一章 事件発生
予定時刻より少し遅れてバスが到着する。だからといって、乗客は文句をいうわけもなく、これが日常なのでかわりなく進む。 数名の乗客を乗せ、バスは再び走り出した。事件の始まりである。
バスが走り出して数分後、不振にもまだ着いてもいないのに座席から立ち上がり、運転手の方へと足を進めた。 足音で気付いた運転手はミラーで確認し、危ないですから手すりにでも?まっていて下さいというが、男は聞く耳を持たない。 そして次の瞬間、懐に忍ばせていた黒い塊を取り出し、運転手の方にそれをむけた。 今の時代、テレビのドラマでよく見る事があるそれ。偽物か本物かは区別がつかないが、それは拳銃と呼ばれるものだった。 ひいっと小さな悲鳴をあげながらも、気をそらせば運転をミスるので、ハンドルをしっかりと持って男にどうしたいんだと聞けば、このまま止まらずに走れと命令を下す。 「きゃっ!」 一番前の座席に座っていたまだ高校生ぐらいの女の子の腕をつかんで、今度はその子に拳銃を向けた。 そう、運転手と他の乗客への見せしめの人質である。 「全員、大人しくするんだ。まだ、事を大きくするつもりはないから、携帯といったたぐいのものは全部こっちへ出せ。」 命令を下すと一人の男が動いた。そう、彼はこの男の中まで共犯者であった。 男は今バスの中にいる乗客、といっても八人しかいない少ない人数だが、全員が持っている携帯やノートパソコンといった、連絡の出来るたぐいのものを回収した。 乗客と運転手ははっきりと事態を飲み込めた事だろう。 今、自分達が乗っている、運転しているバスは占領されたのだと。 そして、人質を取った事で自分も同じようになるか殺されるかしないようにと、大人しく席についている乗客たち。
犯人が何をするか分からないので、乗客の安全の為にバス停があっても止まらずに走り続けるバス。 時間はだいたい20分ぐらい経ったことだろう。 そろそろ、無線で連絡を入れる時間になっても連絡がなく、バスが来ないという苦情を得たバス会社が何事かと動き出している事だろう。 そんな時、犯人の男の携帯が鳴り響いた。 「…俺だ。」 どうやら、他にも仲間がいるようだ。 「…わかった。こっちは問題なく進んでる。そっちも、へまするなよ。」 男は通話を切り、懐へとしまった。そして、運転手へ指示をだした。この先にある港まで行けと。 はいっと、運転手は返事をし、急いで次の角を曲がった。ここを曲がらないと港へは遠回りになるどころか、工事中で通行止めになっているからだ。 バスが急に曲がった後、人質にされた少女の後ろの席にいた者が立ち上がった。 「…なんだ?」 拳銃を向けるところだったがすぐにその手を引いてしまった。そう、そこに立っていたのは男が見惚れるほどの美人だったのだ。 肩を少し越えたぐらいの漆黒の髪が彼女の白い肌を強調させる。そして、相手の動きを止めるほどの強い何かを奥に秘める蒼い瞳。 「…悪いのだけど、このままじゃ私は約束に間に合わないの。」 「それがどうした。」 「そこの彼女と約束した相手とあった後に買い物に出かける予定もあったのよ。」 「だから、それがなんだっていうんだ。」 女が言いたいのは予定がくるった事だろうが、それがいったいなんなのだと男は首を捻る。 「約束の相手。彼女は知らないけど、彼女に伝えて来てほしいの。今日は行けそうにもないって。」 「それで?」 「私がかわりに人質になるわ。彼女にもしもの事があれば、私は嫌だもの。でも、約束を破ると、後々厄介だから連絡してほしいのよ。」 なるほどと少し納得できた男。 だが、そう簡単に信用して実行できる内容ではない。今回は、警察に手を出されるわけにはいかないのだ。そうなると、後々面倒な事になる。 「私としては、他の乗客も解放していただきたいところなのだけど。」 「へぇ、それであんたが一人残るって言うのかい?」 「そうね。それが一番ぶなんだと思うけど?」 この余裕な女が少し気に入らない。いったい、何を企んでいるというのか。 だが、人質として一人はほしいが、多いと目的地では面倒なのは確かだ。 「いいだろう。お前一人で手を打ってやる。ただし、他の連中が解放されてから1時間以内にサツへ連絡を入れたら、お前の命はないと思え。」 「いいわよ。あ、その前に。彼女は私の後についてきていただけだから、約束の相手の事も、どんな人かもわからないの。話を少し、いいかしら?」 「必要ない。」 「あら。だったら、相手も場所もわからないまま、どうやって探せというのかしら?」 「…5分だ。」 「ありがとう。」 そういって、女の方へ人質を投げるように押し出した。 それによってバランスを崩したが、女がすぐさま手を差し出して助けてやる。 「あ、ありがとうございます。どなたか知りませんが。」 小さな声で言うお礼。そう、この二人はここで初対面であったのだ。 「私の言った通り、お願いするわね。」 「はい。」 「ここから少しいけば、あるでしょう?時計台が。」 「はい、あります。」 「そこで大きな声で言ってくれればいいわ。『事件で行けない』とね。そうすれば、相手はわかるはずよ。あと、そこから真っ直ぐ進んで大通りがあるわ。そこにあるシーラという店があるわ。そこにもう一人の待ち人がいるの。その店の中で言えばいいわ。『事件で行けない』とね。」 女がそれだけ言って少女から離れようとしたが、少女は女に聞き返す。 「そ、それだけで良いんですか?」 「ええ。二人とも、事件と聞けば待ち人が来れない事ぐらいよくわかっているはずだから。」 「どうして…?」 「私のいつもの癖かしらね?それとも体質かしら?それより、頼んだわよ。」 やっと話が終わったのか、離れた二人を見て、運転手へ今すぐ止まれと指示を出す。 いきなりの要求に慌てながらブレーキを踏んだ。 無事に止まる事が出来たバスから女意外の乗客を外へ出るように指示を出した。 乗客たちが出たのを確認したら、再び扉が閉まって走り出すバス。他の乗客たちは心配な目で見守る。 だが、少女は急いで時計台へと向かうのだった。 自分を助けようとしてくれた見ず知らずの女の人の願い。 ぎゅっと、首にかけられたネックレスのチェーンを握って、怖かったけれど今はそれどころではないと言い聞かせて。 もしかしたら、その待ち人だったら彼女を助けてくれるのではないかという、少しの希望を持って、少女は走ったのだった。
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