カツン…と、静かなその場に現れた男が降り立つ音が一度響き、その後は一定の間隔で歩く靴の音が響く。

だが、それは途中で途切れた。

「いるんだろ?」

男の問いかけに、クスッと笑う声が聞こえた。

「だが、珍しいな。面倒くさがりのお前がわざわざ出てくるなんてな。」

「あら、そういう世鷲こそ、普段ならここまでやらないよねぇ?」

クスクスと笑いながら、静かな暗いその場からすっと姿を見せたゆうが世鷲の方を見ていた。

「今回は何やら面倒なことに連鎖している方みたいだからな。」

そうでなければ干渉するつもりはなかったと言う男に、困った人だよねと苦笑するゆう。

「五年前のこと、片付いてないのなら、私にも責任あるでしょ?」

「そう言えば、五年前のは…。」

「そう、元々私の担当エリアからの歪み。」

五年前、一人の女が妹と友人と同じ男を好きになった。だが、対象の男には別に好きな相手がいた。それを自分の妹だと思い込み、最初に妹を殺した。もちろん、その時は誰も疑わず、事故として処理された。

人の世の中では、だが。

もちろん、歪みが発生した為、ゆうが仕事に取り掛かった。

だが、その時にはすでに女は今度は友人のことを男が好きなのだと思い込み、殺した。この時すでに女は魔に取り込まれてしまっていたのだろう。

今思えば、あの女はあの屋敷の婦人とは知り合いで、あの魔に囚われたままこの世に居座り続ける『人』のままだるあの男と接触があったのだろう。

しかし、女の友人の死が大きな問題を引き起こした。女の友人はその集落を治める長の娘で、協定を結んでいる他の集落の長の息子との婚約が義務付けられ、娘の死によって契約破棄となり、争いが始まった。

どちらもただでは済まず、結局互いに深い痛手を負ったことによって争いは終わった。

だが、争いで男が命を落とし、あの女は故郷を恨んで姿を消した。それが、エリア5である白灯の担当範囲に入り込んだのだ。

また、女は一人の男に恋をし、歪みが発生した。

そう、魔が広がりすぎた為に、ゆうは特定する前にエリア外へ出してしまった。そして、エリア5でも魔が広がり、女を見つけるのが困難になった。

時間がかかった為に、何人かすでに手遅れになっているものもいた。

もっとはやく気付けていれば、回避できていたであろうこと。だが、例外はない。守り人と使い魔によって、確認された魔に侵された手遅れの人間を全員殺した。もちろん、ただ魔に堕ちただけではなく、なかなか死なない頑丈な連中になっていて、おかしいとは思っていたが、最終的には全ての始末がついたから、その歪みは終わりとみなされて手を引いた。実際、女王陛下からも、歪みがなくなったということで終結する命令が出ていたので、終わったはずだったのだ。

もちろん、しばらく今回関わった者達は簡単には転生が出来ないように、魂を田所に預けた上で、浄化の儀式もし、歪みの修正は確かに完了した。そのはずだった。

まさか、守り人にも悟らせない程強い力を持った魔人が近くにいると気付かなかった。

本来、気付かなかったでは済まないのだが、守り人も完璧ではない。人と同じ、失敗もする感情のあるこの世に生きる者でしかないのだ。

過去を振り返れば、こういった例がないわけではない。時折力をつけた魔人が隠れて残ることによって連鎖を引き起こす。今回はそれが当てはまってしまったというだけ。そう、それだけ。その上で犠牲になった者達には確かに同情の感情もある。対処が遅れたことによる罪悪感もある。

だが、それでもやらなければいけない。それが、守り人の仕事なのだ。

「それに、もし今回の奴が北斗が言うように『あの男』だったんなら、私も他人事じゃないからね。」

「知っていたのか?」

「過去、何度も転生してきたんでしょ、彼。ん?元々は彼女っていう方が正しいのかな?」

「どっちでもいいよ。大した問題じゃないからな。」

「そうだね。」

ゆうを迎えに来るために別れた田所がいる場所へ、このまま話しながら二人は歩き出す。

「世鷲は聞いてる?あの男、まだ最初に『人』だったころに同じく『人』だった北斗を殺してるんだよ。」

「…そう、か。それは知らないな。」

「そっか。」

わざと人だと表記したのは、ゆうにとっては、あれは確かに人に違いはないが、『化け物』だと思っているからだ。だから、ゆうはあれをいくら人のままを保っていても人ではないものなのだ。

簡単に言うと、ゆうにとって世鷲は確かに人ではない存在だが、『人』なのだ。自分も『雪女』ではあるが、『人』なのだ。守り人達全員、他から見れば『人』ではないが、ゆうにとっては彼らも『人』なのだ。そして、あの男のようなものを『人』ではなく『化け物』だと認識している。

「私も『雪女』になってしばらくしたころなんだけど、あの男と会ったことがあるんだよね。」

きっと、世鷲が知らないことなので、再開する前のことなのだろうと、話の続きを待つ。そう言えば、気にしたことがないので、今彼女がいくつなのか知らない。まぁ、大した問題ではないので、この先も聞くことはないだろう。

「もしかしたら、五年前だけじゃない。九十年前の歪みも原因があいつかもしれない。」

静かに告げられた言葉に、今回のことの大きさに厄介だなと思う。その時すでに再会はしていたが、あの歪みは担当外であったし、何より同時にエリアXの歪みが他エリアで発生したため、別で同時に違う歪みの対処をしていた。

だから、九十年前の歪みは原因と結果しかしらない。

ただ、消しても消しても、消えることなく伝染病のように増えて行く魔に、とうとうエリア2とエリア8を巻き込む大きな争いに発展した。魔は人の狂気を強く刺激する。だから、増殖すれば敵となるものの排除をしなくては仕方なくなる。

あの時は守り人の心とロンも対処に走り回っていたのに、手が足りない状態だった。

結局、魔に堕ちたほぼ全ての人を戦いの場へと集め、全員殺した。

もちろん、世鷲も少し手が空いたので、こちらの人手の足りなさを考え、始末作業を手伝った。途中で本来の仕事の方に変更点が出来た為に途中で離れざるえなかったので、聞いたそれぐらいしか知らない。

そう言えば、最後はあの死神が片付けをしたらしく、人の記憶から争いがあったこと自体もはじめからなかったこととして処理されたらしい。だから、ゆうが話さない限り知ることはないこと。

「どんなことには原因がある。病でも発生源があるみたいにね。広がる前に会ったあの男、予言みたいに言ってたんだよね。今だからこそ、だけど。」

聞けば、これから悪夢が始まるという、曖昧なものだが確かにあれは悪夢としか言いようがない酷い有様だったので、あの男が今回の男と同一人物ならば、話は変わってくる。

「あの男、今の医療ではどうにもできない、上のレベルの毒やウイルスを扱える。ただ、九十年前は狂気という性質悪いものを撒き散らしてくれたけど。」

「五年前も、女から魔を広めた。九十年前も、同じことをした。」

「たぶんだけど、いつ死んだのか知らないけど、北斗の時もそうなんじゃない?」

「それで、あの人…。」

「何?どうかしたの?」

「珍しく、あの田所さんが自分のせいだ、ごめんって言ってたんですよ。」

普段、謝るどころかひっかきまわして迷惑をかける男がと言う世鷲に、ゆうは笑う。

「まぁ、北斗もあの性格だからねぇ。滅多な事してたら、吹雪くかもね。その時は責任とってよね。」

そう、待ち合わせに近づいた為に、視覚でとらえられる距離にいた田所に声をかけるゆう。

「そんなこと言われても、もっとはやく俺も気付いておくべきだと思うからさ。」

「そうだな。いい迷惑だ。」

「えー世鷲ってばひどーい。」

「とりあえず、言い合いは後な。…まず、お出迎えしてくれるお客さんの相手しなきゃだね。」

そう言えば、気付いていた二人もそちらを見る。

「これ片付けて、こっちも仕事始めようか。」

きっと、思う以上に問題がややこしくなりつつある今回の件を、酷くなる前に始末をつけなければいけないから。

「まったく、ペットの離し飼いはやめてほしいもんだね。」

「本当だよね。」

「しつけるのが面倒そうだ。」

三人の纏う空気が変わった。