◆雪女と死神と女嫌い







その日、いくつもの命が失われた。

しかし、結果として世界を壊す歪みの原因は取り除かれた。

「本当、人って愚かとしか言いようがないわ。」

そこで動くものは誰もおらず、独り言として風の音にかき消されるだけの呟きだった。

「それって、自分のことも言ってる?」

いつの間にか背後に感じた気配と声。それは自分の知っているもので、できれば今は会いたくない相手だった。

「そうね。だから、私は私が嫌いよ。」

気配と声だけで嫌でもわかるため、姿を確認するために振り返ることなく、惨状を眺めたまま答えた。

いつの間にか、気配が近づいていることにも気付いていたが、今は構っている余裕もあまりないかもしれない。

「何故、私は人だったのかね。嫌になるわ。…そして、今度は…。」

「人をやめて人でなくなったこと、後悔でもしてる?」

「いえ、それはない。けど、こうも同じことを繰り返して学習しない人達を見ていると、なんだか愚か過ぎて…悲しいわ。」

そう、きっと悲しいのだ。結局、自分は人に裏切られて、人に殺されたから。それでも憎らしいと思ったこともあったのに、やっぱり嫌いになれないのだ。

あの頃は、自分は自分でしかなくて、前世も過去も信じていなかったのに、今はもう、人ですらなくなって、前世の記憶として人であったことを思い出して複雑だった。

しかも、 人ではないが故にまた人に嫌われることになった。

それなのに、愚かにも自分はまだ人を嫌いになりきれないのだ。

「それで…。」

ここではじめて死神の姿を目視し、訪ねた。この話はもう終わりにしておきたかったということもある。

「仕事は終わったのか?」

「いんや。まだ。一応、第一段階は終わったよ。じゃないと仕事してないって怒られちゃうからさ。」

怒ったら女王陛下恐いからね〜とのんきなことを言う男に苦笑する。

自分が一番この仕事に対して適当だと自覚しているけれど、それ以上にこの男は得体のしれない存在だ。

仕事は確かにこなすが、はっきりいって結果的に見て、その結果が完璧すぎて恐ろしいぐらいだ。普段真面目という言葉から程遠い奴だというのに。

「これから、あそこにあるもののお片づけしなきゃならないの。」

まったく、雑用もいいとこだよぅと文句をたれる死神に、あれを片付けるという言葉で片付くことに、そしてそうすることを義務付けられている自分達のような監視者という存在 に、いつか心がなくなってしまうのではないかと思ってしまう。

簡単に、言ってはいけない。

はずなのに、そういう考え方をしなくてはいけない。それが、仕事なのだ。

あそこの者達の死を弔う時間がない。

何より、ここで起こったことはなかったことになるのだ。いや、確かにあったことだが、歴史として死神が記したとしても、人の記憶の中に残ることがない。

そうやって、均衡が崩れるのを修正するのが自分達の仕事なのだ。

「…明日から、真代クンに頼まれてた服の作成でもしようかな。」

「もう、頭の中は服のこと?」

「そうでなきゃ、やってらんないわよ。」

かつて人だったころの、私の唯一の趣味が、ここにきて活用される。

「あ、そういや…あいつはどうした?」

「あいつぅ?誰のことかな?」

とぼけているのか、本当にわかっていないのか、この男の真意ははかりかねる。

「あいつだ。今回のもう一人の傍観者だ。」

「あー!世鷲だね。そうだね。姿も気配も何もないねぇ。」

どこいったんだろうねぇと呑気な男に、もういいと言う。今はこの男と付き合うと疲れて仕方ない。

普段ならそこまで気にならないが、目の前の惨状を前にすれば、誰だってそう なると思う。

きっと、それがまだ心が正常であろうとしているということなのだろうと、私は思う。

「そう言えばさ、世鷲の服もゆうが作ってるんだよね?」

「そうだよ。」

「その割にはセンスがいいというか…。」

「どういう意味だ?」

どすの利いた低音が響く。

「あ、えっと、そういうことじゃなくて。あれ、ゆうの普段の趣味とは違うからさ。」

前々から気になってたんだと慌てて言う死神に、そんなことかと教えてやった。

「もちろん、最初はこんなのどうだとデザイン候補見せたんだが、断られた。ま、あいつとはそれなりに付き合いもあるからな。あいつの好みを知らんわけでもないからな。」

思い出すと少々複雑ではあるが、付き合いは守り人になる以前からだ。あの頃は守り人やこの世界の裏の仕組みを知りもしなかった。

あの男と出会い、守り人の地位を押しつけられるまでは、ただの悪友のような関係でしかなかったはずだった。

「世鷲もゆうの言うことは結構聞くもんね。…でもさ、世鷲って女嫌いじゃなかったっけ?」

「あーそだね。何でも、口うるさいとこが嫌いらしいよ。」

他人事のようにいうゆうにえーと不満をもらす死神。

「ゆうも一応女性でしょ?」

「一応って言われるのは不満だが。」

「ごめんごめん。でも、そうでしょ?ゆうのことは問題ないように見えるよ?」

「だから、付き合いが長いといっているだろう。」

「あ、もしかして!」

何か思い立ったらしく拳を握ってはっきり言ってのけた。

「世鷲はゆうのこと男だと勘違いしてるんだね!」

その、あまりにも愚かな発言に呆れた。だが、少ししたら腹が立った。

「貴様、それはうちが女に見えんっつーことやな?」

死神はゆうの一人称が変わったことに気付き、びくりと一歩下がった。

そして、周囲の温度が少し下がり、彼女の足元が氷つきはじめていることに、どうやって逃げようかと考える。

「え、あ、そんなことないよぅ?だって、ゆうはどこをどうみても女性だもんね!」

あははと乾いた笑み。

「一度、死んでくるか?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、勘弁して下さい。」

土下座して必死にあやまる死神。めったにみれるものではない。

それを睨みつけるようにしばらく見下ろしていたゆうが、ふぅと一息ついた。同時に、周囲の温度が戻った。

「今の、世鷲にも言うなよ。あいつ、結構真面目だから、きれるぞ。元の姿戻って。」

にっこり笑みを浮かべて言えば、無言で何度もがくがくと縦に頭をふって頷いた。

「さて、帰るかな〜。」

のびをして、後片付け頑張ってねーと言ってその場所から姿を消した。

文字通り、その空間から消えた。

「ふぅ。タブーにふれないようにしてたけど、まだまだみたいだねぇ。」

さて、片付けはじめようかと、死神もその場所から飛び降りて、惨劇の中心に降り立った。

そして、持っていた棒で空を斬り、現れた鎌の刃を振り上げて地面に突き刺した。

足元に広がる大きな魔方陣が光りだし、そこにあったものを全ての見込んだ。

後に残ったのは、何もない平野。死神の姿もすでになかった。



人々から、今日起こった惨劇の記憶もまた、消えてなくなった。






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全て手遅れの後の彼等の後始末という名の最期の仕事
女王へ結果を報告し、消えた歴史は誰も気づかれぬまま進み続ける
だが、確かに存在した歴史を記すのが女王の存在と女王が住処とする城の書庫
そして、第三の管理者が死神の田所