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朝、気配を感じて目を覚ました。もちろん、予測できたので、そこからすぐに避けた。 「むーなんで避けちゃうのー。」 むくれて不満を露わにする凛々に、額を抑えて呆れ果てる。毎度のことではあるが、いい加減こんな目覚めは迷惑であるし、不愉快だ。 言っても聞かないし、わかったようでまた次もやるので注意をするだけでそれ以上言わないが。 何故毎日こうも朝から元気なのだろうか。それともあれか。自分が年をとっただけなのか。 それでも、やはり寝ている人間に対して起こしに来たという主張の割には、刃を向けて飛びかかられては串刺しになりかねない。他の連中にはやらないように言ってはいるが、ちゃんと聞いているのかは謎だ。 そもそも、彼女としては刃を向けているつもりもなければ、襲撃しているつもりもないのだろう。 だが、彼女は武器そのものなのだ。冥鎌も翼を武器のように扱うことができるが、彼女は元々武器なのだから、全身武器になりえる。しかも、気付かれないように慎重になる時、集中力が増すためか、本来の姿に身体の一部が戻るのだ。 その結果、死にそうになるのだが。 「蒼達にはやってないだろうな。」 「ん?そーちゃんとこーちゃん?今日はまだ部屋行ってないよ。」 へにゃっと気が抜けるような笑顔で言う凛々。それに少しだけほっとする。 「声をかけてくるから、朝食の用意、頼んでもいいか?」 「もち、いいよ。」 そう言って、飛び出していった。本当に落ち着きがない。かつての彼女の与えられた仕事を考えると、この性格はありえないと思うのだが、これはこれで良かったのかもしれない。 「さて…。」 寝床から立ちあがり、その格好のまま扉から部屋を出ようとする。けれど、扉を出た瞬間、服は神子の正装へと変わった。 冥鎌はそのまま普段いる屋敷の際奥の謁見の間ではなく、蒼達が寝泊まりした部屋へと向かった。 あの部屋も誰かに聞かれる心配のない場所だ。そこでついでに昨日エリア12に連絡とったことを話せばいい。凛々がいない方が、ある意味静かに事が進められるからでもある。 ノックをし、中からどうぞという声を聞いて扉を開けた。すでに用意が整っている二人に挨拶と頭を軽く下げ、本題に入った。 「昨日、連絡をいれたところ、今日行くまでに例のものに関しては調査しておくと言ってました。」 「そうですか。ありがたいです。」 例のものとは今回の一番の問題になりえる門の鍵だ。実物を守り人全員が見たことあるわけではないが、ベルセルに所属する以上、歪みの修正の上で関わる可能性のあるものとして知らされているし、どういうものかを理解しているので探すことは可能なのだ。 「あと、二人が向こうへ一度向かうことを告げておきましたが…良かったですよね?」 「はい。歪みは確かにこのエリア4ですが、広がりを食い止める為に鍵を取り戻さないと話にはなりませんから。」 それはつまり、一歩間違えば東に位置する全エリアが、魔の浸食を許すことになりかねない。 「詳しくは向こうで賢示さんと会ってから、ということで。…とりあえず食事の用意ができています。終わり次第向こうに出発しましょう。」 「はい。何から何まですいません。」 部屋を移動する。 まだ、厄介事は始まったばかり。 朝食を済ませ、蒼と紅そして凛々を連れて、本来冥鎌しか出入りのしない、あの扉の先へと歩いて行った。 足場が途切れたその場所で、宙に文字を書き、水面が盛り上がってアーチを描く。そして、その中の空間が歪み、本来見えているはずの空や向こう岸が消え、狭い通路と建物の壁が見えた。 冥鎌はその水でできたアーチに向かって歩き、その中に入った。凛々も気にすることなくそれに続き、蒼と紅も続いた。 その後、水は何事もなかったかのように泉の中へ流れ、彼等の姿もそこには残らなかった。そして、彼らが居る場所はエリア12のフェレッタの中央に位置する一番大きな建物の中にいた。 「この扉の先にここの女帝、立花がいる。」 「立花さんは確か…。」 「ここの守り人、賢示の『使い魔』だ。」 ノックをし、入れという女の声を聞いて、冥鎌は扉を開けた。そこには一人の女がいた。荒れた街のここでは珍しく整った部屋だ。多少、豪快なところがあるが、それは彼女であるから仕方ない。 「来たな。…お初お目にかかる。主は会う気があるから安心しな。だが、その前に鍵の件だ。」 立花の言葉に蒼も自然と緊張する。 「鍵は見かけたものも取り扱うものも今はまだいない。だが、異変を察知したところをみると、間違いなく鍵はこのエリア内のどこかにあるだろう。これからも探させるから、出来れば勝手に街に出ないようにしてくれ。」 「わかりました。ありがとうございます。」 礼を述べて頭を下げれば、こっちも見つけておけなくて悪かったなと立花が返した。 「さて。」 立花は立ち上がり、守り人の元へ案内するからついてこいと告げた。それについていく蒼と紅に自分達はここですることが別にあるから二人で話を聞いてきてくれと別れた。 きっと、この街での忠告も含めた話になるだろうから、長くなる。そんなところに凛々を連れて行っても、退屈になって暴れるに違いない。もしくは、ろくでもないことをやりかねない。だから、遠慮したのだ。 その方が彼等もゆっくり鍵のことも歪みのことも話ができるだろうから。 それで、問題は凛々だが…すでに天に会う気満々だ。天というのは立花が拾った記憶喪失の男だ。大柄だが怖そうに見えて優しく真面目、子どもが好きで凛々もよく相手をしてもらっている。 記憶が戻り、本当の名前もわかっているはずだが、助けてもらった恩ともらった名前を大事にして天も使い魔のような扱いとしてここにとどまっている。 「こら、走るな。」 「じゃあ、急いでいこっ!」 急ぐ必要はないのに、腕をひっぱって天がいるであろうこの建物の1階へと向かう。 「やはりお前達だったか。よくきたな。」 「てんちゃんっ!」 こちらに気付いた男が笑顔でこちらに向かってきて、飛びついた凛々を軽々と肩に担ぐ。それにはしゃぐ凛々。毎回のことながら申し訳なく思う。 「こっちにきたのは、歪みの件か?」 「ああ。半分子守だがな。」 「くくく、それもそうだな。」 凛々のおかげで、ここへ足を運ぶ理由の半分が遊びたい、構ってほしいというもので、子守・保護者として認識が強くついている。守り人とエリア4においての神の代行の仕事が本業であるはずなのに、このままでは子守が本業と認識されるのも遠くない未来にありえるかもしれない。 何だか、恐ろしい想像ができて身を震わせる。 「それと、あの気配は誰だ?」 「ああ、あんたとも会ったことがないんだったな。」 エリア12の守り人との面識がないのだから、彼ともないのだから訪問者に気付いても特定することはできない。 「エリア1の守り人と使い魔だ。」 「ああ、それでこんなに奇妙な気配だったんだな。」 納得したらしい天に、それ以上説明はしなかった。彼も使い魔のような立ち場にいるため、知ってはいるのだろう。エリア1の守り人と使い魔が東と南の門の番人であることを。 あと、エリア2とエリア9の守り人が残りの北と西の番人であるということも、こちら側についた時点で知識として知ってはいるのだろう。事前準備として彼等は知ることがまず第一の仕事だ。何より、これは最低限の知識として必要とされている項目だ。 まぁ、さすが『狼』だというところか。違いには敏感で、まさしく番犬といったところか。 「ねー今日は何して遊ぶー?」 ぶらーんと天の腕にぶら下がって遊んでいた凛々がとうとう口をはさんだ。本当に黙っていたりじっとしているのができない奴だ。 「そうだな。まだ仕事が残っているから、先に手伝ってくれないか?」 「お手伝い?うん、いいよー!」 ぶらさがっていた腕から降り、笑顔で答えた。 「すいません。」 「いいんだよ。子どもは嫌いじゃないからな。」 「むー、凛々は子どもじゃない!」 「そうだったな。でも、俺にとっては子どものようなものだと言っただろう?かわいいからな。」 「かわいい?じゃあ、いい。」 むくれていたが、ほとんど理解していない彼女の頭の中ではかわいいという言葉が勝ったようだ。 「凛々、悪いがしばらく天さんと一緒にいて大人しくしていてくれ。」 「はーい。れんちゃんはお仕事?」 「ああ。」 その答えにわかったと素直に答え、天の肩に飛び乗ってばいばいと手をふった。本当に遠慮のない奴だ。 「何かあれば連絡をいれる。」 「はい。」 子守を引き受けてくれた天に頭を下げ、冥鎌はその場から飛んだ。 「相変わらず、あの人は目で追うことができない。」 「そうなの?」 「ああ。少しばかり、自信をなくすよ。」 そう言う天に頭をよしよしとなでる凛々。 「てんちゃんもいい子。大丈夫だよ。」 「ありがとうな。」 「うん。」 肩車をした状態のまま、仕事に戻る為に天もその場から移動する。 「でもね、れんちゃんは私が大好きな尊敬するすごいれんちゃんだから、てんちゃんでも負けないよ。」 「そっか。本当に好きなんだな。」 「うんっ!てんちゃんも好きだけど、れんちゃんが一番好きっ!」 きゃっきゃと騒ぐ少女を温かく見守る気持ちで、あったかくなる心に苦笑する。あまりこういう感情はこういう仕事をしている上ではよくないとわかっているが、この少女の前では関係ないようだ。 |