油断した

あの日、二度と同じ過ちを繰り返さないと思っていたというのに

また、自分は失態を犯してしまった

 

きっと、今自分が死ねば

あのお姫様は泣いてしまうだろう

だから、無理やり生きようと逃げた

 

そうしたら、あの日と同じようにあのお姫様が現れたんだ

 

 

 

第二幕 怪我をした黒い人

 

 

 

くったりとして、しばらく眼を覚まさないだろう新一の身辺を綺麗にして、仕事に取り掛かる為に電話で寺井を呼び出す快斗とキッド。

後で起こるかもしれないが、あの手紙をもらってすぐなのだから、今夜に必ず相手は仕掛けてくる。

だから、今夜中に始末しておきたいのだ。

何せ、相手は事情から新一の居場所まで知っているから。

 

「寺井ちゃんすぐ来てくれるって。」

「それは良かった。誰か一人がここにいないと困りますからね。」

 

今はあの暢気な夫婦達はいない。だから、頼む事は出来ないのだ。

それに、ここには味方はいないし、哀も紅子も出払っている。

 

「寺井が来たようですね。」

「本当だ。」

 

連絡をしてそんなに時間が経っていないが、急いで来てくれたのだろう、寺井がやって来たと下から連絡が入った。

 

「では、説明しておいて下さい。私は一足先に行ってきますから。」

「行ってらっしゃ〜い。」

 

本当は快斗と新一を二人っきりにしておきたくないところだが、あれだけしておいて、またするような事はないだろうし、寺井も来ているので止めると思ったので、キッドは仕方ないと思いながら出て行った。

しっかりと、玄関から出ることなく、窓から出て行った。

だから、下では出て行ったという証言がなく、皆が部屋にずっといたはずだと証言するので、あまり疑われたりしないのだが…。

 

出て行って数分後、上に上がってきた寺井を向かいいれ、今回の事と今の新一の状況を簡単に説明して、寺井に任せて快斗も出て行った。

彼はばっちちりと裏口から出て行った。出るときにはまた来てね〜と笑顔で園子に見送られた。

 

さて、部屋では食事を用意しないといけませんねと、寺井が少しうれしそうに、そして心配そうにといった微妙な表情をしながら、奥の部屋へと行った。

うれしいというのは、あの二人が少しずつ良い方向へと変わっている事で、心配なのはそれによって少し辛くなると思われる新一の事である。

 

今までずっと彼等を見てきたから、保護者代わりのような感じで、どうも心配してしまう。

大丈夫だと思っていても、心配してしまう。いつも大丈夫だといっていた旦那様…盗一が前回のように生きていたからいいものの、死んだとされた時は驚きと悲しみ、そして盗一を殺したとされるものを憎み探したものだ。

だけど、途中からそれよりも二人や新一のことをしっかり見ている方が大事だと思うようになった。

憎む事はよくないと、いつも盗一に言われ続けてきたからだろう。

 

だから、少しでも彼等の役に立てるようにと、今は起きた時の新一への食事の用意が大事だと、奥へ引っ込んだのだ。

まだ、当分の間は快斗から聞いている限りでは目を覚まさないと思っていたからだ。

 

 

 

 

 

しばらくして、食事の用意をして、キッド達の分を残して新一の分だけをお盆に乗せて戻ってきた寺井は少し慌てた。

何と、まだ寝ていると思っていた新一が起きていたのだ。それも、辛いだろうに身体を起こしていた。

 

「新一様っ!」

「あ、寺井さん…。」

 

悪戯が見つかったような顔で少し困ったような表情を見せる新一。

戻ってくるのを知れば寝ていようかと思ったが、今はそれどころでもなく、そのせいか気づかなかったのだ。

 

「すみません。しかしお願いがあるんです。」

「どうか、なさったんですか?」

 

もし、その願いが今回の仕事に関する事なら、止めなくてはいけないだろう。

彼が傷つけば、多くのものもまた傷つく。それによって、さらに彼もまた傷つく事がわかっているからだ。

 

「この近くで、俺の知り合いが一人、事件に巻き込まれて重傷を負っているんです。」

「何ですと?!」

 

その言葉に、さすがに寺井も少し慌てる。

事件に巻き込まれて重症を負っているということは、危ないという事だ。

それに、もしかしたらまだ助かるかもしれないし、助かればその相手は唯一の目撃者となるだろう。

 

「俺の側いる妖精が教えてくれたんです。お願いです、行かせて下さい。」

「…。」

 

寺井に外に出ないようにと釘を打たれている事を知ってのお願い。

主の二人に背く事は出来ないが、新一のお願いも無碍には出来ない。

 

「この子が、その場所までつれていってくれますから。」

 

ふっと、見えるのは小人のような生物。つまり、その妖精の力をつかってそこまで移動するというものだろう。

それなら、そこまで体の負担はないだろうし、歩いていくよりも目撃者もないし疲れさせる事はないだろう。

 

「そうですね。新一様のご友人様でしたら、尚更助ける必要がありますし、巻き込まれたという事でしたら、目撃者ですし。きっとあの二人もいいと言ってくれるでしょう。」

「ありがとうございます。」

 

お礼を言って、すぐに移動させてほしいと頼むと、その生物はうなずいて、くるくる新一と寺井の周りを回って、あっという間に外にいた。

 

そして、そこには倒れている黒い服の男がいた。それも、かなり重症を負っているらしく、流れている血の量がすごかった。

だが、寺井は黒い服ということから、かつて哀が所属していた組織の事を思い出した。それ故にすぐに手をだせなかったが、すぐに新一が近づいた事から、間違いなく新一の知り合いなのだろうと判断する。

 

しかし、始めてみるその男の存在が、寺井は一嵐来るような気がいた。あの二人は、とてつもなく独占欲がつよいからだ。

自分も知らないこの男の存在。新一が慌てる程の存在。どれだけ大きな存在かは見ていてすぐにわかる。

 

「部屋まで頼む。」

『任せて。安心して。怪我は癒されていくから・・・。ね、神楽様。』

 

こんなになっていったいどうしたんだと悲痛の叫びを抑えながら、妖精に頼む。

妖精もまた、悲しむ彼の姿と心を見て、すぐに従って部屋までつれていってくれた。

もちろん、寺井には妖精の声など、聞こえてはいないが・・・。

 

 

 

 

 

部屋に戻った後、新一はそれ以上動けずにいたが、その分寺井が適切な処置を施していった。

彼が何ものであるかは、あとで二人が帰ってきてから新一に聞けばいいし、今は命を繋ぎとめる事が大事なのだ。

 

「すみません、寺井さん。」

「気になさらないで下さい。二人が帰ってくるまでの間、新一様の事を任されていますから。この事も、その範囲ですよ。」

 

笑顔で対応してくれる寺井に申し訳なく思いながらも、男を心配しながら再び眠りに落ちる新一。

自分に任せておけば大丈夫だろうという信頼。

少しは頼ってくれているのだと思えてうれしく思われるが、これではあの二人に嫉妬されてしまうとくすくす笑みを零す。

 

四人が帰ってきてここに集まるのはもう少し。

 

そして、日が暮れて予告を果たしに来るのも後少し。

 

 

 

 

 

 

 

ふっと、意識が戻り、自分が今まで意識を失っていた事を覚った。それと同時にあれがまだ動いている事も、自分が怪我をしていた事も思い出した。

だが、痛みはそれ程感じなくなっていた。そして何より、自分は布団で寝ていて、手当てもされていた。

どうやら、誰かによって助けられたようだ。

いったいここは何処なんだと辺りを見る男はふっと自分の側にある、腕を見つけた。

 

「…そうか、お前が見つけたのか。新一…。」

 

自然と、男の顔が綻ぶ。近くで動けずにいた自分のことを感じ取り、慌てて来てくれたのだろう。そう考えると、ここは月華楼ということだろう。工藤邸には何度も無断であるがお邪魔させていただいているので中を知っているからだ。

 

だが今は、そんなことよりも彼の事を気になる。何処となく幼さを見せる無防備な新一の姿。すっと腕を伸ばして黒い彼の髪に触れる。

すると新一はビクッと動いた。そしてもぞもぞと動いて暖かさを求めるのか、自分の側に寄ってくる。

昔と変わらないなと思う。

昔もよく、風がきつくて寒い日は自分の懐にもぐりこんできたものだ。

変わらないなと思いながら、新一を見続ける。

 

すると、外にいる何者かの気配を感じ取った。すぐさま警戒しながら、新一を懐へ抱きこむ。

新一も気を許さない相手ならすぐに目を覚ますだろうが、この様子では知っている相手なのだとわかる。だが、彼には複雑なものでもある。

 

「…誰だか知りませんが、その手を離していただけませんか?」

 

窓から現れたのは、白い衣をまとう青年であった。そう、闇でも知られる怪盗KIDである。もちろん、彼がここの主でありキッドであると知っている。

思っていたより、自分は長くいたみたいである。情報では、新一を残してキッド達は外へ出かけていたはずだからだ。それも、簡単には戻ってこない程のもの。

 

「それと、貴方が何ものなのか、教えていただきたいですね。」

「…教える必要があるようには思えないが?」

 

お互いにらみ合いながら、動く事は無いがここで一暴れあるような勢いである。

それもそうだろう。

キッドにしてみれば、いくら寺井から新一の知り合いだと言われても、こんな胡散臭くて闇の匂いがするような男が新一に触れているなんて許せるはずがない。

男にしてみれば、だいたいの事情は知っているが、新一を大事にしているのは自分も同じなので、面白くはないといったところだ。

 

無言で睨み続ける二人。

そんな中、もぞもぞと新一は動く。

ピリピリとした二人の気配を感じ取ったからだろう。彼は目を覚ましたのだった。

 

「おい。何やってるんだよ。お前等。」

「新一…。」

「起きたのか…。」

 

出来れば眠っていた方が良かったと思う反面、起きてくれて良かったと思う二人。

争う事を嫌う新一だから、争う前に止められれば自分達はやめるから。

 

「…それで、新一。聞きたい事があります。」

「…なんだよ。」

「今の状況の事は後で聞きます。今はこの男について聞きたい。いったい何者なのですか?」

 

何者だと聞く当たりから、一般人だとは思っていないという事だろう。

そんなに簡単にばれるものかなぁと思い、側にいる男を見てやれば、苦笑していた。

そして小さな声で聞いたのは、同じ闇の住人同士だから匂いがわかるのだと。

 

「…こいつはなぁ。」

「わざとらしいことはいりませんよ。」

「…。」

「新一。」

「…こいつは…。えっと、俺の知り合いで、キッドのような危ない仕事もする奴で、前回最後に黒兎を追い詰めた男だ。」

 

諦めて、新一は話す。別にこの男はそれぐらい話したところで痛くも痒くもないのだろうから。

だが、キッドは違ったようだ。やはり、どれだけ情報を探しても見つからない黒兎を襲った何者かが、まさか新一の知り合いでこんなに簡単に出会うとは思っても見なかったのだろう。

 

「そして、こいつは俺たち三家の関係者でもある。」

「…っ?!ど、どういう事ですか?!」

「言ったとおりだ。だが、内容についてはまだ言えない。しりたけりゃこいつ…時矢に聞け。」

 

それ以上は話さないと口を閉ざしてしまった新一。

同時に苦笑いを浮かべる時矢。新一はまだ敵意を向けたまま時矢を睨む。

今の状況はキッドにとってうれしくない状況のままであったからだ。

 

「それにしても、新一・・・。他の男に気を許すなんて・・・。」

「あ、これは・・・っ!大体、俺は何もしてねーだろ。したのはそっちだろ。動けないんだからしょうがないだろーが!」

「そうそう。しょうがないんだよ。不可抗力。それに、くっついてきたのは新一の方からだからね。俺はそれに答えただけさ。なぁ、キッド君?」

 

かなり、むかつく男だと判断。絶対に、合わないということもインプットされた。

そこへ、さらにこじれるのか、快斗が帰ってきたのだった。

 

「で、本当にどういう事なんだろうねぇ・・・?」

「だからっ・・・。」

 

まったく、どうすればいいというのだ、この二人は!

動けないからこのままいるのだが、それを挑発するかのように新一を腕に抱きこむ時矢もいけないのだが・・・。

そもそも、動けないような原因を作ったのはこの二人である。

本当に嫉妬深い男だなと思うと同時に、どうするべきかかなり困っていた。

何せ、今晩どうなるか恐ろしくて考えられないほどの事がありそうで・・・。

 

「ま、話は後でゆっくりしてやる。だから、今は新一を寝かさせてもらうぞ。何せ、お前等に付き合ってくたくただからな。」

「なっ・・・!」

 

その発言はつまり、しっかりと知っているという事である。

やはり、新一の言うとおり、この男はほとんど情報を知っている。

自分達の事も。

 

「気に喰わないのですが、確かに新一の体のことの方が重要ですね。」

「だから、アンタは一人で大人しく寝ててね。」

 

と、新一を布団から抱き上げて、連れて行く。

まぁ、これ以上こじれるのもあれなので、時矢は何も言わなかった。

何より、新一が二人の事を好きだから、だからこそ受け入れているのだと知っているから。

 

「失恋は悲しいねぇ。」

 

その呟きを聞くのは誰もいなかった。

新一を連れて、奥の部屋へ二人も引っ込んだからだった。

 

さて、これからどうするか。

時矢は考える。あの危ないものをどうするか。どうすれば、新一が悲しまずに、そして苦しまずに片付けられるか。

 

「どうやら、手紙も届いたようだしな・・・。」

 

間違いなく、最終目的は新一だ。

あれは、新一を探している。間違いない。

 

「あの写真の子供は間違いなく、新一だからな・・・。」

 

相手にしているときに見た、新一の写真。

かなり古くボロボロだった、幼い頃の新一の写真。見間違えるはずがない。

そのせいで、こうも簡単にやられてしまったのだけど。

 

やはり、自分は新一が関わると弱くなる。

強く有らねばいけないというのに・・・。

 

「まるで、海と同じだな・・・。」

 

力を求め、生き続けた男。悲しみと苦しみばかりの道を進んだ、巫女を愛したもう一人の男。

最後は確かに幸せだっただろう。

 

まだ、キッドも快斗も気付いていない。

利人と海が、もしかしたら双子だったんだという事から、二人が双子で現れたのだと言われている。

しかし、実際は違った。

今回は、双子として生まれなかったのだ。

利人が、巫女を守る為に自分が一人では手が足りない事を考えていたから、今回は双子として生まれたのだ。

 

だから、快斗には力がない。海の生まれ変わりならば持っていると言われるはずの力が。

そして、それを持っているのは自分である。

普段は隠しているが、この目が証拠でもある。

 

「このめがねは、目の色を変えているのを気づかせない為の壁・・・。新一はきっと、気付いているのだろうけれどな・・・。」

 

思い出すのは過去の自分。

海と同じ、親殺しである自分の事。

事故であったとしても、自分自身が許せなかったあの日。

 

そのあとは、面白いぐらいに堕ちた。止まることなく堕ちていった。

それをとめたのは、あの蒼い天使だった。

手を差し出し、引き上げてくれた。自分の新しい生きる希望という名の光。

そんな彼の為に何かしたいと思った。

 

はじめて、誰かの為に何かをしたいと思った瞬間だった。

 

きっと、彼自身はわかっていない。

だからかもしれないな。

ここに集まった者達は皆、彼が好きで、彼の幸せを願っている。

 

「そろそろ、知られる時か・・・。」

 

自分の事や彼の隠した刻印の事。

それが、彼等に知られる時。

 

どうなって、いくんだろうな。今、殺人予告で忙しいというのに・・・。

 

今は休もうと、時矢は眠りについた。

明日、あの二人は話を求めるだろうから、答えられるように。

そして、彼に、新一にこれいじょう心配をかけないように。

 





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