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その日、静かな森の中が、異質な世界へとなっていた。 それは、今までの経験の上での感じた異変だった。すぐにここから離れるべきだ、と。 その時だった。近くで起こる爆発のような音と巻き上がる砂埃。 本来ならば逃げるべきであるが、何故か、その方向へと足を向けていた。 どこかで、自分はそれなりに戦闘能力があるので回避が必要ならできるという自信があったからかもしれないが、そんなもの、もし見つかっていたら何も役に立たないものだと思わされた。 そこにいたのは、まだ幼さの残る少女と、おかしな黒い塊の数々。 ただ一人で軽やかに飛び回り、次々に襲いかかるその得体のしれないモノを倒していく少女の姿に、自然と目がもっていかれた。 もしかしたら、一目ぼれのようなものだったのかもしれない。 いつの間にか、終わった戦い。反対側から姿を見せた長い髪の異質な青年。 この僕がいくら少女に見とれていたといっても、一切の気配を感じなかった、彼に、自然と目がいった。 「終わったよ、れんちゃん。」 「帰るぞ、凛々。」 「はーい。」 そう言って、彼等はその場から去っていった。 そしてあれから数日。今日、彼女がここへ来る。それが、楽しみで、どこかドキドキし過ぎて不安でいっぱいだった。 世界には思う以上に強い連中で溢れている その日、珍しく予定のない客が訪れた。 「ようこそ。参拝の方でしょうか?」 全てのこの場所へ足を踏み入れる者を見極める、それが仕事の受付の寧爛は訪れた二人組にそう声をかけた。それは、二人がいくら格好が彼等と一致しない異質なものであっても、その服装から職業上そうではないかと判断したからだった。 「突然の来訪、申し訳ない。」 「本日はこちらにいる冥鎌様に、お願いがあって参りました。」 突然のことなので、もしかして事前に予約をしなければ駄目でしょうか?と、聴く彼等に、じっと二人を見た寧爛は先にまずお名前をよろしいですか?と聴くと、申し訳ないともう一度誤った『大男』が、ユエと名乗り、もう一人の女性がリアレナと名乗った。 聴いた名前を本日の来訪者として名前を書き、今日の来訪目的を聴いた。 「これは、内容を言わなければ、謁見できないのか?」 「いえ、少し違います。私は、相手が嘘をついているか、ある程度見極めるのも仕事です。あくまで、主様に危害を加える者を中へ通すわけにはいきません。私は、ここの受付として、守る義務があるのです。」 あくまで、主の為であり、内容を語らなくても、主に危害を加えることでなければ、誰であろうとも自由に出入りは可能だ。だが主への謁見が目的ならば、出入りは見極めが必要だ。 「そうか。それは悪かった。確かに、突然の来訪で突然の望みだ。そちらにも都合というものがあるな。」 「本日、冥鎌様にお願いがあり、そのお願いの承諾をしていただきたくこちらへ参りました。」 「先日、我々は知らないが、教会にいる者が強い少女を見たと言ったのだが…我々はこれでも身を護るためと、仕事として戦うことが多い。」 「そこで、最近新しく仕事を始める者達の手合わせを願いたいと思ったのです。」 「調べれば、その少女はここの主と共にいるのだと言う。ならば、話を通すのは主とやらに尋ねるのが一番だと思い、今日は来たしだいだ。」 二人の話を聴き、テーブルの上に置かれている、花を生けていない花瓶の中に手を入れた。 ここを知らない二人から見れば、この花瓶は異質なものだろうし、寧爛の行動の意味が理解できないだろう。だが、それはすぐに知ることになる。 すっと花瓶の中から引き抜いた、細長い硝子の板を見て、そこに書かれた内容を理解した寧爛は二人の方を見た。もちろん、周囲が濡れるので、その硝子板はすぐに花瓶の中にしまった。 「主様が通すように、とのことですので、ご案内いたします。」 寧爛は来訪者用の冊子を閉じ、席を立った。そして、しばらくお待ちくださいと書いた札をそこに置き、こちらですと二人に呼びかけた。 「どういうことだ?」 「ですから、主様がお二人の謁見の許可を出されました。ですので、私が主様の元までご案内するしだいですが…何か不都合でもございますか?」 その問いかけに、お互いを見た二人はすぐに問題ないと答えた。 長い廊下を進み、主のいる部屋の前の扉に立つ寧爛。 二度、ノックをし、お連れ致しましたと言い、扉を開ける。そして、二人にどうぞと中へ入るように進めると、それについてきた。 「ようこそ、ユエ殿。リアレナ殿。」 「貴方が…。」 「はじめまして。ここの主、冥鎌だ。」 広い広間の中央に立つ、異質な存在。 「要件は、武術の手合わせとして凛々に頼みにきた、ということでよろしいか?」 「ええ、その通りです。我々の望みは通りますか?」 少し考えるそぶりを見せた冥鎌だったが、すぐにいいだろうと答えを返した。 「ただし、私も付き合わせてもらう。それが条件だがよいか?」 「ええ、構いませんわ。我々はあくまで手合わせの相手が欲しいということで、それにこちらの者がその少女の強さを見たと言うことだけで、我々は能力を測りかねているところもあります。」 「ですが、嘘をつくものではないのでそれも事実だというのなら、是非我々自身も手合わせ願いたい、と。」 年端もいかぬ少女であるとは聴いているが、それだけの実力があるのならばと来たのだと彼等は言った。彼等もまた、仕事が仕事で、一瞬の隙が命取りになる環境だ。だからこそ、いくら実力がそれなりにあるとしても、常に強い相手との手合わせをしたいと望むのだ。 「それで、一応確認をしたいが、本当にこの娘、凛々がお主達の依頼対象か?」 出てこいと冥鎌の言葉に従って、どこからかは不明であったが、とにかく天井から飛び降りてきた少女に少し驚きを見せながらも、見た者の特徴とは一致しているが、二人は見ていないので確証はもてないと素直に答えた。 「まぁ、違ったとしても、そちらの望みは手合わせで、実力があれば問題ない、そういうことだな?」 「ああ。その通りだ。」 「そうか…だそうだが、どうする?」 「凛々はいいぞ。楽しい?」 うれしそうに冥鎌に聴いてくる少女に、頭を撫でながら冥鎌は無表情のまま答えた。それはわからない、と。 「相手は訓練中だ。お前はマイナスつけてレベル1で相手することになるだろうしな。」 「え〜面白くないじゃんか。」 そんな冥鎌のいい方に少しむっとした女。だが、それを止める大男。それお冥鎌はちらりと一度目線を向けたが、すぐに駄々っ子の凛々の方へ目線を戻した。 「お前の得意手は刃で瞬殺だろうが。それをやられたら困るから言ってるんだ。」 その言葉に、女の方に変化があったようだが、今はどうでもいい。何かあれば、女よりも実力があるであろう、あの男がどうにかするだろうと思ったからだ。 「むぅ〜わかった。凛々はいい子だから、れんちゃんのお願いを聞いてあげる。」 「そうか。なら良かった。」 ここで冥鎌は再び二人の方を向き、今から行っても問題ないかと聞けば、頷いたので、そのままいくことになった。 そして、着いたのは人里離れた、寂れた教会。 親を亡くした孤児を預かり育てている集団組織でもあるので、大きな街でなくてもいいのだろう。 あくまでも、生活する衣食住さえどうにかなれば、あとは大きくなった子どもがまた次の世代の子どもの為に、ということなのだろう。それはいいことだ。 「ただいま戻りました。」 女の言葉に、わらわらと湧いてくる子どもと、今回の目的を知っているのであろう、数人の大人達。思ったよりも人数はいるようだ。 「こちらが幻神楼の主、冥鎌殿だ。」 そう言って紹介すると、思い切りこちらに興味があると言わんばかりの少年がそこにいた。男…ユエが少年にあの娘がそうかと尋ねると、頷いていたので、彼が凛々を見かけたのだろう。 「今日の訓練は、彼女との手合わせだ。準備が出来た者から裏に集まれ。以上だ。」 そう言ったユエはこちらへと冥鎌と凛々を案内する。 今から身体を動かせるということで、うきうきわくわくと明らかに楽しみなのが丸わかりな凛々に、多少心配はあったが、約束は守るだろうと此の時は思っていた。 ただ、例外があれば、彼女が容赦ないということを、忘れていたつもりは断じてない。 順番に、途中からは凛々一人に対して数人で仕掛けていく子ども達。それと、だんだん仕事の働き手でもあるだろう、子ども達よりも少々大きな青年達も混じりだした。 それでも、全員の攻撃を巧みに避け、ぶっ飛ばす凛々。あのリアレナもこの凛々の姿を見て、屋敷でのレベルマイナス1だという意味が理解できたようで、静かに順番を守らせながら対応していた。 そういう理解力がある大人はいい。いろいろ説明が面倒でもあるし、別にそれを怠る気はないが、相手が理解できない『力』や『存在』の説明は難しいから嫌いなのだ。 まぁ、明らかにあの凛々の姿は反則に近いので、何か言われそうだが。 でも、ここにいる彼等はどこかで理解しているのだろう。この世界の可笑しな点に。だって、村や街の護衛をしながら生計を立てているような組織だ。今までだって様々な相手とやりあったことだろう。 その中に、普通の人間じゃない相手だっていただろう。 それにしても、凛々に最初にマイナスだと言ったが…確かにマイナスつくぐらいではあるが、もう少し加減しないと、そろそろまずい。 戦いの中で興奮しすぎると、誤って加減しそこねる可能性があるからだ。 そう思い、声をかけようとした時だった。 「っ?!おい、凛々、子どもごと避けろ!」 ちょうど子どもの一人が飛ばされ、違う子どもが仕掛けようと飛びかかったところだった。 凛々を狙う黒い影がそこにあり、冥鎌が声をかけると、それに反応して子どもを避けて腕をつかみ、そのまま何者かの攻撃も避けた。 さすがにざわつく周囲。姿を見せた黒い影。 いくら戦闘慣れしていても、実戦経験が少ない者達も多い中、それでも経験豊富な連中だっているのに、誰も気づかない現状に、『敵』の力量が伺える。 「久しいな。ユエ。」 どうやら、そいつ等は山賊のような連中でユエと顔見知りのようだった。 「貴様…。」 「ほぉ、覚えてくれてるようで光栄な話だ。」 そう言って挑発する男。仲間であろう数人の男が、無理やり子ども数人を押さえつける。つまり、人質というところだろう。 「この前はあんたのせいで、散々な目にあった。」 「貴様が街の襲撃をして指名手配されるからだろう。」 会話を聞く限り、どうやらあの男はそうとう悪さをして、指名手配されていた悪人であるようだ。そして、あの男の悪さを止めたのがユエというところか。間違いなく、不条理な逆恨みだ。 面倒なことになった。そう思って、どうしたものかと周囲を伺う。 「今更何の用だ。」 「用ならある。何せ、この俺をあれだけやってくれたんだからな。おかげで動きにくくて仕方ない。」 「目立つことをしなければいいことだろう。悪さ自体、止めておくことをお勧めするが。」 「俺がどれだけ悪さをしたとしても、何を奪い取っても、赦された。何故なら、この俺様をどうにかできる奴はいなかったからだ。」 だからこそ、自由だった。それを壊した男。ここが大事なようなら、壊すのも一興だと男は嫌な笑みを浮かべていた。 「動くなよ。動いたら、最初にガキが死ぬことになるぜ?」 そう言い、男は剣を構えた。そんなシリアスな場面に、場違いな声音が男に話しかけ、男をぶっ飛ばした。 あーあ…というのが、冥鎌の素直な感想である。 「お前、何卑怯なことしてるっ!勝負は正々堂々!凛々、そういうの嫌いっ!」 びしっとぶっ飛ばした後に続けて指さし。人を差しちゃいけませんと言っても、今は全く聞いてないだろうし、さっきの男がリーダーだったのだろう、殺気立つ他の連中に面倒くさいというのが現在の心境である。 「おい、動くとこのガキ、本気で死ぬぜ?」 「うるさいっ!凛々は知らないもん。」 ぶうーっとむくれる子どもに対応が困る連中。そりゃそうだろう。 「ちっ、やってくれるじゃねーか。」 何とか這い出して戻ってきたリーダー。睨みつける顔は子どもに向けるものではない。 「この娘はたまたま今日来ただけで、我等と何の関係もない。」 ユエの言葉にほぉ・・・と真偽を確かめるかのようにユエを見て、ふと冥鎌の方を見た。 「じゃあ、とりあえずガキは無視して…丁度、綺麗な女もいるようだから。まずは一人、代償に貰うか。」 そう言って、部下に冥鎌を捕らえるように言う。その瞬間、はぁ?となるが、反応が遅れて腕を掴まれる。 「れんちゃんに触るなー!」 猛獣のように突っ込んできてぶっ飛ばして牙を向く。 「成程。あのガキの弱点はあの女か。」 そう呟いた男にユエは馬鹿なことをと思った。何故なら、先程まで手加減した状態での凛々の戦闘能力をまざまざと見せつけられていたからだ。 誰もが男に憐れみの目を少し向けつつ、すぐに決着がつくと思っていた。 だが、そうはいかなかった。 奴らの仲間の一人が、投げた一本のナイフが状況を狂わせた。 短気な連中はこれだから困るというものだ。怒りに身を任せ、手元が狂ったそのナイフは宙を斬り、そして…無抵抗な子どもの元へ飛んでいった。 咄嗟に庇いに動いたが、人前で『力』を使わないようにしている癖で、ついつい己を盾にした冥鎌。 無事だった子ども…凛々を見て憧れの目で見ていた確かキマライという少年。ナイフを叩き落とす為に左腕を袖ごと切ったので、破れたそれを使って止血の為に縛りあげる冥鎌。 だからか、気付くのに少し遅れた。 「れんちゃん…怪我…血…紅色…痛い?」 単語の並びに、はっと冥鎌が止めようと声をかけようとしたが、その前に凛々がナイフを投げた男をぶっ飛ばしていた。誰も、彼女の動きを目で追えなかった。 それは当たり前だ。彼女は雷の力そのもの。その力を持った、生物の命を斬る刃なのだから。 「れんちゃん…傷つけた…赦さない…殺す。…あの女、同じ、仲間?」 陰って表情が伺えない凛々が、こちらへと身体の正面を向けると同時に、その姿が人の視界から再び消えた。 次々、山賊共を倒し、斬る。前髪と陰で表情が見えない彼女に、恐怖を覚える子ども達。唖然として動けない男と、強さを目の当たりにして、敵わないと足が竦む愚かな敵。 止めようと凛々の元へ行くが、次の標的を定めた彼女を捕まえ損ねる。 全ては一瞬の出来事。目にも止まらぬ速さで仕掛けられる攻撃になすすべもなく、吹き飛ばされる。 そして、完全にいってしまった凛々の刃が、冥鎌の怪我の原因の一つでもある要素、キマライの命を奪う。かのように思われ、誰もが息を飲み、目を閉ざした。 だが、いつまでたっても、誰も悲鳴も何かの物音すら耳に届くことはなかった。 そして…、黒い影がそこにあった。 「…落ちつけ。マイナスでレベル1だと言っただろう。お仕置き反省で三日おやつ抜きだ、凛々。」 誰がもこの状況を理解できずにいた。何より、何故彼がそこにいて、そんなにも落ちついていられるのか、彼等には理解が出来なかった。いや、理解したくなかったというのが正しいのかもしれない。 「れんちゃん…おかし…ヤダ。」 「少しは反省、だ。」 こつんと凛々のおでこを小突いて、いたいと呟く彼女にふぅっと一息つき、そこで動けずにいる少年に声をかけた。 「すまなかった。これはこちらの不手際だ。」 立てるか?と聴くと、頷く少年。そして、ここで冥鎌ははじめて、唯一凛々と少年の間に割って入ろうとした大男、ユエの方を見た。 あの状況で動けることを、冥鎌は素直にすごいと思った。 殺してはいけないという制限を理解している彼女だが、ほとんど本気に近い状態での威圧の中で動けたのだ。 はっきり言って、普通の人間なら、不可能だ。 「やはり、ここではユエ殿が一番能力が高いようだ。手を煩わせてすまなかった。」 「あ、ああ。」 何とかそう答えたが、ユエはまだ状況がつかめずにいた。いつもならそんなことはなかったのに、だ。 この少女が本気で殺そうと刃を向けたことはわかっていた。だからこそ、本気で殺す気で反撃するつもりだったのだ。それを、あっさりと割って入り、少女だけでなく、ユエ自身の攻撃すらも止めてしまった冥鎌という男。確かに神だと言われ、崇められているのは知っているし、異質な感じはしていた。だが、はっきりとつかめずにいたからこそ、わからなかっただけで、今ならわかる。 この少女なんかと比べ物にならないくらい、この男の方が圧倒的に強く、ここにいる全員が迎え撃っても、全員一瞬で消される、そう恐怖を感じさせられる程の圧倒的な差がそこにあった。いや、恐怖を感じる間もなく消える、という方が正しいかもしれない。それを、見せつけられたのだ。 だが、だからこそかもしれない。どうしてか楽しくてしかたなかった。 ユエは元々力が強かった。だが、それだけで、そこまで異常な力があったわけではない。けれど、このご時世だ。 戦いの中で生き抜くために居続けた結果、自分より強い相手や対等の相手がいなくなってしまった。 それは、大きな喪失感だった。確かに守れる力があることは嬉しいが、誰も自分に敵わない現実に嫌気がさしてきたのだ。 そう、強いからこそ、誰もがこう畏怖の目でこちらを視て、こう言うのだ。化け物だと。 だから、大事な仲間達を巻き込みたくはないが、化け物のような存在に会いたかったのだ。 だってそうだろう。誰も強い相手がいなければ、自分とてこれ以上強さを求められない。そして、どこまで強いのかもわからない。 いつしか、年月と謂う悪夢が力を奪い、肝心な時に役に立たない力と成り果てるのではないかという恐れがどこかであったのだ。 だからこそ、嬉しかった。まだ、この世界には強い奴がいる。敵であれば死んでいるだろうが、敵ではない相手でだから問題はない。 「すまない。彼等の手合わせは今日はこれで終わりにさせたい。この状況だしな。」 「そのつもりですよ。本当に申し訳ない。」 続けても、ユエ以外はすでに気持ちが切れて、この状態ではまともな手合わせはできないだろう。それに、この連中の後片付けが先だ。それぐらいの分別ぐらい、ユエにもある。 「だが…その代わり、俺と手合わせしてもらえないか。」 けれど、手合わせだけはどうしてもしたかった。その欲望を抑えることはできそうにない。真っ直ぐと冥鎌の方を見て頼めば、じっと探る様な目がこちらを見ていたが、すぐにふっと少しだけ口元に笑みを浮かべ、いいだろうと答えた。 何度も言うが、手合わせをするが、あくまでもこの連中を片付けてからだ。 それなりに手なれた者達が彼らを縛り上げ、街に預けに出て行った。これで、彼等は当分刑務所から出られないだろう。 「おい、いつまでそこでぐれているんだ。」 声をかけると、むぅっとむくれたままふてくされて冥鎌の言葉すら無視する状態だ。 そんな凛々の姿に溜め息が零れる。 「さて、それでユエ殿は…魔術と剣術。どちらの相手との闘いを御所望ですか?」 その問いかけに、ユエは魔術のたしなみがあるのかと少し驚きながら聞き返すと、多少はという返答が返ってきた。これはとても面白い。是非、剣術も気になるが、魔術でも手合わせ願いたいと答えた。 「魔術師や魔女と対峙した経験はおありで?」 「いや、まだない。さっきのようなろくでなしぐらいだ。」 「ならば、『魔術』といった類のものを目にするのははじめて、ということですか?」 「いや、一度だけ、可笑しな術を使う奴を見たことはある。」 その回答に冥鎌は少し考え、魔術を混ぜるかは、まず魔術を見てもらい、それを回避する確率で判断すると言い、簡単な火の玉のようなものを造り出し、それを彼に見せた。 一歩間違えれば、人の命を簡単に奪う事すらできる『力』だ。銃火器や刃と同じ、扱いを間違えたら危険なものなのだから、相手の安全を確保した上でなければ手合わせは成立しない。だからこその条件だった。 「これを、五つ、ランダムに攻撃として…それ程速度は出しませんが、それを回避して下さい。これを三度繰り返し、全て回避できれば魔術を入れてお相手しましょう。」 怪我なんて可愛いものですまないからこその、忠告。それにユエは俄然やる気になったのか、早々に構えた。 明らかに、教会に住まう修道士ではない、戦い慣れたその様に冥鎌は苦笑する。だが、彼がいるからこそ、この教会の安全が保障されているのだろうということも十分に理解できた。そして、だからこそ彼が強くなりたいと願っていることも、薄々気付いた。 始めた予行練習。連続で繰り返されるそれに、他の者達も興味を持って見ていた。 結果的に言うと、一つ掠ったが、手加減していてもあの回避力はすごいものだ。 「どうやら、実戦で銃弾を避けられるレベルではあるようですね。」 貴方が望むのなら、バツ一はついているが、魔術ありでやるがと言えば、是非と言われた。もちろん、制限という条件を先に提示しておく。 「さて…いつまでもそこで拗ねてるな、凛々。」 さっさと来い。そう言えば、むぅっとむくれたまま冥鎌の元へやってきた。 「ユエ殿に説明をしていなかったことを先に詫びておく。レベルは使用武器が少々特殊なので、制限かけた上で、魔術連続は三回レベルは初級、マイナス二でお相手させていただく。」 手を差し出せば、それに手をのせてあわせた凛々の輪郭がぼやけていく。 煙のようにふやけた彼女から、抜き取るように、腕を引き、もう片方の腕でもその煙から引き抜いた。 そして、それは二本の刃と化した。 「彼女は『人間』ではありません。私もそれは同じ。貴方が今から相手をするのは、理屈も通じない化け物。」 そう思って本気で来ないと、死にますよ?そう言い、冥鎌も構えた。すっとただ其処に立っているだけにしかみえないが、それでいいのだ。 風の流れと雷の流れで、どうあっても人間より先に行動が読めるし、行動できてしまうのだから。 そう、人である限り、決して人は自然という此の世界にある力そのものに敵いはしない。 「まずは…お手並み拝見。もし、この場から一歩でも動かすことができたら、その瞬間から、こちらも攻撃に移る。」 そういう条件で、もしそれが叶わなければ、一定時間後に終了とする。それに相手が納得したのか、意地でもやる気にさせると反対に燃えたのかは、彼の表情からは伺えない。 しんと、誰もが口を閉ざし、息をのんで、互いの様子を伺っている二人の勝負の行方に視いいっていた。 ゆさぶりをかけるユエの攻撃を、視えない壁がそこにあるかのように、冥鎌に届く前に弾き返される。 実際、ユエは感じていた。一切動いていないし、あくまでガードの力だけで弾かれていて、一切こちらへの攻撃をしてきていないと。 遊ばれている。そう表現するのが正しいぐらい、彼は強かった。 途中で入る魔法弾も、弾くガードも、全て手加減をされているのに、一切こちらからの攻撃が届かない。それだけの差がここにあった。 だからか、負けるというよりも、まだ強くなれる。そう思えた。そして、強くなりたいと思った。 渾身の最後の一撃。これが無理なら、間違いなく負け。そう感じられるぐらい、身体の限界もきていた。 同じように弾かれるかと思った一撃は、重さの為か、少しだけ、冥鎌の足が後ろへずれた。 その瞬間、冥鎌が笑みを浮かべたのをユエが視た。 「さすが、と言っておこう。人の身でここまでできる者はなかなかいない。」 最後に全力でお相手いたしましょう。そう言って、すっと後ろに跳び下がり、はじめて剣を構えた。 どんな攻撃かはユエにはわからない。だが、防げる自信などもうなかった。だが、最後までくいつくつもりで、気力でそこに立っていた。 結果から言えば、斬られた感覚があった。確かに斬られた。けれど、身体には一切の外傷はなかった。 冥鎌が言うには、幻術の一種だそうだ。実際斬ったし、その痛みを感じることはできる。けれど、それはなかったことにする。そういう術なのだそうだ。 最初からこのつもりなので、多少怪我をすることになってもどうにかできる状態をつくっていたようだ。其れを聴いて、完全に負けたと思った。 だが、幻であっても、痛みを感じたことを認識するために、それに耐えられない精神の奴に対しては、それだけで精神を殺せるのだと言う。つまり、外傷もない、病気もわからない、謎の死体のできあがりだそうだ。 さらっと物騒なことを言う相手に、思ったより物騒な男なのだとユエは理解した。 冥鎌は二本の刃を肩に担ぐようにして持った。すると、また煙のように霞んだそれは、少女の姿に戻った。 「凛々、いい子?お菓子、ダメ?」 まだお菓子のことを言っているのかと苦笑する冥鎌が、わかったと答え、今日我慢したらあとの二日分は多めにみてやると言えば、少しむくれたが、わかったと素直に大人しくなった。 「身体の方、どこも異常はありませんか?」 「ああ。驚きはしたが、問題はない。」 「そうですか。それは良かった。」 冥鎌はそろそろ帰らせてもらいますねと言うと、ユエはまた手合わせを願いたかったが、彼も忙しい身であると聞いているので、言い止まった。 クスリと笑みを浮かべた冥鎌。 「実は、一つ貴女方に依頼があるのですが、お願いできませんか?」 冥鎌からの申し出にどういうことだと首をかしげるユエ。 「実は、幻神楼は結界という魔術の壁と凛々、私によって守られた切り離された集落のようなものです。孤児院のような難民受け入れのような…とにかく、身を守る術を持たない者達が多い。」 「ああ、それは聞き知っている。」 「ですから、週に一度、もしくは二週に一度ぐらいでいいですので、子ども達に身を守る術…受身とかでかまいません。女達には、巧く逃げる術など、指導をしていただけませんか?」 きっと、今いる連中はこれしたいあれしたいと言って、少しずつ外から様々なものを中へ持ち込んでくる。今まで何事もなかったが、外へ出た際に、今後絶対の保証はない。 だからこそ、だ。 「対価は、貴女方と凛々の手合わせ…それともユエ殿は私との手合わせの方がよろしいか?」 あと、その日の昼食の保証はしますよと言い、どうですかと聞くと、ユエはここの責任者であろう、女の方を向く。 「ええ、こちらこそお願いします。」 様々な相手と手合わせすることは、成長につながる。そして、戦いに身を置かない者達もきっとでてくる。そう言った者達は、別の生きる術を手に入れればいい。 「ありがとうございます。では、本日は遅くなりますので帰らせて頂きます。」 私のことは、口外しないで下さいねと言い、冥鎌は翼を広げ、その場から一瞬で空を飛び、消えた。 「成程。あの速さに追い付けない限り、勝てないというわけか。」 目ですら追えない動き。俄然やる気はでた。次の手合わせが楽しみだ。 いつの間にか、凛々よりも冥鎌の強さに目を輝かせるキマライに、もう少しだけ、彼は基礎をあげてからだなと思いつつ。 |