全てのものから愛された娘がいた 彼女は、神に、聖霊に使える巫女だった そんな彼女の事を、妬むものもいた だが、彼女は全てを受け入れ、神や聖霊の力を一番よく理解した そして、彼女は全てを上手く使いこなし、流れる水の如く、全てを受け流した その後、彼女には子が宿った だが、その子は彼女のような力は受け継ぐ事なく、平凡な巫女としての人生を歩んだ 何十年、何百年と経った後も、彼女を越える力を持つものも、愛されるものも、認められるものもいなかった そんな中、一人の子が生まれた 男であるために、巫女ではなく神守となるはずだったもの その彼は、彼女同等、もしくはそれ以上の力を持っている事がわかった だが、誰も何も言わず、自由に育て上げた 選ぶのは、彼自身だから 自分たちの意思で縛るのは、出来ないと誰もが思ったのだ 彼は巫女であった彼女と同じように、 誰からも愛されるものだった それと同時に、愛される事と持つ力によって、揉め事も起こるようになった
第八幕 光と闇の狭間には
辺りに爆風が渦巻く。新一を中心に、風は暴れ舞踊る。ごうごうと激しい音を立てて、新一と腕の中で息の荒いキッドを守るように渦を作る。 大きな爆風の音に、紅子や哀は目を覚ます。気がつけば、あたりには禍々しい魔を纏い辺りへ放つ何かがあり、それを大きな力の流れで消そうと動く清んだ気配の二つがぶつかり合っている。 「ちょっと、何考えてるの?!」 「それは、自らを滅ぼすわよ!」 「あのお馬鹿。こんな時に寝てるんじゃないわよ!」 「補佐で、行くわよ。いつまでも寝ているわけにはいかないわ。」 二人はすぐに事態を把握する。そして、受け入れたくないが、黒兎が魔王と契約を交わして力を使っている事も理解した。 今すべき事は、新一の補佐とキッドの怪我の早急な応急処置。 二人は新一の側へと駆け寄り、苦痛に顔を引き攣っているキッドの怪我の具合を確認し、新一から体を受け取って治療にかかる哀。 動き出して攻撃を開始する新一を補佐する紅子。 「契約の名の元、集い力を貸し与えよ!」 「闇夜を支配する使者達よ。我契約の名において光に力を貸し与えよ!」 二人が同時に何かの呪文のようで予言のような契約と言われる言葉を叫ぶ。 それにもちろん、黒兎は対抗する為、契約した魔王に指示を出す。 二つの勢力のぶつかり合い。空気を切り裂くような振動の中、五人はその場に意思を捨てずにたつ。 弱い意志を持ったものが負け。そういうもの。
新一目掛けて攻撃を仕掛けたはずの黒兎の動きは止まった。 正確には、それ以上動く事は出来なかったのだ。 新一は、借りた自然の力によって黒兎の動きを封じ、同時に契約を交わした魔王の力をも押さえつけた。 蒼い衣が夜の闇を切り裂き、辺りを光で包み込む。魔王が好まない、浄化の、天界の光を創り出す。 タンッと軽やかにステップを踏んで目の前の敵の周りを舞い踊る。 何時の間にか、新一を中心にして白い花びらが舞い始め、ステップを踏むたびに、扇を返すたびに現れては辺りを光で包み込むように舞い散る。 その軽やかな足取りから、まるで背中に翼を持っているかのような感覚に囚われる。 美しい、黒い闇に潜む蒼い蝶。 現れる光は新一を包み込む。そして、本物の翼のように、光は空へ広がるように背中から見える。 偽者だとわかっていても、本物以上に綺麗だと思わせるそれに、哀は目を奪われる。 「 現世へ通じる光輝く道を繋ぎし異界への扉。 我声を聞き入れ、我名の元、契約の印を示し、応えよ。 異界と現世を繋ぐ扉の番人よ、我の声に答え、異界のモノを連れ帰れ。 光と闇が交わる時よ、それが扉が開く合図なり。 開け、扉よ。我声に従い今一度、力を貸し与えたまえ。 魔を清き光で浄化せよ。魔を何もなき無へ返せ。 魔を本来あるべき姿へ、あるべき場所へ戻せ。 我は現世の第三十六代目工藤家の当主となりし、神楽なり。 」 唄は全然駄目な新一だが、舞を踊る際の言葉はまるで普段とは別人のようにその誰もを引き付ける声で唄う。 その歌、その声には魔力が宿っているのか、もう彼等を包み込む魔も力を潜め、暗い闇のような夜は光で包まれた。 さらさらと水が流れるように、魔のよどんだ空気は清きものへと変わり、キッドの体を暖かく包み込んで怪我を治癒していく。 「・・・、痛・・・。」 「あら、やっと起きたのね。」 「遅すぎるわよ。」 眼が覚めれば、第一声はつれない言葉。 同時に怪我が治っている事と、目の前で起こっている事を瞬時に判断を下し、状況を理解する。 そこのところが、彼が頭のいいというところ。 辺り一面を包んだ優しい暖かい空気は新一に集まり、背中から翼のように広がる光とともに、包み込むように漂い、現れるしっかりと存在を主張する天界の聖なる二枚のそれ。 現れるは光の翼。 天より落ち立ちし、蒼い衣を纏いし遣い。 翼を広げ、相手へと突っ込んでいく者。 「今、裁きを与え、魔を返す。」 大きな何かとのぶつかる音。 溢れんばかりの光が、魔を貫き引き裂いた。 「予言の通りに、事が進んでいるようね…。」 魔王を完全にこの世界から切り離し、本来あるべき場所へと飛ばした新一。 つまり、黒兎と魔王との契約は破棄された事になる。 「なら、すでに起こっているはずの『失われし希望の光が戻り』とは、どういう事なのかしら?」 何の変化も見られないこの場所で、確かに起こっているはずの予言。飛ばされる事はない。 いつも順をおって、予言が下されるのだから。 可笑しいと思いつつも、何かが起こっているのだと思う中、急に新しいお告げを受けた。 「どういう事?『闇が闇を返し、光が光を与える』って…。また、何かが動くの…?」 その問いかけに答えるものは誰もいない。予言を渡すルシファーでさえ、答えてはくれない。 ルシファーはただ、未来に起こりえる事、過去に起こった事を予言として言葉を伝えるだけなのだから。 しかし、今は悩んでいる場合ではない。頭を切り替える紅子。 「とにかく。今はあの男よ。キッド、今は大丈夫かしら?」 「ああ、問題ない…。」 今はもう、口調を気にしていないのか、滅多に見られない地で話すキッド。 親しい者達だけが知る、それ。 遊女屋だけではなく、遊郭全体の中でも、彼が地を見せる相手はほとんどいないだろう。 この、『魔術師』以外は例外ではない限り、無理だろう。 キッドに限った事ではなく、『魔術師』のメンバー全員がそうなのだが、仲間から見れば口をそろえて、キッドが一番厄介で手札を見せないと言うだろう。 言われた本人も否定はしないが、苦笑する事だろう。 「今更だが、俺達は…私たちは本当に、可笑しな集まりですね。」 「全員、闇に飲まれた者達だものね…。たった、一人を除いて。」 「我等の光。我等が従い、守るもの。ま、本人は勝手に動いてどこかへすぐに行ってしまう、探究心の強い人だから少し困ったものだけど。」 キッドや哀が戦闘に参戦し、相手へ意識を高めた時、快斗と真が到着した。 まさに、グッドタイミングだ。 「…第二ゲームスタートだぜ?」 「延長戦だね。」 かなり戦力を取られた黒兎へ、再度遊戯開始の合図を不敵な笑みを浮かべながら言う新一。かなりやる気満々な快斗。 厄介な魔術師達はこの場にそろう。 切っても切れない強い絆で結ばれた者達。同じ思いを抱える者達。 たった一人愛する大切な人のために。 悲しみを少しでも変わってあげられるように。 自分たちの苦しみや悲しみの中から救い出してくれた人の為。
一対六では圧倒的に差があるが、やはり闇を生きるプロの力というものか、黒兎はそのハンデをもろともせずにこれに対応している。 そう、正確には正常な戦闘状態にいるのは、快斗と真だけ。キッドはいくら治癒の力で怪我が治ったといっても、まだ本調子ではない。あれだけ、血が抜ければ当然だ。 新一も、黒兎が契約していた魔王を返し、この森を包んでいた魔を浄化する力で、あまり先ほどのようには動けずにいた。 「無茶ばかりするからよ。次は許さないわよ。貴方の命は貴方だけのものじゃないんだからね。」 「そこを、よく理解していて。私たちは常に新一の為に行動する。それだけの払いきれない程の恩を受けたのだから。」 新一が大げさだぞといっても、まったく聞く耳を持たない哀と紅子。こういうところは、子供以上に頑固で我が儘だ。 それだけ持つ意思の力が強いという事でもあるのだが、新一にとっては他の事。自分の事をもっと気にしてほしいと思うところ。 もっと、自分の身を大切にしてほしいと思うのだ。 大切な、仲間だから。 もし、新一の今の思いを言葉にして仲間達が聞いていたとしたら、きっと口をそろえて皆は言うだろう。 『一番の他人思いで、自分を犠牲にするのは新一だ。』と。 だからこそ、危なっかしくて目を離す事が出来ない。 そして、大切な恩人でもあるから、少しでもこの恩を返したいと思う。大切だと思うから、守りたいと思うのだ。 そのところは、新一はあまり理解できずにいるのだが…。 そんな新一を含めて、皆が新一の事を好きになったのだ。 本人が理解していなくても、気付かなくても、自分たちがしっかりとしていたら問題はない事だったのだ。 今までそうして過ごしてきた。これからもそのつもりだ。 だから、手出しはさせない。これは出会った日、魔術師を名乗り始めたときから決めた事。 暗黙の中での、彼等全員の誓い。 「これ以上、こちらは付き合いきれません。」 「こちらも、これ以上は付き合いたくありませんね。」 「当たり前だろ。いちいち、面倒なんだよ!」 三人がそれぞれ向き合ったまま目の前の敵へと殺気を向ける。 一歩でも動けば、それが三人の邪魔をする事になる。特に、傷ついてほしくない仲間の二人の足枷にはなりたくないと願う。 自分はどうしてこう弱いのだろう。 これだけの力を持っていながらも、今は何も出来ない。体が、追いつかないのだ。 聖霊や妖精達、守や神達が本当に彼の事を大事に思っているからこそ、負担にならないようにと加減をしてくれているのだが、それほどまでに影響に耐えられない弱い自分が嫌だと思う。 いくらこの森の闇を浄化して、あの魔王と呼ばれる禍々しいものを返したとしても、まだ決着はついていない。 決着がつく前に戦いから抜けることは、負けを意味する。 それが、いつも悔しかった。 自分はいつも、守りたいと思っても守られる側にいる。安全が確保されている場所にいる。 自分が知りたい真実を手に入れる為には、こんなことでは駄目だと思う。だが、現実は上手く行かない。 先ほどまで瀕死の状態だったキッドは復活し、快斗や真の護衛で動いている。その精神力と体力と持久力にはいつも驚かされる。そして、うらやましく思う。いつまでたっても体力の続かない自分、体力をつけるには困難な貧弱な体。 考えに沈んでいた新一はガシャンッという大きな音ではっと意識を現実へと戻した。こんなことでは、簡単に殺されてしまう。いつも、考えに沈まないようにしなければいけないと思いながら、どうしてこうなのだろうか。 紅子の怪我の様子を確認している哀に近づき、あの恐怖からくる発作は、もう大丈夫なのかと尋ねれば、大丈夫よと素っ気無く返す。 いつもと変わらない彼女の様子に、新一は知らずに笑みがこぼれる。やはり、これでこそ、哀だ。 「なら、いいんだ。」 「何?何だか嫌ね。こんな時にあなたの笑顔を見るなんて。」 「気にすんなよ。お前も、怪我してるんだろ?手当てはしとけよ?」 「…。」 隠していたがばれていた。そんな些細なことに気付く新一に苦笑する。自分の事になると二の次になるくせに、他人に関しては鋭い。だから恋という他人から寄せられる思いに気付かないのだろうけれど。 それでこそ新一だと思うが、少しは気付いてやらなければ、あの二人がどう行動してくるか想像できて早く気付いてほしいと思う。 「あまり、時間をかけていられないわね。」 「まだ、後ろがいるものね。」 そう。はやくこの男をどうにかし、大元である男、古宮を片付けなければ終わらない。 まず、契約したもとを経たなくてはいけない。そうすれば、引き受けた仕事人は依頼人が亡くなった時点で契約破棄になり、その仕事を遂行しなくてもよくなる。 黒兎はそう簡単には引き下がらないだろうが、これ以上の被害は食い止められるだろう。 自分も援護に行こうとした新一は、ふとある気配に気付いた。 自分がよく知る、懐かしく暖かい記憶の中に眠る気配。 「嘘…?」 突如感じたあの気配。間違いはないが、絶対にありえない。 信じられないといった表情で、新一は突然走り出した。 哀や紅子、もちろん戦闘中だった全員がそれに気付き、何事かと動きを止めて新一に意識を持っていく。 黒兎も目的が新一だったために、何事かとそちらを見ている。 それでも、新一は気にすることなく走っていく。暗い闇の中を迷うことなく真っ直ぐ目的の場所へと走っていく。 黒兎はドンッとキッド達を押しのけ、新一を追った。キッドも快斗も、慌てて体制を整えて追いかけた。 哀と紅子にはここで待つように指示を出し、真に何かのための護衛をつけて森へと入る。 空の月はだいぶ傾き、そろそろ日が昇り、朝がやって来る。 そんな中、新一は迷うことなく目的地へと走っていった。 まるで、何かに導かれているかのように、真っ直ぐ森を駆け抜けた。 背後から、誰も追ってくる気配はない。 今の新一を追える者は、誰一人としていないだろう。 森の木々や風、多くのここに住む聖霊達が手を貸しているのだから。 決して他のものが邪魔しないようにしているのだから。
新一は小さな小屋の前で足を止めた。 さすがに、体力のない新一がこれだけの距離を全力で走ったので、息は荒い。必死に押さえながら、平常心を保ち、深呼吸をして新一は扉を開いた。 そこにはやはり、自分の知っている気配が残っていた。間違いなくあの人のもの。いや、あの人達のものだ。 新一は一歩、また一歩と、少しずつ中へと入った。 ゆっくりと、全神経を張り巡らし、どんな些細なことも見落とさぬように張り詰めて進んだ。 進んだ先にある扉から、強く感じる気配。 聖霊達が教える。この先へ行けと。この先に、答えが、真実があるのだと。 ごくりと唾を飲み込み、新一はドアのノブに手を触れた。そして、迷うことなく扉を開け放った。 そこには、明らかに面積があわないような明るい光に満ち溢れた花畑があった。 そして、奥にある大きな木の根元で、見知った、あの人達の姿と気配を感じた。 「嘘、だろ?」 いったいどうなっているのか。 先ほど急に感じた気配をに反応し、自分はここまで来た。もしかしてという期待を胸に寄せて。だが、実際眼にするとかなり可笑しなものだ。 「そろそろ、というところかな?」 「しかし、結局快斗とキッドは来ませんでしたね。」 「新ちゃんも遅かったわよ。」 「でも、いいじゃない?おじいさんおばあさんになる前で。」 目の前にいるのは夢でもなく本物で、間違いなく亡くなったはずである自分の両親と快斗とキッドの両親だった。 それも、のんきにお茶を飲んでお菓子をつまんでいる。今の状況を思い出して、かなり腹立たしいものがある。 「まぁまぁ、新一。今は焦っても仕方がない。それに、今は彼が時間を止めている頃だろうからな。」 「はぁ?」 「まぁ、久しぶりの再会なのだから、少しは話をしようじゃないか。」 「…。」 「しかし、まさか新一がそんな格好をしているとは驚きだったな。」 「似合ってるからいいじゃない。」 「そうだがな。」 「うるせぇ。」 このお気楽な性格は相変わらず。失ってはいなかった事にうれしさがあり、だが黙ってここにずっといたことに怒りと不満があり、快斗やキッド達の事が心配で急ぐ気持ちでぐちゃぐちゃな新一。 そんな新一に優しく微笑みかけながら席を勧める二人の偉大な父、盗一。 自然と、不安のような負の思いは消えていた。 「まずは、簡単に私たちの事に関して話そうかな。」 「そうね。じゃないと、話が通じないものね。」 「まずは、私からだ。私が死んだとされる事故、覚えているよね?実は、あれはそう見せかけただけのフェイク。実際は生きていた。」 「私もその時に一緒に、姿を隠す為に死んだことにしておいたのよ。」 なんだか、とんでもない話を聞いている。もしそれが本当ならば、この二人もそうなのだろうと思えば、案の定あの血は偽物で古宮と白の騎士が動いた為に、彼らの手によって死んだことにしたのだと告げた。 頭がいたくなる。そんなに前からあいつらの計画が進んでいたのなら、頭のいい彼等が何らかの行動を起しておけば、ここまで響かなかっただろうに。 新一はぎろりと父親を睨むが、相変わらずにこにこしている。むかつく男だ。 「で、ここは光と闇の狭間だ。」 「光と闇の狭間?もしかして、父さんが言い聞かせてきた物語の世界?」 「ああ、そうだよ、新一君。私の家黒羽家と彼の家工藤家、そしてもう一つの玖城家の三家が関係してくるんだ。」 「話をしたのを覚えているだろう?上に立つ神の黒羽と護衛補佐の光守の工藤と戦闘防衛の闇守の玖城の三家の話。」 そういわれて、ゆっくりと過去の記憶を引き出して思いだす新一。 確か、その話はもともと主と巫女と忍の三家が共存してきたもの。それが今にも続き、それが現代の三家だという話。 「私は全てのものに幸福を与え、そして絶望を与える者として君臨し、彼等は私の身の安全を守る守衛で敵を打つ戦士であり、未来を知り予言し、自らの技で癒す巫女でもある。多くの自然界の者達と契約を交わす事が出来る、彼等に愛される一族。それが君だ。そして、小さい頃で覚えていないだろうが、全ての戦闘技術を獲得し、敵を滅ぼす技と身を隠す為のこの空間を創り出す力を得た彼だ。」 盗一が話の最後にどこかを指差した。いったい誰の事を指しているのかと振り向けば、そこには一人の男が立っていた。 何処となく白馬に似ているが、明らかに持つ気配や雰囲気、内のものが違う人。 記憶のどこかで覚えているのか、懐かしいものを感じた。 「彼が、工藤家と反対に、自然界に嫌われたが、この空間を創り出す事が出来る、唯一の闇の者。」 「…新出…智明…。」 「よく、覚えていたね。」 思い出すのは、今聞いた名前ではない。 彼は苦笑して、覚えていましたかと言う。名乗ったのは、自分が小さい頃に名前を聞いたときに一回きりだったそうだ。それを覚えているという事は、相当記憶力がいい。 新一はそんな事に驚いているのではないが、相手はその事に少し驚いているようだった。 「改めて、私は玖城家の当主です。以後緒見知りおきを。」 「あ、こ、こちらこそ。」 握手をし、挨拶を交わした二人。 そこでふと、新一は思い出した。こんなところで暢気に過ごしている場合ではない事に。 今というこの間にも、キッド達はあの男とやりあっているのだろうから。 「急がないと!」 「いくら時間が止まっていても、私たちも引退の為の幕引きでもある、最後の仕事をしないといけないわね。」 「そうね。これが終わったら、旅行にでも行かない?」 「それいい考え!」 「私は連れて行ってくれないのかい?」 「優作は駄目。盗一さんと一緒に、快斗君やキッド君の文句を聞きなさい。」 「それは、困ったな。」 そんな和やかな会話。失ったと思っていたもの。 やはり、失えないものがある。どんなにうっとうしいと思う人だけど、大切なたった二人だけの両親で、自分が育つ中に関わった人だから。 「さて、仕事をしますか。」 「ゆっくりと息子と語る時間がほしいものだ。」 「私はあの二人に何を言われるかと思うと、今から楽しみだよ。」 「あら、私もよ。つもる話も在ることだし。」 あの二人なら、相当文句を言っても、最後には本当の顔を見せるだろう。 あの二人にとっても、この人達は大切な人なのだから。 会って早々、文句とともに戦闘態勢に入りそうだなという予想も出来るが、それはそれでいいかもしれないと、新一はこの後が少し楽しみに思えた。 そして、全員が『現実』へと戻る時。 四人はおちゃらけた表情から一転し、昔よく見た仕事人の顔を見せた。 自分もよく知る、仕事に誇りを持っていた彼等の姿。自分の尊敬する彼等の姿。 「さぁ、戻りますか?」 「そうですね。」 新一と智明もこの四人のテンションに少しついていけずに、こちらはこちらで勝手に行動することにする。 これだけの間、智明は本当に大変だったと思う。新一はあの両親の性格を知っているのでそう思う。それが、あの二人も付け加えられれば敵なしだ。 なんだか、この事件自体がこの四人の手によって上手く動かされているような気がするのは、気のせいではないと思う。 六人はこの光と闇の狭間と呼ばれる、時間の流れに逆らった空間から現実へと戻った。 そして、遊戯の終幕を引く為に、彼等が行動を開始する。 あの日からすでに始められていたこの愚かで無意味な遊戯を終わらせる為に。 |