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世界の均衡を保つ機関、ベルセル。かつて起きた大戦の後に出来た絶対的な存在である。 これは、ベルセルが世界をそれぞれをエリア分けし、監視者を守り人と呼び、常に第三者の視点から世界を見る者達の物語。 その日もまた、変わらない一日が始まり、そして何事もなく終わるはずだった。 けれど、平和など続くことはない。人は平和で何事もないと、刺激を求める。それが結果としてかつての大戦のような悲劇を引き起こしかねない。積み重なった些細な出来事から、平和は崩れ始めるのだ。 「…また、水面に波紋が浮かんだ。」 何もないその空間はどこまでも広く、先がなかった。ただ、大きな器があり、中に水が入っているそれだけの世界。そこに、すっと小さな少女が現れ、器に手を触れた。そこではじめて、何の変化もない器の中の水が大きな波紋を描いたのだ。 その波紋は、均衡が乱れようとしている予兆。 「行くぞ、白城、司狼、真代。」 少女の後ろにひざまずく三つの影が現れ、少女と共に器の中の水の中へ入った。 一 愛することを知らない子ども ひっそりと静まり返った夜。誰も気づかない闇に包まれたその日、空き地であった場所に突如前からあったかのように喫茶店が現れた。普通なら、朝誰かが見れば気付くだろう。けれど、それは気付かれることがなく、そこにあったものとして人の目に写される。それが守り人の干渉能力。 こうして、担当エリアにおいて均衡が崩れる予兆である歪みが出た時、原因を排除するために人世へと姿を見せる。決して誰にも人ならざる者だと気付かれることなく現れ、そして消えていくのだ。 歪みが現れる毎にこちらへ来ては、こちらの人間のふりをする。それの繰り返し。決して、以前出会った人間が覚えていることもない。それが少しだけ寂しいと思うのは、いけないことなのだろうか。 はぁと一息つき、暗い夜空をガラス戸ごしに見上げる。 「なぁ、前にこっちに来たのっていつだっけ?」 朝が来たら、「いつも」のように店を開けて営業をしなくてはいけない為に、店内の掃除をしていた司狼はちょうどこっちにきた白城に訪ねた。相手の姿を確認しなくても、彼等には隠そうとしない限りお互いの気配がわかる。そういう繋がりなのだ。 「そうですね。」 白城は少し考えるそぶりを見せ、答えた。 「5年前、だったと思いますよ。」 そう、前に来たのはたったの5年前だ。誰か自分たちの事を覚えていてもおかしくない期間だ。けれど、決してそれはありえないことだ。 記憶を手繰り寄せ、思い出す5年前のこと。あれも、あまりいい思い出はなかった。そもそも、均衡を保つのが自分たちの仕事で、そのために乱す要因を排除しなくてはいけない。 それが、たとえ人であっても。成し遂げなくてはいけない仕事なのだ。 「なぁ…。」 「なんですか?」 コトッと拭いたコップを棚にしまっていた白城が振り返って司狼の方を見る。 「今度は、今度も、また…。」 蘇る記憶。忘れることはないであろう、最悪の日。別にあれだけが最悪ではなく、何度も繰り返す中で酷いことは多いけれど、時々自分の役目を嫌に思ってしまう。 別に、今の生活や仲間との関係に不満があるわけでもないし、仕事自体は嫌いではないと思う。けれど、人の生き死にかかわることだけは、どうしても戸惑ってしまうし、今も決断はできそうにない。 きっと、また繰り返されることが不安なんだろう。 「何ですか。まったく、困った人ですね。」 そんな司狼の不安に白城は困ったように、けれど少ししょうがないと諦めたような、笑みを浮かべる。 「そういうことを考えるとろくなことになりませんから…貴方らしくいつものようにしていればいいんですよ。」 今度はいつもの笑顔で近づいて頭をなでる。 「そうしたら、最初から諦めているよりは、いい結果になるかもしれないじゃないですか。」 確かに、何度も繰り返される。けれど、全てが悪い結果に終わったわけではない。 「そう、だよな。」 「そうです。そもそも、はじめからなかったように、回避するのが仕事なんです。…あれはあくまで最終手段でしかないんですよ。」 「わかった。」 へへへと笑って、掃除終わったことをマスターに告げてくると店の奥へと走って行った。そんな司狼の背を見送り、置いておかれた箒を手に取る。 「世界の平和とは、何のためにあるものなんでしょうね…。」 つぶやきを聞くものは誰もいない。 また、誰にも知られることなく、いつの間にか現れていつの間にか消えていく修正のための物語が幕をあける。 いつも続けていることとしても、司狼にとっては初日だ。今日の印象がそのまま仕事の完了まで引きずることになる。だから、遅刻なんてへまをするわけにはいかない。 今回のこの場所での自分達の設定は、喫茶店のオーナーである白城の友人が亡くなったことで、兄妹である司狼と白灯を引き取って育てているということになっている。真代は白城の従兄弟で、こっちにきたついでに居座ったということになっている。 つまり、自分達の従うべきマスターは小学生で一番年下として接しないといけない。 「マスター、用意できた?」 「…こっちではマスターと呼ぶなと何度言えばわかるのだ?」 「あ、そうだった。えっと灯ちゃん…って呼んでも…。」 「ああ、今だけは許す。」 そう言いながら、目が怖かった。見た目と中身が一致してない相手と付き合うのは、人の世では不便だと思う。以前のように、お嬢様でお仕えする従者とかにしてくれれば良かったのにと思ってしまう。 「あの、小学校…。」 「わかっておる。それ以上言うな。」 苦笑するしかない。マスターである彼女はベルセルのエリア5担当の守り人であるが、見た目が小学生だ。こちらへ来る時に歪みの状況によっては小学校という集団社会の中に歪みの原因となる欠片があることもある。今回もそのせいで、白灯という名は伏せ、宮野灯として小学生ライフを過ごすことになるのだが…いかんせん、彼女は子ども扱いされるのが何よりも嫌うため、周囲がフォローで走り回る羽目になるのだ。ちなみに、兄妹の設定だるので、自分も宮野司狼とこちらでは名乗ることになるわけだが。 実際のところ、自分も含め、共にいる者達全員が見た目通りの年齢であるわけではないし、彼女の気持ちもわからなくはないが、年齢は三桁軽く超えてますとか普通の人間に言えないし、あくまで紛れ込まなくてはいけないのだから見た目に合わせるしかないのだ。 彼女は見た目も変えることはできるらしいが、この姿以外見たことがないしその話題にふれるといろいろ怖そうなので聞いたこともない。誰だって命は惜しいと思う。 「はい。二人のお弁当です。お気をつけて。」 家事全般何でもこなす白城が作るお弁当は文句なしにおいしい。この世界にコンビニという便利な店があるが、このお弁当を食べたら口にはできない。たまに時間がなかったり別件で用意されない日なんてへこむ。以前は彼がほとんど家にいなかったために食事がおいしくなく、結構堪えた。だから、初日からなかったらどうしようと少し思っていたのでうれしかった。 「行ってきます。」 「店は任せたぞ、二人とも。」 そう言って、司狼と白灯は店を出た。白城はそんな二人を見送り、まだ部屋で寝ている真代を起こすために二階への階段を上った。 「今回の歪みは子どもに何らかの異変が起きている、ということだったよな。」 「ああ。だから、我は小学校へ行かなくてはいけない。司狼、お前もまた、その形で中学校へ行かねばならん。」 「あーそうだった。高校生ならまだいけても中学生はちょっと無理があるんじゃない?」 「問題ない。最近は年齢不詳な輩も多いからの。」 その代表格が自分達ではないのかと思ったが、口にはしなかった。最初からマスターの機嫌が悪くなっては、仕事どころではなくなる。 「でもさ、子どもといっても、この守山学園で限定されているのなら、俺は中学ではなく高校でも良かったんじゃ…。」 「何か文句があるのか?」 「いえ、ありません。」 ぎろりと睨まれ、即座に答える司狼。きっと、一人だけ小学校にまぎれるのが嫌だから、半分八つ当たりもかねて巻き込まれたんだろうなと理解できた。 それ以降、話す話題もなく黙っていたが、学園までまだ少し距離があり、この間をどうしたものかと考えていると、前方で壁を背にして立っている人影に気づき、そして相手の顔を確認して目を見張る。 「なんで…?」 「む、RSではないか。」 白灯も気づいたらしく、しかもどうしているのかは知らない様子だった。つまり、本来予定にないことが起こっている。 「おはようございます。白灯様、司狼様。」 こちらを向いて、挨拶をして頭を下げる彼女に挨拶を返し、どうしてここにいるのかを訪ねた。すると、答えは意外で、だが今回が簡単にいかないことを物語っていた。 「この度、私の担当していますエリア7において歪みが発生しました。その歪みの元がこちらへ来たために、エリア7での問題は解決しましたが、原因の処理が未達成であるため、見届ける義務を全うするために参りました。」 「そうなんだ。」 こういうこともよくある。あくまで担当できる範囲としてエリア分けしているだけで、原因となるものが移動し、エリア外に出てしまえば、担当者が代わることが必然だ。だが、今までの経緯の引き継ぎ及び、排除完了を見届ける義務も守り人の仕事の一つでもあるため、こちらへ干渉しにきたのだろう。 「…お主のエリアでの問題は、お主のところだけ、だったのか?」 「いえ、私のところへ来る前に元々エリアXに関わる歪みから始まりましたので、すでに世鷲様もこちらへいらしておられるはずです。もちろん、女王陛下様からの許可は得ています。」 つまり、歪みが大掛かりなものに発展しつつあるということだ。しかも、エリアXに関わることならば、尚の事気を引き締めないといけない。 そもそも、世界の歪みを正す為に存在するベルセルは、元々エリアXに人を踏み入れさせない為のものなのだから。エリアXに立ち入った者は異変がおこり、足を運んだ他のエリアに負の影響を与える。それを回避し常に監視するのがエリア毎にいる守り人の仕事なのだ。 「RSはその制服着ているところからして、中等部?」 「はい。RSは中等部において在籍し、結末を見届ける義務を受けました。」 「じゃあ、今日からよろしくね。俺も中等部なんだ。」 「そうでしたか。よろしくお願いします。」 「へまをするなよ。」 いつの間にか学園についていたらしく、白灯は二人から離れて初等部の方へ歩いて行った。 「でも、RSがくるなら、俺は高等部でも良かったような…ま、いっか。」 とりあえず、何が起こるか分からないために警戒だけしておけばいい。あと、世鷲がいるのなら、真代との接触に気をつけようと考えながら、自分の学ぶ教室へと向かった。 その頃お店では、そこそこの客の出入りがあった。 もう少しすれば帰宅するであろう白灯と司狼のことを考え、夕食の用意にもとりかかるべきかと、店の客を確認しながら考えていた時だった。新たに客が店に入ってきたことを告げる、扉にかかったベルがなる。 「いらっしゃいま…せ…?」 店員として働く真代が他の客同様に出迎えようと向かったが、そこにいた客は真代のよく知る人物だった。 「なっ、なんでいるわけ?!」 「私も、まさか来て早々顔を合わせると思わなかったよ。」 手で避けさせるようにふってから、店の奥へとそのまま進む。 「いらっしゃいませ。話があるのでしたら、上でお待ちいただけますか?」 「後でまた来るからいいよ。今日は挨拶にきただけだからね。」 そう言って、手土産だと紙袋を一つ渡して、店から立ち去った。 「…あの野郎。何でいやがる。」 「その話し方やめてくださいね。まだ接客中ですから。」 そう言って、白城は何事もなかったかのように注文の品を用意し、出してくるように真代へ渡した。あくまで、近所は従兄弟だと知っている人もいるが、客にとっては真代は「女性」でしかないのだ。 「今は仕事に集中して下さい。どちらにしても、話は後でしなくてはいけませんから。」 「わかったよう。」 ふぅと一息ついて、気合いを入れて、いつもの真代として接客に戻った。 「それにしても、世鷲さんが現れるとなると…今回も最悪の事態を想定しないといけないってことなんでしょうね。」 他エリアの、それもエリアXという特殊な場所の守り人が動いているのだ。今回は簡単には終われないのかもしれない。 「もしかしたら、世鷲さんの分も夕食用意した方がいいのでしょうか。」 思いいたれば、とりあえずないにこしたことないかと下準備にとりかかった。先程の注文で今いる客の注文は全て終わっているから。 |