「こんばんは。」 現れた笛吹き少年は、真っ直ぐ新一を見てそう言った。 その瞬間、キッドが毛を逆立てた警戒する獣のように、ぴりぴりしはじめた。 第三話 出会ってしまえば、戻れない はっと、新一はこの部屋が二階であることを思い出し、ベランダなどなく、窓から入ることは人間では不可能だということに考えいたる。 はしごを使えばできるだろうが、そんな目立つことをすれば外が騒がしくなる。 しかも、あの少年はどこか雰囲気が人とは違っていた。まるで、キッドと同じような・・・と考え、すぐに気付いた。 あの笛が、この空気を纏っているのだ。 そして、父が何度も言い聞かせるように語った夢物語を思い出した。 「お前・・・『天使の笛』の奏者か。」 「へぇ。知ってたんだ。『人を喰らう剣』を封印した一族、工藤家の新一君。」 相手は、自分の事を知っていた。自分は、相手の事は笛を持つ者としか知らないというのに。 「何をしに現れた。」 「警戒しなくたって、別にとってくおうってわけじゃないよ。ただ、興味があっただけ。そしたら、君が探していた『契約者』だったからご挨拶に伺っただけ。」 安心してよと、昼間見た時と同じように見せられる笑顔。だが、新一は本心から笑っているようにはどうしても思えなかった。 「相手をあまり挑発してないで、話を進めなさい。」 すっと、笛から出る白い靄が、人の形をとって部屋の中に現れた。 赤茶色の肩にかかるかかからないかぐらいの髪に、灰色の目。それが笛についた天使だとすぐに気付いたが、もう、何を言えばいいのかわからなかった。 ただ、外から暗いとはいえ、見られる可能性があるということで、叫んでいた。 「寒いからさっさと窓しめて中入れ!」 少年と女はお互い顔を見て、大人しくそれに従った。 「それで、いきなり人の部屋に窓からやってきて何の用ですか?。どうでもいい要件だったらたたき出しますよ?」 何故か、正座する少年の前に立って、新一がにっこり笑みを向けて言う。 明らかに、笑っているが怒ってるとわかる顔だ。さすがの少年も怒っていることに気付いたし、窓から入ってきた当初より皮肉っぽい笑顔は消えていた。 「話はないのか?それに、そちらのお名前は何ですか?」 「秘密、じゃ駄目?」 「いいですよ。その代わり、あなたのことは『ミツサン』と呼んであげます。」 その答えに、あんぐりする少年。 「えっと、それはやだな・・・。」 「それなら、何でもいいから別の『名前』を言ってもらえません?名前がないと呼びにくくて仕方ありませんから。」 その答えに、ああ、成る程と少年は理解した。本当の名かどうかは今の彼にはどうでもいいということ。ただ、話をする中で名前がないと呼びにくい、それだけのために名前を聞いた。 そうやって、自分の中だけで話を進めながら新一を観察していて、少年は気付くのが遅れた。 「それに、私は初対面でいきなり名乗りもせずに、話を進められるのは嫌いなんです。ということで、今すぐ帰れ。」 突き放すような敬語。これ以上近寄るなという警告のような笑み。それが一瞬で、少し低い声で帰れとはっきり告げ、睨みつける顔がそこにあった。 「え?ちょっと待ってよ!話続けていいんじゃないの?!」 「誰が話を聞くといいました?それに、用件があるのならとお伺いをたてても話をしなかったのはそちらでしょう?そもそも、私は目立つから窓からおりてほしいと言っただけだ。あと、寒いから閉めてほしいと言っただけです。以上。キッド、外に捨てて来い。」 「仰せのままに。」 「ちょっとー!!」 「今回はきっと貴方も悪いわよ。」 主であるのに、主がキッドに外へ連れ出されそうになっているのにそれを面白がる女。 何だか、悪魔らしくない悪魔、天使らしくない天使と、逆さまになっているのではないかと思う新一だった。 キッドが少年の首根っこをつかんで、窓から外へ出て行った後、何故か主についていかない女をじっと新一は見ていた。 どこかで、見たことがある気がしたからかもしれない。 「行かなくて、いいのか?」 「ええ。どこにいるかはあの笛がある限り・・・いえ、契約をしている限りわかるから。」 心配ないわと言い切る女。 「私は笛に宿る天使。シェリー。彼は魔術師の一族、黒羽家の長息子。黒羽快斗よ。工藤君。」 「・・・何故お前がそんなことをわざわざ俺に教える?」 「あら?別にいいんじゃない?私は私が望むようにやる。・・・望まないことであっても、やらなければいけないということで、私は何度も後悔してきた。だから、もう後悔はしたくないのよ。」 シェリーの表情から、それが嘘ではないと感じた。 彼女のあの目は、自分もよく知っていたからだ。 大切な人を失う、あの時の目。 「彼を、あまり怒らないで。私が貴方を探すために契約者となってくれたのだから。」 「俺を、探す?」 「ええ。それは、また話すわ。貴方の大事な悪魔が戻ってくるから。」 またねと、窓から出て行った女。慌てて窓から外を覗くが、そこにはもう誰もいない。 キッドの気配が戻り、おかえりと声をかければ、ただいまと帰る。 迎える相手、迎えてくれる相手。それがいるだけで、元気になれる。 今まではただ、そう思っていた。 しかし、今日は何か不安が消えなかった。 街外れの木々が生い茂る林の側に、人影が一つあった。 「ずいぶん遠くまでつれてこられたみたいね。」 「あいつめちゃくちゃだ。」 ったく、せっかくの服が引っ張られて伸びたと文句を言う快斗。 「で、あいつなんだろ?お前が言ってた、探してた相手。」 「ええ。でも、何も覚えていなかったわ。今はその方がいいけれどね。」 「なぁ・・・いい加減教えろよ。」 「今はまだ、何も言えないわ。」 しばらくお互いにらみ合い、快斗が降参する。 「でも、一つだけ言っておくことがあるわ。」 珍しいなと思いながら、快斗はシェリーが続きを話すのを待った。 「かつて、天使と悪魔がこの地上に笛と剣を残したことには意味がある。これは何度も貴方に言ったこと。」 「そうだな。」 「キッドは今、過去の記憶はないと思うわ。」 「過去?」 それはどういう意味だ。シェリーにはあってキッドにはなくなってしまった記憶。 しかし、それに何故新一が関わってくるのだというのだ。 「天使と悪魔は、お互いを敵とし、争いを繰り返した。でも、それを止めた者達がいた。」 「もしかして、それが笛と剣をこの地上に残していった迷惑な奴等?」 「そうね。地上に残したことには意味があった。・・・種族が違う故、英雄として称えられるが故、彼等は交わることができなかった。つまり、共に隣を歩くことができなかった。」 「それって・・・。」 「そう、お互いが大切で、だからこそ彼等は彼等を大切に思う者達と共に争いを止めた。しかし、今度は彼等を相手側にとらられることを恐れ、閉じ込めるようになった。・・・人柱、みたいなものね。」 だから、彼等はあの場所では共に歩けない。自分達がいる限り、この二つはまたお互いの意見の食い違いで争う。 考えぬいえた結論から、人として地上に生まれ変わる選択をした。 「巡り合えると信じても、お互いを探しにくる天界と魔界の使者から逃れるため、笛と剣を地上に残した。」 「どこの世界も争いばかりってことか。」 それで、どれだけの血が流れ、痛みを伴い、命が失われるか。きっと最前線で戦わない命令を下す者達は理解していないのだろう。 「私は、彼等をあそこから外へ出すための道として地上に残り・・・キッドを見つけた。彼は償わなければならない罰のため、望まぬというのに人の血を糧として生きることを定められた。だから、所有者は彼の記憶を消したのよ。心を痛めないようにね。」 「そこまではわかった。だが、何故そこで新一なんだ?・・・もしかして、悪魔か天使が新一なのか?」 「それは教えられないわ。でも、過去の関係者であるのは確かよ。・・・貴方もね。」 だから、覚悟しておきなさいと急に言われ、へ?っと間抜けな声をあげる。 しかし、質問をしようとしても、すでにシェリーは姿を消し、反応がまったくない。 「勝手な奴だな・・・。でも、俺自身、新一が気に入ったから最後まで付き合ってやるよ。」 街で見かけてから、気になった人間。人が集まるあの中で、目についた彼の姿。あの目が真っ直ぐで、今までみてきた汚れた奴等と違うから、惹かれたのだと、会ってすぐにわかった。 はっきり拒絶する態度で結構傷ついたのは心にしまっておいたけれども。 「明日あたり、また会いに行きますか。」 シェリーが彼との関係に関しての用事を終わらせない限り、きっと付き合いは続くだろう。 それに、簡単にこれで終わりだと終わらせるつもりはないし、狙ったら逃がさないのが何度も教えられたことだ。 魔術師の一族、黒羽家は裏の顔がある。 失った思い出を取り返す怪盗なのだ。 シェリーからも依頼されたのだ。経緯としては自分の顔を見て、名前を知って何か驚いていたし、自分じゃないと何かいけないらしく、半分脅しのように必死に訴えるので引き受けた。 大切な人との過ごす時間を確保したい。これ以上、悲しませたくない。あの二人に、思い出を返してあげたい、と。 大切な人達のために、失ったものを取り返すため、契約を交わした。その代償はこの笛の所有者として契約を交わすこと。これによって、いろいろ利点は多い。 だが、全てを知ったわけではない。彼女は誰かのために必死になっているが、その誰かはまったく教えてくれないし、笛のことも詳しくは教えてくれない。それでも、一度は引き受けたのだから仕事はするつもりだ。 「まだ、付き合い長そうだしな。」 何となく、感だが彼とは付き合いが長そうな気がした。 彼女が、久しぶりに笑ったのだ。きっと新一は何か重要な鍵を握っている。そう感じた。 今日の話からも、天使と悪魔のどちらかが新一だと思って間違いはないだろう。 ただ、彼を自分が知らない相手に巡りあわせて仲良く過ごすのを自分はきっと見ていられないだろうけど。 今日はもう休んでしまおう。気を張っているから、疲れてしまう。それでも、浅い眠りの中で常に気を張ってしまう。 誰かが命を狙っているとどうしても考えてしまうから。 その日、夢を見た。 だが、その内容は覚えていない。 ただ、誰かが自分を呼んでいた。そんな気がする。 出会った以上、もう後戻りはできない。 舞台に手札は揃いはじめたのだから。 |