかし、これは人ならざる力が働いています。」 だから、今すぐここから離れて下さいと言われた。 すでに、ここにも何かがいた。 そこまでして、新一が、新一の力がほしいのか。 「大丈夫です。・・・北東へ向かって下さい。そこへ行けば・・・っ。はやくっ!」 「・・・っわかった。」 魔術師に関わる者達は、皆同じ目的のために命を投げ出す覚悟でいる。 それでいて、必ず生きて戻るとも決めている。全ては彼が悲しまないために。 それと同時に、それぞれ背負う過去を持ち、その運命を背負い生き抜いていくことを決めた者達。 「最後まで諦めてたまるかよ。」 見つけた最愛の人。守ると決めたのだから。 今回、いかにこういった大きなモノの前には無力であるか知らされた。 あの黒兎の魔王など、比べ物にならない。 きっと、黒兎は扱いきれなかったのだろう。魔王本来の力を。 だから、自分達でも片付ける事が出来た。 だが、この闇は違う。自らの意思で生きている。 そして、生きているものを喰らい尽くすように覆う。 「どうして。どうしてそんなに新一ばっかりっ。」 新一だって、好きでそんな力を持ったわけじゃないのに。それを理解して、受け入れていた新一。 どんな思いでいままでいたのだろうか。 力を使った後は、少し一線引いたような、遠慮しているように思えた。 そんなに数ほど力を使ったのを見ないが、ただ疲れているだけだと思っていた。 時矢の話を聞いて変わった。 新一は、この力によって、自分達を巻き込む事を恐れていた。 そのことに気付けなかった自分が悔しい。 いくら付き合いが短くても、気付けなければいけなかった。 「情報収集を怠ったことは後々自分達に降りかかる。まさにその状況だね。」 知っているようで、何も知らなかった。いや、気付こうとしなかった。 知らず知らずのうちにそうなっていた。 もしかしたら、薄々キッドは気付いていたのかもしれない。 哀や紅子も。 自分だけが、新一と関係が一番薄いのかもしれない。 「会ったのが、つい最近だしね。」 それだからといって、この思いが変わるわけでもなければ、キッドに劣るとは思っていない。 だけど、やはりこういったことの対処に関しては、まだまだ自分は無力だ。 だが、今はそんなことを嘆いていることも、悔やんでいる暇もない。 今は言われたとおり、北東へと進む。 多少街の住人に騒がしくして迷惑をかけても、それは許してもらおう。 北東に何があるのかはわからない。 今は行くしか道はない。皆が無事である事をただ願って快斗は新一を抱えて走る。 「行ったわね・・・。」 快斗が遥か彼方へと姿が消えたことを確認し、ほっとする女。 そして、背後に気を張り、振り返る。 「私が、貴方達の相手をするわ。」 そこにあるのは、快斗が連れている新一を狙う闇の塊。 女は、銃を撃ち、どんどん塊を破壊していく。 彼等には知られていなくてもいい。そして、彼にも自分が関わったことを知られなくてもいい。 ただ、守りたいと思うだけだから。 「さぁ、貴方達の再生能力が上か、私の技術とこの弾の数が上か。」 勝負ねと、女は笑みを見せる。そして、一瞬のうちに無となった。 金色の髪を靡かせて、優雅に夜の街を舞う。 愛用の銃を扱い、敵を倒す事だけに意識を向けて、ベルモットは道化のように踊り続ける。 これが、ただの足止めだとわかっていても、何かをしないと気がすまないから。 言われたとおり、北東へと進んでいた快斗は、ふと、人の気配に気付き、足を止めた。 明らかに不自然な相手。全て黒で統一され、いかにも組織と関わりがあるように思わせるその黒と、立ち位置に疑問を覚え、人ではないと確信する。 「お前か。お前が今回の黒幕か。」 「そうとも言うかもしれないが、少し違う。・・・きっと、お前に理解する事は不可能だ、黒羽快斗。」 しっかりと、相手は自分のことを知っている。つまり、魔術師の面々のことも知っていると考えてもいいかもしれない。 そして、はじめから新一の居場所も知っていたに違いない。 だから、わざと泳がしていたのだろう。そして、全員をばらばらにさせた。 「悪いが、君と遊んでいる時間はないんでね。」 「俺だってねーよ。」 新一を大丈夫そうな場所に降ろし、刀を抜く。 先ほど、時矢からもらったそれを、相手へと向ける。 「ほぉ。いい刀だ。」 「・・・。」 「だが、お前はまだ、使いこなせない。」 勿体無い限りだと、男は容赦なく快斗の間合いに入り込み、何かの力で、快斗を吹き飛ばした。 突然の事と、思った以上の力で吹き飛ばされたが、上手く身体を使って何とかどこにもぶつかることなく地に足をつける。 だが、それによって新一からかなりの距離を持ってしまった。 そして気付く。はじめから相手の目的は新一だ。だから、邪魔な快斗を遠くへ、側から離したのだ。 最初から、全員が他のところへ気が向くように仕掛け、最後に残る新一を連れて行くのが目的だ。 「っ、新一―っ!」 「時間がないからね。君には彼等が相手をしてくれるよ。」 すうっと、男はいったっきり、新一を抱き上げて闇にとけていった。 新一も一緒に、闇が包み込み、あとには先ほどと同じように何も残らない。 追いかけようとすれば、立ちはだかるものがいる。 紅い三つの眼をこちらに向ける三頭の獣。漆黒の毛並みを持つ獅子で、背中に翼がある。 「・・・追いかけるんだから、邪魔するな。」 人間的な優しさの欠片もない、低い声、鋭く冷たい目。 あの男はこの刀を使いこなせないといった。 なら、こいつらで試してやる。使いこなせるということをわからせてやる。 「実践は得意だから、お前達に未来はない。」 それぞれの場所で、それぞれの者達の闇との戦いが始まった。 コツコツコツ・・・ 何もない闇の中を男が一人、人を抱えて歩き進む。 何処へ向かっているのか、まったくわからないその中で、迷わずに進む。 「ん・・・っ、誰?!」 「起きられたんですか・・・。」 「離せっ!」 起きれば、見知らぬ男に抱えられていた自分。そして、何もない闇に包まれた空間の中。 新一は男の腕をすり抜けて、宙で一回転して着地する。 ふわりと、風の力が新一の身体を軽やかに舞い躍らせる。 「・・・お前・・・。闇を司る神か。」 「いかにも。最近のまだまだ名もない小さなものですがね。」 「俺の力を喰らうのか?」 「少し違うね。」 いったい、新一に何を求めているのか。 深い闇の力を感じる男の顔を睨みつける。一瞬の隙も見せず、ただじっと見る。 そんな新一を見て、相手は苦笑する。 「どんなに時が流れても、私を忘れたとしても。君は、新一はあの時と変わらない眼を持っているんだね。」 「何?」 コツ――― 一歩、男は新一へと近づいた。新一は一歩、後ろに足を引いた。 その繰り返し。この何もない闇の中、どれだけそれを繰り返したか。 「新一。今の現状をご存知かな?」 「っ、まさか、皆はっ?!」 男の言葉で、不安に思っていたことが溢れ、叫んでしまった。 志保や紅子、そしてキッドや快斗。時矢も、自分の記憶が途切れる前にいた人達はいったいどうなったのか。 「今はこんな状態。結構皆、頑張ってるみたいだよ。」 「っ、快斗っ!キッド!・・・そんなっ・・・。」 まるで写真のように、どんどん変わっていく映像がその闇に映し出された。 まるで、実際すぐ側にいるかのように、見られるそれ。 そして、何とか倒していても無傷というわけではなく、急いでここから出ないといけないと出口はどこかと探す。 「出口はありません。ですが、出口は存在します。」 「ならっ。」 「私を倒してもどうにもなりません。・・・そうですね。貴方も先ほどまでの夢でわかっているでしょう?」 それを言われて、やはりこの男は只者じゃないとわかる。 気配でさえ、こんなにも闇の力を抑えている男だ。そして何より、夢で紅子に告げられた言葉のことも察している。 「『失いし親しき人が帰ってくる時、途切れた記憶が戻り、闇に閉ざされた世界に光が差すだろう。さすれば、おのずと道が開き、進めるだろう。』・・・こんな感じでしたかな?」 「っ、てめぇ。」 扇で男をどうにかしてやろうと思ったら、いつの間にか側にいた男が新一の腕をつかんだ。 そして、一度見た事がある、キッドと同じ無の表情で自分を見下ろして言う。 その刻印の封印を解くときですよ。と。 その後、男は新一の腕を離し、闇に融けて消えた。 健闘を祈りますよと、言葉を残して。 へなっと、新一はその場に崩れた。 そして、悔しい思いでいっぱいだった。 あの男は、確実にこの刻印のことも力の事も、そして封印の事も知っていた。 「こんな刻印も力もいらない…。いらねーよ…。」 だから、自分から大切な人達を奪わないで欲しい。 守りたくても守れない大切な人達。 強いけれどとてももろくて崩れやすい人達。 そんな彼等の側にいて、自分は救われた。だから、守りたかった。 なのに、結局自分のこの力のせいで巻き込んでしまった。 だけど、今は立ち止まっている暇はない。 きっと、決意を決めて、新一は立ち上がった。 戦う彼等を助けないといけない。そもそも、この闇は自分が原因なのだから。 そして新一は、真っ直ぐ感覚のまま、闇を進んだ。 その先に何が待ち構えていようとも、受け入れて、邪魔をする壁ならば打ち砕いて、迷わず進むと決めた。 その先にあの人達がいると信じて。 ただひたすらに、新一は歩いた。 そして、ぱっと、明るい光で視界を奪われた後、そこは月華楼となった。 どうしてだと思っていると、背後から声が聞こえた。 そこにいたのは、寺井と自分だった。 これは、過去の自分だ。それも、自分の記憶にない声の寺井との記憶。 「な、どうして・・・?!」 まったくわからない。 だけど、どこかで心が覚えている。 カチャリ あけてはいけない箱を開ける音。心の奥にしまいこんだ箱を開ける音。 嫌だと思っても、記憶はさかのぼる。 そして、はっきりと思い出さされた。 「寺井さん・・・。もう一人の、あの時なくなった・・・。」 よもぎ餅を一緒に作った人。最後まで自分のことを気にかけてくれていた優しい人。 どうして、忘れていたのだろうか。 「逃げた・・・のか・・・。」 目の前での人の死は辛いから。両親のことでさえ、生きていると信じていても辛かった。 そして、実際に目の前で近しい人の死を目の当たりにして。 心が耐え切れなくなっていたのだろう。 誰よりも人の死に敏感な幼い少年は、死を恐れた。自分の死ではなく、人の死を。 傷つきやすく、それを受け止めて一人涙を流す少年は、決して人には涙を見せようとはしなかった。 そんな彼は、過去に一人救えなかった命があった。 過去に救えなかった命の重さは、今でも重く圧し掛かっている。 それと同時に、寺井の時と同じように忘れてしまっていたけれど、もう二度と忘れないだろう。 思い出してしまったのだから。そして、それを受け止めて生きていかないといけないとわかっているから。 「どうしてなんだよ。こんな力があったって、何にもならないじゃんかよ…。」 かつて、自分が救えなかった命を前にして言った言葉。 寺井の時にも思った言葉。本当に、自分の持つ力とはいったい何なのか。 助けたい人を助ける事が出来ない力。助けたい為に使いたいのに、何にも役に立たない力。 救えなかった命を前にして、ただ呆然としていた。 そしてはじめて人前で見せた、彼の涙。側にいた顔見知りの毛利家の娘、蘭は何も言えずにただ立っていた。 光を通して透明なそれは輝きを放つ。綺麗で、どこか儚い何かがある。 彼女に覚えてもらっているのは嫌だったから、つい力を使って彼女のその時の記憶を奪った。 その罰であるかのように、忘れたくなかったが、つらくて心が拒否し、忘れてしまった。 魔女の予言の失いし親しき者とは、寺井でもあり、あの人でもある。 それを全てしっているあの闇は自分に近づいてきた。 何の目的かはわからないが。 その場で呆然と固まっている新一に、再び現れた男が声をかける。 振り向かず、ただ無言で下を見る新一。 「そんなことをしている間に、時間は過ぎていくばかりですよ。」 「一つだけ、聞きたい。これは・・・・・・・お前が、お前が仕組んだのか・・・?」 一向に表情の変えない男が新一に答える。 相変わらず何が正しいのか、そして何が言いたいのかわかりにくい答え。 「確かに、仕組んだのは私かもしれません。しかし、これが正しい今の運命。」 「・・・どうしてなんだよ。いったい、何が目的なんだよ。」 俺だったら、俺だけにすればいいだろと言っても、相手は一切感情を動かすことなく答える。 確かに新一が目的だが、まずは新一が気付かないといけないと。 「早くしないと、永遠に出口は見つかりませんよ?」 「・・・。」 再び闇に融けて消えた男。 だが、いつも側で自分を見ているような感じはする。 だけど気にせずに、新一は再び歩き出した。 忘れていた真実をまだ整理して受け止められていないが。
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