足元には、先ほどまで言葉を話す事が出来る、人であったものが転がっている。

たった今、自分がこの引き金を引き、息の根を止め奪った命。

これが、自分の仕事。逃れられぬもの。黒い闇に囚われたあの日から続く仕事。

人の命は簡単に壊れる。だからおもしろくはない。

だが、それは自分もまた同じ事。

 

女は消えた命を見下ろしていたが、すぐに視線を窓の外へとはずす。

今頃、彼等は勇敢に闇と立ち向かっている事だろう。

女は誰もいない暗いそこで、綺麗な笑みを見せたのち、腰掛けていた椅子から立ち上がり、部屋から、そしてその屋敷から立ち去った。

 

女がそこにいたという証拠を一切残さずに、闇に消えて行った。

 

 

 

 第九幕 存在理由(前編)

 

 

何もないその場所から現れる光。まさに、予言にあったそれのようであった。

 

いきなり目の前に現れた光の中から、いなくなった新一と失ったと思った人の姿があったのだから。驚かない方が可笑しいだろう。

 

「嘘…?!」

「嘘だろ?!」

「嘘でしょう?!」

 

誰もが眼を見開き驚く。もちろん、手を下したはずである黒兎も呆然として驚いていた。

そんな中、まるで緊張感の欠片もないような、「久しぶりだね」という言葉を聞けば、誰もが体から力が抜ける思いをした。

 

死んだと思っていた四人が生きていて、相変わらずな性格を目の当たりにしたからだ。

そして、内に秘める力の存在とその強さを知り、まだ越えられないと誰もが思う。そう、飄々とし相変わらず普段通りに暢気で、油断しているように見えるが、一切の隙がないのだ。

さらに、四人に手を出させまいと傍に控える男の存在もまた、黒兎に強い圧力を与える。

 

その場はまるで時が止まったかのように周りの空気と共に、集まる人の動きは止まった。

それを動かすのは、やはりこの男。

闇にも名を馳せる三家をまとめる当主。

 

「諦めてくれれば、それで良かったのですがね。」

「諦めるわけ、ないだろう…?」

「そうですね。貴方のしつこさはあの時から知っていますからね。」

 

諦めていれば、今回のような事は起こらなかった。だが、諦めなかったからこそ、今の彼があるのも事実。

彼にとってどちらが良かったなど、もしという仮定ではわかりえないもの。

彼は昔からプライドが高かった。それ故に、遠いとしても工藤の血縁であるにも、新一が得られた強大な力を手に入れる事が出来ない劣等感。

努力しても、過去最大最強と呼ばれる新一を越えられることは出来なかった。

 

新一は、生まれながらにして力を手にいれ、何の努力もなしにその地位につく。

どうして自分は駄目で新一はよいのかと悩む黒兎にとっては、答えが見つからずに自分自身を苦しめる原因となった。

そして、彼は新一を殺そうと考えた。

 

間が指したというべきか、心の隙間に悪魔が語りかけたのか、彼はまだ幼い新一を殺そうとした。

それも両親が出かけているときで、使用人達も眼を離して誰もいないとき。今なら、簡単に殺せる。

だが、彼には出来なかった。

 

眼を覚ました幼い子供を見て、殺意はどこかへなくなった。

これから殺そうとする子供が殺そうとする自分に向かって、にっこりと微笑んで手を伸ばした。

その笑顔で自分の黒い何かは浄化されたかのように、重たく圧し掛かることはなく軽くなった。

 

思い出すのは父の言葉。

工藤家は黒羽家に仕える未来を予言し、癒しその持つ美と華で舞を見せる巫女。

何百年も続くこの三家の中で、もっとも初代の、我等の初めである三人に近い者達が生まれる。

彼等が戻る場所はここ。三人がそろい、再会する場所もここ。

直感でわかった。

誰からも愛され、平和を望むあの巫女だという事が。

自分が絶対にこの先どんな事があっても手にかけることは出来ない相手だという事が。

 

その日から、彼は屋敷から姿を消した。

誰に見られることも知られる事もなく、屋敷から姿を消した。

まるで魔法を使ったかのように、彼が存在したと言う証明するものすら、何も残されていなかった。

 

それからだ。今回の事に繋がる、不可解な出来事が始まったのは。

彼が、新一とは違う力を手に入れようとしたのだ。新一と対等であれるため。自分のプライドの為。

彼は闇の力を得、新一の力を取り込む事を考えた。

 

その儀式の為に必要なのは、大量な生贄。

紅い水が、たくさん必要だった。それも、何も力を持たないものではなく、多少なりと力を持つ者。でなければ、新一の持つ力を抑えきれずに儀式は失敗する事は眼に見えているからだ。

儀式に邪魔なあの四人を持つ権力と力で部下達に始末させ、準備を進めてきた。

 

力を、正確には新一を手に入れるため。

 

自分は確かにあの日から変わった。自分でもわかるぐらいにだ。

それを変えたのは新一。

その事に恨みもなにもない。ただ、愛しいという思いだけ。

そして、狂おしいほどに、ほしいと思った。

それが自分の中にある唯一の感情なのかもしれない。そして、自分の存在理由。

 

「私は、昔からあきらめ悪いですからね。」

「それは、こちらも同じ。やはり、一族という血の繋がりなのかなぁ?」

「さぁ?それは私にはわかりませんよ。」

 

どちらの空気も一見穏やかだが、内は手探りで相手の意向を探り合っている。

そんな中、クスリと黒兎が笑みを漏らし、持っていたナイフを懐へとしまった。

どうしたんだと思えば、どうやら四人も何かに気付いたようだ。そして、新一も。

 

「…どうやら、私の依頼主はいなくなり、依頼は排除ですね…。」

「へぇ、そこで諦めるのかい?」

「いえ、諦めはしませんよ。ただ今回は、依頼の間に私が私の事情で動く事は許可すると言われていましたしね。依頼が白紙になった以上、魔術師の排除はなくなりましたから。」

「そんな事を、依頼されていたのかい。」

「依頼内容は基本的に秘密ですけどね。ま、今回はここまで追い詰められた経験を生かして、対策を立て直しますよ。それに、今は貴方方とやりあう気はありませんしね。」

 

そういって、黒兎の姿は消えたかと思うと、背後の町へと続く道を歩いていた。

最後まで意味のわからない奴だと快斗は思う。

そして何より今は、さらに意味のわからない奴を見て、ため息をつく。

 

「生きて、たんだな…。」

「そうだねぇ。」

「「おじさま!」」

 

生きていたんだという言葉にひょうひょうと答える盗一を殴り飛ばしてやりたくなる快斗。きっと、キッドも同じ心境だろう。紅子と哀にいたっては、本当に信じられないと近寄って確認までする始末。

登場したきに驚いて固まったが、今は本人かどうか確認が必要だ。

もしかしたら、これは自分たちが見る幻なのかもしれないからだ。

 

「心配、かけてしまったね。」

「…。」

「でも、皆変わらず元気そうで、良かったよ。なぁ、優作?」

「そうですね。」

 

黙りこくった快斗やキッドは放っておいて勝手に話を続ける男達。やはり、間違いなくあの二人だ。背後で何だかこちらにとってはあまりうれしくないような話をしている気がする女二人も、相変わらずのようだ。

 

「…お帰りなさい。」

「ただいま。紅子。」

「迷惑、かけてすまなかったね、哀…志保君。」

 

優作が哀とは違う、本当の名前を呼び、肩を抱く。

間違いなく、この人だと、哀は思う。

この名前を知っているのは、組織の人間かこの目の前の人、気さくな科学者をやっている老人と新一の三人だけ。

その名を呼ばれる事は今ではないが、やはり呼ばれると『哀』と呼ばれるより何かが違う。

 

「…で、今までいったい何をしてたんだ?親父…?」

「私も、是非お聞きしたいですね。」

 

感動の再会にならないのがこの二人だろう。かなり、目が据わっている。そして、ポーカーフェイスを忘れたのか、感情を露にしている。

そんな二人の様子に、盗一はポーカーフェイスはどうしたんだい?と聞けば、今はその話ではないとどす黒いオーラを纏いながら近づいてくる。

平常心である盗一も、さすがに後ずさる。どうやら、勇ましく立派に育ったようだ。

覚悟をしていたらしいが、やはり出来れば楽しく再会がしたい彼にとっては、二人の反応は当たり前なのだがうれしくないもので、話の決着がつくまで離してくれる気配さえ見せない二人に逃げようかと少し考える。

 

「…帰るか?」

「そうね。」

「長くなりそうだものね。」

 

ぽつりともらした新一の言葉に同感と意見をもらす紅子と哀。

目の前でやり始めたあの親子のけんかのような言い争いと話し合いは今晩延々と続くことだろう。

それをずっと見ていてもしょうがないので、戻る事にする三人。

もちろん、真は護衛で一緒に送って行きますとついてくるし、母親二人はとっくに町へ行ってしまっている。

 

智明もまた、彼等の護衛の為に姿を隠しているがそこにいる。

まぁ、彼等は智明がいれば大丈夫だろう。それに、只者ではないので、そう簡単にはくたばりはしないだろう。

今回がそうであったように…。

 

きっと、今回と同じような悲劇を装って悠々と観客となって見ている事だろう。

我父と母ながら、何とも言えないなぁと思いながら家路につく。

綺麗な月がそんな彼等を見守っていた。

 

 

 

 

 

「というわけで、相手を反対にだまし討ちにするためのものだったんだ。」

と、いつから知り、どうなるか考えていた彼等がどうすれば彼等に怪しまれる事なく死んだと思わせて姿を消せるかと行動したのを、しっかりと間違いなく教えてくれた。

本当に変なところで真剣に、それも現実味があるようにこる者達だ。

うれしさの反面呆れてため息が出るぐらいだ。

 

「なんか、人生全部遊ばれている感じがするな…。」

「気のせいよ。」

 

隣で新一の呟きに即座に返事を返す笑顔の母。

間違いなく、人の人生を楽しんで遊んでいますといった顔。

新一は今日何回目かになるため息をまたつくのであった。

その際に、ため息をつくと幸せが逃げるぞと、またご機嫌な父が言う。

さすがに、その父の言葉にはむかっとくる。

なので、無言で睨みつけ、扇を取り出してつかってやった。

 

「ちょ、何を考えているんだい、新一君?!」

「…別に。」

「別にじゃないだろう。それはなんだい?!わぁっ?!」

 

さすがに少し慌てた彼は抵抗するも、屋敷の外へと放り出された。

これで少し清々したと機嫌が戻る新一。

それを見て、自分の息子は普通の息子で良かったと思う父がいたりもした。

だんだん話の飽きてきた有希子達は隣の部屋で、お茶でゆっくりくつろいでいる事だろう。

 

そして突如真剣な顔で話が変わる。

今回の事件の重要な事である。

 

「寺井の報告で、今回の原因だある男、古宮が何者かによって殺されたようだ。」

「へぇ。それであいつ、依頼人がもういないって。成る程ね。」

「しかし、可笑しいですね。暗殺でしょう?」

 

そんな三人のやり取りに少し反応をみせるが、話でお互いの事を見ていた彼等は気付いていないだろう。

新一にはわかったのだ。誰が古宮を殺したか。

 

「あれはまさしくプロでしょう。無駄な事もなければ、証拠一つ出てきません。」

「へぇ。やるじゃん。」

「感心している場合ではないでしょう?今ここに女史がいなかった事が良かったですよ。」

「そうだよねぇ。じゃぁやっぱり、あいつらの仕業なんだよね?」

 

そんな一見暢気な口調で話される会話だが、眼が真剣で空気が少しぴりぴりしている事に新一は気付いている。

奴等もかなりのやり手の組織でその暗殺者が今回の任務にあたったのだろうと三人は予測つけていたのだ。

 

確かに間違いではない。あの女、ベルモットが間違いなく今回の暗殺に関わっていることぐらい予想がついているからだ。

あの時出会ったのは、間違いなく古宮を暗殺する為に出かけるところだったのだろう。

仲間と連絡を取り合うためにあの森に潜んでいたところを、新一達がやって来た。

 

「出来れば、仕事が重なりたくはありませんね。あちらは本当に容赦ありませんから。」

「そうだよねぇ。哀ちゃんが心配だし。」

 

二人がいう容赦がないという事は、人の命を奪う事に対してだ。

これでも、魔術師は人を殺す事はない。事故はあっても、それだけはタブーとしている。

よっぽどの事がない限り、他人も巻き込まずに終わらせるのが自分達のやり方である。

だが、敵となる組織、何もかも謎で黒い服で闇を渡り歩くということから黒の組織と勝手に呼ばれるようになった組織。

他人を巻き込んだとしても、自分達の証拠を残さず闇に葬り去る、なんでもやってしまう危ない組織。

 

快斗達を含め、他の組織や犯罪者も黒を好むが、あれだけ制服のごとく似たような黒い服を着ていることはない。

中には黒以外を好むものだっているからだ。そのいい例はきっと怪盗KIDだろうが。

 

盗一はその報告だけ伝えてやり、話を元に戻す。

そう、三家の話である。

最初に話した内容に戻りつつも先へと進め、今に至る初代の血が薄れてきた三家の事と今回の原因の一つである黒兎の事。

 

「結果としては彼等にとって、黒羽家は邪魔だった。そして、守る工藤家と玖城家も同じ事。」

「だから、消そうとした、って事だったんだろ?」

「そう。ほかには害がいかず、闇に処理できるようにとね。それを逆手に取って、今回のことを起こした。」

 

説明されて、理解出来てきた自分達の関係と深い絆で結ばれた一族の血。

つまり、黒羽家にとって工藤家と玖城家は上に立つにあたって必要な支えであり、工藤家と玖城家にとっては黒羽家が支える柱であるという事。

全ては昔に出合った三人から始まった血の繋がりと互いを縛るもの。

 

「お前達には知っていてもらわなければならんし、ついでだから話しておこう。」

「何をさ?」

「三家の始まりをね。」

「あるなら何故、最初に話しておかないのですか。ややこしいのですよ。」

 

そう、まったくもって不愉快である。

快斗とキッドの二人は黒羽家の当主で守りと攻めとして工藤家の新一と玖城家の智明がつく。

つまり、新一とお近づきになれる理由を作る事が可能だったのだ。

それを、こんなややこしい事をしてくれたおかげで、自分達は回り道をしてしまったようだと思うと、腹立たしく思う二人であった。

そういうところは、本当に天才なのかと思うほど馬鹿な二人である。

どんどん先の展開を計算していけるからこそ、その関係を利用しない手はない。

 

「ははは、それはしょうがない。私が殺されたとなっているのは、話を理解できないぐらいの頃だろう?」

「違います。」

「ま、そんなことは置いておいて。」

「おかないで下さい。」

「そうだよ。」

 

そんな二人に、こっそりと耳打ちして本当の理由を告げると、やはり最大の敵は親父だと心の中で口をそろえて思うところが双子だと言えよう。

 

『お前達がそれを使って新一君をいいようにすつのは予想済みだからね。』

 

まったくもって、自分達以上に切れる並の人間ではないが、そんな事を予想うずけるのはうれしくないものである。

 

「ま、話を聞きなさい。この先に、きっと必要だとおもうからね。」

「…。」

 

盗一が話し始めた頃、すっかりと忘れられていた優作が飛ばされた外から戻ってきた。

だが、誰も相手をしてくれず、最愛の息子からは冷たい眼で睨まれてどよんと少しショックで部屋のすみっこでいじける姿があったが、今は無視しておこう。

 

 

 

 

 

出会いはどんな時も運命で、突然なものである。

だが、時にはそれは偶然という運命ではなく、必然の運命もある。

そう、当時最大とも言われる権力を持つ財閥の黒羽家の党首と、不思議な力を持ち、見るもの全てを魅了してやまない人の為に尽くす巫女と、強い力を求め、どんなものも守りきれるような力として日々努力を重ね続ける青年が出会った。

 

 

 

この持って生まれた力の事で、何度その生まれ持つ己の運命を呪った事か。

その力で巫女と言われる反面、権力者達がその力を我が物にしようと日々休まる事無く仕掛けてくる。

巫女は持つ不思議な力で舞を踊れば、その姿に魅了され、動きを止める。

そして、巫女を守る自然が牙を向く。

 

巫女は大人しくやられているなんて真っ平ごめんだと、いつもやり返してきたが、こうしつこいとだんだん面倒で嫌になってくる。

いっその事、場所を移動しようと荷支度して村から出た。

そうすると、どこからか嗅ぎ付けて来た厄介な連中が何度も仕掛けてくる。

 

「何よ、まったく。何処の時代でもしつこい男は嫌われるわよ!」

「何をっ?!」

 

抵抗しまくり、逃げ続けるいろんな意味で最強である女。

そんな彼女がふと一息ついたとき、強い殺気を感じ取った。体を突き抜け、中身を抉り出すかのような感覚。

まだどこかに敵が潜んでいるのかと身構えて様子を伺い、辺りを少し歩いた時、可笑しな匂いに気付いた。

 

「まさか、血っ?!」

 

彼女は慌てて血の匂いの元を探した。

風の精霊が匂いの先を示してくれる。警戒をしつつ、女は匂いの元へ足を進めた。

すると、そこでは一人の脇腹を抑えている青年が、木の幹に横たわっていた。

 

「ちょっと、大丈夫なの?!」

「…っ!」

 

見つかってしまった事と、何か言おうとして力を入れた拍子に傷口から血があふれ出るので、複雑な顔をしている青年。

彼女はすぐさま持っていた薬品を取り出した。

だが、これでは間に合わない事はすぐにわかった。

脇腹が一番酷いのかもしれないが、右肩や左足も同じように血を流して痛そうな酷い怪我をしていたのだ。

 

彼女はしょうがないと、呪文のような優しい詞をつぶやき、ぱっと取り出した扇を開く。

そして、青年の前で舞い踊る。

怪我を癒す舞い。自然の精霊達の力を借りて、青年の目の前で、しばらく舞い続けた。

その突然目の前で舞いを踊る女にに青年は呆気に取られながらも、だんだんと優しい表情になり、痛みが引いたのかそれとも張っていた緊張の気がとれてしまったのか、安らかな寝息を立てて眠ってしまった。

 

「疲れ迷い堕ちる者、戻れるなら力を貸そう。再び立ち上がる事を望むなら、癒そう、その傷ついた身体と心を。」

 

最後には最初と同じようにぱちんと、今度は扇を閉じて懐にしまった。

そして、ふぅっと息をつき、眠ってしまった青年の手当てをする。

いくら傷を癒したとしても、それは本人が治したいという強い意志と自然の力によってはじめてなされるもの。

何より、完璧なものではない。また傷が開く事もある。だから、それを防ぐ為に手当てをしておくのだ。

 

日が暮れ、森の中の明るさはどんどんと消えていく。

いつの間にか寝てしまっていた彼女は、今何時ごろだろうと、眼を開けて時間を確認しようとして今の状態に気がついた。

 

「あっ…。」

「やっとお目覚めのようだな。」

 

目の前には自分が傷を癒し、手当てをした青年がいた。

そして自分は、手当てが終わってほっとしたのか、今までろくに寝ていなかった事がたたったのか、青年の膝を枕にしてねていたようだ。それも、傷を負っている方だ。

 

「あ、ごめんなさいっ。」

 

慌てて何やってるんだろうと思いながらどく彼女に、別にと言って、顔をそっぽ向いた。

だが、動く気配も、自分を捕らえる気配もないので、彼女はそんな青年を傍でじっと見ていた。

 

そう、間違いなく彼も自分を狙って雇われた相手なのだとわかっていたのだ。

それはもちろん、この森の中にいた精霊達が教えてくれたのだが。

何より、あのどこからかわからないように気配を隠す事ができ、視線だけで相手に多大なプレッシャーを与える事も射殺す事もできるような相手である。

そう考えない方が不自然である。

だが、今の彼はそんな様子はない。

 

「あの。」

「…。」

「貴方は、誰から依頼された人ですか?」

 

聞いてはいけないと思うが、つい聞いてみたくなる。

少し、彼の事を知りたいと思ったのだ。

いつも、この力のせいで独りだったから。親しい人を作れば危害が加えられて巻き込んでしまうから。

だから、敵である彼なら寂しさを紛らわす話し相手にしても問題はないと判断したのだ。

 

「…。」

「やっぱり、仕事は秘密主義ですものね。ごめんなさい。」

「…別に、今の時点で失敗だから問題はない。」

 

しゅんとなった女の方を男が向く。

今の彼の目からは、最初に会ったときと違って殺意や敵意といった負の鋭く冷たいものはなかった。

 

「…あんたがいた村。」

「え?」

「そこの村長が依頼してきた。」

「あの方が?」

「……必ず、連れ戻せと。」

 

その言葉の意味を理解して、少し悲しくなる。

あの人は、先代様と違って女をただの道具としてしか見ていない。何かあったときに使う道具なのだと、思っている。

だから、女は嫌いだったし、先代様がいない村に残っても何も楽しい事も嬉しく思う事もないから、外へ出る計画を立てた。

そして何より、気付かれる前に出ようと思った。

たった一人、女の元へ来てはいけないという禁忌を破ってまで、ほぼ毎日会いに来てくれた友人。

 

先代様と同じように、一人の女としてみてくれた子。

だから、失いたくないと思った。守りたいと思った。

そして、結局守れなかった人。

残ったのは何もない。ただ、自分とこの力だけ。

 

「…お前も、何者からも見はなされたくちか。」

「え?…あなたも…?」

 

少し以外だなと思う女。男が自分のことを話そうとするなんて思っても見なかった。

しかも、自分と同じような境遇だったのだと言う。

 

「…俺は親に捨てられた子供。」

「捨てられた?」

「愛人という表に出ない関係の中で出来た子供だ。…そして、母が死んだと同時に厄介払いされたよ。」

「どうしてっ?!」

「邪魔だからさ。それも、俺のような危険な奴ははやく野垂れ死ぬ方がいいと考えたんだろ。」

 

そんな酷い事があっていいものか。

自由はなかった。親も会いにこれない状態で、独り寂しかった。

道具として扱うような言葉や頼みはいくつもあった。

だけど、捨てられる事はなかった。

 

「それに。・・・俺は、きっと世界最年少の殺人者だよ。」

 

考え込んで沈んでいた女に、男はとんでもない言葉を放つ。

人を殺した。そう、言うのだ。

それも、最年少だと本人が言うぐらい、幼いのは間違いないだろう。

 

「あの男が母を殺したから。そして、邪魔な俺を捨てたから。」

「…。」

「俺は、あの男を殺した。…奴は驚いていたさ。…まさかお前がってな。」

 

最初は気付いていなかっただろうが、すぐに気付いた。男は特殊な人間だったから。

片目は母親譲りの綺麗な透き通るような蒼。だが、もう片方は残酷で人を食らうような深い紅。

男はただの人間ではなかった。そう、半分が異邦だった。

 

男の母を生んだ祖母は、夫として悪魔を選んだ。悪魔もまた、祖母を愛した。

そして生まれたのが男の母だった。だが、母は悪魔の気質を何も持たなかった。

遺伝子から考えれば、孫からその資質が見出せる。

 

だからだろうか。男はその力を受け継いでしまった。

それも、もっとも凶悪と呼ばれる魔という黒い力。時の流れさえ壊すような力。

それによって、男は母を死に追いやった父である男を殺した。

 

「…だが、すぐに正気に戻った俺は恐れた。」

「…………目の前で死んでいる男の痛いとおびただしい飛び散った血を見て。」

「…へぇ。さすがというところか。…見えるんだな。」

「…すみません……。」

 

女は男の話す内容を聞きながら、無意識に過去の映像を見てしまったのだった。

度胸もあり胆も据わっている女でさえ吐き気が磨るような光景。

まだ幼く、そして純粋な心を持つような子供が目の当たりにすれば精神を壊しかねないそれ。

 

「…俺は持つこの力を恐れた。」

「…だから、貴方は力をもとめた。」

「ああ。この力を使わずに済む方法が己のみを守る力を手に入れる事。それも、あの力以外によるものでだ。」

 

きっと、男の中ではずっとあの殺しは心に重く圧し掛かっているのだろう。

誰にもその罪を暴いてもらう事も償う事も出来ない。

あの男の一族はすでに死に絶えている。他の暗殺者によって。

あの男はいろいろと裏で手を回してやっていたから、自業自得では在るが、何も残さず全てが消えた今、男はする事が何もなくなってしまったのだ。

 

「…じゃぁ、私の護衛、お願いできない?」

「…?」

「人を殺した事を悔いているのなら、それ以上に人に尽くし、人の為に役に立てばいいじゃない。私も、一人は心細いし、誰かいた方がうれしいから。」

 

にっこりと微笑む女にああ、と思う。

彼女こそ、自分とついなる光の力を持つ同じまがいもの。

人と決して合い入ることは出来ないもの。

 

「そうだな…。お前は結構おもしろそうだからな。」

「じゃぁ、決まりね。」

 

そんな二人の会話を遮るかのように声が聞こえてきた。

それも、気を張っていないとしても、プロでもある男が気配を感じ取れなかったのだ。

 

「私も、その中に混ぜていただきたいですね。」

「「…っ?!」」

 

女も今までの経験で結構気配には敏感な方だ。

だから、よけいに警戒心がわく。

 

「おやおや。返事はなしですか?ちょっと、寂しいですね。」

「…。」

 

いきなり登場したのはいかにも資産家で権力者と言わんばかりの立派な服装をして、姿勢もしっかりと綺麗に伸びて教育を受けてきたであろうと思われる、意外と若い男だった。

 

「とにかく、名乗らないのは失礼ですね。」

「…。」

「はじめまして。私はこの先にある町、高見崎町の黒羽家の当主です。あ、名前は利人と申します。巫女・新納殿に何でも屋・海殿。」

「…っ?!」

「何で私の名前っ!」

 

相手はしっかりと自分達の名前を知っている。それも、黒羽家といえばこの国でご本指に簡単に入るほどが出来るほどのトップにいる金持ちという奴である。

もしかすると、追っ手なのかもしれないと辺りを見るが、どうやらこのあたりにいるのはこの黒羽家の当主と言う男のみのようだ。

海はというと、何故ほとんど裏でさえ流れていない自分の名前を知っているのかと驚きを隠せずにいた。

 

「あーそんなに硬くならずに…。」

「貴方を警戒するなという方が、可笑しな話だと思うわ!」

「たしかにそーだ。」

 

はっはっはとのんきに笑っている利人。いったい何の目的で来たのかわからない。

どうやら追っての類ではないようだが、いったい何がしたいのか。

笑う男になんだか拍子抜けをくらう新納。

 

「まぁ、君達の言う通りなんだが…。」

「…?」

 

話しかけて急に顔が真面目になった利人に首をかしげる。

同時に、少し恐ろしく思えた。その利人の目の奥に在るものを見てだ。

あれは、自分を追ってくる追っ手達や、愚かにも悔い改めようとしない罪人の中でも感情がなく人に手をかける事に何の疑問も悲しみも怒りも見せないただの殺人者と同じ。

 

「…ああ。頼んだよ。」

「…。」

 

懐から無線のようなものを取り出して相手から何かを聞き、それに対応する利人が無線を切って再び懐に閉まった。

そして、再び戻される視線。先ほどの怖さはないが、あの笑っていた顔もない。

本当に真剣な顔だった。

 

「ゆっくり、話している時間はなくなってしまった。」

「…お前も、この女を連れて行くくちか…?」

「いや、違う。私は君たちを保護するもの。」

「…?」

「君達の追って…。正確には新納殿を追う者と、仕事を失敗にせざる得ない状況を作った者達がこちらへやって来る。」

「「っ!!」」

 

すっと、利人が右手を上げると、それが合図でそれを待っていたかのように、紅の鬣をひるがえし、一頭の獣が現れた。

美しい程のしなやかで綺麗なそれ。

 

「二人とも、話はゆっくり後でしよう。まずは乗ってくれ。」

「…お前を信用していない。」

「なら、その時は殺せばいい。今までの仕事のように、彼女を守るという仕事をすればいい。」

「…。」

「今は貴方を信じてあげる。疑ってばかりだと、前が見えないもの。」

 

三人は紅の獣に乗り、空へと駆け上った。

その場から三人の姿が完全に消え、利人の屋敷についた頃、追っ手達がそこへ辿り着いていた。

だが、痕跡も手がかりもまったくないので、また闇雲に探す羽目となる彼等。

屋敷では、その光景を別のものを通して見た新納は、彼が言った追っ手の話が真実で助けてくれたことを知り、改めてお礼を言ったのだった。

 





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