泣いてはいけないなんて、誰が決めたのかしらね 私だって、冷酷だと言われても泣きたいと思うような事だってあるのよ 私だって、魔女と言う称号を掲げていても、やはり弱い一人の人間なのよ 泣けば魔力を失うなんて それが、この力を使う事にあたる代償だったなんてね 馬鹿げてるわ でも 今の私にはこの力が必要だもの 大切な人達を、今のこの場所を守る為に必要なのよ だから、今は泣かないは 彼等が平和を手に入れた時になら 泣いても言いかなと思うけどね
第六幕 第一遊戯開始
哀の言葉とともに、月華楼を出た。 どうやら、相手はキッドや快斗の相手もだが、裏にいる手ごわい相手を先に始末する事を考えていたらしい。 キッドと顔見知りで、彼が嫌な顔をしない相手として、哀はあげられていたようだ。何せ、下手に気配を隠しきれない尾行者が一人いるのだから。 「・・・容赦、しないわよ。下手に手を出すからいけないのだから・・・。」 「哀がしなくても、私がしてもいいわよ?」 「いえ、私がきっちりと始末しておいてあげるから、大丈夫よ。紅子には、新一君のことを頼みたいわ。」 「まぁ、いいわ。」 そういって、足を止めて振り返った。ちょうどここは、人が滅多に寄り付かない町外れあたる。 ここならば、周りに被害が及ぶことはないだろう。 それに、いつまでもこのままの状態もうれしくはない。はっきり言って、いい迷惑なのだ。 「隠れていないで出てきたらどう?男ならば、正々堂々と正面からやって来たらどうなのかしら?」 「それとも、腰抜けかしら?あ、公に公開するストーカーでもいいかもね?」 気配が微妙に動いたことを感じ取る。どうやら、本気で気付かれていないと思っていたらしい。 しかも、ストーカー呼ばわりされて、自尊心が傷ついて動きを止めてしまう相手。 相変わらず、嫌な言い方で相手の手を探るなと思う。だが、同情してやる気もさらさらない。 「おめでたい奴だな。」 「そうね・・・。」 「私からいえば、うっとうしいだけの蟲と同じよ。」 「・・・それは言いすぎなんじゃないか・・・。」 「新一君、いいのよ。彼等には言いすぎぐらいが一番よいのよ。」 そういうものなのかなぁと考えていたとき、相手が姿を見せた。完全に知られている以上、下手に隠れていてもしょうがない。 すっと、散々いろいろ言われ、影から現れたのは白馬だった。昼間見た服とはまた違う。きっと、それが彼等の仕事着なのだろう。 白の騎士という括りで行動する裏の仕事人の戦闘服。 「クスッ、二度も同じ事は通じないわよ。とくに、今の私達にはね・・・。」 「そうよね・・・。私達がそろった時点で、貴方に勝ち目はないかもね。」 何かの八つ当たりの如く、手加減なしに徹底的にやるつもりらしい。 本気の彼女達の相手は、どれほど恐ろしいかは自分がよく知っているので、目の前の相手が哀れに思える。 同情はするつもりはないのだが…。 「・・・ほどほど・・・にしておけよ?」 いくら迷惑でうっとうしい相手だったが、この二人が絡むと、どうも可愛そうに思えてくる。 本性を知っているのは得なのか損なのか…。 「いいのよ。痛い目を見れば・・・。新一君、知らないわけじゃないのでしょう?」 「彼の仲間の一番最悪な相手が、貴方の両親が消えたあの日と関わっている事を。そして、キッドや快斗君のご両親を手にかけたのも・・・。」 それを言われて、一瞬表情が曇ったが、すぐに元に戻った。きっと白馬には悟られていないだろう。それだけ、一瞬で表情を覆い隠したのだから。 彼もまた、キッドや快斗同様に、ポーかフェイスが上手かったのだ。そうやすやすとこんなお馬鹿が見抜けるはずがない。 「・・・まったく、言いたい放題いってくれますね・・・。」 さすがの彼も、いくら強そうだと言っても、女二人に昼間は自分が組み敷いていた男一人で、人数が多くても自分が劣るとは思っていない。 だからこそ、彼は上にはなれないのだと三人は思う。相手の力量ははっきりと測りきれていないのだから。それはいつか、己を滅ぼすことになる。 今の彼は、どちらかというと紳士的人間だと思っているので、ストーカー呼ばわりされた事で、かなり自我が乱れていたりもする。 だからなのか、それが油断で己の命の危機へとさらすのか。 よく誰もが言う言葉。見かけて全てを判断してはいけない。まさにその通りの事態が起こるのは後少し。 「三人相手なら、こちらも三人で相手をするべきですね・・・。」 ひゅうっと小さな笛を吹いた。それは彼が育てている、二頭の頼もしい鷹を呼ぶ為のもの。 毎日手入れをしっかりしているのか、乱れのないしなやかな羽。 バサバサッと羽音を立てて、通常よりも大きな鷹が二頭現れた。 「さぁ、お相手をして上げなさい。」 主の命令に忠実に遂行する為、二頭の鷹はそれぞれ哀と紅子めがけて飛んでいき、攻撃を仕掛けた。 哀と紅子は出来るならば新一に負担が回らないようにと、早々に片を付ける為に、容赦なく撃退する。 だが、さすがこれでも相手は自分達には向かおうとする相手だ。このペットもちょっとやそっとでは倒れてくれない。 主への忠実心が強いのか、それとも…。 「まったく、面倒なものね。」 「・・・外より内から破壊する方がいいみたいね。」 二人はそれぞれ、自分達がもっとも得意とするもので相手を倒そうと決めた。 紅子は己が持つ力で、哀は己が調合した薬で。 敵を滅する。 「終わりよ、これで。」 「しぶとい相手は嫌われるものよ。」 二人が鷹を内から破壊と言う通り、哀は昨日調合したての薬品をばら撒き、紅子は得体の知れない力で、鷹の生命の灯火を消した。 白馬はやりますねと言いながら、相手が鷹に気を向けている隙に、新一へと向かって走っていた。 一人でも倒せれば残りは減る。 それに、女の事は調査済み。 残るのは、この弱そうな男一人。 手を下すのは、弱いものから…。 「しまったっ…?!新一君!!」 「雑魚は始末できたから援護よ!」 いくら新一が魔術師の仲間として強いといっても、二人にとっては傷ついてほしくなかった。 それと同時に、彼の持つ力は己の身の破滅をも呼ぶ危険な物でもあった。 白馬がそれを知らなかったとして、新一が負けるはずはないとわかっていても、やはり戦闘にはあまり出てほしくはないのだ。 「まずは、貴方からです。」 白馬が腰にかけていた刀を鞘から抜き取り、新一めがけて切りかかってきた。 だが、新一は別に驚きもせずにそれを見て、すっと懐から扇を取り出し、まっすぐ腕を伸ばして白馬の方へと向けた。 動きは早いがまるで、スローモーションを見ているような感覚におちいってしまう。 新一は近づいてくる白馬を、見たまま扇を持って腕を伸ばしたままだったが、急に素早く扇を手首と指先を器用に使って広げ、腕を大きく振り上げた。そして、すっと右横へ扇を持つ腕をまっすぐ伸ばして素早くそして優雅に大きく、左側へと切るように移動させた。 流れるような、自然で美しいその様。舞を踊るかのような扱い。
サァ――――ッ
一面を風が包み込み、新一に集まったかと思えば、既に切りかかる直前だった白馬を弾き飛ばした。 「う、うわぁ?!な、なんなんです?!」 白馬は吹き飛ばされ、地へ転がった。幸い、この辺りは壊れて困るような代物はないので、新一達からすれば大丈夫という所。 だが、白馬にしてみれば、何もない為に支えがなく、思い切り地に叩きつけられてしまったのだった。 「ふぅ・・・。」 「新一君…。」 新一は息を一息つき、二頭の鷹を撃退した二人に怪我はないか確認して、笑みをこぼす。 新一にとって、目の前に向かってくる白馬からの自分の身の危険よりも、哀と紅子の身の方が心配だった。 「まったく、無茶をして・・・。貴方のそれ、今までのことと、狙われる原因なのよ。下手に使わないでちょうだい。」 「できる限り、私達が雑魚ぐらいなら振り払うから。」 「でも、俺もお荷物ばっかりは嫌なんだよ。」 言っても聞かないのが新一。哀も紅子もしょうがないわねと思いつつ、倒れて戦意喪失している白馬を見下ろした。 白馬は自分に一体何が起こったのかわからずにいた。隙だらけになった白馬をただの駒だったとわかった志保は、次に仕掛ける為の冷たい言葉を放つ。 「わけもわからずに・・・、貴方も仕事人としてのプライドもあるようだから、簡単に教えてあげるわ。あの男に全て話を聞かされず、踊らされていた哀れなく傀儡にね・・・。」 どうせ覚えていないでしょうけどねと言いながら、怪しく笑う哀。紅子の笑みも同時に見れば、まるで悪魔の誘いのように見えるだろう。 「それもそうね。主の為に命を落としたあの二頭への冥福を祈る気持ちとして・・・ね・・・。」 新一を背後に二度と向かわせないように立ちはだかり、白馬にいう。 「新一は・・・、工藤家は代々契約者として今を生きる、巫女の子孫。過去最大の力と精霊や神や守といったものに好かれ、多くの契約を交わしてた、過去最強の契約者。」 全ては人に知られずに持つ力で支えてきた工藤家の内輪もめ。あの男も、工藤家の遠い親類なのだから。 手に入れる事が出来なかった力を手に入れる為に計画された事。全てはあの男のみが全ての利益を得るという愚かな話のための犠牲者。 「あの男は、それが狙いだったのよ・・・。あいつはもともと、工藤家の血の流れからかなりはなれた位置に属する最も血の薄く、そういった類の言葉や気配を感じ取る事ができないもの。」 まぁ、元々汚れた心を持つ者には資格すらないのだけどねと、小さく付け足す。 その反面、何時まで経っても清い心を持ち続ける新一だからこそ、今も最強と言われる力に呑まれる事なく今まで過ごせたのだ。 「だからこそ、工藤家のもっとも敵に回すと厄介だといわれている、現当主だった優作殿と有希子殿を手にかけた。」 わかったかしらというが、白馬は理解できずにいた。全て、話が違うのだ。自分が聞いていた事と、相手が言う内容が。 そして、気付いた。自分は騙されていたのだと。あの約束が果たされる事はないのだという事。 「まったく、貴方は賢いようで馬鹿みたいね。」 「わかんないなんて、馬鹿以前の問題よね・・・。」 もう、いるだけで時間の無駄だわと言いながら、仕掛ける用意を相手に知られずにする。 取り乱してしまった白馬はもう、敵ではない。ただ向かってくる邪魔者なだけ。 「彼は、過去誰もなし得なかった、全ての精霊と神と守のトップと契約を交わしたもの。簡単に貴方達には手に入らない相手よ。」 精霊が嫌う汚れた心を持つ者ならなおさら、近づく事は出来ない。 そこまでいったところで、哀は白馬にすかさず薬品の入った瓶を取り出してかがせる。 紅子は指示を出さずとも自分のすることを理解し、白馬から意識を奪い、今現在聞いた内容の全てを記憶の中から消し去った。 「・・・苦しめばいいわ・・・。私達とここで会った事を消したのだから・・・。不思議でしょうね、大事にしていた二頭がこんな死に方してるなんてね・・・。」 通常では有り得ない死に方。消し去った今夜、いや、ここ数週間の事。 自分たち魔術師と接触した記憶を全て、消しておく為の対策。 下手に外へ漏らされても、面倒なのだ。 「彼等には何もないのだから、せめて弔いはしてあげようかしら?」 「そうね・・・。」 二人は背後の新一を見て、道を開けた。これをするのは新一の役目。 自分の持つ力で争いが起こったとしても、それで救えるものがあるのなら、最大限の努力で少しでも多くのものを助けたいと思う新一だから。 そんな彼だからこそ、持つ事が出来た力なのかもしれない。 新一はそっと動かなくなった二頭の鷹の前に立ち、扇を開き、その場で舞い踊った。 見とれて眼が離せないその光景を、二人はただ見ていた。 鎮魂の舞。彼等が安らかに眠れる事を願い、我は彼等の安らぎの場所へ向かう道へと導く為、舞い踊ろう。 すっと扇を下に下げて、ぱちんと閉じる。 静かなその場にその音だけが辺りに響いた。 「・・・守護する精霊よ、そして神々よ。この清き汚れなき魂を迎え入れ、進むべき道へと導きたまえ・・・。」 決して迷わないようにと、願いを伝えて。 新一の声に応えるように、今は眼に見えない彼等はきらりとかすかな光を放つ。 「・・・そっか、無事に導いてくれたか・・・。」 光はそうだ答えていた。 新一、そして哀と紅子はほっとして、お互い笑みをうかべていた。 まだ、戦いは終わっていないが、少しこの二頭のことで悲しいがうれしく思えた。
ほっとした事で、そして敵がここには一人だと思っていなかったからか、気付かなかった。 ここにいるはずがなかった相手が気配を殺していたのだから・・・。
「おじさん!おじさーん!いないのー?」 玄関から呼ぶのは知った声。中森は急いで入り口の明かりをつけて扉を開けた。 すると、そこには声の主が立っていた。 「あ、おじさん。良かった、いたよ。これでいなかったらどうしようかと思ったよ。」 かなりおおげさながらもほっとしている快斗の様子に、何かあったのかとたずねると、ちょっとねと少しはぐらかそうとしながら答える。 きっと、これ以上の内容を話すか話さないか悩んでいる最中なのだろう。 「あ、それでさ。」 「なんだい?」 何か急ぐ用があるのか、そわそわしている。 「青子はいる?」 「ああ、いるとも。呼んでこようか?」 「いや、いい。いるならいいんだ。」 少し様子がおかしいことに、どうしたとたずねると首を振るだけだった。 それがさらに、可笑しいと思っても何も知らない自分には何もいう事は出来ない。 彼は、自分よりも賢いから、容易に誤魔化して逃げてしまうのだ。 「最近、物騒でしょ?だからちょっと、心配になっただけ。」 何かあるとわかっていても、聞けるような内容ではないことに中森は気付いた。彼の持つ、深いものには、自分では触れる事は出来ないと、あの日からわかっていたから。 そして何より、先日話してくれたあの内容が関わっているとしたら、きっと聞けないと判断する。そして、聞いてはいけないのだと、自分に言い聞かせる。 「わしは君の事を本当に大事な息子とと同じように思っておる。だから、無理だけはするでないぞ。」 「わかってるよ。心配性だな・・・。」 それだけいって、屋敷から去っていこうとする快斗をただ見ているだけの中森。 ふと、快斗は振り返って中森を見た。 信頼できる、父親のような存在だった彼。人一倍正義感が強く、責任感も強く、そして厳しいながらも人を心配する心優しい人。 だから、たった一言だけだけど、伝えておこうとおもった。それをどうとるかは、彼の判断次第。 「今夜、動きます。奴等が動くので、動く事になりました。ですから、今夜、もしくは明日に何らかの自体が生じるかもしれません。今夜はくれぐれも気をつけて下さい。」 そういって、おやすみなさいといって闇の中をかけていった。 中森はただ、呆然と知らぬ間に手の届かないほど大きく成長している快斗の背中を見ていた。 それしか、出来る事はなかったのだ。 自分が、その『魔術師』を手伝う事など、快斗と変わってあげる事など、出来はしないのだから。 しばらくして、彼だけではなく相手側も動いて今夜は危険という事に、我を取り戻した中森はすぐに電話を手に取った。こういった事態を対処する隣の課の目暮に電話をしたのだ。 出来るだけ警察を動かせば、もしかすると役に立つかもしれないという行動だった。 犯罪者でもある魔術師という集団の手助けになるようにと考えたことから、警察を首になってもよかった。 自分の息子のような彼が幸せな道を歩めるのなら、軽い代償だと中森は思ったのだ。 「・・・目暮か。夜にすまんな・・・。」 中森は今夜あたり『魔術師』と『白い騎士』が動くという事を知ったのだということを伝えた。 知った事で心を取り乱し、悟られぬように努力をして、簡潔にその事を伝えた。 『そうか・・・。なら、今夜は警備を怠らないように、厳重にするように注意をしておこう。』 「何かあれば、連絡してくれ。」 『わかっておる。大丈夫だ。わしは何も聞いていないから、知らないふりをしておくぞ。…『魔術師』からの接触があったとはな。』 「・・・ああ。」 話さなくても、気付いた。だからといって、とがめる事もばらすこともしないという相手。 お互い、大切な友人を失った者同士だった。中森は何らの事件に巻き込まれながらも、結局真相が掴めなかった黒羽盗一を、目暮は行方知れずとなり怪事件として処理された工藤家を。 だからこそ、今度動こうとしている何かに中森が今度は守りたいと思っている誰かがいるのだと、目暮は気付いていた。 「・・・どうか、無事でいてくれ・・・。」 中森は願うように、友人だった者からもらったお守りを握り締めた。 目暮は目暮で、唯一生き残っていながら、その後消息を絶ってしまった友人の息子がどうなっているのか、ふと気になった。今も何処かで生きていればいいなと思いながら、見回りで動く警備隊全員に無線で連絡を入れた。 今夜は嫌な風が吹くものだと、生暖かい風を感じてつぶやく。
「出来れば、出てきて頂きたいのですが?」 「そうですね。こちらも暇ではありませんし。」 気配の相手は、暫く大人しく息を潜めていたが、完全にばれている事でやっと姿を見せた。相手は、白鳥だった。もちろん、拳銃なんていう、物騒なものを持っている。 「まったく、平和を守る刑事が聞いて呆れますね。」 「その点、私達は何も問題はない集団ですよね。物騒なので、出来ればそれはしまっていただけませんか?」 そんな事で、引き下がるわけはないのだが…。相手はもう、引き下がれない所まで来ているのだ。 もし、知られてしまえば全てが無に帰る。だが、だからといってそれで失ったものが戻ってくるわけでもない。 「さて、私は貴方を警察へ届けたいと思います。ここのお嬢さんを手にかけられては困りますからね…。」 隣に立つ男に、合図を送り、男はすかさず腰にある刀を抜いて相手に切りかかる。 「ほお、貴方。戦鬼神と呼ばれ、雇われた相手に金額分だけ従うという、京極真ですか。」 「へぇ、よく知っていますね。最近はあまり活動していませんし、巷では死亡説が有力だという噂がありましたけどね?」 その間にも、二人の攻防は続く。お互い譲ることなく、それは続けられた。 いや、正確には真が押していたが、頭はそれなりにいいらしい白鳥が考え始め、対策を立てだした為に、互角のように見えるだけであった。 キッドは、部屋にいるこの屋敷の娘、蘭の警護で中へ入った。他に部下がいては、大変だからだ。 それで仕事を進められては、今の自分たちの行動は無意味となる。 「私は、彼等の仲間となり、剣術師となりました。」 「なるほど、魔術師とは、キッドの呼び名。他の者達も、それぞれ繋がり、得意とする術で名を名付けているという事ですか。」 「さすが。頭はいいようですね。…しかし、腕はあまりのようですねっ!」 圧力で吹き飛ばす。 どうやら、あまり強い相手とは実践した事はないようだ。 裏の本当の姿、本当の恐ろしさを知らずに、上辺だけで全てを見てきたと言い張るようなもの。 いつも、安全な場所にいたのだろう。 「貴方は私に負ける。それは、私と貴方との実力の差があるからです。悪く思わないで下さい。」 容赦なく攻撃をする。手を緩める事はない。 手を緩める事は、剣士として相手への侮辱でもあるので、最後まで相手をする。 たとえ、気にらぬ者であっても、その礼儀を通す事が、彼自信のプライドでもあったからだ。 「私はこの刀で生きてきました。貴方のように、中途半端な技量と知識で生きる事は私には出来ません。私はこの生き様に誇りを持っています。貴方は、今まで戦った剣士や侍や賊といった彼等に劣ります。」 ガキンッと白鳥の持っている獲物を弾き飛ばす。 白鳥の手から離れたそれは、宙へ飛び、弧を描くように背後へ、グサリと刺さった。 「貴方は、誰か人に誇れるだけのものを、もっていますか?」 唐突に、質問のようで独白のような語りを言いだした真。 守るものも、人に誇れる、自分のただ唯一の真実とも言えるものを持たない哀れな男。人は、自分の目標や信念の為に尽くす。そして、守りたい物を守る為に、強くなれる。 そんな事も忘れてしまった男には、絶対に負けない。 今までの敵は様々な信念を持ち、お互い満足の行く戦いをした。相手は満足行かなくても、負けとなる時もあるが、この男ほど愚かなものはいなかった。 「切る必要のないもの。もう暫くすれば、動き出した者達の手によって、裁かれるだろう…。」 遠くの方で、人の声が聞こえ、明かりが動いているのが見える。 真はもう意識の無い男に一枚の紙を添えて、その場から立ち去った。 キッドもまた、これからここへやって来るであろう相手の存在を知り、屋敷から去った。 合流して、二人は新一の下へと急ぐ。何かが可笑しいのだ。何かが。 そう、白犬がいないのだ。気配もなければ、動きも見られない。 「もしかしたら、ここを狙うのは予定ではなかったのかもしれない。」 「急がなければいけませんね。あの男は、とても危険です。」 二人は走っていく。 その途中で、快斗と合流した。そして、知る。白犬の行方を。間違いなく、新一の所にいるはずだ。 急ぎたくても、警察の動きで制限される。そして何より、新一達の行方を知らないのだ。 きっと、周りに害がないような場所にいると思われるが、それは結構いろいろあるのだ。 「別れましょう。」 「そうですね。それが一番早いかもしれません。」 「じゃぁ、見つけたら、これで合図ね。」 三人はそれぞれ散り、愛しい無茶ばかりをする他人思いの巫女を探すために走った。 だがその時すでに、新一達は白犬と対面していた。
命を失った二頭の鷹の羽を一枚ずつ手にとり、布に来るんで懐にしまった。 こんな事の為に奪われた命への償いとして、今までの者達と同じ場所に埋葬してやろうと思ったのだ。しかし、これは白馬のもの。だから、羽を一枚ずつ拝借したのだ。 「一度、戻りましょうか。」 「そうね。」 三人は月華楼へ戻ろうと足を進めた。
―――――――ッ
何処からか感じる殺気。三人が同時に構える。 「…まさか、こっちに来るなんて、ね…。」 「予想外だったわ…。」 暗い闇から現れた人影。今回の、あの日から始まった事件の、全ての黒幕。 闇に知れ渡るが、いくつもの偽名を名乗り、本当の名はわからないが、知る人なら知るその名前。 「お見事でしたね。さすがは魔術師の皆さん。」 「白犬…、いや、黒兎…竜矢…。」 裏と呼ばれる闇世界で非道で冷酷な闇に君臨する鬼、暗黒鬼と呼ばれた目的の為には何でもする男。 その男の威圧感が新一達に自分たちの体に重力が増えてたかのように圧し掛かる。 「へぇ、私の…俺の本名を知っているとはね。さすが、というべきかな、行方不明の工藤新一君。」 しっかりと、手には数本の細いナイフのような刃を持っている。 いつでも動けるのか、かなり余裕を持って、三人の前に立つ。 「それとも、自然界に愛されし巫女様と呼ぶべきかい?あ、神楽様の方があっているのかな?」 一歩、また一歩と距離を縮めて近づいてくる男。それに対し、一歩、また一歩と重たい足を動かして後ろへと距離を離そうとする新一達。 絶対の自信と確信を持つ余裕。確かに隙もないし、経験や技量は豊富で下手をすればこちらが危うい状況。そんな中、恐ろしく感じる男の笑み。 それはまるで、以前存在したある大きな裏組織の人間が持つ気配と同じ。 哀は知らずのうちに体が固まって動けなくなる。 哀は以前、ある裏組織の一員だった。 最愛の姉が逃がして、新一のもとで、工藤家で過ごす事になった。養子として、迎え入れられたのだ。そんな過去を持つ哀を、受け入れてくれた人達。 後で、姉が殺された事を知って悲しんだが、今立ち直れたのは新一がいたおかげだ。どんな事をしてでも、守ると決めた相手。逃げるわけにはいかない。 「悪いけど、私達は貴方の相手はしていられないわ。忙しいのよ。」 紅子がキッドから渡されたものなのか、丸い珠を投げつける。そうすれば、辺りに煙で視界を消して、哀と新一の腕をつかんで走った。 闇を生きる男と正反対に向かって、逃げた。 背を向ける事は死を意味するが、今の最善の策は逃げるのが正解だと、紅子は判断したのだ。 確かに、今はこれが正解だったかもしれない。 紅子もまた、感じていた。得体の知れない恐ろしいものを持つあの男の気配を。 哀も紅子も、取り乱した今のままでは勝ち目が無い事ぐらいわかっていた。だから、今は逃げた。 あの男の最終目的は新一なのだから、逃げないとまずいと、察した。 自分達ははじめからあの男の眼中にはない。 狙いは新一ただ一人。 つまり、今は逃げないといけない。背を向けたとしても、何か得体の知れないものを隠しているあの男と真正面からやりあうのは賢い方法ではない。 逃げていく三人の気配を奪われた視界の中で感じ取っていた黒兎。 「へぇ、鬼ごっこね…。たまには、遊びに付き合うのもいいかもしれないな…。」 煙がさぁ――っと流れて消え、黒兎は動いた紅子に向かって投げた三本のナイフを拾った。 何かを狙って投げたソレ。獲物を仕留めるためのソレ。 「…少しは、楽しめるかな?」 ナイフには紅い血と着物の切れ端がついている。深くは無いかもしれないが、怪我を負ったということは、下手に動く事はないだろう。 あの優しい新一君はきっと彼女にそうさせるだろう。 くくく…と気味の悪い笑い声を、そのあたりに響かせる。 「予想外の事が起こるが、たまにはいいかもしれないな…。」 その場から歩き去る前に、足元にひっかかったものに気分を害した黒兎は、それを蹴り飛ばした。 ずしゃっと鈍い音とともに、それは少し離れた場所に倒れた。 「…始末ぐらい、しっかりしてほしいものだ。駒のわりには働いてくれたが、役立たずなのは、変わりなかったな。」 まだ目が覚めぬ白馬の側を通り抜け、闇に消えた黒兎。 彼が蹴り飛ばした鷹は、首の骨が折れたのか、可笑しな方向へ曲がっていた。 |