何もほしいものはない。

 

何の希望も持つことはない。

ただ、闇の中を生きる為に進むだけ。

 

それを覆した蒼い一対の宝石。

 

現れたその蒼い眼に囚われ、守りたいと思った。

 

蒼いどこまでも鋭く輝く瞳。

 

すぐにわかった。

 

君が、探していた巫女なんだと。

 

 

 

第十一幕 舞姫の宝珠

 

 

もそりと、腕の中で動く何か。

少し間から眼を覚ましていたキッドと快斗はお互いを見ながら苦笑しつつ、そろそろ起きないと恐ろしい二人に怒られそうなので同時にまだ眠っている愛しい人を起こす。

 

「新一。そろそろ、起きよう。」

「起きませんと、女史や魔女殿に怒られます。」

「・・・まだ・・・寝る・・・。」

「駄目ですよ。」

 

ぼんやりと開かれた潤んだ瞳。

まだ眠たいので無意識なのだろうが、出来ればやめてほしいなと思うそれ。

このままでは、襲ってしまう。だが、襲えばあとでどうなるかわかったものじゃない。

 

「・・・皆、来ると思うから。起きようよ。」

「ほら。起きてください。」

 

二人はまだ半分以上寝ている新一を無理やり起こして、勝手に服を着替えさせてた。

もちろん、その間に少しずつ眼を覚ましていく新一だが、下へ行こうかと両サイドから支えられてもまだぼんやりとしたままだった。

 

下への階段を下りた頃、向こうからやってくる人影に気付いたキッド。

もちろん快斗も気付いて声をかけた。

その主は哀で、あまりにも遅いからそろそろ叩き起こそうかと思って、行くところだったのだと答えられ、起きてきて良かったとほっとする二人。

 

「あら。彼、まだ寝てるじゃない。」

「そうなんだよ。起きないの。」

「困ったわね。でも、いいわ。今日は優作さんが報告してくれるだけだから。」

 

さっさと歩いていく哀。

向かう先はもちろん特別室と呼ばれる場所。

魔術師が集まって話をする防犯も防音もしっかりとして、洩れる事も侵入者を許す事もない場所。

 

代々、黒羽家や工藤家がその部屋を継ぎ、どんどん設備を整えていく物だから、今では一筋縄ではいかない、警察も驚きのものとなっている。

こういったことには手を抜かない彼等だからこそ、今があるのかもしれないのだが・・・。

 

「おや?新一はまだ寝ているのか?」

「・・・親父・・・。・・・っ親父?!」

「やっとお目覚めのようですね。」

「もう、どうしようかと思ったよ。」

 

自分の父親の声がして、それを認識しようとして頭が少しずつ働いていけば、すぐさま眼をしっかりと覚まして覚醒した新一。

さすがのキッドや快斗も驚きの変わりのはやさ。

 

だが、今はこんなことをしている場合ではないので話を進める。

優作は昨晩の古宮の事件を話、続いてその暗殺者がわかったからと報告した。

出来れば哀は聞かない方がいいのかもしれないがと言ったが、自分は大丈夫だからと言い切られ、しょうがなく話を進めた。

 

「仕事を行ったのはベルモットという通り名を持つ、哀君がいた組織の仕事人。仲間として逃走経路やいろいろ準備を手伝ったのははっきりと分からないが、一人、いたそうだ。」

「・・・あの女がいたのね・・・。」

 

哀は悟られぬように必死で体の怯えを抑えた。

名前を聞くだけでもこうなるのでは、面と向かう事はきっと自殺行為だろう。

 

「どうやら、あの古宮と言う男は裏でいろいろやって、とうとう組織から手を下されたようだ。」

「そうなると、そうとういろいろ悪事やってたみたいだね。」

「ま、自業自得ですね。」

「自ら破滅していくってわかってるのに…。」

「それでも止められないのが人の醜い欲望ですからね。」

 

どんなことでも人の死を悲しむ心優しい人。

いつかその心が壊れてしまうのではないかと心配していしまう。

自分達がいる位置はとても危うい場所で、一つ間違えれば戦場なのだから。

 

「あと、ここからが重要な追加報告だ。」

「…何か動きがあったのですか?」

 

突如先程までとはうってかわり、余裕すらない優作の顔に何かを察するキッドと快斗と哀。

そして、その報告になんとなく想像がつきながらも、同じように真剣な顔の演技をする新一。

追加報告は、黒兎の行方についてだった。

それは思いもしないものだった。

黒兎は何者かによって深手を負わされて、現在逃走中なのだという。

 

「あの男にかなりの深手を負わすのは余程の事ですね。」

「そりゃぁ、調べてみないとね。」

「…調べはだいたいついている。」

「さすがは優作さん。」

「それで、どこの誰なのかしら?私も知っておきたいわ。敵なら対処を考えないといけないもの。」

 

新一に害があるものならば、排除しなければいけない。

三人が共に思う思い。必ず守りたいと思うものを守る為に戦う自分。

優作は小さく答えた。

それだけで、充分だった。

 

「…何故か知っていたよ。さすがとしか、いいようがなかったね。」

「何がとは、やはり新一の事ですか?」

「そう。何故か奴は知っていたんだ。隠していた情報であるのにね。」

「優作さんの情報操作は完璧ですからね。」

 

そう。完璧に情報を操作して、一切の情報を残さずに変えたはずだった。

それにもかかわらず、奴は知っていたのだ。

油断できぬ相手。腕も今回の事で改めて知れたのだから。

 

「『宝珠は蒼い衣を纏いし舞姫が持つに相応しい』…それが奴のメッセージらしい。」

「誰に対してかは、黒兎というのが一番わかりやすいのですがね。」

「もしかしたら、関係者全てにかもしれないね。あの子はあの力を持つが故に狙われるから。」

「厄介な人が登場してきたものですね。」

 

本当に厄介だ。できる限り話を知る者は少ないに越した事はない。

どこで洩れるか、どこで新一に危害が加わるかわからないからだ。

だが、少なくとも新一には害がないし、しばらくはその男を恐れて影を潜めるかもしれない。

 

「…彼にも新一には手出しさせませんけどね。」

「でも、負けねーけどな。」

「…正体を必ず突き止めてあげるわ。」

 

三人やる気は満々なのだが、新一はそんな四人が話している輪からそれ、小窓から空を眺めていた。

その人物は今頃すでに、この国から出ているのかもしれないなと思いながら。

そして、ずっと黙り続けているだろう秘密。

ベルモットやあの男と会った事。

心配させたくないから、新一もまた彼等を守りたいと思うから、黙り続けていようと決めた事。

 

「新一。どうかしたんですか?」

「なんか、元気ないよ?」

「…もしかして、貴方達。」

「え、私達は何もしてませんて。」

「してないしてない。哀ちゃんの言いつけ守ったもん。」

 

すぐに気付くだろうが、今は黙ったままでいようと思う。

空から走り回る三人へと見るものを変えて、微笑めばそれを見た三人が驚いて固まったままそれを見ている。

 

すぐに、三人も笑顔になり、四人で何故か笑いあっていた。

 

すっかり輪に入れなくなった優作はこっそり部屋を後にし、下で待っていた盗一達と合流して食事へと出かけた。

すっかり息子は大きくなってしまっていたようだ。

 

「寂しいものだな。」

「あら。私達がいるじゃない?」

「そうだぞ、優作。きっと新一君の花嫁姿は美しいだろ。」

「うるさいぞ、盗一。」

 

相変わらずな四人は相変わらず騒ぎながら、懐かしい街中を歩いた。

そして、再会するのは懐かしい友人達。

 

「おお。優作君!有希子君も!心配しておったのだぞ。どうして連絡一つよこさなかったんだ。」

「死んだとばかり思って居ったぞ、黒羽君。」

 

なじみの心配性の警部二人。

そういえば、連絡をするのをすっかり忘れていたことでお互いを見て、あっと思う。

だけど、今はそんなことより二人の追及に答えるので精一杯だった。

 

「今度同じようなことをしたら、何がなんでも探しにいって、見つけるまで追いかけるからな。」

「はいはい。楽しみにしてますよ、中森君。」

「楽しみにするでない!」

 

「君が無事なら新一君は?」

「もちろん、今まで元気に街中を歩いていましたとも。」

「なんじゃと?それはどういうことだ?!」

 

久しぶりのお互いの再会で話ははずむ。

ひとまず昼休みをもらった二人とともに、六人で食べに行く事にする。

もちろん、行き先はあの和葉がやっているお店である。

 

「いらっしゃい。」

 

珍しくそこにいるのは服部平蔵と小田切敏也

彼等もまた、諦めかけていたので驚いていた。

 

 

 

 

 

またしばらく、ここへは戻ってこないだろうなと思いながら旅立つ。

彼に情報を常に与える相棒は、風の力を持つ蒼い瞳を持つ白い鳥。

 

「…行くか…。」

 

きっと、新一は自分がまた出かける事を知っている。止める気もないだろう。

そして、きっと気づく事だろう。あのメッセージが誰が残した物か。

 

「まったく、お姫様は相変わらずだからなぁ。そう思うだろ?」

 

自分に懐く鳥。その蒼い瞳で気に入って傍においている鳥。

あの愛しい人と同じ色の瞳を持つ鳥。

 

男は歩き出した。次の仕事をするために。

誰にも気付かれず歩き出した。

大きな闇を背負いながら、唯一の希望の光を持って自分を見失い男。

 

「…あんたも、暇な男だね。」

「…あんたもだろ?」

 

同じ闇に自らを置くもの。

そして、守りたい物が同じもの。

 

「あの後、奴を追ったけど、先を越された見たいね。」

「あたりまえだ。だが、逃したのはおしかったな。」

「大丈夫よ。当分出てこないだろうし、出てきたら私や貴方が排除するじゃない?」

 

巫女の心を守る為にひっそりと動く闇。

 

「仕事でぶつからない限り、手は出さないから安心しな。」

「こっちもよ。」

 

誰にも聞かれることのない会話。そして、話す人影もいつしか姿を消した。

彼等もまた、力を背負うもの。

巫女とは違い、海と同じ禍々しい力。

だからこそ、惹かれるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

舞い踊れ、愛されし巫女よ

 

愛されし清き巫女は舞い踊る

 

役目を果たす為、舞を舞う

 

過酷な運命を知りながら

 

全ての声に耳を傾け、全てからの力をかり、巫女は応える

 

巫女が纏うのは闇にも混じり、闇でも映える蒼き衣

 

蒼き衣を翻し、進む者。行く先は光か闇か

 

巫女は流れのままに従い続ける

 

全ては巫女ただ一人の為に

 

全ては全力で応えるだろう

 

その中の巫女の孤独

 

泣いてはいけないなんて誰が決めたの

 

怒ってはいけないなんて誰が決めたの

 

巫女とて他とかわらぬ同じ人

 

感情がないものはただの人形にすぎない

 

誰も、それに気付かない

 

故に、終わる事のない長く醜い争い

 

その力、己の身をを滅ぼすもの

 

知らずに求め、得ようとする

 

巫女だからこそ持ちえた力

 

巫女だからこそ得られた力

 

気付かない愚か者

 

幾度も自らを滅ぼして争いを続ける

 

巫女の願いは只一つ

 

全てが幸せであること

 

決して叶うことがない、願い

 

巫女が授かり得た血の契約

 

多くの神と聖霊達が声を聞く媒介の宝珠

 

見たものはいない

 

宝珠は契約を交わしたものにのみに姿を見せる

 

身体に契約印を享けたものだけ

 

知らぬものは巫女を追い、探し続ける

 

どうなるか知らずに…

 

 

 

思い出すのは物語のように語られる言葉。

そして、己の持つ宝珠の事と契約の刻印。

 

いつか気付かれるだろうこの刻印。

腕と背に描かれた模様。

神楽として生きる事を決めた現代を継ぐ巫女の契約印。

宝珠の契約主である照明の印。

 

力を完全に解放させた後、力を使おうとすれば浮き出るだろうそれ。

キッドに何を言われるだろうなと思いながら、空を見上げた。

出かけたキッドや快斗達がどうしているのかと考えながら。

 

 

 

そして決意する。

言おうかと思う。キッドへ自分の気持ちを。

今までわからずにいていえなかった言葉。

知り合ってすぐの快斗にも言える同じこの思い。

 

 

 

宝珠は彼の中で鼓動を打ち続ける。

それを感じながら、新一は二人が帰ってくるのを待った。

 

すぐに、賑やかな声がして、この部屋の扉を開ける。

 

 

 

「お帰り。」

 

 

 

「ただいま。」

 

 

 

平和な一日は幕を開ける。

 

 






     終わり



     あとがき

 長い間、お付き合い下さいまして誠にありがとうございました。
 好意で受け取ってくださった水帆samaに、多大な感謝の気持ちを。

 ごちゃごちゃとした設定とともに、どんどん出てくる人人人。
 きっと、これ以上これと同じようなものは出来ない事でしょう。
 それぐらい、道のりは長かったです。というか、無茶のしすぎなのですよね。
 もう少し、文章構成と予定と進め方の技術をつけなければなりませんね。

 少しでも、楽しんでいただければ光栄です。
 なんだか、苦情の方が多そうな話なのですが…。

 苦情を頂く前に私は退散したいと思います(逃走





       李瀬紅姫