その日、商品の在庫の確認と掃除、新しい入荷品のリスト作成など、忙しく商売の方の仕事をこなしていた。

「うわっ、ひどい埃っす。ロンってば、ここ、どんだけおいといたんっすか。」

げほげほと咳をして、少しそこから距離をとり、舞い上がる埃が落ち着くのを待った。

「まったく…ん?扉?」

そこには、ファンラが知らない扉があった。

普通なら入らない。だが、今日は掃除もする日だ。そして、好奇心が勝った。

結果、ファンラはその扉を開けた。

 

 

 

懐かしい記憶の欠片

 

 

 

 

ロンが出先から戻ると、中に気配はなかった。

「おんや、いないのカネ?」

気配のない中へと進んだロンは、はっと気づいた。

「あーらら、忘れとったわ。」

開いた扉。起こる異変。

「開けたら閉めとかんとあかん。」

だが、迷い込んだ生者がいるのなら、引き戻さないと連れて行かれてしまう。

ロンは迷わず扉の中へと進んだ。

少し進めば、迷うことなく対象の元へと行ける。この空間はそうできているのだから。

「どこまで掃除するつもりやねん。」

声をかけると、情けない顔をした相方のファンラがそこにいた。

「ロン、これ…。」

「思っている通り、そこにあるのは、焔華や。かつて使い魔でもあった焔華の『魂の欠片』や。」

死者である限り、返事をすることも見ることもない、ただのそこにあるだけの人形だというと、どういうことだと彼女は聞いた。

「前に、言ったやろ?オイラは竜人であって、人と同じ。人より少し身体能力がいいだけ。ま、爪とかはちょっと危ないけどな。」

そう言って、みせられた手は、一瞬で敵を引き裂く鋭く長い爪へと変貌する。

「オイラは限りなく人に近い。ファンラよりも、な。けど、昔、ちょっとあってな。」

そう言って、話してくれたこと。全てではないが、一つわかったことがある。ずっと、不思議だった。人と同じようなものだといっても、竜人であるから、寿命が長いのだとずっと勘違いしていた。

けど、本当は呪いの影響で、特定の条件下以外で老いることも死ぬこともなくなった、誓約付の命だということ。

「誓約にね、生きている間に出逢って、死ぬことになった奴等を忘れない為に、こうやって、見えるんだ。」

彼等が死んでも、お前は生きている。そう、知らしめ苦しめる為のもの。

「でも、呪いかけた奴はどうしてそんな手の込んだことをしたっすか?魔女のはしくれだからわかるっすけど、私でもわからない程、複雑で濃い、そして、解けることを最期まで許す気のないえげつない奴っすよ。」

ファンラはこれでも、魔女の一族だ。強い力があるわけではないが、わからない程弱くもない。

「誤解、だったんダヨネ。でも、俺はそれでもいいと思ったんだよネ。それで、アイツが満足なら、いいと思ったんダヨ。」

だから、受け入れた。けど、呪いだけ残って、アイツは死んで自分だけが結局生きている。

そう、呪いをかけた張本人が一番最初にこの部屋の住人になった。ずっと、そこにいて責める。

約束があったから死ねなかっただけなのに、全て終わった後も、こうやってのうのうと生きている。だから、最初は気晴らしで始めた守り人だった。けど、思いの外、やることがたくさんあって、忘れられた。

けど、関わる人がたくさんいて、その死がこの部屋に集まって、早く死ねとせかしてくる。

死んでもいいかもしれない。そう何度か思った。そんな時、ファンラと出逢った。

「君を一人にするわけにはいかないカラネ。珍しい、友人の、焔華の頼みでもあったカラ。」

また、死ねなくなった。そう言ったロンは、消えてしまいそうな程、力なくそこにいた。

「じゃあ、ロンの一人称や話し方が変わったりするのは、あたいと同じ、一度死んだ後、違う生き方を選んだ覚悟っすか?」

「うん、ファンラ君より、たいそうなもんじゃないと思うケド。」

確かに、あれを切欠にして、自分が壊れたのは感じた。自分で話しているようで、どこか客観的に自分の外から自分や周囲を見ている感じはしていた。

ただ、それだけ。生き方をきっちり見れなかった結果、中途半端になっただけだ。ファンラとは覚悟に違いがある。

「ま、今はこの世界がもう少し続いてくれるように、こうやっていままで傍にいて支えてくれた連中がいるから、生きていたいと思うしネ。やっと、生き続ける覚悟ができたトコ。」

同じ守り人である白灯から借りた水鏡のおかげで、店ごと移動できるから、旅や商売が楽だし、ゆえるや冥鎌など、思ったより訪問する楽しい連中がいる。

以前だったら、誰もこないし、一人だった。

いくら、罰を受けるような気持ちで受け入れた長い時間であっても、一人きりだと、いらないことをたくさん考えてしまう。それこそ、よくないことばかり増えていく。

楽しいことよりも、あの日を境にして悪い方向のことばかりなのも、今思えば気持ちが負けてしまっていたのだろう。それこそ、彼女だけではなくいろんなことに。

「さ、帰るヨ。はよ、掃除してしまわなあかんさかいな。」

「そうだったっす。」

はっと、気になるものを見て、珍しくロンの話を聴けて嬉しかったけれど、時間は待ってはくれない。

いくら二人とも長い時間を生きる者であっても、歪も商売状況も、客の寿命も限られている。

「これ、来週までの仕事のリストやで。」

せやから、はよここの掃除してしまわんとあかんなと、ロンが言い、一緒にしたらすぐすみそうだと笑う。

「あ、でも、ロンはダメっす!」

彼がしたら、結局散らかるのだ。だから、ファンラが片づけをしている。

「だから、こっちは任せて、その仕事を進めてほしいっす。」

「そっか。わかったヨ。じゃあ、任せたネ。」

そう言って、店の方へと戻って行った。

今はもう、閉じられた扉。そこにあった秘密を知った今、少しだけざわついていた何かがすっと消えた。

「アタイは、思ったよりロンのこと、知らないっす。」

頭が死んだ後も、ずっと一緒にいてくれたのに。

「それにしても、少しだけ疑いかけたのが嫌だった…。」

頭の顔を見た時、まさかあれはロンが仕掛け、あの後の遺体を…と思って、違うと否定した。

もし目を開けたら、彼は何を言ってるんだ馬鹿と、怒っていただろう。けど、久しぶりに怒られたい気持ちもあった。

あのように、親身になってくれたのも、妹のように大事にしてくれたたのも、怒ってくれたのも、兄がいない後、彼がしてくれたこと。彼のおかげで、人との繋がりを忘れずにいられたのだから。

その彼が繋いでくれた繋がり。

きっと、私も本当の意味で繋がりをわかってはいないのだろう。けど、同じわかっていないもの同士、今は上手くやって行けていると思う。

「私はもう、大丈夫っすよ。だから安心してほしいっす。それに、あの危なっかしい店主もちゃんと死なないように見張ってるから大丈夫っすよ。」

扉に向かい、最後に一度だけ。

冥府があっても、当分会うことはない。もしかしたら、生まれ変わった頭と今の私達が合うかもしれない。

それはそれで面白いかもしれない。そう思いながら、ファンラは掃除を再開した。







あとがき
不思議がいっぱい。そんなロンのお店にある不思議な扉のお話。
この日から、ファンラは時間があれば扉を綺麗に掃除するようになりました。