「まっとれよ、工藤!」

そんな言葉を叫びながら、駅へと走っていく男が一人いた。

それも、朝のはやくから、いい迷惑である。

男は、自分の考えでいっぱいいっぱいなため、周りが一切見えていない。

探偵でありながら、それはいけないことだろう。

あからさまに探偵を敵視している視線があるにもかかわらず、気付いていないのだから。

 

 

 


 噂の真実を突き止めろ

 


 

 

今朝、珍しく新一は起きていた。

「どうしたの?新一。何か、用事でもあったの?」

「んー、今日出かけるから。」

その突然の発言に、何を言うんだと同じ顔の二人が新一を見る。

どうしたんだよと、そんな二人の反応が気に入らないのか、ぶすっとした顔で返す。

「だって、いくら俺が誘っても事件や本意外では滅多に聞いてくれないのに?」

「そうですよ。いったい、何の用事なのですか?」

事と内容によっては出かけさせないという、二人の言葉が聞こえてくるような勢いで、新一はため息をはきながら、知り合いに会ってくるのだとだけ答え、さっさと家を出て行こうとする。

もちろん、それを阻止しない二人ではない。

「いったい、誰に会いに行くのですか?西の彼ですか?」

「白馬鹿は絶対ありえないよね?」

明らかに眼がいってしまっている二人をぺいっとはがして、新一は違うと答え、ついてきたりしたら追い出してやるからと言い残し、家を出て行った。

「「新一〜。」」

普段の彼を知っている者ならば眼を疑うほど情けない顔で、情けない声色で無常にも出て行ってしまった愛しい人の名前を呼んでいた。

まだ、三人の関係は進歩するどころか、平行線をたどっていたりする。

 

 


「ったく、毎日毎日、べったりとくっつきやがって。」

あいつにも用事というものがある。学業もそうだが、奇術の仕事や夜の仕事。縛り付けるつもりはないが、あの二人が側に居るのが暖かくって落ち着く新一は、いかないでほしいと思っていた。

その思いの答えが何なのかはまだ気付いていないが、いてほしくてもそれでしばりつけるのはよくないと思っていた。

「あいつは鳥なんだから。自由に空を飛びまわる、自由が似合う鳥なんだから。」

鳥はいつか飛び立ち、自分の手元からいなくなってしまう。

それが鳥にとって一番良い事だが、寂しい事に変わりない。

完全に甘えがでないように、距離を置こうと考えていたのだった。

もし、新一の心情を知れば、そのような考えは無用で、今日から両思いだと満面の笑みで抱きついてくる鳥の姿があるのはわかりきっているが、お互いがお互いの事をまだ知らないために、すれ違っていた。

「お。急がないと遅れる。」

時計を見て時刻を確認した新一は、昨日メールで呼び出した奴が待ち合わせに指定した場所へ、時間を守って行こうとしていた。

その相手がまた、あの二人は絶対に駄目だというような相手。

「あいつには、関わらない方が良い事だしな。」

今から自分があうのは、あの二人と同じものを持つ者。

「一年ぶり、だな。いったいどこで何をやっていたんだか。」

職業は知らない。ただ、名前を顔しかわからない。

感と感覚で、相手が只者ではなく裏の仕事をしている事には気付いていた。

だから、あの二人と同じだから、あわせたくはないのだ。

いつも、危険を回りに寄せるから。

二人からすれば、新一こそ危険をいつも引き寄せて、余計なものまで引き寄せて危なっかしいというのだが、きっと本人は気付いていないだろう。

 


駅につけば、ちょうどあいつが指定した時刻の電車が来たところだった。

きっと、もうすぐしたらここへあいつがやってくるだろう。

そう考えながら、柱を背にして待っていた。

そこへ、大きな声が聞こえてきた。

「おお、工藤やないか!」

「…。」

現れたのは、自分が待っていた相手ではなく、今の新一にとってはうるさくて鬱陶しくて出来ればすぐに退散してほしい男、服部平次であった。

「わいが来るんを知って、待っておれんくて来てくれたんやなぁ。うれしいで、工藤。」

そう言って、何か勘違いしているのかまったく話の先が見えてこないこの男が新一に抱きつこうとした時、何かによって服部は後ろへとやられ、新一は誰かの腕の中にすっぽりと納まっていた。

「…な、なんやあんた!」

突然の事に驚いていたが、いきなり目の前に現れて思い人を抱き囲うようなら、黙っているはずがない。

「悪いが、新一は俺を待っていてくれていたんだ。あんたじゃないよ。勘違いしないでほしい。」

相手を射殺すような獣のような鋭い目で睨みつける。それにはさすがに服部はうっと一歩引く。

「じゃぁ、行こうか。」

呆然としていた新一を、男は相変わらず腕の中に抱きこんだまま、呆然としている服部を放っておいて歩き出す。

それを、偶然にも紅子が見ていた。

「…何者…?闇に生きる者…。」

抵抗している様子はないので、新一自身に何かあるわけではないだろうが。

「…志保と相談をした方がいいわね。」

今日の予定は変更だわと、行き先を変える。

きっと、今頃彼の家では二人の獣があたふたと新一が出て行ったことに対して右往左往している事だろう。

「…まぁ、誰であっても、彼の幸せを壊すようなら容赦しないけれど。」

妖美な笑みを見せる紅子は確かに美人だが何だか恐ろしいものにも見えて、街行く人々は遠くから見ているだけだった。

 

 



完全に服部が見えなくなった頃。

「…いつまでこうしているつもりだ?」

いまだに自分を腕の中に閉じ込めたまま歩き進める男に尋ねる。まったくもって、無防備にも程がある。

きっと、あの二人が見たらそんな無防備に駄目でしょう?!と子供に対していうような感じで慌てる事だろう。

今、そんな新一を抱きこみながら、この男、麻生灯矢も思ったことだろう。

「あ、いいだろ。別に。それに、目的地はすぐそこだしな。」

なんだか楽しそうなのは気のせいだろうか。

「今度は、いったい何の仕事で来たんだ?」

はっきりと仕事は知らないが、用事があってきたことは間違いないので、一応聞いてみる。

すると、あっけなく招待されたから来たんだと答えた。

しかも、パートナーが必要だからということで、その招待されたパーティに出席しろとのこと。

「…なぁ、一つ聞いてもいいか?」

「ああ。別にお前になら、好きなだけ答えてやるぞ。」

そう笑顔で答えた灯矢。

「それってさ、パートナーってことはさ、大抵は相手は女じゃないのか?」

「そうだな。」

「…なのに、俺なのか…?」

何だか嫌な予感がしてならない。その予感が外れてくれる事を祈る新一だが、それは呆気なく当たってしまった。

「もちろん、新一が変装するんだよ。」

「…。」

俺がしても怖いからねぇと暢気に言っている灯矢。

確かに、この男が変装(女装)すれば、おかしな感じがするだろう。

新一ははぁと深いため息をついて、今日は帰れないなと覚悟して、灯矢についていった。

 

 



その頃、どうしようとさわいでいた二人の男のもとへ、紅子がやって来た。

もちろん、すでに志保は来ている。

「「それは本当なの(ですか)?!」」

見事に声がはもって聞き返す二人。さすがは、元は同じものということだろう。

「そんな大きな声で言わないで頂戴。」

「うるさいわ。迷惑よ。あまりうるさいと、黙らせるわよ。」

本気で何かしでかしそうなので、二人は大人しく、話を聞く事にした。

「それで、相手はどうやら只者ではないみたいなの。」

「そういいますと?」

「…そうね…。貴方達と同じ、といえばいいのかしらね?」

同じ。それは力があるということか。それとも…?

「片方が正解よ、黒羽君。」

「片方…。」

「どっかの裏の人ということよ。」

それを聴いた瞬間。二人はがばりと立ち上がって、わかっていたのならどうしてすぐに引き止めなかったのかと紅子を問い詰める。

「あら。私は相手が彼に危害を加えるようなら容赦はしないけど。どうやら、顔見知りみたいだったから様子見ということで、とりあえずここに来たのよ?」

はぁと盛大にため息を吐きながら、この目の前の馬鹿をどうするべきかしらと言う志保。

まぁ、彼女がそういっても仕方がないかもしれない。

何せ、目の前で新一が襲われるだの、新一が魔の手に堕とされるだの。そうするだろうものは自分達だろうに。

「いい加減、うるさいわね。」

「私としては、そろそろ彼を連れ戻したいけど?」

「そうね。」

自分達の大切なお姫様をそう簡単に長い間独占させるようなことはしない。それも、自分達の知らない相手なら、新一に危害を加えるか泣かした時点で徹底的に潰すつもりだから。

「気に入らないわよね。彼とデートだなんて。」

「そうね。この馬鹿相手でもむかつくというのに。」

流石に目の前の二人もデートや馬鹿という言葉に耳を働かせ、デートじゃないし馬鹿でもないと否定してくれた。そして、自分達はデートする権利があるんだとか、恋人ではないというのに、主張している。

どうやら、しっかりと自我を持って復活したようだ。

「なら、すぐに行動しなさい。どうやら、今夜は何かあるみたいだから。」

その意味がきっと二人が考えている事とは違うだろうが、二人にとっては一大事。

「「今すぐ助けます!新一―!」」

きっと、何かあるを完全に誤解していると思う。だが、放っておく事にする。

そのほうがきっと、働きが早いだろうから。

 

 



その頃、家でそんな会話がなされているとは知らない新一はというと、のんびりと灯矢が借りたホテルの部屋にいた。

これから、女装というなんとも不名誉でうれしくもないことをしなければいけないが、それまでは自由に過ごすつもりである。

まったくもって、危機感という物がまったくなく、二人がいれば、灯矢に襲われるなどと叫んですぐさま家にお持ち帰りをして、閉じこもる事だろう。

まぁ、新一は灯矢の事を快斗やキッド、志保や紅子のように信頼をしているので、気を張ったりする事がないのだが、灯矢にとっては、あまり無防備にのんびりされるとうれしくなかったりもする。

彼もまた、新一に引かれる者の一人であり、一種の思いを懐いているのだからしかたがないのかもしれないが…。

やはり、新一は最強というか、鈍く気付いていなかったりする。

「…なぁ、よく今までそれで無事に生きてこられたな?」

「はぁ?何がだよ。」

機嫌よく本を読んでいたというのに、ちょうど珈琲を飲もうと本から視線をはずした時に丁度掛けられた言葉にむっとする。

灯矢の質問の意味がわからないのと、それはまるで弱い奴だと言われているようで癪に障るのだ。

「だから、襲われてそのままって事が無かったなって事だよ。」

「…そんな奴、倒すし。」

確かに、新一は敵とみなした相手は志保からもらった麻酔や自分の右足で倒してしまう。

きっと、それだけではなく、敵もどう手を出していいのか迷うのだろう。その間に倒されていたというのがおちというものだ。

「まぁ、いいけどね。新一が無事で元気なら。」

「なんだよそれ。」

「人の事ばかりを心配して、自分に無頓着で無鉄砲な探偵さんを心配しているんだよ。」

「へぇ。」

なんだか、冷たい眼で見られているのだが…。それがまた綺麗だと思う反面、恐ろしく思う。なんでも、見透かされているようで…。

やはり、工藤新一という人物は謎が多く、敵にまわすと厄介だということがよくわかる。

「あの時の出会いがなかったら、きっと敵同士で、俺は新一に思い切りやられていたんだろうなぁ…。」

出会った日のことを思い出す灯矢。本当に、偶然だったあの日。

そして、やばかったあの日。自分にしてはありえないミスを犯してしまった日。

「確かにな…。明らかに犯罪と関わりがありそうな妖しい男だから、なお更どこかであたっていただろうな。」

もう話は終わりと言わんばかりに、本に意識を持っていく新一。

そんな新一にしょうがないなと言う感じで、仕事の準備をするかなと、もう聞いていない新一の側で呟いた。

その様子を、たまたま反対側の通りを歩いていた老人が目撃した。

そう、彼は先代からKIDを支える者。

紅子に続き、ちょうど工藤邸へと向かっていた彼から、新たに情報が入るのはもう少し。

 





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