貴方は私に存在理由を与えてくれるかしら? あんたは俺に存在理由を与えるのか? 私は貴方方に存在理由を与えるのではなく、お願いするのですよ。 私は我儘なので、命を粗末にする者たちを。 とくに貴方方のようなお気に入りを放っておけないたちでしてね。 私はいつも一人なんですよ。 この世界も、弱肉強食で、信じられる物はありませんから。 その点、貴方方でしたらあまりお互いの事を知らないですし、身を守る術をもっていますし、適任でしょう。 男はこの屋敷に住むことを、そばに居てもいいのだと言った。 三人とも、結局は一人ぼっちで、孤独をかかえていたんだ。 だから、探していたんだ。信頼しあえる大切なものを。 第十幕 存在理由(後編) まずは服装をどうにかしないといけないと、利人はチリンと近くにあった小さなベルを鳴らした。 するとすぐさま一人の老人が部屋へとノックをして入ってきた。 利人がこの屋敷で信頼している執事だと説明した。 「悪いけれど、この二人の服。頼めるか?」 「はい、もちろんですとも旦那様。お風呂の用意もしておきましょうか?」 「そうだな。どうせしばらく入ってなかっただろうしな。」 何だか断ることも意見を出す事もなく、執事、寺井に連れられていく二人。 背後ではいってらっしゃいと見送る利人の姿がある。 これでもし何かあれば即やってやると、物騒な事を考えている海だが、結局は取り越し苦労という奴だった。 「お、似合うじゃないか。」 「なんなんだよ、これは。」 「なんだか、悪いわね。お風呂には感謝するけど。」 海が着ている服は動きやすいように出来ているが、この屋敷にいても不振な事はない執事と同じもの。 この屋敷の執事の服は、警備隊や門番達以上に動きやすいように出来ているものである。 実はここの執事である寺井は、只の屋敷の主に仕えているだけの他の執事とは違った。 そう、殺し屋と同じ、もしくはそれ以上に戦場という場所を生き抜き、鍛えられていた。 「・・・アンタだけには関わりたくないと、他の連中は思うだろうな。」 「そういえば、白都家の当主が冗談だといいながら言っていたな。」 「きっとそれ、本心だぜ。」 「そうなのか。」 「・・・頭いいのか悪いのかわかりにくい人だね。」 「それはどうも。それで、着心地は悪くないかい?」 悪くないよと袖を少しいじりながら答える新納。 この屋敷の妻や娘、家族が着ていてもおかしくないような上等な物。 今更だが、この男は自分達は執事や養子といった事で引き取り、隠すつもりではないのかと思った。 その問いにはあっさりとそうだと答えた。 「世間には話していないからね。私に子供がいることは。妻は亡くなったけどね。」 それが意味する事は簡単だ。 何者かによって殺されたのだろう。邪魔なものは排除しようとする世界。それを罪とは思わないような世界。 人は自分の利益のために人を陥れる事も簡単に出来る。 「で、私は何になるわけ?」 「そうだな。別にここは悪くなさそうだからいてやる。」 「それはそれは。頼もしいですね。新納さんは私の新しい妻として、海さんは執事件護衛として。悪くないでしょう?」 そのにっこりと言い切った男に、海は別に問題なさそうだが、新納は顔をしかめる。 そりゃそうだろう。いきなり妻だとか言われたのだから。 「どういう事よ。嫌よ。妻だなんて。」 「じゃぁ、君が答えてくれるまで待つよ。私は君の事が好きだからね。」 「俺には関係ないから、勝手にやってくれ。」 騒ぎながら、一夜を明かした。 出会って数時間の三人だが、何年も一緒にいた友人のように親しくなった。 そして、新納はしだいに思いが傾き始め、利人の妻となる事を選んだ。 新納は得意とする扇での舞を披露し、海は野党を捕らえたりし、それぞれ稼いでいた。 二人は人から与えられるだけは嫌いな性分だったからだ。 利人はそれに気にする事なく、好きなようにさせていた。 自由にやるのが一番いいから。 ただ、仲間がいること、帰る場所があることが、心強い支えとなるから。
三人は目の前に敵が立ちはだかろうとも負けず、立ち向かって越えてきた。 そうやって過ごしてきた。 だけど、人は老いるもの。そして、次代が後を継ぐ。 新納は利人の子供として三つ子を生んだ。そして、海との間にも双子を生んだ。 その後すぐに息を引き取ったが、子供は五人、男三人と女二人。 それぞれが利人と新納と海の意思を継ぎ、兄弟、異兄弟で婚姻していった。 その後、本来あった権力者黒羽家、巫女の一族であった工藤家、執事や護衛その他なんでもこなす玖城家と名乗り、その三家が成長し続け、深い絆でお互いを支え続けた。 どうして海との間にも子供が出来たのかは理由はわからない。 だけど、最近になって分かった事があった。 利人には双子の弟がいたんだ。 だが、その弟は昔誘拐されて帰ってこなかった。 その弟こそ、海だったのだ。 真実を知る者が誰一人残らず、本人も聞かされることなく間違ったままだったから気付かなかったのだろう。 誘拐された子供が捨てられた後、拾われた。そして、拾った女は子供が出来ない為に、愛しい人をつなぎとめる為に嘘をついたのだ。 黒羽家の祖母が悪魔を夫にしていた事はわかっていた。女は、子供が黒羽家の行方不明の子供だと知っていた。 女はこれまた運命の悪戯なのか、黒羽家に勤めていた事があった。 利人やその両親との面識もあった。だからこそ、知っていた。 本当の両親が誰であるか以外の事は全て話したのだ。 そんな時のめぐり合わせの中で出会う三人。 推測でしかないが、そうだったのだと何代か前の工藤家にいた予言師が言った。 その後、人と交わる巫女。どうなるかを知っての覚悟の上での行為。 巫女は人と交われば力を失う。その力は子へと渡る。 その後も変わりなく過ごしていたのだろうが、だんだんと海へも気持ちがかたむいていったのだろう。 同じものを持つ二人を、愛してしまったのだろう。 そして、近々初代の三人の魂が戻ってくる事も知った。 その三人こそ、キッド、快斗、新一である。 過去最大にしてこれ以上ないほどの、あの巫女をも越える力を持って生まれた新一。 初代以上に頭がよく、対応もはやくて執着心が薄いキッド。 家は違えども、同じ。結局は双子であり、考える事も同じだけど、違う快斗。 長い年月をかけて再びこの世に戻り、再会を果たす彼等。 彼等の存在理由は簡単だけど、存在していくのはとても難しい。 彼等の存在理由はお互いがあってこそ。 そして、そんな彼等を理解して支えてくれる者の存在。 だが、それ以上にお互いを守り、理解して支えてくれる存在と出会うのは難しく、守るのも大変である。 だけど、結局彼等は守ろうとしたゆえに命を落とした。 だから難しい。 彼等にとって、互いの存在がなければ、バランスを崩してその先へ進む事はできないから。
三人をゆっくりと見る盗一。 話を聞きながら考えているのだろう。今の自分達のことと過去の自分達のこと。 「・・・なら、結局はどれだけ先になっても出会う事は運命ってことだね。」 「そうですね。二人というのがあまりうれしくはありませんがね。」 「・・・なんだか嫌な過去だな。二股じゃねーか。」 「今も充分二股でしょ?」 「そうですよ。まったく、快斗に気を許すなんて許せませんでしたよ。覚悟はしていましたが・・・。」 「・・・。」 顔を赤くしてそっぽをむく新一。そんな一つ一つの仕草を愛しく思うやや獣になりつつある二匹。 寸でのところで、父親がいるのでポーカーフェイスで隠すが、きっとばればれだろう。 新一は相変わらずそっぽむいているが、キッドと快斗がお互いを見て考えている事が一緒なのに苦笑しながら、両サイドへにしっかりとついて頬へキスを贈った。 「な、何すんだよ。」 「何って、キス。」 「キス以外になんだと思うのですか?」 顔を真っ赤にして離れろと懸命に二匹をはがそうとするが、離れるわけがない。 抵抗しても離れないそれに、さすがに疲れた新一はもうどうでもいいと言わんばかりに、好きなようにさせておいた。 現状といえば、右に快斗左にキッドで片方ずつ手をとられて二人の片腕がそれぞれ背中へとまわしていた。 まぁ、あったかいのでいい事にしておく新一であった。 「・・・話はそろそろ終わったかしら?」 「あ、終わったよ。」 「そう。なら、少し新一君に話があるからいいかしら?」 「しかし・・・。」 「あと、今晩は駄目よ?」 「「・・・。」」 この二人に釘をさされれば、手出しをした後が怖い。二人が近づいてくるのにあわせて新一から離れる二人。 なんだか少しおもしろくない新一。 「むくれないでちょうだい。すぐすむから。」 「・・・。」 「あと、一つお願いがあるのだけど。」 「・・・なんだ?」 「無茶だけは、しないでよね。」 「・・・。」 「貴方の幸せが私の幸せなんだから。」 覚えておかなければいけない。 自分を理解してくれる人、支えようと手を差し伸べてくれる人。 大切な人と同じように大切に考えなければいけない。 そうしないと、悲しませる事になる。失う事になる。 過去の自分はきっと、誰彼かまわず今のように助けてきたと思う。 自分の目の前で人が死ぬのは嫌だから。 いくらそれが敵だとしても。目は何かを訴えるから、敵でも助けてしまう。 ただの、何も訴えも輝きももたないものにはわからないが、ほとんどの場合は手をさし出す。 あの暗殺者、ベルモットを助けた時のように。 そして、黒兎やベルモットでも歯が立たないような、誰もまだ気付いていないあの男の事も。 きっと、自分はどんな事があっても目の前にあるものを助けようとするだろう。 それが、自分に課せられた指名だと思う。 キッドにはキッドの、快斗には快斗の、そして哀や紅子にも彼女達の指名があるんだと思う。 それぞれ自分の存在理由を探しながら、請け負った使命を果たすべく生きて行く。
ふと、感じるもの。 すぐにその正体がわかった。まだ、誰も気付いていないだろうが。 紅子の信頼している魔王ルシファーの予言としてもひっかからないほど闇に染まった男。 だが、闇に堕ちることなく光を持ち続ける男。 「俺、ちょっと外に行って来る。」 「こんな時間にですか?」 「俺もついていく。」 「駄目だ。お前等はここ。まずは怪我の手当てを哀にしてもらえ。」 すっかり忘れていたが、いろいろ怪我をしていた。 優しいものだが、油断するとどうなるかわからない。 「だから、俺一人。しっかり治療してもらえよ。」 「ちょっと、新一!」 「待ってよ、新一!」 無常にも去っていく愛しい人。 そして、今自分に襲いかかろうと背後で立ちはだかっている女二人。 治療しましょうかと、何やら薬品を散らすかせるのがまた恐ろしい。 ここは大人しくするべきだと、諦める二人。 もし何かあれば、予感が自分達を動かすだろうと思うから。 大切な愛しいお姫様を守る為。
屋敷を出てしばらく歩いていく。もちろん、人気のない場所へとだ。 新一はこのへんなら大丈夫かと思えた頃、歩く足を止め、出て来いとつぶやく。 本当に小さなその声。だが、ずっと後ろから伺うようについてきた気配の主には聞こえていて、その命令のような言葉に合わせて姿を見せた。 闇を生きる住人である彼。 何処にも属さないが、最強と言われる仕事人。 殺しも行う、凄腕の仕事人。 きっとこの男一人相手だとしても、『魔術師』は適わないかもしれない。 「やはり、適わないね。新一には。気配を消していても気付くのだからさ。鍛錬不足かな?」 「そんなことはない。お前の気配の消し方はあのキッドや快斗、親父達でさえ気付かないのだから。」 「へぇ、そうなんだ。それはうれしいね。」 「何がうれしいだ。それで、何しにきやがったんだ。………時矢。」 現れるのは二十代前半ぐらいに見える若い男。 背格好は平均的だが、仕事の関係上、キッド達のように筋肉や脳の発達は平均以上で、とても高い。 目は悪くないというのにわざわざかけられている伊達眼鏡から見える灰色の鋭い目。 伸びた髪を一つで括り背中へと流す。 以前、合った時より少しばかり前髪ともに伸びているようだ。 「・・・いったい何しに来た。」 「つれないね。でも、そんな新一も好きだけどね。」 「ちゃかすな。」 「・・・様子を見に来たんだよ。今回黒い兎が関わってきたみたいだからな。」 眉を寄せたのに、この男は気付く。ほんの一瞬の表情も、しっかりと見ている男。 いろんな意味で不利な状態。 「何より、組織が一つ関わってきているみたいだったからな。それも心配になった。」 「・・・なんでそんな事知ってる・・・・・・といっても、お前には愚問だな。」 「当たり前だろう。俺を誰だと思っている。」 「時矢だろ。」 その返答は間違いではないが、もう少しほしいところである時矢。 時矢もまた、新一に引かれてちょっかいを出す一人。 ベルモットとまた違って厄介なのが、感情がキッドや快斗に近いところだろう。 もし、あの二人が知れば即座に対処を考えて、この男をどうにかしようとする事だろう。 「何度も言ってるんだけどねぇ。どうしたら伝わるものだか。」 「さぁな。」 「君の事でしょう?」 「いや、お前の事だろう。俺には関係ない。」 「・・・関係は大有りなんですけどね。まったく話をそらすんだから。」 相変わらず話がまとまらないし、進まない。 だけど、ゆっくりと月を楽しめたのはいいかもしれないと、時矢を無視して月を眺めていた。 「月・・・。あいつらのシンボルだね。そんなに好きか?」 「・・・。」 「答えないと、さらって行くよ?」 「・・・嫌いじゃない。」 「まったく、素直じゃないね。そんなところもいいけどさ。」 「うるさい。」 独り占めして一緒に月を見る事が出来たのでよしとるすべきか。 いつも思うが、こんな無防備でいられると手を出したくなるし、このまま連れ去ろうかと何度思ったことか。 「・・・頼むからさ、そんな無防備でいないでくれ。」 「はぁ?お前、本当あいつらと同じ事を言うよな。」 まったくもって、このお姫様は自分の魅力というものに気付くどころか、その結果どうなるかなんてわかっていない。 ここまでくるとそれ以上あまり言えない。 あの二人が今まで他に変な虫がつなかいように影で努力してきたことは知っている。 きっと、このお姫様が気づいていない事も知っている。 「そういえば。何の仕事だったんだ?」 「いきなりだね。」 「お前がいくら心配だからといっても、なかなか動かないだろう?」 「そんなことはないよ。今回は本当に仕事もなかったんだ。」 「・・・嘘臭い。」 「ひどいなぁ。」 そんなたわいもない会話をするのも楽しい。 だが、時間はそんなに長くはないし、そろそろ戻らないとあの心配する二人は探しに来る事だろう。 「とりあえず、無事な姿と久々に新一の顔を見れたから今日は退散するよ。」 「帰るのか。」 「また、新一が望めば現れるさ。」 「・・・望まない。」 それは困るなぁといいながら、すぐに闇の住人の顔にかえ、新一に一礼した。 これで、しばらくはお別れだ。 やはり、あの男は自由に生きる男だ。それも、闇の中を駆け巡る風。 留まる事が出来ない風と同じ男。 最後の一言によって、悲しい気持ちになるが、そのうち調べで分かる事だろうから今は黙っている事にする。 古宮を殺した暗殺者は新一の考えていた通り、ベルモットと言う名の女だったと。
屋敷へが見えてきた頃、良かったと入り口に立っていた二つの影が新一の姿を確認して飛びついてきた。 なんだか大きな犬に懐かれた気分だ。 前々から思っていたが、やはり快斗は大型犬でキッドは猫科の大型獣のような気がする。 たまに、最後には食べられるんだよなと思ってしまうのだが。 「心配したんですよ。」 「何処行ってたの〜?」 「・・・月、見てた。」 「ああ、そう言えば満月でしたね。」 「そういえばそうだね。」 新一はいつも無意識に窓から空を見上げている。 見ているのは昼間だと雲や鳥だが、夜は月を見ていた。 なので、たまにのんびりキッドは一緒に月を見る。もちろん、その後にしっかりと新一を頂くのだが。 快斗はまだ、そんな事は知らない。 だが、すぐに同じ時間を共有する事になるだろう。 「さぁ、部屋に戻って休みましょうか。ね、新一。」 「三人で一緒にね。」 「・・・休めるのか?」 「休めますよ。今夜はしませんから。女史の怒りをかうのはごめんですし。」 「なんだか企んでるんだよ、哀ちゃんが〜。」 この二人の乱れから、何かやろうとしたのかと考える。 哀ならなんでもやりそうだ。今までがそうだったのだから間違いない。 「・・・今日はもう寝るか。」 「そうですよ。夜更かしはお肌によくありませんし。」 「俺は肌なんか気にしてない。」 「明日調査書まとめるから早起きだし。」 「それはお前の仕事だろう?」 「えー、それはないでしょ?」 楽しく一日を終えられる。 もう、朝はすぐそこまで来ている。 だけど、昼前ぐらいまでは、仕事の疲れを癒す為に眠るだろう。 今日は、温かいぬくもりがそばにあるのだから、ゆっくりと、気持ちよく寝られるだろう。 皆それぞれ部屋に戻って休む。 四人の迷惑な夫婦は工藤家へと向かい、そこで一日を過ごすらしい。 たまに、寺井や他の使用人達が掃除をしていたので、使えない事はない。 「じゃぁ、明日。」 「寝坊はいけないぞ。」 そんな事を言って、両親達は帰って行った。
皆、簡単に眠りの中へと誘われる。 そんな寝顔を見ているのは、空のお月様だけかもしれない。 |