第二話 笛吹き少年 町に着いて、新一は急いで宿を探す。 相部屋はキッドが嫌がるし、何よりいろいろと理由があるために出来ない。 それに、食事も部屋で取れる場所を探さないといけない。 どんなに優しくても、結局悪魔は悪魔。 この魔剣は紅い命の水を吸って力を得る。その力がなくなれば、簡単に消滅する。 とくに、今のように姿を現すようになっては、力が必要となる。 そうすれば、必然的に人の血がなくてはいけない。 通常食事や睡眠がなくてもキッドは大丈夫だが、血が減りすぎれば禁欲症状を起こし、辛いらしいことを知ってからは、なるべく人の目がないような一人部屋で、食事も全て部屋で出来る場所を選ぶのだった。 人が水がなくて喉が渇き、そして飢えるという事と同じで、この剣は赤い血がなければ喉が渇き、飢えて求めるのだ。 「夕食。部屋で食えるとこ探さないとな。」 『私のことなど、気にしなくていいというのに・・・。』 「そんなわけにはいかねーだろ。お前は、俺と共に旅する仲間だろ。」 『新一・・・。』 キッドとて、いくら悪魔と言えどもこの世で確かに『生きている』ものだ。 たとえ食事が血であろうとも、生きるためならば咎められない。 人だって、何かの命の犠牲の上に生きているのだから。 もう、人はそんなことを考えて食事をするなんてこと、ほとんどないのだが。 だから、他の者の犠牲は嫌だったから、新一は己の血をキッドに与えた。 人にも欲があるように、悪魔にだって欲はある。 だから、血がほしいのなら、我慢はするな。だけど自分以外からはやめろ。 目の前で犠牲者が出るのは嫌だし、人を傷つけるのは、わかっていれば抵抗がある。 だから、その姿勢を崩さずに二人は過ごしてきた。 そうやって、ずっと旅を続けてきた。 「ほら。暗くなったら面倒だろ。早く行くぞ。」 町に入り、だんだんと人が多くなっていく。結構大きさのある町だから、人が多いのはわかっている。人がいなければ、町ではない。廃墟だ。 それでなくても、危険な旅。そして新一は人ごみが苦手。だから、出来れば無理はさせたくないと思っていた。 でも、決めたら真っ直ぐ進む新一だから、キッドが今何を言っても聞かないことはわかっていた。 すっと、キッドは新一の背後から姿を消した。 宿代は一人分で充分。自分の分まで払わせるのは勿体無い。 いくら、お金がたくさんあっても、それは無限にあるものではないのだから。 町を進み、宿を捜していたところ、どうやら広場に出てしまったらしい。たくさんの人が行きかっている。 「なんか、久々かも。」 広場では、様々なパフォーマンスを披露していた。 何か面白そうなのはあるかと、近くのものに顔を出したりしていた。 繰り人形や、紙芝居。ボールなどの様々なものがそこで披露されている。 ここ最近は小さな町や村が多かったので、無条件で迎えてくれる温かい人達もいれば、冷たく突き放す人もいる。 子供も確かにいたが、こんなにもたくさんの笑顔を見たのは久しぶりだった。 その時ふと、新一の耳に、この賑やかな音に紛れて綺麗に透き通るような旋律が聞こえてきた。 どこか、懐かしいような、引き込まれていく感じがするそれ。 少しキッドの様子が可笑しかった気がするが、今はこの音の元が知りたい。 知りたいと思えば動く自分の事を知っているため、止めても無駄なことは知っているキッドは何も言わないが。 「何処だ?」 何の音だと耳を澄ませる。 そして、導かれるように、その音のもとへと歩みを進める。 ある場所でぴたりと、足を止めた。 そこには、自分とそう年が変わらないような、一人の笛吹きの少年がいた。 不思議と、吸い込まれていく感じで、周りの音が一切聞こえなくなった。 人の声も、他の音楽も、風の音も全て遮断されてしまったかのように聞こえない。 ただその笛の音色だけしか、今の新一の耳には届かない。 笛の旋律が止まり、はっと我に返った際に、一瞬だけ彼と眼が合った気がした。 だが、次の瞬間には彼の目線は全ての観客へと向けられて、笛を消したかと思えば、一羽の白い鳩を取り出した。 そして、どんどん鳩を出し、ばっと、空高く舞い上がらせれば、鳩は全て紙ふぶきに変わった。 不思議な、魔法が生み出される。 綺麗だと、それに目を奪われていた時だった。 『・・・新一。』 「あ、ごめん。」 頭に直接響くキッドの声。行きましょうと続けられた言葉に、はっと気付く。自分はいつの間にか彼が創り出す世界に引き込まれて抜け出せなくなっていたということに。 それに気付いてこんなところで道草をくっているわけにはいかないと、もう一度だけ笛吹きを見て、その場から立ち去った。 そんな、少しの間だけしかいない通りすがり。 だが、笛吹きは新一の背中を見ていた。気配もなく立ち去っていく新一に気付いていてずっと見ていた。 少し細められた目。だが、それは一瞬の事で、客は気付かない。新一も気付かない。 キッドは気付いたかもしれないが、新一をせかせてその場から立ち去る。 その後、広場ではほどほどにして、笛吹きは立ち去った。最初はもう終わりかと文句も多かったが、受け取ったお金を回収して、新一が立ち去った方と同じ方角へと歩き出した。 その後ははじめから何もなかったかのように、変わらない町の風景に戻った。 夕食が乗せられたトレイを机に置き、ベッドに腰掛ける新一。 「宿、見つかってよかったな。」 『そうですね・・・。』 すっと、周りに気配がないことを確かめて、キッドが姿を見せた。 人と同じように、身体を持てば、触れる事が出来る状態になって。声も、新一だけに聞こえるものではなく、そこにいる人物から直接放たれる言葉へと変わる。 「食べないのですか?」 「・・・。」 声も、直接語りかけるように響いてくるものではない。いつも嫌だと言うので、よっぽどな事がない限りはいつも姿を見せるようになったキッド。 「食べて下さい。」 「でも、お前。」 「・・・本当は、その行為すら禁じてしまいたいぐらいなのです。・・・それに、まずは食べて下さい。そうしないと、貴方の身体が持ちませんよ。」 「・・・そう、だな。」 いただきますと手を合わせて、食事に手をつけた。その間、側に大人しくしているキッド。何度も、食事を食べるかと言えば、別にいりませんよと言い、自分がもっと食べて下さいという。 本当に、悪魔らしくない過保護な奴だ。 量が少なかったが、元々食が細い新一にはいっぱいいっぱいで、結局今日も残す事になった。 「もう、いいのですか?」 「もう、いい。・・・これ以上食ったら気持ち悪くなる。」 そう言うので、キッドはトレイを部屋の入り口の端に置いておく。あとで返しにいけるように。 「俺なんかより、お前の方が腹減ってるだろ?」 「そんなことはありませんよ。」 「嘘つけ。」 悔い盛りの奴の癖に。我慢しているから余計に駄目なくせにと言えば、それ以上言葉が出てこないキッド。 夕食一回だけなのだ。人とは変わらず、新一以上に食べても可笑しくないのに、いつも我慢するこのバカ。 そんなに血の気が多いわけではないので我慢させてしまう事もあるけれど。 「約束しただろ。」 ほらっと、上を脱いで右手にナイフを持って左手を切った。 ぽたりっと、溢れ出る血が落ちる。それを手で受け止めたキッド。そのまま、新一の傷口に口を触れて『血を飲む』のだ。 剣を媒体にして人の血を飲む悪魔であるキッド。媒体がなくても直接血を飲むことは出来る。 宿る媒体であるこの剣を自信が使う事だって出来る。結構、いろいろ出来るものである。 そんな悪魔でも、『血』がなければ駄目なのだ。ある意味、それが欠点かもしれない。だから、多くの血を飲むためにその剣は多くの人を切るのだ。持つ手の場所まで滴るほどの多量の紅い液体を纏う。 それを知っているから、新一の先祖が封じた。決して外にでて人の前に出ないように。 父も、持ち出されることだけは絶対にあってはいけないといつも言っていた。 今だから、こんな悪魔がどうしてと思うのだが、何を確信して自分なら大丈夫と言ったのかわからない。 誰も、この悪魔の姿を見た者はいないはずだというのに。 まぁ、結構上手くいっているのだから、彼の目は間違っていなかったのだと思うのだが。 別にこの悪魔なら、誰であっても問題なかったのではと思うのが新一の思うところ。 実際は、キッドが新一を認めたからなのだが。そういうことを知らないからこそ、疑問で終わるのだった。 傷から出る血は止まったらしい。だが、一滴も残さないように、丁寧に舐めるキッド。切った当初は痛いが、これぐらいになればいつもこそばい。 やめてと言っても放してくれることは今まで無かったので、今では諦めているが。 「いつもながら、新一の血は甘く、少しで渇きが消え去りますね。」 新一の顔を見上げて、片方はモノクルで隠された顔が笑みを見せる。 「バカだろ。」 「バカで結構です。」 その後、新一の姿に変えて、同じように食器を返しに行くキッド。 一人きりになって、はぁっと息を吐いて、ベッドの上に転がる。 その時だった。 ふわっ カーテンが揺れる。窓が開いているのか、風が部屋の中に入ってくる。 窓なんて開けたっけと、閉めようと身体を起こして、そこにいた人物を見て驚いた。 窓枠にあの笛吹きの少年がいたのだ。 |