気がつけば、全ては遅かった。

遠くで、馴染みの刑事達の焦って慌てている声が聞こえてくる。

そして、悲鳴もまた、聞こえてきたが、意識は遠のく。

このまま、死ぬんだろうかと考えた。

それと同時に、そうなったとき、快斗の顔が思い浮かんだ。

闇に落ちる事がないといいけれど・・・。

心配するのは、やっぱり彼の事。

 

 

 

   戻ってこれた理由

 

 

 

どべしっと、どこかに堕ちたようだ。

「いってぇ〜。」

ぶつけた腰をさすりながら、ここはどこかと見渡した。

すると、なんだか何もない四角い部屋の中にいた。

「何処だ、ここ?」

見覚えのないこの部屋。今まで何をしていたかと考え、ここへ来た理由を導き出そうとする。

「事件で呼ばれて、いろいろあって・・・。」

そう、いろいろあった。そして、もう駄目かもしれないと思った。

「・・・俺、死んだのか?」

それから先の記憶がなく、こんなわけのわからんドアも窓も一つもない部屋にいるのだから、そう導いても可笑しくはないと思う。

「まぁ、死んだといえば死んだな。」

なんだと、声のした方を見れば、なんと宙を浮いている真っ黒の男が要るではないか。

まさに死神といわんばかりの、物騒な大きな鎌を持って、なにやら勝手にしゃべっている。

「だが、まだ天国へも地獄へも送ってないし。第一、死神界へ一度言って、どちらにいくか手続きもしてないしな。まだ、死んだとはっきりいう事はできないね。」

にっこりと説明しながら微笑みかけられても、あまりうれしくはない。

「なぁ、あの後どうなったかわからないか?」

知りたくはない気がしたが、知らないと気がすまない。

「そうだなぁ。まだ前の奴がごちゃごちゃと言って、なかなか審議が決まらなくてさ。時間がおしてるのにさ。」

時間はまだあるし、行こうかと、手をつかまれた。

そして、浮遊感を覚えて気付けば自分はあの部屋にいた。

「・・・なんか、嫌だな。」

自分の遺体が目の前にある。なんとも嫌な感じだ。

それに、重苦しいような背後にいる警察の面々。

「・・・かなり、嫌だ。」

「そういわずにさ。まだ暇だからいようよ。それに、もうすぐ君が待っている人が来るからさ。」

そう彼がいって、何もかも知っているのだと思うと同時に、聞こえてくる足音から、ドアを開ける瞬間を待った。

その後は、まったく見ていられない。

快斗が泣いている。本気で泣く事なんていままでなかったのに。

馬鹿な事をしたり、ふざけたりして泣きまねをしていることや、自分が蹴り飛ばして痛がって泣いていることはあったが、ここまで感情をあらわにして泣いている事はなかった。

「・・・快・・・斗・・・。」

手を伸ばして触れて、泣くのをやめてほしいと思ったが、手は身体をすり抜け、触れる事は出来なかった。

「・・・辛いだろうけど、触れる事はできないよ。それに、君の存在を誰も見えないんだから。」

お気楽な死神だが、さすがに少し辛い。新一のように美人さんはかなり好みなのだが、ここまで悲しそうにされると辛い。

どうにかしてあげたい気もするが・・・。さて、どうしたものか。

「お。お持ち帰りするつもりか・・・。さすがだね、怪盗君。」

知られていても、こいつなら問題はないだろうと、聞き流す。

新一はただ、自分の身体を抱いて出て行く快斗を追った。

 

 

家に着くまでの間。

「あ、自己紹介を忘れていたけれど、俺はバードっていうんだ。」

「・・・。」

「あ〜、辛いのはわかるけど無視しないでくれよ。」

「・・・。」

一人で勝手に話すことはあるが、さすがにこれは彼にとって辛い。

「えっと、俺と一緒に死神しない?天国や地獄へ行くほかに、死神になるって手もあるんだけど・・・。」

「・・・。」

「そうしたら、彼に会う事も出来ないことはないけど。」

その言葉に、ぴくりと反応を見せる。

「・・・それ、本当か?」

「ああ。もちろん。でも、君が犯罪を許さず、殺人を許さず。その信念の元に生きてきただろうけれど、今度は人を殺す側になるけどね。」

それは辛いが、さっきのように気付いてもらえないのも触れられないのも御免だ。

「・・・もし、それが本当なら・・・。」

さすがに、バードも困った。そこまで彼の事が好きなのねと、失恋モード。

「はいはい、わかったさ。君の気持ちはね。」

「快斗・・・。」

「大丈夫。俺が連れて行かなければ、まだ君は生きられるからね。」

「え?」

なんだか凄い事を聞いてしまった気がした。

「お。家に着いたみたいだね。」

「おい。」

話の続きを聞こうと思ったが、バードは無視して中に入った。

なんだか嫌そうにしながら、新一もバード同様に壁を通り抜けて中に入った。

部屋に入っても、相変わらず悔しそうで、悲しそうな彼の姿があるだけ。

「快斗・・・。」

横に立つ男に言う。戻れる方法があるのなら、何でもすると決めた。

一度は死んだとされたのだ。今更何もないし、どうにかなるのならしたい。

「なぁ。」

「戻るなら、あと一時間以内だよ。」

「だから、その戻る方法。」

「・・・。」

黙る奴。本当に、死神だと思うほど酷い奴。

「・・・なぁ、どうしたら戻れるんだよ。なぁ、知ってるんだろ?」

「・・・言えば、戻れなくなるけれど、それでもいういいというのなら、言うけれど?」

さすがに、それは考えていなかった。

口を閉じて黙る。聞いたら、方法がわかっても戻れない。戻れないのなら、意味がない。

悔しそうにしている新一を見て、苦笑するバード。

「方法は、自分で見つけるもんなんだ。いつも、そうしてきただろ?探偵君。」

今回は探偵なんか関係ないと、ぼそりと言う。

「あ、そうだ。俺のものになってくれるのなら、考えなくもないよ?」

「だ、誰がなるか!第一、俺はあいつだから好きになったんだ。他はお断りだ!」

「へぇ、言ってくれるじゃん。悲しいなぁ、俺は。」

まったく、絶対何処か似ていると思う。この嘘泣き。快斗と同じだ。それがまた、むかつく。

「だけど、気に入ったっていったでしょ?だから、逃がさないよ・・・?」

突如真剣な顔で腕を攫んで迫ってくるバード。

離せと抵抗してもびくともしない。

「やめろ、やめろー!」

思い切り蹴り飛ばしてやった。バードがひるんで手が緩んだその隙に、逃げ出して再び快斗に手を伸ばす。

快斗は不可能を可能にする魔術師だ。いつもそういっていた。だから、今やってみやがれと、強い思いで手を伸ばした。

すると、すうっと快斗を通り過ぎ、自分の身体の中へと入る。

そういえば、快斗は自分の『身体』を抱いていた。

だんだんと遠のく意識の中。

このまま死ぬのか、それとも戻れるのか。

出来れば、もう一度快斗の笑顔が見たいと思った。

だが、意識は遠くなっていく。

視界の隅で、死神の苦笑を見た気がした・・・。そして、口で何か言っている気もした・・・。

 

 

声が自分を呼んだ。その声に従うように、そしてそこに手を伸ばした。

すると、そこには快斗の顔があった。

本物かどうか。手を触れる事が出来るかどうか。手を伸ばしてみる。

どうやら、行き帰ることは出来たようだ。

「・・・・・・何、泣いてんだよ・・・。この、バカイト・・・。」

つい、いつものように言う。だが、これで充分。

しかし、驚いているのか反応を見せない。まぁ、自分が同じ立場だったら同じだろうから、苦笑して今はただこうしていたいかもしれない。だけど、声が聞きたくて。

「おい。何なんだよ。無視しやがって。」

と、頭をこつんとたたいて意識を戻させる。

そしてやっと、聞けた。自分と目を合わせて話してくれる彼の声。

やはり、まだこの日常の中にいたいと思う。

 

 

その後、死神が姿を見せて自己紹介をしたり、帰ってきた哀にも事情を話し、なんとか丸く収まった。

まぁ、前以上に快斗が過保護になったのは少し問題かもしれないが。

あんな顔をされているより、にこにこしているこの顔の方がいい。

 

こうして、死んで生き返るといった不思議な体験をした挙句、死神と恋人とこの家で過ごす生活がスタートしたのだった。

 





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