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冥鎌の様子を調べる立花は、首を横に振る。 「中毒をおこしそうな症状はどうにかなるが、面倒なのが混じってる。」 「面倒?…天使対策か。」 「ああ、そういう類だろうな。これは、かつて冥鎌が言っていた、天において神が天使を隷属させる為の呪だ。」 天においては天使は神の意志に逆らってはいけない。たとえどんなことがあろうとも、神の導きが正しいのだと教え込まれるのだという。 だが、冥鎌は天で疑問を抱き、決定的なある事件から天を去る決意をした。そう聞いている。 つまり、今回冥鎌に使われた薬物の類に、天使を神が大人しくさせていたのと同じような効果を持つものを混ぜられていたということだ。 それに従えば確かに何も考えずに楽なのだろうが、逆らうと…きっと凛々が言うように苦しむ羽目になるのだろう。 「なんとかならないわけ?」 「そうだな…レセリアなら…いや、『死神』の方がはやいか。」 振り返り、そこに姿を見せた黒い影に問いかける。 「やぁ、久しぶり。」 そこには、笑顔の田所がいた。歪みが起これば姿を見せる、歴史を記す者である彼がここにいて不自然なことはないが、あまりのタイミングに今まで手を出さずに見ていたのではないかと疑いたくなる。 面倒になる前に手を出して、面倒事の阻止をしてくれればいいのだが、この男はそういうところはみせないので扱い憎い。 「相変わらず、なんかやる気のでない奴だな。」 「そんなこと言わないでよ、賢示君。」 そう言いながら、近づいてくる田所に場所をあける。少し冥鎌の症状を見て、ふぅと一息つく。そして、困ったように言う。 「でも、俺でもさすがにすぐに解呪はできないよぅ?」 「いい。対処方法があれば、な。そもそも、全部片付けるまでそれなりに動けたらいいだろう。」 「そうだねぇ。一番手っ取り早いのは、『主』を作っちゃえばいいんだけど、どうする?」 それとも、進行を抑える呪を上からかけて強制的に抑えるかと聞く田所に、どっちの方がいいのかと聞けば、もちろんと言って主を作る方だと答えた。 「だって、その呪をとかれたら、あの女に無理やり隷属させられちゃうよ?」 「…それは面倒だな。」 そのまま、あの女の様子からすると逃げるだろう。そうしたら、追いかけようがない。何せ、いくらあんなのであっても、魔人であるのだ。なりかけや歪みの元なんかと比べ物にならない力を有しているのだから、簡単にはいかない。 そもそも、そうなったら冥鎌どころじゃないのが目にみえている。 ちらりと賢示は心配そうに冥鎌の側でそわそわしている凛々を横目で見る。 「なら、凛々を仮の主にしておいたらいいんじゃないのか?」 「それも難しいところなんだけど、たぶん無理じゃない?」 「何故、と聞いてもいい問題か?」 「そうだねぇ。…賢示と立花姐さんは対等でしょう?お互いに上と下をつけない、対等の立場の上での関係が崩れたらどうなると思う?」 「…その瞬間、尻に敷かれるのは俺だろうな。」 想像して、げんなりする賢示をちらりと笑顔で見る立花に、適当に笑ってごまかして田所に続きを促した。 「冥鎌はなんだかんだと言って凛々のことを認めていて、対等の立場であると思っていれば、成立しない。それに、凛々が冥鎌を下に見ることはまずありえないから、不可能といった方がいいかもしれないけど。」 「あーなんとなくわかった。というか、よくよく考えたら親子みたいなこいつらが逆転したら恐いな。俺が悪かった。」 すぐに詫びを入れ、その上でどうしたものかと考える賢示はそれなら立花ならいいだろうかと考えてみる。だが、すぐにやめた。何だかいろいろと冥鎌が哀れに感じたからだ。 「あ、目が覚めたか?賢示、冥鎌の意識が戻ったみたいだ。」 「他の副作用とかは?」 「ない、と思う。悪かったな、立花。」 「いいよ、気にするな。これも仕事だ。」 思いの外、今回のことで面倒だった奴等のこと、片付けることができたのでそれでいいと言う立花に、そうかとしか言えなかった。はっきり言って、笑っている顔なのに笑っていなかったからだ。 それ以上、言わないのが得策というものだ。 「れんちゃーん、凛々、ごめん。れんちゃん一人にした。れんちゃんとっても痛い。」 「大丈夫だから、気にするな。ちゃんと、仕事してくれたのだろう。」 「うん。ちゃんと、仕事した。」 くっついて離れない凛々を宥めながら、そして賢示の方を見る。 「悪いが、頼まれてくれないか、賢示。」 その言葉の意味を理解し、賢示は複雑な思いを抱えることになった。 別に見下されているとか思ってはいないが、あまりそういう関係にはなりたいものではない。基本、自由な男だからだ。 「さすがに、死んでもあの死神の隷属するのだけはごめんだからな。」 はっきり言いきる彼の珍しい本音に、ちらりと田所を見て、うさんくさい笑顔を見て、なんとなくわかった賢示はそうだなとしか応えられなかった。 「で、俺がなんだっけ、主?って奴になるにしても、どうやるんだ?」 それより、立花と凛々はそれでもいいのかと尋ねれば冥鎌がそれでいいのならいいのではないかという答えだった。 立花はその辺理解力のある女なので心配はないが、凛々に関しては反応が謎だったので、少しだけほっとしたのが本音だ。 「簡単だ。首に人差し指で触れたまま、命令すればいい。隷属させる為に言葉で首に輪をかけて縛るんだ。『忠実な僕とし、その魂を捧げる誓いをたてよ。』って感じで、それに強い力を持つ相手に対しては『天使』は逆らえないから『応える』んだ。それで契約で繋がれるわけだ。」 これには面倒なことがあり、主から一定距離以上離れることができないのだ。 「だから、俺はこの男と近くで過ごしたくはない。」 かなり嫌がる冥鎌に、さすがの田所もひどいーとへこんでいたが、賢示はそれどころではなかった。 「それって、これを解呪するまでは近くにいないといけないってことか?」 「そうなるな。」 「それはちょっと…。」 「そもそも、ここは立花がいればある程度のことは問題ないだろう。」 「そうだけどさ…。」 「男が一度決めたならさっさと覚悟決めやがれ。」 立花に言われ、はぁと肩を落としながらも、決めたらしく冥鎌に向かい合う。そして、言われた通り首に人差し指で触れ、隷属させる命令を下した。 「この魂、主が為に。」 突如、目から光が消え、まるで操られているかのように義務的に応える冥鎌に、多少心配になったが、すぐに戻って安心した。だが、問題は解決していないので油断はできない。 今回の敵の狙いが冥鎌ならば、同じ技を使ってくるだろうからだ。 「あ、重複することはできないから、そこは大丈夫だよ?」 と、田所の捕捉で、どうやら考えていた問題はないようなので良かったが。 「でも、解呪してやりなおされたらおしまいだけどね。」 と、いらないことまで教えてくれるこの死神に、少しばかり殺意が芽生えた。冥鎌がよくこの男が苦手だと言っていたが、賢示もやっぱり苦手を通り越して関わりたくないかもしれない。 「とりあえず、これで鍵と冥鎌の呪は一応片付いたとして、だ。」 「あの馬鹿どもだな。」 「あと、歪みの元もな。」 部屋を出て少し頼まれていた仕事をして戻ってきた天が、状況を報告した。 「兄貴分としてまとめていた男、益山が殺されてました。」 「なんだとっ?誰がっ…いや、誰と言わなくても、いらなくなったら捨てるのが奴等のやり方だったな。」 立花はすぐに誰がしたのかを理解した。 「どうも、気の強そうな女だったしな。冥鎌の意見としてはどうなんだ?知り合いなんだろ。」 冥鎌は一度口を閉じ、次にははっきりと言った。あの女なら自分の手で殺す、と。 複雑ではあるが、あの女は冥鎌に執着している。だが、あの男は間違いなく命令違反を犯している。それをあの女が気付かないはずがない。 そもそも、冥鎌が天に居続けていれば、神に従う精神を持たなくても居続けていただろう。この地に降りたからこそ、あの女も天から降りたのだ。あの女にとって天という場所はどうでもいいものでしかなかっただろうから。 「あの男は俺を商品とするつもりだった。だが、あの女は商品とするつもりなど、はなっからなかっただろう。…あの女は俺に関わる敵と判断した相手には容赦ない。」 ただの敵だけならそこまで気にしないが、あの女は何の罪もない彼女を殺した。ただ、冥鎌が彼女を好んでいるという理由だけで。 だから、あれからなるべく親しい相手を作らないようにしている。凛々だけはあの頃からの付き合いなので隠せるものではないし、自分の仕事の相棒なので反対におおっぴらにしている。 「もう始末が済んでいるなら、次の行動に出たと判断した方がいい。」 早々に、エリア1、エリア4、エリア12の歪みを浄化し、あの女を排除しなければ広がりすぎた歪みから多くの命が奪われることになりかねない。 「できればあまり凛々にはしてもらいたくないが…。」 「れんちゃんのお願い、凛々聞くよ?だって、昔と違うもん。れんちゃんはちゃんと凛々として一緒にいてくれる。だから、仕事で役に立つなら、やるよ?」 「そっか…。今の状態で俺は遠くへ行けないから、頼んでいいか?」 「うん。」 一時的対処とはいえ、苦しむ原因が取り除かれたことで笑顔に戻った凛々が飛びついて懐く。 「1時間、あればいい?」 そう言って、宙に字を描き、凛々の額に触れた。そうすることで、今回の歪みの『気』を凛々に覚えさせた。 「わかった。ちょっと行ってくる!」 そう言って、凛々はその場から消えた。 「いいのか?」 「魔人に殺されれば、この先も魂が縛られる。利用され続ける。それは知ってるだろう?」 だから、原則として歪みの元を排除するということは、殺すということに繋がっている。死体を使って、死んだあとも戦う不死身の兵士として使い捨ての時間稼ぎに利用されかねない。 そうして利用された魂はただ消滅するだけ。もしくは、永きに渡ってさまよう亡霊と化し、最後には魔と成り果てるだけだ。 「あの女が関わっているのなら、無理だ。あの女は、あれでいて用心深い。歪みとしてばらまいた種を放置することはない。」 何らかの仕掛けをしている可能性が高い。そうすれば、すでに生きているとは言えない『人』もいるかもしれない。 「急がないと、歪みに利用された人間全員が魔物と化して人を襲いだしたら、俺達だけでは対処できなくなる。」 最悪、門を開いて門の中へ追いやって魂そのものを消滅させないといけなくなる。それは、世界のバランスの上でなるべく避けなければいけないことだ。 その為に、自由に扉を扱える鍵を管理する者達がいて、決して開かないように見張っているのだから。 それを、簡単ではなかったであろうが、持ち出すことができるだけの力があるのだ。それに、あの性格だ。 「最悪、戦争になって、さらにエリア外に広がったら、どこが元かもわからなくなる。そうなったら…全エリアが堕ちることになる。」 「魔神は復活してないのに悪夢再来みたいになったら、それこそ大変だねぇ。」 「あんた、本当楽しそうに言うな…わかってるのか?」 「えー事の重大さはわかってるつもりだよぉ?」 はぁと溜息をつく賢示。すぐに動けるように、凛々が戻るまでに準備を整えておくためにいくつか指示を立花に出しておき、蒼の方を向いた。 「で、鍵は戻って歪みが発生したエリアの原因は凛々が排除する。これで、二人は仕事としては終わったことになるけど、どうするんだ?」 「どうする、とは?」 賢示の言葉の意味を理解できなかったのだろう。問い返した蒼に、一応の仕事は終わりだから帰るのかということだと言えば、最後まで付き合うと答えを出した。それに、紅も頷いているようで、とりあえず、仕事熱心なことに最後まで付き合ってくれるようだ。 「『エリア4北2東3に歪み追加発生。同じく南2東5にも追加発生。そこから近いから先に片付けてくれ。エリア1西4に追加発生。あとは、データのままだ。』」 独り言のように言いだす冥鎌に、繋いで言い終わった後に話しかけると、やはり追加される歪みの速度がはやいようだった。 「あの女の考えることとして…たぶん、いるのはここかここだ。」 地図を取り出し、全員に見えるようにその場所を指した。 「こりゃまた…。」 「面倒なとこだねぇ。」 「別れるにしても、どっちに誰が行きますか?」 三人も今後のことをわかっているので、すぐに頭を切り替える。 「凛々と賢示は別の方角に行く方がいい。すぐに俺が飛べるから。どうせ、俺が居る方へどっちにしても動くだろうし、こっちから行けばいい。」 もし、いなかったとしても後始末は必要だ。 向こうはこちらにとっての敵で、歪みを起こす魔人なのだから。 「凛々は蒼と紅の三人でこっち。賢示は立花とこっち。ここを空けておくわけにもいかないから、天はここでの後始末をしておいてくれ。あの女が関わった分、下でややこしいことが起こらないとも限らないからな。」 「わかった。」 それぞれを見て、頷く。 冥鎌にとっては、今度こそ最後にする為に、この戦いに戦く。 |