もう嫌だ。

何度そう思ったか、もうわからない。

最近、この目の前の光景に慣れてきたが、やはり何処か納得できないものもある。

第一に、どうしてこう自分の周りにはまともな人間がいないのか。

一体誰に聞けば答えてくれるのだろうかと、今日もため息の数は増える。

 

そう思っている本人も同様にまともでないということに、気付いていないからこそ思う疑問だったりもする。

 

 

二人の魔術師

 

 

迷宮なしの名探偵と呼ばれる東の高校生探偵の工藤新一は、これは夢ではないのかと思った。

彼ははじめて、現実を、真実を見たくないと思った。

最近同居人が一人増えただけでもうれしくない事態で、しかもその同居人がただの一般人でなかったこともあって、何度もその真実を受け入れたくないと思った。

だが、それが些細な事だと思えるほど、さらにうれしくないそして受け入れたくないものが、目の前にあった。

 

 

 

 

そもそもの事の始まりは、父親である工藤優作が友人の夫婦がしばらく海外で仕事をするということで、息子は一人残ることになり、その間は工藤邸で過ごすようにといきなり電話をかけて新一の言葉を聴かずにきり、その次の日にはその息子を名乗る黒羽快斗がやってきた。

えらく表の顔が良くて人懐っこいくてかなりの甘党。だが何故か、同じ探偵である服部と白馬のことは嫌っている。それには珍しいなと思う新一。彼がいうには、探偵は好きじゃないとのことだが、そういうなら自分もなのだが、自分に対してはかなり甘い奴だったりする。

そんな彼が工藤邸に来て一ヶ月。かなり違和感なく馴染んでいる。おかしいぐらいに馴染んでいるのだ。まるで長年ここに暮らしていたかのように、そして立派な家政夫となっていた。

隣人の昔馴染みで新一の主治医をしている宮野志保は相変わらずねという。その中に、新一はまだ気付いていないのねということもはいっているが、何に気付いていないのかもわかっていなかったりもする。こういった手のことに関しては、かなり鈍い彼だった。

はたから見れば、好きな人に振り向いてもらえるように、少しでも好きな人と一緒にいられるようにと、懸命に尽くしている彼の気持ちに少しも気付かない。だからこそ、彼のさらなる妄想と言う遠慮したいところに関しては理解するはずもない。

そして、彼がどうして服部と白馬を嫌うかなんて、二人が新一を好きだからに決まっている。あれだけあからさまでありながら、気付かないのは当の本人ぐらいだ。

そんな感じで毎日を平和に過ごしていた。そのはずだった。

 

新一は相変わらず事件に呼ばれ、なんとか解決して家に帰ったとき、なんともいえないものを見てしまった。もしかしたら、それは見てはいけないものだったのかもしれない。

なんと、快斗はソファに座ったまま、指をちょいちょいっと何かを操るかのように動かして、キッチンにあったカップに冷蔵庫から取り出されたお茶を注いで呼び寄せていた。そう、呼び寄せていたのだ。

カップは宙を浮いて、快斗のもとへと飛んだのだ。

ドサッと新一は持っていた鞄を落とし、ありゃっと気付かなかったらしい快斗が苦笑しながらおかえりと迎えてくれた。

その後、快斗はこういった能力があることを説明し、あげくには志保に知られて実験させてほしいといわれたが辞退していた。

そう、そこまではまだ良かったのだ。いくら得体の知れないことが起こっていても、ここまでならまだ良かったのだ。

だが、これは自分の予想を超えてしまっている。

さらに一週間後、事件から帰ってきてみると、珍しく志保がいて、たまにやってくる小泉紅子がいて・・・・

「な、何で・・・?」

「あ、新一お帰り〜。」

「お帰りなさい、新一。」

驚きでそれいじょう言葉が出ない新一にいたってなんでもないことのように、同じ顔が新一を見て、同じ声で話しかけた。

「お前、兄弟、いたのか・・・?」

確か、一人っ子だったと聞いていたはずだったが、違ったかと聴くと、違うと速攻答えた。

「いませんよ。黒羽快斗は一人っ子ですよ。」

「そうだよ、新一。」

「じゃ、じゃぁ、なんでお前・・・。」

そこではっと左右に立っている二人の女の存在を思い出す。

片方は謎の多き主治医である人。もう片方は自称魔女を名乗る怪しげな人。

「・・・お前等・・・の仕業・・・?」

「あら?わかるのかしら?」

「確かに私達よね・・・。」

「まったく、迷惑な話なんだよ、新一。聞いてよ〜、二人が実験するって〜。」

「そうなのですよ。私は丁重にお断りをしているのですが・・・。」

そして結局、快斗は二人に付き合わされて、アメーバの如く分裂したという結果が起こったというわけだ。

「・・・お前、人間じゃなかったのか。」

そうか、それなら理解できるかもと可笑しな納得の仕方に逃げようとする新一に人外じゃないよ〜と泣きついてくる大きな犬と、決して私はそのようなものと一緒ではありませんと訴える白い鳥。

「・・・これ、いつ戻るんだ?」

「さぁ?それは試してみてからでないとわからないわよ。」

「私の魔力の効果と志保のクスリの加減に左右されるわね。」

「実験が上手くいっていれば、このまま二人のはずなのだけど・・・?」

それをいわれてさぁ〜っと青くなる新一。こんなものが二人もいたら、身がもたない。

「な、おい、これ戻せ。駄目だ、こんなのが二人もいるなんてきっと被害がでる!」

確かに正論でもあるが、諦めてといわれる。ここで冒頭に戻るわけだ。

 

そもそも、快斗が怪盗KIDの二代目をやっていることを新一を含めてこの二人と両親達は知っている。

新一からすれば、KIDの謎かけや頭脳戦は好きなのだが、逃走経路のビルの屋上などで待っていると、いつも何かしら背筋が寒くなるような気障な言葉をならべたり、女扱いされたり、あげくには手の甲にキスをされたりして、しかもこれを嫌がらせだと思っているから始末におけない。

快斗からすれば、どうして愛をささやいているのにわかってくれないのかと悩む毎日だ。

その快斗が二人ということは、嫌がらせは二倍という計算。しかも、家ではかなりの過保護で志保以上にいろいろとうるさかったりもする。

下手すれば、二倍ではなく三倍になるかもしれないということもある。そのうち、家から出られなくなるかもしれないという恐れも出てくる。

このことは睡眠や食事をほっぽり出して事件や本に明け暮れる新一にとってはうれしくない事態だ。

「でも、なんだか楽しそうだよな。滅多にない体験だし?」

「確かに、目の前に自分がいるというのは新鮮ですね。」

当の本人はのんきで、戻る気はなさそうで、いっそのことこのままでもいいじゃないかという状態。

「駄目。絶対駄目。今すぐもどれ」

そういって、新一は二人の快斗の腕をつかんでぶつけた。

「いってぇ〜、何するの、新一〜。ひどいよ〜。」

「痛い・・・です・・・。」

「何やってるの。」

「そんなことして戻ったら、この薬に対する実験の必要はないわよ。」

そんなことをいわれても、新一は無理やり二人を押し付けてくっつけようとする。冷静に考えれば、そんなことをして戻るはずがない事ぐらい分かるのだが、今の新一は冷静さなんかはなかった。

志保と紅子はどうしたものかとお互いを見て苦笑した。

目の前では新一が二人を床に押し付けて一つにもどれ〜ていいながら分裂したものを消そうとしていた。もちろん、痛いとかやめてとかやめて下さいなど、少し抵抗しつつも、新一に無茶な事をできずに困る二人の姿があった。

 

一時間後。

新一は冷静さを取り戻し、紛らわしいので片方をキッドと呼び、片方をいつものように快斗と呼ぶことにした。

今はもう諦めたのか、キッドの入れたコーヒーを飲みながら、快斗の焼いた、甘さ控えめのクッキーを食べていた。

「そういえば、キッドの方も、力は使えるのかしら?」

もしそうなら完全に複製できたことになるわよねと、実験データをとる志保。キッドはキッドでキッチンにある布巾を呼んで、力が健在である事を証明した。

「顔、声、性格もほぼ、能力、まったく同じね。」

「ひとまずは成功、ということかしら?」

「成功してもいいけど、戻して帰れよ。」

「あら。貴方にしては物分りがわるいわね。」

戻るのだったら今頃か明日には戻っているわよという。それで戻らなければ、当分はこのままでしょうという。それを聞いて、新一は本日何度目かのため息をついたのだった。

彼女達は戻す気がないし、本人達に戻る気もないようだ。

「いいじゃん。家族が増えたって思えば。」

「そうですよ。物は考えようですよ?」

「・・・ただ、必要のないはずの問題が増えただけのような気がするがな・・・。」

「ひどい!」

げんなりソファに座ったままの新一に構いだす二人。

「なぁ、志保。これどっちか引き取ってくれねーのか?」

「えー、俺ヤだよ。」

「私も嫌です。」

「と、本人はいっているけど?私としてはずっと実験ができるからうれしいけどね。」

「絶対嫌。紅子のところも嫌。」

「ご遠慮させていただきますよ、女史。魔女殿のところも断らせていただきます。」

また、新一ははぁとため息をつく。

「小泉さんのところと志保のところにいったらそれぞれ二人とも行くんだから問題ないだろ?」

「ひどい。そんなの身の安全がないじゃん。」

「そうですよ。私は新一の側がいいんですよ。」

「あー、もう。わがまま言うなよ!」

「諦めたらどう?私としてはここにいてもいいから、たびたび観察させてもらえたらいいのよ。」

「私も、そこまで言われると引き取る気が失せるわ。」

そんなこんなで、結局二人とも今まで通り工藤邸に居座る事になったのだった。

もちろん、周りからは快斗が二人いることは秘密。

だいたい、それからの日常は毎日どちらかが新一の側にいて、どちらかが仕事などで出かけているということで、一緒にいることは家にいるとき意外はないので、周りの人間は気付かない。

そして、そんな毎日から四六時中くっついて離れないこのお荷物が邪魔でしょうがない新一はどうしたものかと、何か企んでいるが、きっと二人の手によってあっさりかわされてしまうことは記す必要もないだろう。

 

工藤邸に三人で住むようになって、よく志保や紅子が訪問するようになって一ヶ月ぐらいの月日が経った頃。

朝の早くから安眠妨害のごとく、工藤邸のチャイムが鳴り響いた。そして・・・、

「工藤〜、俺や〜。開けて〜な〜。」

大阪にいるはずの色黒の探偵の声が外にいるにもかかわらず聞こえてくる。

「・・・るせぇ・・・。」

「まったく、迷惑な人ですね。」

「新一はまだ寝ていていいからね〜。」

そういって、キッドはすぐに着替えて下へと下りていった。

実は、三人は同じベッドで寝ていたりする。

まだ、新一は『快斗』の気持ちを知らないのでなけなしの理性を引き集めているのだが、新一に触れられるのなら今は幸せとなんとか踏みとどまっている。

と、話がずれたが、やはり新一は一度なれれば問題ないというか、快斗が来てから一緒に寝ている為に側にいると安心できるのだ。

今では分裂なんぞして二人に増えているところだが、今は害がないので問題にはなっていなかったりする。

まぁ、始めは快斗が来て早々、寝ている新一のもとへ何者かが侵入した事がきっかけだった。

人の気配に気付いた新一は起きて相手を見て、相手はやばいと思って新一を抑えかかった。

それを目撃した快斗は即座に相手を蹴り飛ばして警察に連絡して連れて行ってもらった。

そして気付いたのだが、新一は面倒だといって、セキュリティを全部切っていたりした。

これではいけないと、快斗はセキュリティを戻して、さらに自分で改造して何かあったら困るからと、一緒に寝るようになったと言う話がある。

少し寒い日には寒がりの新一にとっては快斗の人肌がぬくかったりして、暖房具代わりになっていたりする。

とくに、今のようにだんだんと冬に近づく日には手放せないものだったりする。

増えてからは、お互いがずるいとけんかをしだしたので、二人とも一緒を許可している。

ここで話を戻すが、キッドは玄関へ向かい、うるさい迷惑な騒音の元を止める為に扉を開けた。

「よぉ、工藤〜!・・・って、お前誰や?工藤ちゃうな?」

「へぇ〜、わかるんですか?さすがは西の探偵殿というところですか。」

「お、俺のこと知っとるんか?」

「ええ。知っていますよ。」

「で、工藤どうしてるんや?おるんか?・・・そういや、あんたは何でこんな時間にこの家におるんや?」

気付くのが遅れたが、今は朝の七時だ。しかも休日だ。そんな時間に何故この男がいるのか。

「それは、ここが私の家だからですよ。」

「なんやて?」

「海外で仕事になりまして、親の親友である優作さんがこちらで住めばいいとおっしゃってくれましてね。」

「へぇ、そうなんか。」

そういいながらも、平次は内心焦っていた。いつの間に知らない男が新一の側にいるということで、自分の計画が壊れるかもしれないからだ。

「あ、そうそう・・・。」

キッドは思い出したという感じで中に入ろうとしてやめた。

「このような朝から大きな声で叫ばれてはご近所に迷惑ですよ。それに、新一は朝を起こされてかなりご機嫌斜めです。ですから、今は会わずに帰った方が賢明ですよ。」

そういって、返事を待たずに扉を閉めた。

そもそも、もとから中に入れるつもりはなかったのだ。

きっと今頃、朝から昨夜するといっていた実験の徹夜で朝方に眠った女史もかなりご立腹だろう。

外に出てきて麻酔でも盛って、実験台にでも使うのだろうなと予想ができた。

自分や新一が被害に会わなければ問題ない。それに、あれは以前から邪魔だと思っていたのだ。

それは、女史も同じ意見だろうと思いながら、そろそろ快斗と起きてくるはずの新一の為に珈琲でもいれようかと、キッチンに入った。

お湯が沸き、カップを用意した頃、階段を降りてくる二つの足音が聞こえてきた。だんだんと話し声も聞こえてきた。

今日という一日が始まる。

こうやって過ごす日常が幸せだなと思うキッドは今夜の仕事に出かけるのがなんだか嫌に思えた。

 

暗い闇が支配する夜。

「快斗、どうやら今夜は彼がいるようです。」

『へっ、あんなのたいしたことないね。』

「ですが、最近聞くあの噂。」

『ああ、知ってる。確かにあれはどうにかしとかねーとやべーよな。』

「彼のことはどうでもよいですが、研究の方々は危険ですからね。」

最近聞く噂。クラスメイトで快斗をKIDと疑う紳士気取りの探偵、白馬 探。彼が研究者を集めて得体の知れない能力の研究をしているというのだ。

「この前、快斗が無茶をしたから感ずかれたのかもしれませんよ。どうするんですか。」

『俺はそんなドジは踏まないね。』

「でも、わかりにくくても目の前でやったのでしょう?」

『しょーがねーだろ。手っ取り早かったし。』

「それがいけないのですよ。わかっているんですか?」

『わーってるよ。お前、気をつけろよ。・・・っ、新一?!・・・・・・・。』

「どうしたんですか?」

『・・・キッドか?』

急に電話の相手が変わったが、驚かない。それと反対に少々ポーカーフェイスが崩れかけたKIDの笑みがあった。

「そうですけど、どうしたんですか、新一。」

『絶対無茶するなよ。帰ってこいよ。』

「仰せのままに。すぐに戻りますよ。」

『じゃ、待ってるからな。』

そういって、相手は電話を切った。切れる前に快斗がキッドだけにずるいなどとわめく声が聞こえたが、キッドには新一の心配してくれたという気持ちがうれしくて、はやく帰ろうと決意する。

「さぁ、ショータイムの始まりだぜ?」

先ほど警察の無線で聞いて西の探偵君も混じっているようだが、相手にはならない。

相手として勤まるのは名探偵ただ一人なのだから。

今夜も白い翼を広げて、怪盗KIDは華麗に宝石を盗んでいった。

もちろん、この夜の空に中森警部の怒声が響いたのは言うまでもない。

 

宝石を確認してこっそり返し、家に帰ってきたキッドは玄関からではなく寝室の窓から侵入した。

「あ、キッド。お帰り。」

「・・・お帰り。」

少しご機嫌な新一と不機嫌な快斗が出迎えてくれた。

新一は読みたかった本が読めて満足して、快斗は今まで相手をしてもらえなかったこととキッドに心配して言葉をかけたことに対してふてくされているのだろう。

自分ももとは快斗だったのでよくわかる。黒羽快斗というものは、一度気に入ったものは自分のものにしないと気がすまない独占欲の強い男からだ。

もちろん、興味のないものにはすぐに忘れるという男でもある。

いくら自分の分身であろうとも、新一がそっちに気を向けるのは面白くないのだ。

「遅い。」

「すみませんね。仕事があって遅いのですから、先に寝ていて下さっても良かったのですが?」

「だって、足りないだろ。」

「何がですか?」

「・・・もういい。」

そういって、新一は寝室へと向かおうとする。

快斗はそれについていき、キッドもすぐに着替えて追いかけた。

三人一緒に布団に入ってからもう一度聞けば、寒いからとだけいって布団にもぐって寝てしまった。

なんだかんだいっても、新一は二人がそばにいることを許している。

いざそのぬくもりがなければ足りない気がして眠れなかったのだった。

それを知り、二人はお互いを見て苦笑し、眠ってしまっている新一の髪に触れ、おやすみといって眠りについた。

今少しの安らぎの時間。






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