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突然響いた建物内での多い気な物音に、この場所の支配者にして、女帝から隠れて違反を繰り返す男、益山は冥鎌を売る為の準備を中断し、部屋から出ようと扉のノブに手をかけた。 その瞬間、背筋を冷たい何かが通り抜ける感じがした。これは、あの女が姿を見せた時によくあることだった。 はっと振り返ると、そこにあの女、クレハーチェの姿があった。相変わらずどこから入り込むのか益山にはわからない。 「どうしたんですか、こんなところへ。」 下手に出て、ここへ現れた理由を尋ねようとしたが、その前に言葉を止めた。陰っていて見えなかった彼女の顔が見えた瞬間、益山は理解したのだ。 目がまったく笑っていないことが、今どういうことなのかを。 「益山、私を裏切ろうとしただろう?」 「いえ、そんなことは…。」 「冥鎌様を売り飛ばしていいなんて、私は言ってないわ。私が言ったのは、丁重にお迎えしてちょうだいってことだけだったわよね?」 その言葉を言い終わる頃には、男の首が胴体から離れた。男自身、何が起こったかわかってないだろう。 「何をやっても私は言わないが、冥鎌様のことだけは別なのよ、益山。もっと賢い男だと思っていたけど、駄目だったみたいね。」 クレハーチェはその場から姿を消し、紅い血を流し続ける男だった者だけがそこに残った。 「さて、冥鎌様は…でも、その前に。」 ちらりと少しだけ首を動かし、目線を後ろへ向ける。 「何か、用?」 「さすが。恋で馬鹿になってても、気配はちゃんとわかってるみたいだね。」 もし無防備のままだったら、その首落としてたよと、現れた小さな影に、舌打ちし、振り返った。 「あんたみたいなガキに、私の首をやるつもりはないわ。本当、いつもいつも目障り!」 「クスクス、僕は君みたいな高い声の方が耳触りだけど、ね?」 その言葉にきーっとヒステリーのように叫ぶ。しかも、全身で拒絶するかのように毛を逆立てた猫のように、威嚇もする。 「でも、ま、君の趣味に口出しするつもりはないよ。あの守り人、欲しかったら好きにしたらいい。」 「言われなくても、私は冥鎌様を手に入れるつもりよ。」 「嫌われてるみたいだけどね。」 「うるさいっ!」 「ま、遊ぶのもこの辺にして…ひとつ言っておくよ?」 急に雰囲気をかえた少年に、クレハーチェも声を返すのを止めた。その雰囲気を纏う少年が、ただものではないことは彼女もわかっているからだ。 そう、いくら同じ幹部であっても、この少年には自分が敵わないということは彼女自身がよく理解しているからだ。 だから、こうやってふざけ合っている時はいくらでも言うが、切り替えた時は指令として黙ってきく心得を持っている。はっきりいって不本意ではあるが、それができるからこそ、彼女は今まで魔人として生き残ってこれたのである。 「何よ。」 「僕等は魔神の手足だってこと、忘れないでよ?」 「わかってるわ、そんなこと。今更なにを…。」 「だから、あの守り人を追いかけてばかりじゃなく、『ベルセル』を探せって言ってるの。わかる?」 「…。」 言い返す言葉がなく黙り込むクレハーチェに、仕方ないなぁと困った風に言いながら、少年は背を向けた。 「とにかく、今回は好きにしてもいいよ。まだ、手がかりもないし、何より守り人を一つ落としたら新しい守り人を入れる為に『ベルセル』が動くかもしれないしね。」 そうなったら、見つけるのが簡単かもしれないからそういう意味では好きにしてもいいよと、少年は言った。 「でも、忘れないでよ。魔神の復活の為には『ベルセル』が邪魔なんだ。女王を殺しても意味がない。組織を壊しても『ベルセル』が生きている限り、また世界の均衡を保つ為の組織は編成される。」 守り人の一部しか、知らない存在。世界の為の組織、ベルセルという名の由来の元。 「だから、僕等は『ベルセル』を殺さないといけない。その為に、今も女王が住んでる『世界平和監視機関ベルセル』の拠点を攻撃してないんだからね。」 「わかってる。でも、私がそっちに協力するのは、冥鎌様を手に入れる為。ベルセルという存在が邪魔だという理由が一致したから。だから、目的は果たさしてもらう。その約束のはずでしょう?」 「そうだね。でも、ほどほどにね、ってこと。成功しないから、ね。」 そう言い、少年はそこから姿を消した。 「やっぱり、あのガキは嫌いだわ。」 それでも敵わないから、尚の事腹が立つのだ。 「それでも、嫌なほど強いのがわかる。…だからこそ、あのガキ…ヴァルが魔神の器なんでしょうけど。」 一度だけ、あの少年に魔神の意志が入り、その時に対峙したことがある。その時、成程と思ったのだ。 口だけではない少年の強さの元。そして、ベルセルが恐れる魔の力。乗り移る間は本来の一部でしかないのだろうが、恐ろしくて動けなかったのだ。この自分が。 神すらも恐れない自分が、魔神という存在には恐れたのだ。 それがとてつもない屈辱でもあったが、この存在の元でなら、冥鎌を手に入れた後も自由に過ごせると同時に思った。 絶対的な力であるからこそ、外から隔離して自分だけの世界を築くこともできる。だから、冥鎌を手に入れる、そのついでに手を貸すということで魔人と成り果てた。 「でも、そろそろここでの活動は潮時なのも事実ね。」 益山を殺した今、あとは簡単に崩れるだろう。あの女帝と背後にいる真の支配者が黙ってもいないだろうし、さっさと冥鎌を手に入れる為の次の作戦に入らないといけない。 その為に、わざわざ鍵を奪うという回りくどいことをしたのだから。 「私の考え通り、事は進んでる。まぁ、奪い返されたのはちょっと誤算だけど。」 空気の悪い、あまりいい環境ではない崩れかけた建物が立ち並ぶその街並みを見下ろす。 「馬鹿な人間は計画通り、エリア4とエリア12を歩き、歪みを知らせ、守り人を外へ出した。」 唯一誤算だったのは、予想より感知がはやかったということか。 「でも、それもさすが冥鎌様、というところかしら。」 この世界に住まうより、天にいた方が視野は広い。ただ、天にいる天使は神に隷属している為に、はっきりいってただの人形みたいな存在でしかないが。 「あんな女なんかに、絶対に冥鎌様は渡さないんだから。」 |