ピチャン 水の落ちる音が聞こえる ここは一体何処だろう 見渡そうと身体を起こして異変に気付く しっかりと両腕を後ろにして縄で縛られていた カツカツカツ・・・ お目覚めですか 現れたのは、あの男 「てめぇ。」 「そういえば、まだでしたね。自己紹介。」 男は口元に相変わらず笑みを浮かべたまま、新一に名乗る 「私の名前は浅森賢と言います。・・・今は『イカサマ天使』と、ある人に言われていますがね。」 『イカレタ天使』でしたっけと、口元に笑みを浮かべたまま一人でしゃべっている そして、もうそろそろ客が来ると言う それが誰なのか新一にはすぐにわかった あいつらの誰かだ なんとしてでも自力で逃げ出そうと思うのだが 賢は逃がしませんからと、再び薬品を嗅がされた 意識は遠のいていく くそっと、なんとか意識を保とうとしても、脳は眠りにつこうとする 足手まといにはなりたくないのに 重いものを背負う彼等と、いつでも対等で、分けて持てるようになりたいのに そしてとうとう、意識は閉ざされた 第四話 制限付水時計 途切れていたそれから、再び声が聞こえた。 『そのまま真っ直ぐ進んで。雑魚は全部、死なない程度に獅子の爪が絡め取ってくれるから。』 「それで、貴方はいったい何をしでかそうとしているのですか?」 『雑魚の始末をね。・・・後始末をしっかりしておかないと、どんどんと増えるからね。』 「確かにそうですね。」 目的地へ近づけば近づくほど、あの男自身の部下なのか、それとも男を追う部下なのかわからない黒服がいる。 相手をしようとしたが、それは全て紅い目をして獅子の爪の餌食となった。 竜の言うとおりの状況。なら、何があってもやってくれるだろうから、任せる事にした。 『その先を右手・・・。入り口の屋根が赤い奴。』 「あれか。」 すでに敵陣の壁を越えて侵入済み。 あとは目的の場所へと向かうだけ。 『烏君にお願い。今すぐ四階からキーを取って来て。』 竜の声のままに、空を本当に飛んだかのようにワイヤーをうまく使って上へと外から登る。 ガシャンと派手に窓をぶち破って、手に入れたキーをキッドに渡す。 「ここで雑魚は引き受けておく。先に行け。」 『入って左手。階段の裏に非常用ベルがある。その足元にあるパネルがあるはずだから、それをはずして。そうしたら、新一のいる地下への扉が開かれる。』 見てもいないというのに、竜は確実に先への道を指し示す。 彼の持つカードが導いているのだろうが、今はそんなことを考えている余裕もなかったはずだが、感心してしまう。 自分はどこにいるかわからないのに、彼にはわかってしまうから。 それが少し、羨ましくそして悔しくもあった。 「これね。」 「何かあるか?」 「ええ。・・・きっとこんなところにあるなんて、誰も知らないでしょうね。」 何より、あの男は裏切って逃亡中らしいから、己の懐の中にまだ潜んでいるとは思ってもいないだろう。 「組織も結構、馬鹿みたいね。」 「あれがおかしすぎるんだろ。」 「そうね。」 『急いでね。そこを真っ直ぐ行けば、あいつは待ってるよ。審判者と名乗った、破壊を望む機械仕掛けの・・・『イカレタ天使』がね。』 快斗はボタンを竜に言われるままに押し、開いた扉の中へと紅子と共に下りた。 しばらく連絡は切っているねと竜が言うので、静かに二人は闇の中へと進んだ。 そして、誰にも気付かれることなく、その扉は再び閉ざされた。
ゴーっという、何かの音がする。 そして、なんだか冷たい。 まだ重たい目蓋を開けて状況を見る新一。 「・・・趣味悪いな。・・・やっぱりイカレテやがる。」 硝子で出来た円柱の中に新一はいた。座っていたので今は問題なかったが、足元には水が入っていた。 底から少しずつ水位をあげてくる水。 狭くて動きづらいし、両手をしばられていてはさらに状況は厳しい。 立ち上がって硝子を割ろうとしたが、勢いをつけられないし、何よりこういったものは丈夫な素材を選んでいるにきまっている。 あの男のことだ。簡単には出られないようにしているだろう。 円柱の高さはだいたい3メートル弱。水が一杯になるのも時間の問題だろう。 「何が目的なんだよ。」 まったくあの男が何をしたいのかわからない。 消したいのならさっさとやればいいというのに。 だが、簡単に死んでやるほど命を安売りしているわけではないので、立って硝子にもたれたまま、冷静になって新一は考えるのだった。 出来れば、自力で出たい。ここへ誰かが来れば、もしかしたらそれを狙っていた賢が傷つけるかもしれない。 外ではだんだんと音が派手に聞こえてくるようになった。 誰かがここへと侵入してきたのだろう。 それも、ここまで聞こえてくるほど派手に暴れているのだろう。 「来ちまうじゃねーか。」 すでに、快斗達が侵入して10分以上は経過。水が中へと入り出したのも同じぐらい。 水位は2メートルは越えてしまっている。なんとか顔を水面に出せるように、円柱を利用してなんとか耐えるが、残された時間はほとんどない。 なんとか右手首に紅い痣をつくりつつも、縄から抜き、手を伸ばして一番上のわずかなくぼみに手をかける。 身体を引き上げて、体制を整える。 「あと数分か・・・。」 そんなことを言っている間に時間は過ぎていき、水位もあがるのだった。 そして、身体もだんだんと体温が奪われていき、冷え始める。 薬も完全に抜け切っていないから、厳しい状況はさらに悪化していく。 「・・・快斗。」 無意識に口から零れる名前。 無理やり上を向かなければもう息は出来ない。 水はどんどんと溢れ、辛い状況になっていく。 そしてとうとう。ほとんどが水で中は埋まった。 息を止めていられる時間なんて限られている。 すぐに苦しくなって、新一の口から空気の泡が抜けていく。 ゴポゴポポ・・・ 抜けていく空気の泡をかすんできた目が追う。 「・・・し・・・・・・ぃちっ!」 快斗の声が聞こえてきた気がしたが、意識は遠のいていくばかりで、何もわからない。
部屋には、意識のない黒服を着た男達が倒れていた。 現在、その部屋で立っているのは、和也と、敵側の一人の男。 「さすがですね。」 「あたり前だ。そうでなければ、組織の上になど立てるわけがない。」 「そうでしたね。」 和也の目の前にいるのは、自分が属するCROWの者だ。 今回の事で、彼が裏切り者だとわかった。最近何かとこちらの様子を伺ってきていたこの組織。 あの呪われた宝石に関わったおかげで全てわかった。 あの宝石を研究する科学者や関係者のリストに載っていたのだ。いくら名前を変えていても、和也にはわかる。 以前に一度だけ、自分が彼に教えた名前。 教えててせがまれて、たった一度だけ答えたその名前。
――――失った親友の名前
それをあえて彼は使った。 裏切ったということは彼が一番わかっている。 だが、それを見つけてほしいとも思っていたのだろう。 「お前は、そんなに死にたいのか。」 「そうですね。やることは終わりましたし。」 「・・・復讐。・・・終わったのか。」 「はい。」 全て覚悟は決めているという顔。生きる意志はまったく見られない。 「・・・死ぬ時は、貴方に殺されるのがいいと思っていました。貴方には辛いかもしれませんが・・・。」 笑顔で男は言う。 和也も、彼が望むのならそれを受け止めようと思う。 「貴方の親友を殺した私の兄。・・・一人残された俺を、兄と同じ顔だというのに、ここまで育てて下さってありがとうございました。」 右の頬を濡らす雫。
―――――――パシュッ
飛び散る紅いもの。ゆっくりと倒れていく身体。 だが、顔はうれしそうに、目をつむってドシリと倒れた。 紅い血は止まることなく流れていく。 朱霞が撃たれた時の光景と同じ。そして、和也の親友だった男が撃たれた時と同じ。 「俺はお前を恨んではいなかったさ。・・・あいつの運がなかっただけなんだからな。」 和也は懐にしまい、手を合わせた。 せめて、次に生まれる時は平凡な日常を幸せと感じて過ごせるように。 そんな家庭に生まれられるようにと。 「・・・何を考えて、今まで俺の下にいたんだ。なぁ、明弥。」 罪悪感で、生きているのが辛かったのか。家族のいない自分にとっての、一番大切だった親友を殺した彼の兄。 その後兄は壊れて死んだ。 兄は彼の父によって壊された。だから、兄を好きだった、慕っていた弟が牙を向けた。 平凡な日常を過ごす幸せな家族のはずだった。 母親が死ぬまでは。それによって組織に属した父親が可笑しくなるまでは。 和也は懐から携帯を取り出し、電話をかけた。 「こちらは問題ない。・・・お前の言うとおりになったよ。・・・それに、危ない制限付の厄介な奴もな。」 危険な水が、ここ全てを飲み込んで跡形もなく消してしまおうとしているのだろう。 ガソリンという、危険な水に少しでも火がつけば、ここは簡単に火の海になるだろう。 「あいつらもすぐに戻ってくるさ。それで、そっちはどうなんだ?」 簡単に話を済ませて、和也は別の場所にも電話をかけた。 「・・・悪いが、あまり人の少ない、墓の場所、押さえてもらえないか。それか、あの場所に。」 右翼としてよく働く、信頼している相手。 わかったという返事を聞いてすぐに切り、携帯はしまう。 そして、もう息のない明弥を担ぎ上げた。
|