一章 魔剣に宿るもの

 

 

家を出て一年がもうすぐ経とうとしている。

噂で、ひとつの一族が滅びたということを聞き、その一族の場所と特徴から、もう家族や仲間はいないのだと新一は思った。

辛いが、今自分が役目をおろそかにすれば、皆に顔向けが出来ないから、ただ前を見て進む。

だけど、やっぱり、辛く悲しいという思いはある。

噂が嘘だと何度信じたかったか。

だが、噂は聞くたびに、絶望的な内容となって行き、認めざる得なかった。

何が何でも力を欲しがる者。そんな者達ならば、これをたとえ人の命を奪おうとも手に入れたいと考えるだろう。

「父さん・・・。」

わかっていたけれど、やはり辛い。

今はあるいている森の中。迷ってしまいそうな深い森。

新一は決して迷うことなく進んできたが、時に迷ってしまいそうになる。

まるでこの森は自分の心を表しているかのようだ。

「新一。辛いのでしたら、私を手放して、葬り去ってもかまいませんよ?」

すっと、白い影が新一の背後に姿を見せた。

「大丈夫だ。・・・今手放せば、父さん達に合わせる顔がないからな。」

約束したから、それを守らないといけない。

誰もいない、たった一人での生きる道。しかし、そう思っていたが、今は一人ではなく残された新一には側にいてくれるものがいた。

それが、剣に宿る、魔剣と呼ばれる理由でもある白き衣を纏う悪魔『キッド』だった。

 

 

 

 

はじめに姿を見せたのは、屋敷を抜け出して、森に入ってしばらくしてからだった。

 



 

「父さん・・・。どうして、どうしてこんなものなんかのせいでっ。」

布に丁重に包まれた魔剣。それを高く上げて、振り下ろそうとした。

しかし、それは出来なかった。

「くそっ。くそっ。どうして、どうしてっ。」

膝をついて、最終的には座り込み、新一はそれをぎゅっと強い力で腕で抱き込み、涙を零す。

見捨てるみたいで、そして自分はまだ守られていて、悔しくてしょうがなかった。

その時だった。

 

ドクン―――

 

突如、何かの鼓動が新一の体に響く。

何と、顔を上げれば、うっすらと白い靄が目の前にあった。

そしてそれは次第に形を作り、透き通った白い衣を纏う人の形をしたものが現れた。

「誰?」

『名をキッド。その剣に宿りし悪魔。』

「悪魔・・・?これの?」

『そうです。新一。』

すっと、悪魔は近づいてきた。

そして、薄っすらとしか見えなかった輪郭がはっきりと見え、透けると思った手が、新一の頬に触れた。

『泣かないで下さい。』

涙をその手が拭い取り、その腕に抱きしめられた。

『貴方に泣かれるのは辛い。』

腕の中に抱きしめられ、その温もりから、家族の事を思い出し、より一層、涙が零れる。

そして、キッドの胸の中で、思う存分泣いた。

声を殺すことなく、泣き続けた。

『新一・・・。』

「俺は、俺は・・・っ。皆がっ。」

『私はずっと見てきたので、わかっています。つらい時には、泣いたらいいんです。次に目を覚ました時にはきっと、心も整理がついていますから。』

震える肩。零れる涙。悲痛な叫びのような声。

しばらく森の中に響いた。

静かになった頃には、新一は疲れて眠っていた。

『肩を震わせて・・・。貴方の涙はとても綺麗で、私なんかが側にいてもよいのかと迷います。』

まだまだ、彼は子供。

『ずっと、ずっと長い間、貴方を待っていた。』

だが、泣かせるのだけは、彼の泣き顔だけは、あの時もそして今も、苦手だと思う。

涙は確かに綺麗だ。だが、悲しみの顔を見るのは自分が辛い。

『明日には、笑顔を見せて下さい。』

今は、全てを流して眠って下さいと、キッドは新一を抱き上げて、安全な場所へと、すっと移動した。

 

 

次の日。目を覚ましたら、最初は何も覚えていなくてこいつは誰だと思った。

『ひどいですね・・・。』

さすがにそう言われたら困るとキッドは苦笑した。

『私はその剣に宿るもの。・・・貴方を主と認め、共に過ごし、守る事を誓いましょう。』

だが、新一はそのことを断った。

守られるのはもう嫌だった。それも、原因であるものの悪魔などと、どうして契約を交わす事が出来るだろう。

「何が、目的なんだ。」

『目的は何もありません。ただ、貴方の悲しみを減らす為、側にいようというだけです。それに、契約しておいた方が、契約主が死ぬまでは主以外の手に渡ろうとも使われる心配はありませんよ?』

それだけの力を、契約という言葉は持つのだ。

「・・・契約したら、俺が死ぬまでは誰も手出しできないのか?」

『そういうことになります。』

「なら、契約してやる。」

自分の使命は、これを守ること。死ぬまで必ず守れるのなら、契約だって交わしてやる。

『契約。キッドの名において、必ずや契約主を守ることを誓いましょう。』

それからの付き合い。

今では、悪魔だろうと一人でいるよりは気が沈むことはないので、側にいてくれて良かったと思っている。

契約が結ばれた後は、自由に姿を見せる事が出来るらしい。

自分に触れることは、ほんの少しだけだったが、契約を交わしてからはいつでも触れる事が出来るらしい。

『それにしても。いつもあの奥で新一が生まれてからずっと見てきましたが。本当に危なっかしいですね。』

「何だよ、お前。」

『それに、昔の新一はとても可愛らしかった。』

「ば、馬鹿いってんじゃねー。」

この変態悪魔と、蹴りつけようとしたが、相手は悪魔。いとも簡単に宙を舞って逃げられた。

だけど、そうやって場を和ませてくれて、今まで一年過ごしてきた。

だから、少しはこの悪魔に感謝している。

その日も森を抜け出せなくて、少し気温が下がって寒かった時は、その悪魔が温かくしてくれた。

身に纏う白いマントに体ごと包まれて、少し恥ずかしかったが、とても温かかった。

「なぁ。」

『どうかしましたか?』

「いや、何でもない。」

何か言いたげだが、結局言わずに顔をキッドの胸に埋める。

もぞもそと動いて、身体を丸くして、いつの間にか新一は眠りに着いた。

 

 

 

それから時が流れて今にいたる。

噂はもう、大分薄れて話題には出なくなっていた。

そして数年が経過し、新一の年は17を迎える。

相変わらず丁重に布に包まれた剣を腰に吊るし、簡単な荷物だけを持って森を歩いていた。

なるべく人を避ける方がいいので、森や山を選んで毎日歩いていた。

「町ってこの先あるのか?」

『ええ。今はかなり栄えた町になっていますよ。』

「でも、見える気配がないけど?」

『大丈夫です。』

新一の隣を歩くのは、しっかりと白い服を着こなす右目に片眼鏡掛けた男、キッド。

出てくる時にお金は父親に渡されてしばらくは困らなかった。

だが、一年前に実はそれは底をついた。

どうしようかなと、まるで他人事のように考えていた。

お金がないのなら野宿でと考えたが、こいつはたくさんのお金や最低必要なものは全て持っていた。

いつも何処から出すのかは一切わからないが。

でも、それはあまり使わせたくない。

「なぁ、野宿でもいいんじゃねーの?」

『駄目です。体が強くないというのに、無茶をしてはいけないのです。』

「でも、お金勿体無いし。」

『そんな事をいっていないで、宿に泊まって下さい。』

本当は、私がどこかに姿を新一ごとくらますのが一番なのですがと言うこの男。

馬鹿が着くくらいお人よしだと思った。

本当に、悪魔らしくない悪魔。父や母、その周りにいる者から聞かされていた悪魔とは到底結びつかない。

最近では食事や睡眠にまで文句をいい、過保護悪魔と呼ぶ事もしばしば。

「あ。町の気配。」

『ほら。あったでしょう。今日はあそこにしましょう。』

決定ですといい、新一の手を攫んでずかずかと進む。

『人が少し多いのは難点ですがね。』

「過保護悪魔。」

『過保護で結構です。』

開き直った。まぁ、寂しさはないので、これぐらいうるさいのもいいかもしれない。

 





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