「あなたは私のものだと、わかっていながらしているのですか?」

 

クスクスと口だけで、目が笑っていない男が、目の前にいる愛しき者に問う。

 

「俺は・・・、別に、何もしてねーぞ・・・。」

 

少し、後ろへと逃げる相手を射止めるかのように、追い詰めて来る見る目。決して逃す事はない強い意志の宿る目。

距離は少しずつ、せばまっていき、男は目の前の相手を腕で捕らえる。

 

「本当は、貴方を外へはだしたくはないのですよ。そう、ずっと、ここに閉じ込めておきたいと、私だけしかその綺麗な蒼い瞳に映らないようにしたいと、思っているのを許しているというのに。」

 

男は耳元で優美に言葉を並べていく。

愛しき者は、いつまで経っても理解しようとしない。自分の思いのふちも、邪な心で近づく真意を。

全て、彼の魅力が成せるものだという事に、気付かない男がたった一人愛する人。

 

「クスッ、相変わらず弱いですよね、耳が・・・。」

 

愛しい人を手に入れたとされるあの日から、男の強い独占欲には困り果てるものがある。

相手のことは何でも知っている。知っていないと気がすまない。恐ろしいほどの狂気を秘めた男。

弱いとわかっていながらも、言うことをきかすかのように、暗示をかけるかのように囁く誘惑的な声。

 

「・・・ばっ、やめ・・・。」

「今夜は、眠れないと思いなさい。貴方の全てが誰のものか、体に理解させますから・・・。」

 

男は、相手を抱きかかえ、側にある寝台に押し倒した。

 

 

「・・・愛してますよ、新一・・・。」

 

今晩のはじまりの合図かのように、耳に囁き、キスをおくった。

もう、今日は逃げる事は出来ない。

長い夜の宴ははじまる…。

 

 

 

 

 

 

 舞姫の宝珠  第一幕 行動開始

 

 

 

 

 

 

「だー、なんなんだよ、もう。」

 

一人の少年が店先でわめいていた。

彼は、この町で一位二位を争う富豪の若旦那、黒羽快斗。側を通っていく通行人達は不思議な目で見ていた。

 

「ったくよう、なんで俺が・・・。」

 

まだ、文句を言っている。どうやら、よほどの事があったらしい。

だが、ここでぐだぐだいっていてもしょうがないことぐらい、頭の良い快斗はわかっている。頭がよいからこそ、このいらいらをどうにかできないかと考えたりもするのだが、それは一向に思いつかない。

まったく、無駄に使われている頭だ。彼はこれでも、天才と呼ばれるにふさわしい知能と技能を持つ男で、町の娘達から人気であったりする彼。

 

そんな彼が文句を言っている理由は、これから少し表通りからはずれたところにある、大きな遊郭へいかなければい行けないの事だった。

彼は、町の富豪屋敷の若旦那であると同時に、その遊郭の若旦那と裏の仕事仲間だった。

 

昨日、幼馴染、ライバルでもある富豪の屋敷の一人娘である青子に買い物に付き合わされてくたくたになっていた。

それが、休もうとしたときに一羽の鳩が文を届けに来たのだ。それも、明日から仕事に取り掛かるからこいとの連絡。

そう、その若旦那のいる場所へ、仕事の内容を伝える為に呼ばれたのだった。

 

「どいつもこいつも、こっちの都合は無視かよー。」

 

そういいながらも、足は遊郭の建物目指して進んでいる。

ここでサボれば、あとあと厄介な事になる事は、自分がよく知っているからだ。それに、仕事事態は嫌でもないし、自分の父親を殺した相手を探すのには都合のいいものなので、文句を言いながらも、自然と体はそちらへと向かう。

 

そんな時、ふと、視界に岡引の服部平次が見えた。まさに、タイミングよく現れた獲物。

そして、快斗は何かをたくらむ嫌な笑みを浮かべた。目がきらりと怪しげな光を灯している。

もし、これを服部が見ていれば、即座に逃げていただろう。過去の経験で何度も思い知っていたから。

だいがい、こういった笑みを浮かべる快斗は、服部に対してろくな事をしないのだ。かなり、迷惑な事ばかりしかけられる。

 

「よぉ、服部。」

 

目の前に現れた快斗に服部は素直に久しぶりやんけ、と答えた。どうやら、機嫌はいいらしい。だから、気付かなかったのかもしれない。

 

「そう言えばさ、最近聞いたんだけど・・・。」

 

そう言い出した快斗に服部は笑みが引きつる。それが、何を意味するか、瞬時に悟ったのだ。

そして彼は気付いた。今の快斗には悪魔の角と尻尾があることに。すぐに逃げなければいけないという警告音が鳴り響くのを遠くで聞いた。

 

「ほら見て、これ、とっても素敵だよね・・・。」

 

そういって、びらっと服部に見せたのは、なんのへんてつもない一枚の写真。そう、通常の者が見れば何の変哲もないものなのだ。特に、この男を知らない者ならとくに。

 

「な、なんつーもんもっとんじゃー?!」

 

服部は町に響く大きな声を出して、素早く快斗の手から写真を分捕り、破き散らした。再び通行人たちの注目の的。今度は二人は仲がいいなぁと思いながら、通過していく人達。誰も、快斗の角や尻尾は見えていない。皆、その笑顔に騙されていた。

快斗はあーあといいながらも、残念がる事なく、楽しそうにまだあるよと、もう一枚出した。

 

「な、いったいおんどれは何処でそれとってん?!」

 

そういって、出されたもう一枚も破いた。こんなものはこの世にあってはいけないと、粉々にする平次。

そんな彼を見て、無駄な努力と楽しい反応ありがとう。そんなことを快斗が思っていることを感じながら、出所を突き止めようとするが、快斗が言うわけがない。本音はほとんど話さない秘密主義者なのだから。

 

「ははは、相変わらずだよね、平ちゃん。」

「平ちゃんいうなや、ぼけぇ・・・。」

 

脱力している服部。今の悪魔の笑顔全開の快斗には何をいっても、服部には太刀打ちできない。悲しいかな、過去の経験で思い知らされてきたのだ。

 

「ま、遊びはこれぐらいにして、俺行かないといけないところがあるから。ばいばい。」

 

なんだかすっきりしたーといらいらもどこかへ飛んでいった快斗は、口笛を吹きながら歩いて目的地へと向かった。

 

結局、残された服部の取る行動は、今のは忘れるんやと目的の場所へと急ぐ事。仕事で無理やり、頭から抜き去ることだけ。

 

 

そして、今回関わる事になったこの事件が、これから起こる事の発端とはまだ誰も気付かない。

 

 

 

 

 

 

所かわり、快斗は町一番の遊女屋、『月華楼』の入り口まではやくも来ていた。平次とあってからそう時間は経っていないが、うきうきとした機嫌のよさで、やって来た。

 

ここの主人とは似ているこ事と、何度も足を踏み入れたために顔見知りという事で、受け付け嬢に連絡があればすぐに中へと案内してくれるので、裏からこそこそと入る必要は無い。

まぁ、隠れるようにして入る必要もないので、顔見知りでなかったとしても、堂々と正面から入るだろうが。

 

「あ、ちょうどよかった。」

 

案内してくれていた園子は前から歩いてくる灰原哀を見つけた。すぐに、快斗を迎えに来た事がわかったのだろう。いつも、そうだから、園子は不審に思うことなく、声をかけた。

 

「あら、どこかの若旦那様がまたきたわけ?」

「そうなんだよ。聞いてくれる?あいつが忙しいところをわざわざ呼び出してくれたわけよ。」

「そう。貴方も大変なのね・・・。」

 

それだけいうと、こっちよと若旦那のところへと案内する。それ以上の話はなかった。いつもの事ながら、これは寂しいなと思う快斗。

口にしたくてもしないのは、哀の本性を知っているからだったりもする。

 

「任せたわ。さて、こっちも仕事に戻らなきゃ。」

 

園子は哀に任せれば問題ないということを、過去の経験で知っているからのこと。

だが、どうして哀では大丈夫かという問題は知らない。そして、快斗が恐れる哀の正体も知らない。

答えは、哀も快斗と同じ仕事人であるから。だが、それは仕事仲間だけの秘密。それも、他の仕事人には通り名のみで、本名と容姿はほとんど知られていない。

 

謎は謎のままにと言う言葉があり、今では本当に謎のままの方が良かったと思う。たまに、知らないままの方がいいと思うときもあるが、知っているからこそ今が無事なのかと考えると、これでいいのかもしれないと、曖昧な答えが導かれる。

 

快斗にとって、哀はやはり謎で知りたくない、避けたい障害でもあったりする。

そんな事を口にすれば、どうなるかわかったものじゃない。身震いする快斗。

そんな快斗へ話しかける哀。かなりびくりと反応を見せる。だが、すぐに覆い隠して仕事人の顔にした。

いくつか話をし、快斗はやっと本題に近い内容へと近づいた。

 

「で、今度はいったい、何があったわけ?」

 

ほとんど人がいなくなった廊下にきて、快斗が完全に愛想笑いもなくして問いかける。

 

「そうね、まだ聞かされていないけど、何かあったことは確かね。どうやら、今朝の事件が何かあるようだけど?」

 

そういわれても、今朝は号外などがあったとしても、見ている余裕は無かった。それだけ疲れていたという事と、たたき起こされて慌ててきた事。そして、ストレス解消したうれしさでいっぱいだったのだ。

 

「彼も、動くみたいだから、よほどの事みたいだけど・・・?」

哀の口から聞く彼という言葉。何度か耳にするその単語。自分達の仲間である者。

「彼・・・。ああ、あいつのお気に入りね。」

実は、快斗は一度も彼、若旦那のお気に入りの彼と言われる相手の顔を見た事がなかった。別に、今までそこまで気にした事はなかったが、今回話しに出てきて、やっと顔合わせかなと少しわくわくする。

 

そんなことを話している間に、この遊郭の主である若旦那、通称キッドと呼ばれる者の部屋の前まで来た。

 

「失礼いたします。」

 

ふすまをそっと開けて中に入る二人。出迎えるのは、はじめてみる顔。蒼いそれには白い蝶が描かれ、まさに彼は蝶のように儚いながらも強い意志を持ち、全てを見抜くかのような目を持つ人。それも、ここでトップの座に座る哀と負けを取らない程の美人な人。見ほれてしまうという失態を犯してしまうぐらいだ。

しかも少々着物が乱れているのと、首筋の印から、今まで何があったかは容易に想像できる。そして何より、その事のためか、男を引き寄せて誘うような雰囲気をばら撒いているように感じた。

 

「やっと、そろいましたね。」

 

奥には、キッドが座って待っていた。ここの主人であるので当たり前の態度だが、なんだか気に喰わない。

 

「ほら、新一。お前はこっちだよ。」

 

美人な人、新一の名を呼んで手招きする。新一と呼ばれた彼は、無言でそれに従う。彼には逆らう術を持ち合わせていない。

 

「・・・へぇ、キッドはこんな美人さんを隠していたわけね。」

 

今まで知り合えなかった事がもったいないと思ってしまう。それと同時に、この機会にお近づきになりましょうという計画が瞬時に立てられていく。

 

「別に、ただ、見せるのがもったいないだけですよ。」

 

特に貴方には見せたくありませんでしたしと、挑発するキッド。

 

「ちょっと、そんな話をしたいわけじゃないでしょ?」

 

このままでは、話が進まなくなりそうに感じた哀は二人の話を中断させて、もとの話に戻す。

 

「ま、それはあとでいいや。」

 

快斗は一目見た瞬間に、心を奪われるのを感じていた。双子であるキッドが自分にも見せなかった理由がすぐに理解できるのだから。

自分もきっと、同じ行動を取っていたと思うから。こういったところは、双子なんだなと繋がりを感じる。

 

しかし、まさか男だとはねと自分でも驚きだった。はじめは女だと思ったが、名前や声、そしてずれた服を直す際に見えた胸。それで判断が出来た。

 

だが、それはすぐに彼は彼だからと思い、仕事の間に仲良くしましょうと、計画を立て始めた。

そういったところには、抜かりの無い快斗だった。絶対に頂くよと、キッドににやりと笑みを向けて、挑戦を叩きつける。

 

 

 

キッドが新一に合図して、二人に数枚の紙の束を渡した。

 

「これが、今回の仕事の資料だ。」

 

四人とも、仕事の顔になっていた。もし、ここに他者がいれば、雰囲気がかわったことを感じるほどの変わりようだ。

そして、そんな四人の雰囲気に呑まれ、動けなくなっていた事だろう。絶対の見えない力が支配するような場所。意思が弱ければ、たちまちに呑まれ、取り込まれてしまうだろう。

 

「最近、別の仕事人が動いているようです。私としては、同業者とは思いたくない相手ですけどね。」

 

キッドは資料の一枚目にある今朝の号外の記事のコピーの説明をする。

 

「知っている知らないは今はなしにして。今朝、川原で二十代の女性の遺体が発見されました。遺体は、ここ数日前に行方知れずとなった、宮城家の次女。黒羽家の若旦那ならば、知っているでしょう?ライバルなのですから。」

「ああ、そういえば、そんな女いたよな。たまに現れてはしつこくくっついてきて困ってたけど。」

 

思い出す少し前の記憶。自分にとっては何の価値も見出せない女の姿がくっきりと記憶されている。しつこく、晩餐会で誘ってくる女。

 

「実は、ここ最近、こういった事件が増加してきています。今回で、事件は五件目。過去四件はどれも遺体で20代の女性が被害者。場所はさまざまですが、決まって夜の間に遺体はそこにおかれるようです。」

「で、ある程度調べて、その仕事人とはあるお偉いさんが関わっている事に気付きました。」

 

お偉いさんほど、裏事情に繋がっているものが多い。快斗もこのメンバーの中にいるので、繋がっているといえば繋がっている。

 

「お偉いさんは快斗ならば知っているでしょうね。ライバルの古宮の主人だ。」

「へぇ、あいつやっぱり何かやってたんだ。」

「ということは、黒羽君は何か企んでいるのを知っていて知らないふりをしていたわけね。」

「だって、興味ないしー。」

 

そんなことより、今はキッドの隣にいる美人さんの方に興味があるもんという始末。

彼は彼で、眉をよせて、気分を悪くしたようだ。どうやら、美人と呼ばれるのは嫌なようだ。彼は、人一倍プライドが高い。それが今の格好と状況でかなり不貞腐れている。哀は子ども扱いするし、キッドはいまだに意味がわからなし。挙句の果てにさらに意味のわからないものが増えた。

 

新一はもともと人を観察する癖を持ち、すぐに快斗が演技で表情を変えている事に気付いた。今は大分素で表情が変わっているが。そんな顔を、新一は嫌いなので、余計に警戒を強める。

キッドはやれやれと思う反面、そのまま維持できればいいのですがねと思う。だが、そんな事を快斗が許すはずがないことは、双子ゆえに以心伝心の如く、手に取るようによくわかる。

 

「で、まだ行動はすぐにしませんが、相手が雇っている仕事人の正体を見つけてきてほしいのですよ。通り名は『白の騎士』というみたいなのですよ。知っていますか?」

 

その名前ならば聞いた事がある。快斗も哀も知っていた。今まで仕事でかぶったことがなかったし、最近までほぼ無名だったので気にしていなかったのだ。

白の騎士は本当に最近まで無名で、こんなにすぐに知れ渡るほどではない存在だった。何より、仕事のジャンルが違ってかぶる事はなかったのだ。

 

「急激に成長したみたいですね・・・。あと、まだ気になる事はありますが、今は彼が何者でどういったものか探って来てほしいのです。ある程度、相手の目星はつけていますけどね。」

 

最後の資料に城の騎士だと思われる者の顔写真と簡単なプロフィールが書かれていた。

 

「四件目で、ここの従業員が一人、被害にもありましたからね・・・。しっかりとお礼をしなければなりませんね。」

 

やられたらやり返す。それはキッドだけではなく、快斗にも哀にも言えること。そして、新一にもそうだった。

とくに、今回はそれなりに被害が深刻な事もあるが、手を出してはいけない範囲にまでだしたので、行動に移される事になったのだった。

 

そんな中、どんどん不機嫌な顔になっていく新一。誰が見ても解るほど眉をひそめてじっと資料を見ていた。

 

「・・・なんだか、不服そうだね、新一。」

 

手をそっと新一の頬に添えて、資料を見る為に下を向いていた顔を自分の方に向ける。目の前に二人がいてもお構いなしだ。

快斗としてはうれしくなく、哀としては他所でやってほしいという所。

 

「別に・・・。」

 

相変わらず素っ気無い返事が返ってくる。いくら性格を把握していても、黙ったままでいられては困る。

 

「言わないと・・・わかってる・・・?」

 

それが何を意味するか、新一はよく知っている。言わなければ、今朝のように今夜もどうなるかわからない。

小さくため息をついて、小さく答えた。目はあわせないようにして、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、言った。

 

「・・・・・・・・・・どうして、もっとはやく動かない?」

 

どうやら、動くのが遅すぎると文句がいいたいらしい。確かに、ここまで被害が出れば、深刻な問題だ。

 

「それは、少しでも長く新一といたかったからだからですね。他人がどうなろうと関係ないですし。しかし、私の領域に入ったからにはそれなりの代償を受けてもらいますからね。」

 

新一が最優先だということは、毎回聞くが、どうして自分なのかいまだに理解できずにいる新一。

欲を満たしたければ、キッドほどの容姿や人を引き付けるものを持っていれば困らないだろうに。

一人、路頭で迷っていた自分を拾い、育ててくれた事には感謝するが、それがどうしてこういった関係になるのかはいまだに理解できないのだ。

そこが、いつまで経っても理解できてもらえなくて苦労しているキッド。愛しい者には何も届いていない。

 

「そう、すねないで下さい、新一。せっかくの綺麗な顔が台無しですよ?」

 

キッドは言葉を続ける。安心させるように優しく微笑んで言う。いつもの優しい面を持つ彼。それと同時に冷たく厳しい面を持つ彼。

新一は鈍い事からか、気付いていない。キッドはここまで気を許し、優しい言葉で包み込む理由を。

 

「もしですよ。もし、もっとはやく行動を移していても、変わらないことはあります。」

 

それは本当の事。新一が知らない事なのだからしょうがない。

 

「実は、一件目のことから、相手の動きを探るために動いていたのですよ。それが、なかなか相手も尻尾をだしませんので苦戦しましてね。」

 

相手は無名で噂がほとんどない相手。そして、知られるようになってからは、まるで別人のように変わってしまったそれ。

 

「別件の後片付けもあったのが原因なのですが、やっと先日、四件目の被害後、やっとかすかな痕跡をつかむ事が出来て、ここまできたのですよ。先程の言葉も事実ですが、私は新一を悲しませたくありませんので、ちゃんと考えていたんですよ?」

 

いくらずっと新一の側にいたいとしても、新一を悲しませる事は、それが自分だとしても許せない。だからこそ、キッドは新一の知らぬ水面下で動き、情報を集める。そして、行動に移せるようになってから、はじめて話す。それが、今までのやり方。だが、今回はそれが駄目だった用だ。少し遅くなりすぎたかもしれない。

 

「そっか・・・。・・・・・・お前も考えてるんだよな。・・・ごめん。」

「わかっていただければそれで問題はありませんよ。」

 

さてと、話を戻すキッド。目の前でいちゃつかれては、快斗はずっとむくれている。きっと、キッドは快斗が新一の事を好きになったことに気付いているだろうから、半分は見せつけも入っているとわかっていたので、よけいにむくれる。

 

「今回は、あまり表に出してはいけません。そのために、下準備が必要です。皆の力を、借りますよ?」

 

「了解したわ。表に出ないという条件の方が、前のものよりあっているから問題ないわ。」

 

まだ、前の件のことを根に持っているらしい。前の件する事となった事。口にするだけで、何をされるかわからないので、誰も言わない。キッドもひやりと背中に寒気が走ったのを感じた。

すぐに体制を整えて、全員に確認をとるキッド。そこがさすがというところだろう。新一はもちろん、キッドのポーカーフェイスが崩れた事に気付いていた。

本人自身の事に関しては鈍いが、それ以外の事に関しては、かなり鋭いのだ。

 

「では、やってくれますね?」

「ここで拒否権なんてねーんだろ、どうせ。」

「そうですね。さすが、快斗。よくわかっていますね。」

「わかりたくもねーが、わかってしまうんだよね。」

「それはやはり、繋がりというものでしょう?」

「はぁ。」

 

うれしくもない繋がり。その繋がり故に、容姿も性格も雰囲気も、そして好みまでも似ている。そう、目の前にいる新一の事に関しても。毎日が戦争かなと思う。

当分は退屈しなくてよさそうだと、心の奥で笑いが止まらない。いや、この先ずっとというべきかもしれない。

今日から動いて下さいと、指示を出した後、出て行こうとした二人。

 

「あ、そうそう。快斗、新一に手を出さないで下さいね?」

 

もちろん、釘はしっかりさしておく。忠告で引き下がるとは思っていないが、相手の意思確認でもあるので、キッドはあえて聞いたのだった。

 

「・・・やだね。」

 

なんだか楽しそうな二人だった。

 

キッドと快斗の言葉の意味を理解できていない新一は、後々、痛い目にあうのはもう少し先の事。

哀はいろいろと用意をしておかなければいけないわねと、二人への仕返しを何にするか考えていた。

 

 

 

 

 

 

お日様は真上から少し傾いていた。

町でそれなりに名を知られている飯屋に、服部が来ていた。服部はここの常連客だ。

 

「あーもう、これで五件目やで?」

 

最近騒がれるようになった、解決の糸口は何も見つからない事件。服部はどんなに現場をあたっても、目撃情報を探しても何も出てこないこの事件に、焦りと疲れが見えてきた。

未然に防ごうにも、共通性もなければ犯人の目的もわからない。

 

「しょーがないやん。犯人も目的も何もわからんねやから。」

「せやかてなぁ…。こう何も解らんと…。」

 

頑張れと応援してくれる幼馴染の遠山和葉。昔から、何度も励まされてきた大切な幼馴染。

だが、今回はいつものようにすぐには復活しなかった。

今朝で五件目の事件になったのに、焦り始める警官達。この町を駆け巡る岡引のような警官の服部も同じだった。このままではいけないとわかっているのに、対処の仕様がなくて困り果てていたのだ。

次に、誰が被害に会うかなど、一切不明のまま、時間が流れていたからだ。

 

「あー、何か手がかり一つはないんかいな。」

「あったら、今頃操作して犯人捕まえられてるんちゃうんか?」

「せやかて・・・。」

 

そこへ客が一人、店の中へ入ってきた。開けたところで客は服部だけだったが、別の客が入れば別。すぐに商売モードに入る和葉。

 

「いらしゃいませ。どうぞ、こちらでっせ。」

 

カウンター席に案内する。それも、営業用の笑顔だ。だが、それとは正反対に、邪魔やと平次の皿を片付ける彼女の顔は笑顔は何もない。

服部は服部でちらりと隣の席に着いた相手を見て、固まる。彼は少しばかりわかりずらいが、顔を赤くして固まっていた。

そう、見惚れるほどのそうそうお目にかかれないほどのとびきり美人な人がいたからだ。

 

腰ぐらいまである長い黒髪に少しくすんだ赤い色の着物。そして、極めつけは何でも見抜くような、だが何か危うく不安定で寂しげなものを含む蒼い瞳。

まるで、吸い込まれるかのように見入ってしまう平次。

 

「こら、平次。そないにじろじろ見とったら失礼やろ。ほんま、すいませんね、お客さん。で、何にしましょか?」

 

ぱこっと間抜け面ともいうその顔を戻す為に頭をはたき、正気に戻らせる。すると、何すんねんと、反応が返り、どうやら正気に戻ったらしい。

さすが、長年付き合っているだけはあると言っておこう。心得はあるようだ。

 

「えっと、お蕎麦をいただけますか?」

 

少し高めで透き通るような綺麗な声。和葉とは大違いやと少々顔を染める平次。再び叩かれるのはすぐだった。

台の上で涙を流す服部の事は放っておいて、和葉は急いで奥げ入って行った。

その後すぐに、蕎麦を湯がいて器に盛り、笑顔で客へ持ってきた。

 

「はい、お待ちどうさん。」

 

和葉は客に蕎麦を出した。もちろん、相変わらずの平次をもう一発殴って視線を止める事は忘れない。復活しては撃沈されてしまう。それの繰り返し。

 

「はよ、平次は仕事ちゃうん?」

「ええやん。せっかくやしお近づきになってからでも。」

「困らせるだけやろ?でも、うちもお客さんの顔ははじめてやな。この辺の人ちゃうん?」

 

ここは、結構同じ顔ぶれが揃うので、知らない顔はすぐにわかるのだ。

とくに、之ほどまでに人を引き付ける魅力を持つ人を今まで見ないはずがないのだ。

 

「ここの近くには住んでいますが、ここへは来た事ないのです。」

「へぇ、知らんかったわ。そう言えば、名前は?」

 

近くに住んでいれば噂はあるだろうに、知らなかった事に、まだまだ情報不足だなと仕事が終わり次第情報を手に入れる為に友人の蘭や園子の元へ行こうかと考える。

 

「・・・し・・・しんといいます。」

「へぇ、しんさんね。いい名前やな。」

「ぴったりやで。」

「平次は黙っとり。」

 

再びはたかれる。服部は幼馴染には弱かった。今まで勝てたためしはない。

どんな世界でもどんな奴でも、幼馴染には弱いものだと、服部は思う。

そういえば、昔行方知れずとなってしまった綺麗な少年も幼馴染には勝てなかったなと思い出す。

今頃どうしているのだろうか。無事でいればいつかあえるのかなとのんきに考えている服部。

その間に、さくさくと和葉はしんへと質問をしていく。

 

「で、今まで来た事のないここへ来た理由は?」

「人と待ち合わせしているのです。」

 

しんがそう答えた時、新たに客が入ってきた。一気に店の中の空気を変えるほどの人物。ある意味、目を話す事が出来ないほどの者。

 

「いらっしゃい、あ、哀ちゃんやないの。」

 

出迎えた客は、たまにここへ現れては人と待ち合わせて出て行く、哀であった。園子の所で一番の遊女として君臨する女帝とも言うにふさわしい者。

 

「お久しぶり、ね。相変わらず元気にやっているみたいね。」

「元気だけが取り得やねんからええやろ?」

 

さ、座ってと、カウンターへと案内しようとして、しんと哀の目があったのを見て、和葉はすぐにわかった。

どうして今まで姿を見なかったのかも、なんとなく理解できた。

 

「そっか、しんさんの待ち人は哀ちゃんやったんか。」

 

そんな和葉の言葉にふいにしんの顔を見る。内心どきどきしながらそこに座っているのがよくわかる。今朝、あれほど嫌だと騒いでいたのだから。

ばれるはずがないのに、ばれるのだと決め付ける人。

似合っている事がわからないのねと、苦笑する。

 

「あら、貴方言わなかったの?」

「・・・言う前に来た…でしょう…?」

 

普段の言葉遣いになりかけたのを慌てて止め、口調を改める。

 

「そうなの。まぁ、いいわ。ごめんなさいね、遠山さん。今度、ゆっくり食事に来るわ。」

「そうして。これ以上しんさん待たせるのも悪いし、平次も仕事に行かさんとあかんさかい。」

「なんやと?俺はまだここにいるで?仕事開始はまだやん。」

「駄目。今すぐ行くんや。」

 

二人は軽く会釈して店を出て行った。まだ続くと思われるあの二人の言い争いを見ていてもよいが、今はそんな時間の余裕はない。

 

「ほんま、別嬪さんやったなぁ。でも、今まで会わんかったなんて、おかしいなぁ?」

 

そういっている間に、ちゃっかりと服部を店から追い出していた。出て行った後、また思い出して惚ける馬鹿は知らんとしっかりと電話を入れて連れて行ってもらえるようにして追い出した。

 

一方、出て行った二人はというと。今日の目的の場所へと向かっていた。

 

「まずは、今朝の現場に行くわよ。」

「・・・わかってる。」

 

行動開始である。







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