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よくも、よくも…憎い憎い憎い憎い…憎くて仕方がない。 何故私はあの人と一緒にいることができないのだろう。なのに、何故あいつ等は皆あの人の側にいることが許されるのだろう。 後ろでうるさく騒ぐ声が、いつも思うが耳触りだ。そんな声で目であの人の前に立たないくせに、私の前ではそんな態度をとる。 本当に憎たらしい。 でも、もういい。憎たらしいけれど、許してあげる。 皆、あの人と共にあるために、神への生贄にすればいい。そうすれば、願いが叶う。私の役に立つのだから、憎いけれど許してあげる。 さぁ、その魂をいただくとするか。 男が恐怖で泣き叫ぶ子どもに刃を振り落とした。 繰り返される狂気に満ちた儀式のような出来事に、誰も気付かない。 そして、今夜もまた、生贄と呼ばれる子どもが世間から消え、この屋敷に連れてこられていた。 だが、今までのように男が事を進むことはなかった。 今夜は男と子ども以外のモノがその屋敷に足を踏み入れていたからだ。 屋敷内に響く子どもの叫び声。明らかな異変がこの中で起こっているのに、今まで誰も近所の人間は気付かなかった。死神もまた、気付くのに遅れた。 「ここまで高度な結界が施されているとはな。」 結界術を扱う白灯や白城でも認めるほどの出来に、別の力が働いているのではないかという疑いの思いを持ってしまう。この結界が、魂の損失という事態にあっても、死神の介入が遅れた理由の一つである。 本来ならば、このような怪事件は死神が解決する問題で、ベルセルが関わる問題ではないのだ。 「何か気味が悪い。」 鼻がいいから、この屋敷中にこびり付いてとれない程の血なまぐさい匂いが、感覚を狂わせる。真代も結構辛そうだ。鼻より目がいい分、匂いよりも見えすぎるモノが辛いのだろうが。 「…何か、変だ。」 呟く真代の言葉に首をかしげる司狼だったが、他の二人も何か感じ取っていたらしく、自分だけ感じていないモノに疑問を持つ。もちろん、わからないまま黙っていないので何が変なのか聞いた。 「そう言えば、司狼はこういったケースははじめてでしたね。」 その言葉に、今までに経験した中にはないパターンの出来事が起こっているのだとわかった。そして、それが簡単な問題ではなく、厄介な問題だというのが、三人の緊張具合からわかった。 「とにかく、ここはさっさと片付ける。どうせ、すぐに片はつく。」 その言葉に、いつもなら最後の仕上げだと気合いを入れなおして終わらせるのが常だ。だが、今回はその後が問題だと言わんばかりに、警戒している白灯の姿に珍しいと思うと同時に、昼間に感じた嫌な胸騒ぎを思い出した。 だんだんと大きくなる悲鳴のような声と、目的の人物がいる部屋に近づくことでの自分のうるさい鼓動に、一瞬息をするのを忘れる感覚に陥った。 「とっとと舞台退場してもらうぞ。」 扉を開け、今まさに刃を振り上げてそれが斬り裂こうとしているところだった。 「間一髪ってとこ?」 「そうですね。…ですが。」 「油断大敵、ってな。」 こちらを睨みつける明らかに正気を失っている目がぎろりと鈍く光る。そして、向けられる殺気は一般人にとっては恐ろしいものだっただろう。 生憎ここにいるのは全員が人ではないものであり、それぐらいの殺気は慣れているし、それ以上の殺気を向けられたこともあるので、痛くも痒くもない。 「何者だ?人の家に勝手に入り込むとは…。」 「勝手に入り込んだことにはお詫びします。ですが、私達はなさねばならないことがあります故、ご了承の程をお願いします。」 丁重に告げ、次の瞬間には相手の殺気を相殺してしまう白城。その間にスピードのある司狼がすでに気を失った子どもを確保する。ぐったりとして力は抜けきっているが、命の危険はなさそうだ。すぐにこの場所の魔に当てられないように、真代がまじないを施す。 「魔に染まったお前の魂は回収させてもらう。…悪いの、これも我等の仕事だ。そして、魔に心を許しが己を憎め。」 白灯が自身の前の宙に文字を描いた。それに気付いた相手はこちらに向かってくる。だが、彼の手が白灯に届くことはなかった。 何故なら、白城による結界によって壁が白灯との間を隔てられていたからだ。 これで、『彼』とは決着がつくはずだった。 「…どうやら、さらに面倒なことになっていますね。」 白城の言葉に、司狼も気付いた。だから、絶好のチャンスにも関わらず、白灯は力を使わなかった。 目の前の男を捕らえても、何も意味がない。ただの幻に過ぎないからだ。白灯の力では、幻には何の効果もない。実態であるからこそ、意味があるからだ。 「でも、どうせこの『中』に本体はあるんでしょ?」 「そうだな。」 真代の問いかけに白灯はそれだけを答える。真代と白城は慎重に周囲を伺って確認する。司狼もおかしな匂いがしないか探る。 その間、にやりと笑みを浮かべる男がとても不気味だった。 確かに正気を失っている。そして、もう手遅れのはずだった。だが、何か違和感を感じるのだ。 「お前達が、ベルセルの犬、か。」 その言葉に眉をひそめる。その言葉を使うのは、魔人達だからだ。だが、あの男の中に魔人はいない。それによる違和感が大きくなる。 「成程。まだ、正気のまま、ということか。」 白灯の言葉に三人が驚いた。それはつまり、正気のままであの狂気ともとれる行動をとり続けてきたということだ。だから、取り込まれていない為に魔人があの男の中にいない。 「僕はいつでも正気だよ。君こそ何を言っているんだい。」 くすくすと狂ったように笑う男に、真代と司狼は不気味に感じて一歩下がる。 「本当に面倒な奴じゃ。」 はき捨てるように言う白灯に、どういうことだと司狼は彼女の方を向いた。 「田所に調べさせた通り、こんなバカバカしいことで手間を取らせられるとは思わなかった。」 こんなことなら、ここは田所に押しつけておけば良かったと言う白灯に、その内容がわからない司狼は首をかしげる。 「魔人に成り果てたわけではない以上、回収ではなくお前自身を拘束、排除させてもらうぞ。」 白灯の言葉に、三人が戦闘態勢に入る。事情がわかっていない司狼とそこまで詳しくない真代であるが、マスターの命令が下った今、それに従うのが使い魔の仕事なので、後で考えることにし、半分本来の姿に戻った。 「僕の邪魔はさせない。お前達も殺してやる…殺す殺す殺すっ!殺してやる!あの人との邪魔をするものは排除してやるっ!」 刃物を持ち出し、それを四人に向ける。人である限り、この四人に敵うわけはない。だが、相手は魔人と繋がりのある、正気があるが魔に侵されきっているといっても過言ではない相手だ。油断はできない。 白城は彼等から少し離れ、背後に気を失った子どもを寝かせ、錫杖を取り出した。それを足元にタンッとついてその場に陣を組み、外部からの障害からの守りを固める。そして、同時に白灯への攻撃を防ぐ為の壁を組み上げる。 真代も一歩下がり、周囲を警戒する。魔人を探し出して捕らえないと、あの男をどうにかしても問題は解決しない。 「あの馬鹿者の動きを止めろ。」 「了解。」 白灯の指示で司狼も動き出す。相手が魔人の影響を受けていたとしても、正気である限り人でしかない。人である限り、司狼の動きに追い付くことはできない。力でも負ける気はないが、こういう奴は大抵馬鹿がつくほど頑丈だったりするので厄介だ。 周り込み、足元を崩すようにしかけた足技と、そのまま飛び越えて振り返り際に二発蹴りを入れる。そして一歩飛びのけば、男へ向かって白灯の放つ光の矢が襲いかかる。 「無駄に面倒な奴じゃ。人ばなれした速さははっきり言って面倒以外の何物でもないわ。」 思った以上に動きがいい相手に腹立たしく思っているらしく、そんな白灯に司狼は苦笑する。だが、すぐにそんな余裕は消えさることになる。突然、男の様子が変わったのだ。 そう、田所が援護としてこの場所に現れた瞬間に。 「お前、なんで…なんでいる?!なんで生きているんだ?!」 驚きと恐怖、そして強い憎悪が男を支配した。四人は男の異変の理由がわからなかったが、田所は少し考えた末にあることを思い出した。 「僕は確かにあの時…っ!」 「そっか、『君』だったんだね。…そう、じゃあ、尚の事…君には死んでもらわないといけないね。」 普段のやる気がなかったりふざけたりしている田所しか見ない司狼は、急に男以上に様子が変わった田所に恐怖を覚えた。 これこそ、正真正銘の死神なのだと納得させる空間の支配力を持っていた。 「知り合いだったのか?」 「…不本意ながら。あまりろくな思い出のない知り合いですがね。」 白灯の問いかけに静かに答える田所。 「生前の俺を知ってる人間は必要に応じて対処。…事と次第によっては排除することも許可されている。」 だから、恨んだことはないが消すと田所ははっきりと言った。司狼はそんな田所が珍しいと思った。それは真代と白城もそうだったらしく、何とも言えない表情で田所を見ていた。 影から伸びる細いそれをつかみ、そのまま引き抜く。長い棒のようなそれを振り下ろせば、刃が姿を見せる。まさしくそれは魂を狩る死神の鎌。 「君には何を言っても無理そうだから、排除行動に移らせてもらいます。」 田所と男の間で何があったのかは四人にはわからないが、やる気になっているのなら、サポートに回る方が賢明だと判断を下し、司狼は白灯とアイコンタクトを交わした上で下がった。 次の瞬間、田所が動いたと思えば、男の背後に背を向けて少し距離を持った状態で立っていて、だけど男は右肩から血を噴き出し、それを手で押さえながら膝をついた。 男自身も、何が起こったのかわかっていない状態なのだろう。目のいいはずの司狼にもそれは見えなかった。真代も同じだったようで驚いている。もう、保護した子どものことを気にしている余裕も魔人を探す余裕も今はない。圧倒的な力が目の前にある。それが二人の身体を動けなくしていた。 白城と白灯は辛うじて見えていたが、今の状態の田所を知っている為別に驚く様子はなく、むしろさすがだと思っていた。そして、白灯は動けなくなっている真代と司狼の二人を見て、頭をはたいてたたき起した。 「仕事中に余所見などしておるでない。」 怒られてはっとし、仕事中ということは命のやり取りになりかねない危険な状態であることを思い出して、気を引き締めなおす。そうしないと、また田所の空気にもっていかれそうになるからだ。 死神が纏う死の空気は、気を抜けば魂を持っていかれかねない。いくら普段ふざけていようとも、あれが本性だということだ。 身体を少し動かし、首で振り返る田所。そこに普段の感情はない。冷たい目が男を見ていた。 「なんなんだ、いったい、お前はなんなんだ!あの人を奪ったくせにっ!」 「奪った?言いがかりだよ、そんなものは。…俺は付きまとうあんたのことを相談されていただけ。」 その会話で、やはりこの二人はかつて面識があったのだと司狼も何となくわかった。どういう知り合いだったのかはいまいちわからなかったけれど。 「もしかしたら君が言うように彼は俺に好意を持っていたかもしれない。」 「違うっ!あの人はお前がいるから私はいらないって言った!」 「でも、生憎俺は男には興味がない。あくまで彼は知人でしかない。ただ、それだけだった。なのにね…君が話をややこしくした。」 何だか、ろくでもない知り合いのように聞こえるのは司狼の耳が悪いのだろうか。白城も珍しく呆れているようだったので、たぶん聞き間違いということではないと思われる。 「お前がいるから、あの人はっ…!だから、だから!だからあの時、私はお前を殺したはずなのに、何故生きているんだ!」 その言葉で、呆れといったものは消えた。今この男は何を言ったのか、どこかで理解したくなかったのかもしれない。 「そうだね。俺は確かに君に殺された。勝手な言いがかりをつけられて、それはもう、ひどい殺し方だった。」 とても痛くて、だけどすぐに死ねなくてあの時は大変だったよと感情のない声で言った。それがかえって恐ろしかった。 「あの日は、俺にとってもとても意味のある大事な日だったのにね。君はそれを全部壊してくれた。」 だから、君のことはずっと嫌いだったよと田所は言った。そして、構えていた鎌を降ろした。 「今思えば、君はあの時から魔人と一緒にいたみたいだね。だから、『正気』のままなんだ。」 魔に慣れすぎて、彼自身が魔そのものになりかけているから、彼のままで魔がそこにある。 「白灯ちゃん達は賢いから、もう気付いてる。だから、尚の事君との時間を長く使ってるわけにはいかない。」 そう言えば、白灯達が今回のことで何か感じ取っていたことを思い出した。 「いい加減、消えろ。」 田所が鎌を振り上げた。同時に男の背中が裂け、部屋に赤色が飛び散る。紅い華が咲くように左右に飛び散ったそれを、呆然と見ていることしかできなかった。 「魂の通る道、開け。」 足元に広がるブラックホールのような穴が男を飲みこんでいく。あがいても、男が抜け出せることはない。 男が全て消えたころ、部屋中に飛び散った血の赤も穴と共に消えてなくなっていた。 しばらくそこに立っていた田所だが、鎌をしまい、振り返った時にはいつもの彼に戻っていた。 「ごめんねぇ。今回の面倒なこと、俺のせいだったみたい。」 「別にお前が悪いのではないのだろうが。気にするでない。」 白灯の言葉に、もう一度ごめんねと謝って、追加報告だと言っていくつかの書類を取り出した。 「白灯ちゃんの睨んだ通り、ここの持ち主、5年前の関係者だったよ。」 五年前、問題を解決するために関わったほとんどの人間を殺した。全てが手遅れで、被害の拡大を防ぐための処置だった。 その関係者が生きていたというのだから、司狼も驚きだ。 「やはり、始まりは五年前だったか。」 「どういうこと?」 「五年前の歪みは確かに修正した。だが、根本的な解決はしていなかった。そういうことだ。」 これは五年前の悪夢の続きということだ。 「そんな、だって…。」 「そういうこともあるのじゃ。」 歪みを修正したらそれで終わり。なのに、歪みは修正されても解決せずに歪みの元が残っているという事実が司狼には理解が出来なかった。 「とりあえず、この屋敷自体も問題があるから、外に出てくれる?」 これからどうなるか、その意味は理解できた。すみやかに外へ出れば、田所はその屋敷を全て陰での見込み、なくしてしまった。きっと、ここに屋敷があったことも、誰が住んでいたのかも誰も覚えていないのだろう。 「一度戻ってて。この子、家に帰してくるから。」 助けた意識のない子どもを抱きあげ、田所はそう言ってその場から消えた。 |