三章 合流
ふわりと、音も気配もなくそのバスと犯人が転がっている場所に現れた、知らないものはいないと言うほど有名な白い衣の泥棒が降り立った。 突如現れた姿を見て、再び驚き、今日はいったいなんなんだと腰を抜かす運転手。 彼はちらりと背後を見て姿を確認しただけで、あとは無視をする。 そんな様子に、泥棒こと、怪盗KIDは苦笑して女に出てくるようにと指で示した。 答えるつもりはないが、あまりにも運転手がかわいそうだったので要求どおり外へ出てやった。 ここなら誰にも聞かれる事はない。何せ、犯人は気を失っているからだ。 「名探偵・・・。」 「久しぶり、というべきか、こそ泥さん?」 ぴらりと、怪盗KIDもびっくりな相手がマジックのように昨日届けられた招待状を見せた。 「名探偵・・・。」 「で、何の用だよ。」 どうやら名探偵と呼ばれる彼、工藤新一は相手にこの招待状の理由を聞いた。 「はぁ。相変わらずつれない。名探偵への愛の告白はいつになれば通じるのでしょうね?」 「・・・蹴り飛ばすぞ。」 「それはご遠慮させていただきますよ。しかし、名探偵がご無事で何より。」 それを聞いて、あっと思い出す。 新一は犯人が持っている携帯の中から自分のものを探しだし、顔なじみの刑事へと電話をした。 「もしもし、目暮警部ですか?」 『ああ、工藤君か。どうしたんだ。今は行方不明となったバスの行方を追っているので忙しいのだが・・・。』 どうやら、今自分が乗っていたバスの捜索をしているところのようだ。これなら話がはやい。 「実は、そのバスいまここにあります。」 『な、なんじゃとー?!』 「ですから、ここにあるのです。午後12時30分ごろ。犯人が乗車して数分後、バスジャックされ、港前の5号線の途中です。目の前に港が見えますから道の最後あたりですね。」 『それで、乗客は?!』 「大丈夫です。数十分前ほどに、私以外の乗客は下ろしていただきましたから。」 『じゃ、じゃあ・・・。』 「ええ、私一人です。あとは運転手だけです。あと、犯人は取り押さえましたので出来れば急いできて下さい。」 『今すぐ行く。それ以上の無茶はせんでくれ。』 電話が切れる前に背後で聞こえてきた声に苦笑する。 「まったく、無茶しすぎですよ、名探偵。」 「お前には言われたくないな、こそ泥さん。」 「・・・怪盗なんですが・・・。」 「どっちも一緒だ。」 「あら、思っていたより楽しそうね。」 冷たい一言でずーんと沈む怪盗。聞こえていないであろうさらなる登場者の声。 「あ、灰原。どうやら、伝言言ったみたいだな。」 「ええ、しっかりとね。まったく困ったものね。この探偵さんは。まさか彼に彼女の護衛を任せるなんてね。」 哀が言いたい事はよくわかる。だが、そうするしかなかったのだ。 「・・・やっとご到着、のようね。」 やってられないわと言う哀にいつの間にか復活した怪盗も同意する。 そう、時計台の前や今まで通ってきた道でも、警察はなにやらやっているものの、ここまで来れていない。 彼等は伝言で無線を拝借し、新一の携帯に取り付けられた発信機を頼りに、状況を知る為に耳にイヤホンをつけてずっと聞いていたのだった。 まったくもって、警察もびっくりな事を彼等はしていたのである。 「工藤君!」 顔なじみの刑事が車から降りてきてやってくる。 そして、気付いたKIDの姿に次の言葉を言えずにぱくぱくと、怪盗が聴きたくない生物のようになっている。 「それでは、私は失礼しますよ。」 白いマントを翻し、KIDの姿がマントで隠れたと思えば、もうそこにはKIDはいない。 「・・・なっ・・・・。」 あまりの驚きに動けずにいたが、すぐに犯人の捕獲だと動き出す。
その後、港で逃亡するために待機していた不審船の中の仲間と共に、男四人は連行されて行った。 新一は哀とともに、当初待ち合わせ場所としていた喫茶店へと向かった。そこに、KIDが来ている事がわかっているからと、あの少女と話をしなければいけないからだ。 新一と哀は急ぎの用があるから後でと言ってその場を返事を聞かずにあとにした。 きっと、新一の女装には気付いていないだろう。ならそれでいい。 なんだかよくわからんままに、今回の犯人、麻薬売買人の四人を捕まえた警部達。今頃きっと忙しいだろう。 そしてまた、新一達も忙しい。 厄介な手紙をもらってしまったからだ。 そう、ゲームをはじめようという知らせ。それも、厄介な奴からのもの。 今は新一の中だけにあるそれ。だが、すぐに聡い彼等は気付くだろう。だが、それまでは黙っているつもりだ。 歩いて数十分。喫茶店シーラへとついた。入り口に『Close』と書かれているが、お構いなしで扉を開けて中へと入る。 そこには伝えてくれた少女と別の客。そして、マスターがいるだけである。 「お帰り。」 その声に反応して入ってきた人物を見る少女。 「あ、あの、ありがとうございました。」 助けてくれた女に対してお礼を言う少女。すっかりわすれていたが、まだ女装したままであった。 「あ・・・。」 「そのままでいたらどう?結構似合ってるわよ、探偵さん。」 「るせ。だいたいそこ!お前は何で笑ってんだよ。」 「・・・?」 よくわかっていない少女は首をかしげる。なんだか、あの時に聞いていた声と違うし、口調も違う。まるで、まとう雰囲気さえ違う。それに、違和感を感じた。 そこでふと思い出した。 すっかり忘れていたが、あの小さな少女が『彼』といって、自分はこの人が男である事がわかったのだ。 つまり、やはり自分の考えは間違っていなくて男であったということ。 しかも、男だと思わせないほど完璧に女と見える姿。 「・・・あの。」 「あ、すみません。それと、今日はありがとうございました。」 そういって、頭のウィッグを取り、まるで怪盗が変装を解く時と同じようにふわりとつかまれた服が宙を舞う。いつの間にか、彼は別の服を着ていて、本来の彼の姿が見えた。 「・・・工藤・・・新一・・・?」 「改めまして。工藤新一といいます。この度は私の頼みを聞いていただき誠にありがとうございました。」 そうして腰を折る姿は確かに格好いいかもしれない。どこかのこそ泥と同じで、彼はある意味気障という部類に入る男である。本人は自覚なしなのだが。 だが、しっかりと見た相手の目と容姿。どちらかというと綺麗な美人という方が似合っている気がした。 「あ、どういたしまして。えっと・・・。」 なんだか突然の登場と正体を見て慌てる少女。 「おーい、そんなところでいつまでもやってないでさ。いつもの珈琲でいいんだろ?」 「ああ。そいつみたいに砂糖とミルクはいらねーけどな。」 「出さないよ。もったいないし。お前もこいつみたいに入れられたらこっちは困るって。」 「そりゃそうだ。」 何やら楽しそうに話をする人。すぐにここの常連なんだとわかった。
さて。いつまでものん気に和んでいる場合ではない。 それなりに説明して、彼女をどうにかしないといけないからだ。 今回、自分達が関わる仕事で、彼女も重要な位置を占めているのだから。 今回の重要な鍵を握る、少女なのだから。
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