突然、空間が歪んだ。

はっとすぐに警戒態勢になる白城。だが、放っておけばいいという主の白灯の言葉に、完全に説くことはないが、攻撃する態勢だけは押さえた。

「はぁ、相変わらずここはわかりにくい!」

そんな声が聞こえてきた。

 

 

吸血鬼と月と狼と傘

 

 

 

客にお茶を出すと、お礼を言う少女と、俺様でお礼を言う気があるのかないのかわからない面倒なしゃべる傘。

「でも、ちんまいあの鴉坊主がでっかくなったもんだな。」

「逢うたびにそう言ってるではないか。」

記憶力まで廃れたかという白灯に、相変わらず厳しいよねと言いながら、本題である目当ての人物、司狼がどこにいるのかと聞いてくるしゃべる傘である店長。

「もうすぐ戻ると思います。真代と共に買い出しに行かせたので、予定よりは遅くなると思っていましたが、さすがにそろそろ…。」

そう言っていると、賑やかな言い合いする声。

「またですか。飽きない人たちですね。」

「放っておけ。あれが、あやつ等なりの交流というものだ。」

限度が過ぎたり、やらねばならん時にもあの調子では灸を据える必要はあるがなという白灯は、飲み終わったカップを渡し、店長に対して要件を聞いた。

「ほら、前言ってたでしょ?できたから届けにきたわけ。」

ほら、これと見せられたのは、札。

「もし、力が暴走したとき、一時的に抑えてくれるもの。さすが俺様、天才!」

すごーいと騒ぐうるさい傘は無視して受け取った札に対し、対価を聴く白灯。

「別にいいよ。使い魔としての仕事ってことにしたから。何せ、今回の内容は個人的なものとはいえ、守り人と使い魔である上で必要なものだしさ。」

俺様太っ腹〜と己を褒めることにはいちいちうるさく言う傘を皆慣れたものでスルーして、話を進める。

「あれ、お客さん?」

「今日って誰か来る予定あったのか?」

買い出しから戻った二人がその部屋に足を踏み入れた時、気づいた二つの馴染みない人物に疑問が飛ぶ。

「また、月に意識持っていかれてこの場所の破壊をされても困るからな。」

暴走阻止の為の札、依頼したのを持ってきてくれたんだという説明に、うっと言葉に詰まる司狼。

疲れている時に満月がくると、月の力の影響で自我を失いかけることが時々あるのだ。何でも、狼であっても、強い力を持っているのに、狼以外にも何か混ざっていて、疲れによって安定しない精神バランスで持っていかれてしまうらしい。記憶にないからわからないが、気づいたときの現状を見て、真っ青になったことが何度あったことか。

それでも、仲間としてここにおいてくれている白灯にも、こういう時はいつもの馬鹿騒ぎで物を壊したときと違い、白城も優しくて、反対に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

だから、気を付けてはいるのだが、時々自分自身が怖かったりする。

「ま、月の恐ろしさは俺様もよく知ってるからね。」

「え?」

「はい。吸血鬼にもいろいろいますが、私達は新月がとても不安定になるんです。」

だから、今晩新月になるから、安定させるまで時間がかかって、そうなれば届けられなくなるから今日きたのだと彼女は言った。

「なので、そろそろ帰らせてもらいますね。」

「ああ。こっちこそすまなかったな。」

最初に起こったように、歪む空間。そこへ戸惑いもなく足を踏み込むレニル。

「それでは、また何か仕事あればご贔屓に〜。」

賑やかな傘はそう言って、レニルはこちらへ頭を一度下げ帰って行った。

「吸血鬼にとっての新月って、そんなに酷いの?」

「お前は本当に他の種族の特性を知らんな。」

「…う、だって…。」

「仕方ないですよ、白灯。孤立して他と交わらない種族が多いですから。」

「それもそうか。」

「私はパス。やることもあるから、戻るわ。」

「はい。買い出しお疲れ様です。」

「はいはい。」

真代が出ていった後、司狼は聞いた。吸血鬼という種族のことを。

満月に力が強くなる一族もいれば、新月に強くなる一族もいる。反対に、新月に力が消えて弱くなる一族もいれば、人の姿を取れなくなるものもいる。月の光の強さは彼等一族に大きな影響を与えるということを、知った。

「じゃあ、あの二人は…。」

「弱くなるのか強くなるのかはわからん。だが、新月だけは、あの者達は店を開けない。それが答えだろう。」

強くても弱くても、今までのように仕事をこなすことに支障がでてしまう。その為の措置だ。

「俺と同じ…。」

「だからこそ、奴等は共にいるのかもしれんがな。」

「どういう、こと?」

「互いが互いを止めるためのストッパーなんだろう。」

だから、お前が暴走するなら、全力で止めてやる。だから、いちいち考え込むな。そう、白灯に言われた。

「ありがとう。」

「礼を言うぐらいなら、最初から遠慮なんかせずお前らしく走り回ればいい。」

それだけが取り柄だろと言われ、そんなことないよと言うが、少しだけ、声が震えた。

嬉しかった。足を引っ張ることが多いのに、仲間だとまだ言ってくれる彼等と、この先も一緒にいたいと思った。その不安からの安堵からか、毀れる雫。

けれど、二人はその原因を知らないふりをしてくれた。

 

 

 

 

 

コツコツ…響く足音。

店じまいされた、暗い店内に、一人の男が進む。

腕には、小柄な黒い塊。撫でる手つきはとても優しい。

「呪われても、この時だけは呪いにも勝つ強い力なのもまた、皮肉なものだよね。」

数日すれば、また元通り。だから、それまで一緒に眠ろう。そういうと、キィと小さな音が耳に届く。

「閉ざされた絶対の箱庭。邪魔する者には制裁を…」

奥の部屋に入り、扉に手を添えて綴る言葉。

眠る間、無防備になる自分たちに決して誰も触れられないようにするための結界。

「また、起きたら仕事だ。…私も、また傘だな。」

不便な生活にも慣れたが、共に眠る存在がいるのは何だか温かい。一人きりで引き篭もっていた日々を思うと、充実した日々を過ごしている。

「おやすみ。」

閉ざされた暗い部屋。眠る二つが目覚めるのは数日後。