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世界の均衡を保つ機関、ベルセル。かつて起きた大戦の後に出来た絶対的な存在である。 これは、ベルセルが世界をそれぞれをエリア分けし、監視者を守り人と呼び、常に第三者の視点から世界を見る者達の物語。 ここは古から存在し、誰もが屋敷の奥にいる姿をめったに見ない神子を崇め、神子からの神のお告げを聞いて過ごす宗教に支配された小さな国。その神子がお告げを告げる神そのものであることに、国民は誰一人気付かないし知らない。 かつての大戦以降に、世界の平和の均衡が崩れないように監視するために組織されたベルセルから派遣された守り人であると、お告げがその均衡を守るための修正方法の為の集団だと知っているのだろうか。 それだけ、長い間この国の人間は当たり前として日常の中に取り入れ、疑うことすらない。そんな国の仕組みが冥鎌にとっては不愉快なものでしかない。 彼もまた、その国のシステムの中にいた一人であり、たった一度のある切欠のせいでいる側が変わってしまった。 別に、宗教という一つの民族が生きていく上での取り決めのようなものを否定する気はない。それもまた一つのありかただと思うからだ。 だが、宗教というものは、それも神を崇め絶対とし、お告げで今後の人生すら差し出す国民の姿が耐えがたい苦痛なのだ。かつての自分も、同じだからだ。 かつての自分は、天という、地上にはない『地』において神という存在を絶対として何の疑問も持たずただ教えのままに生きていた。今思えば、まるでこれはジルマータの主従関係のようだ。 今自分がこうしているのは、全てが終わった後で、大切なものを失った後、疑問を持ったことから始まった。 一度疑問を持てば、二度とあそこへ戻ることはできない。 だから、自分は堕天したのだ。 ただ誤算だったのは、あの人が命をかけても守りたかった凛々が、自分の堕天の際に一緒についてきてしまったことだろうか。 今ではそれで良かったと思えるが、どう転ぶかわからないのがこの世界の恐ろしいところだ。 結局、生き倒れかけていたところを、凛々が自分をどこかへ引きずって連れて行ってくれて、たどりついたのが女王陛下がいる城だった。 あの日から、空席だったこのエリア4を担当する守り人としての仕事をすることで恩返しをしようと、この神青赤国の幻神楼の主にして神子として過ごしている。 凛々は神子の世話係として、少々元気がありすぎて失敗することもあるが、持ち前の明るさと純粋さから周囲から気に入られているようで、仲良くしているようだった。それにほっとしたが、あの落ち着きのなさはいろいろと問題があるので、どうしたものかと頭を悩ませる問題となっている。 ふと、窓の外から見える、屋敷に囲まれ、一般人が入れない隔離された小さな泉に渦が発生し、泡が空へと昇っていった。 「…歪み、か。」 凛々の名を呼べば、彼女も気付いたからだろうが、すぐに姿を見せた。 「すぐに周辺の様子を探ってくれ。」 「りょーっかいっス!」 びしっと敬礼をしてしゃがんで両手を床についた。そこから次第に魔方陣が現れ、光があふれだす。 彼女は雷を宿した剣だ。それが本来の姿であり、雷という力を用いて周辺に電気を伝わせて探ることができる。これにより、エリア4の中をもっと細かく区切って仕事に臨める。 しばらくして、魔方陣が消え、凛々も立ちあがった。 「どうやら、この屋敷内の人間みたいだよ。」 少しだけ、しゅんとして凛々は冥鎌に伝えた。 「そうか。」 これから忙しくなりそうだ。 歪みが起きてから一晩明けた。 その日、珍しい客が領域内に姿を見せたことに冥鎌は気付いた。 「面倒だな。」 エリアXの守り人である世鷲の訪問も厄介だが、この二人の訪問もはっきり言って厄介なことこの上ない。 「れーんちゃーん、こーちゃんとそーちゃんだよ。この気配!」 うれしそうにしながら訪問者の名を告げる凛々に、はぁと溜息が出る。もちろん、溜息つくと幸せ逃げちゃうんだよーと毎回のように言う凛々にまた溜息が出る。 原因は目の前の存在だと言うのに…本当に、そもそも幸せがあったのだろうか。 とりあえず、客が来たのなら出迎えなくてはいけない。ここはあくまで人の世にある生活の場の中にあるものなのだ。この部屋へ続く扉をあけてやれば、そこから勝手知ったように、二人が姿を見せた。 「お久しぶりです。」 相変わらず守り人の双子の弟、蒼だけが話しかけてきた。紅は感情どころか言葉もほとんど発しなくなって何十年も経つ。だから、無理に求めはしないが、たまに凛々の騒がしさを思うとうらやましいようなそうでもないような複雑な感じだ。 「それにしても、本当に珍しいな。エリア1のお前達がこっちへ来るとは…今回の歪みか?」 守り人なら必ず聞くこと。他のエリアの守り人が来たら、そのエリアに関わる歪みと繋がっているということ。田所やコクランといった全エリアふらふらしている者達やゆうのような特殊な守り人以外は、だいたい理由がこれだ。 「はい。…ですが、今回は歪みだけではありません。」 その言葉が、今回の一軒の厄介さを物語っていた。 彼等はただの守り人ではない。この世界の要である東西南北にあるそれぞれの門には守護者がいて、門を守る義務を全うするためだけに生きている。その門のうち、南と東がそれぞれのこの二人が守護するべき門なのだ。 これは死後の世界へ繋がっているとも、楽園に繋がっているとも言われているが、同時に世界を滅ぼす為の楔だとも言われている。 つまり、歪み以外の問題があるとしたら、その門に何らかの異変があったことを意味するからだ。 「説明、してもらえるか?」 「はい。」 こうして、冥鎌は蒼から東の門が開き、鍵を奪われたことを告げた。 そんなことは簡単にできるものではないから大体想像できるが、あまり起こってほしくないことだった。 魔人に乗っ取られた、東の門を守護する一族の一人による犯行。気付いた時には全て手遅れで、世界の歪みも広がったのだと言う。 「南の門の方は無事なのか?」 「はい。西と北にも一応連絡をとりましたが、そちらは問題なさそうでした。」 だが、鍵を持って逃げた犯人はまだ捕まらない。 「接触した何者かがこの屋敷に入ったのは間違いないと思います。」 東の門を守る竜の気の残りかすがあったからだ。鍵と扉は守護神獣の化身だから、その気と同調できるものが守護者に選ばれる。だから、少しでも気が残って入ればわかるのだ。 「すいません。きっと、こちらの歪みは接触者による異変だと思います。」 だから、すぐに歪みは消えると言われたが、冥鎌は納得できなかった。何故なら、ここへの立ち入りは自由だが、出入りする際には入口に名を記す必要がある。何かあった時の為だが、その中に今回の歪みの原因かもしれないという目星をつけていた奴がいた。 そいつが来た場所が問題だった。 「たぶん、エリア12のフェレッタから来た男だ。逃げ場所があそこだったら、鍵は店に出回っている可能性がある。」 「あー、それは厄介ですね。」 さすがに苦笑する蒼に、冥鎌もどうしたものかと考える。 あの鍵は資格がない者には牙をむく。だから、はやく手放すように動くだろう。ならば、行き先がフェレッタならすでにそいつの手元に鍵はないものとして両方から探さないといけないことになる。 「実は、まだエリア12の守り人さんとは面識がないんですよね。」 守り人の問題ではないことで手を煩わせるのはちょっと困ったなと、本気で困り出した蒼。そして、今まで何一つ話すことなく側に立っているだけの紅に、どうにかならないものかと思ってしまう。さすがに少しここまで何も話さずいるだけいられると不気味だ。 そこへ、豪快に扉を開けて、落としそうな勢いのまま突っ込んできた凛々に、考えは全部ぶっ飛んだ。 「はい、どぞー。」 と、突撃しながら笑顔でそれを渡した。いないと思ったら、お客様に出すお茶を用意していたらしく、気がきいているのだが、配慮がまだまだ足りない。何だか失敗した子どもに呆れる親の気分だ。親になったことも子どもがいることもないが、こんな感じだろう。 本当、守り人関係者はこんな凛々の対応でも焦ったり驚いたり困ったりせず、普通に対応してしまうからつくづく人ではないものだなと思う。 大抵の屋敷へ出入りする一般人は騒がしくなる。実際危なっかしいし、落としたことだってあるので凛々自身に問題があるのだが。 「はーい、れんちゃんの分!」 それを受け取って、一口飲めば、砂糖と間違えたのか塩味だった。きっと二人の分もそうなのだろうが、蒼はおいしかったよと飲みきるし、紅も無言だが頷いて全部飲んでコップを返した。 こういう時、守り人はだいたいいい奴だと思う。機嫌をそこねると凛々は扱いが厄介だからそういう点においては助かっている。 だが、こうしてみると、凛々が天において罪人を裁く魔武器と呼ばれる、意思を持った命を奪う為だけに振るわれる剣だとは思えない。 凛々はかつて、姉と慕う人がいて、その人に一度だけ言ったのだという。もう、人を殺したくない、と。それを叶える為に逃がし、あの人は二度と帰らぬ人となった。 冥鎌にとっても、大切な人だった。だから、疑問を持ってしまった。元々、彼女といることで天への疑いの目は持ち始めていたのだから、彼女を失った時、今までの地位も名も全て切り捨てるのは簡単だった。 凛々とも彼女との付き合いの中でそれなりに付き合いがあったので、こちらへ来てからも不便なことはなかったから、今もこうして過ごしているのだが。 こういうところだけはまったく治らないし、あの人とそっくりで複雑だ。 今にして思えば、自分も含め、そうやって何らかの問題を抱える連中ばかりを、それも一筋縄ではいかないような問題を持つ者を守り人に選んでいるように思えた。この双子も、世界の四つの門のうち二つを守る義務を持つ一族であるのも厄介だというのに、姉なんて感情を失って使い魔の弟が仕切っている状態だ。 本来、全てを割り切って、どんなことがあっても世界の安定のために判断を下せなければいけない。その際に必要なら人殺しと罵られることもしなくてはいけない仕事なのに、問題を抱える連中ばかりを守り人に選んでいるベルセル。いったい何を企んでいるのか。時折そう思ってしまう。 決して他者の命を奪う行為認めているわけではないはずだが、考えがまったく見えない。何より、ベルセルという存在そのものが曖昧だ。魔神という存在もまた、曖昧なものだ。 「とりあえず、エリア12の守り人にはこちらでこれから連絡を入れてみる。」 「ありがとうございます。」 「こっちも仕事だ。気にすることはない。」 凛々に今日は休んでもらえと、部屋に案内させる。 彼等は元々この世界であって違う空間にいて門の側で門を守っている。だから、部屋の用意をする必要はないだろうが、あくまで客なので冥鎌は誰であろうとも対応を変えるつもりはない。 何より、彼等も人ではないようであっても、この世界にいる以上、同じ権利を持ってもいいはずだと思っているからだ。 そのあたり、平等を唱える天での習慣で何だか複雑だが。 三人が部屋から出て行った後、彼等が出て行った扉とは真逆の位置にある、彼以外が使うことのない扉を開けた。 そこには、歪みを知らせるあの泉の中心へ続く、途中で途切れた通路があるだけだった。だが、通路は本来必要ではない。 冥鎌は、途切れた後も、そのまま水の上を歩き、中心に立った。その際に水面に波紋がたつこともなかった。それは風すらも通らなかったかのように、水面は静かだった。 右手で目の前に文字を宙に書き、文字をスライドさせるように動かし、そのまま水面に触れた。 この時初めて波紋が湖に現れ、次第にそこから水底以外の場所を映し出した。 「久しいな、立花。」 そこには、エリア12のフェレッタを支配する女帝の立花の姿があった。 「悪いが、賢示を呼んでくれないか。」 そう、彼女こそ、女帝として無法地帯として有名なフェレッタの街を支配し、統括する女帝でありながら、エリア12の守り人である賢示の使い魔なのだ。 「私と賢示に用があるということは、歪みの問題か。」 理解が早くて助かる。急がなくては、もっと面倒なことになりかねないからだ。 |