◆お嬢様と従者と時々箒と鴉

あの日、生きる希望も行くあてもなかった私を引き取り、仕事と居場所を与えて下さった主人。あの時のことは忘れない。

差し出されたその手の温もりを今でも覚えているし、あの方にはとても感謝している。それはもう、何度感謝の気持ちを告げても伝えきれない程、そしてその恩を一生をかけてでもお返しするために、彼の為なら何でもしようと思った。

元々、忍びという種族の中にいて、行ってきた仕事は薄汚いものだ。汚れを全て引き受け、光を守るために生きてもいい。そう思っていた。

そんな私にあの方は一人の少女に会わせた。

先日、奥さまがお亡くなりになられ、悲しみにくれるあの方にとって、大事な形見とも言える娘だった。

十二も年下の、まだ幼い眠る少女の顔はとても綺麗だった。

きっと、一目ぼれ、だったのだろう。

しばらくすると少女は目を覚まし、あの方は少女に私を紹介した。

「お兄ちゃん、名前、何?」

途切れながらも、しっかりとしたその言葉に、目線の高さを同じにするように腰を下ろし、彼女の手を取って目をしっかりとみて名乗った。

「はじめまして。旦那様にお仕えする使用人のヒュオルといいます。」

「ひゅ?ひーちゃん。」

「はい。」

言いにくかったらしい私の名前はこの時から短縮された名前になった。

「私はメイカ。よろしくね、ひーちゃん。」

にっこりと笑った笑顔は、私の世界に色をつけた。

この日から私は彼女の使用人になった。どんな敵からも守る影になると、誓った。

それがこんなことになるとは思わなかったけれど。

「ひーおーちゃーん。」

後ろからどかっと飛びついて来た私が仕えるべき主人の少女、メイカ。いい加減女の子であることを認識してほしい。そう簡単に殿方に飛びついていいものではない。

実際、口にはしなくても、この少女が誰かを夫として繋がりをもつようになったら、小姑のようになりそうだなと思う程度には彼女のことを愛していた。

もちろん、今も確かに愛してはいるが、あくまでも敬愛だ。一目ぼれであったのは事実だろうが、彼女と結ばれることは決して望んでいない。

「飛びかかるのははしたないのでいけないと、何度も言っているではないですか。」

それに危ないでしょうと言うが、私ならば絶対落とさないから問題ないと言いきられてしまえば、それ以上何も言えない。別に、主である彼女のことに反抗するわけではないが、いろいろと複雑な思いもあるわけで。

「それで、何か御用ですか?」

「あのね、鴉が遊びにきたから、お茶とお菓子用意してほしいの。」

そう言えば、私と同じ彼女に仕えているメイドのレイチェが出かけていて留守だったことを思い出した。

だが、それよりも問題がある。

「何故彼女が?」

「頼んでたもの、持ってきてくれたから。そのまま帰すのも悪いじゃない?」

そう言えば、何かこそこそ話をしていたことを思い出し、わかりましたと答えて彼女とわかれた。

それにしても、縁というものは意外と厄介なものだ。

メイカの言う鴉とは、紅嵐という義賊の頭のことで、実は違う忍びの隠れ里出身の元忍びだ。違う場所にある隠れ里としても、同じ忍び。特性が違うが、基本は大方同じであるので、時々訓練の際に会うこともあった相手だった。

つまり、お互い顔見知りだが、お互いの所在は知らず、彼女を通して再会した時はお互い固まったものだ。その光景はきっと間抜けなものだっただろう。

だが、結局互いに里の方針に従うことができず、こうして外にでてきて自由にしているという意味では、似た者同士だったのだろう。だから、時々身体がなまらないように運動するための相手になってもらっている。それは向こうも同じだろう。

「それにしても、あの泣き虫少年がねぇ…?」

「…。」

「騒がしさの塊だったのに、静かになっちまってさ。」

「そう言う貴方こそ、あの頃よりは、男らしさ半減してますよね。」

「男だと間違う連中ばっかりだから、訂正してなかっただけで、れっきとした女だからな、私は。」

けたけた笑う女に、むすっとなる。唯一、この再会で問題があるとすれば、過去の私を知っているということか。

まぁ、近い年の子が丁度いなかったこともあり、何かと訓練での簡単な仕事をこなす際のパートナーが彼女で、ある意味他の忍びよりは付き合いも長いし互いのことを知っている。

だからこそ、訪ねてくるたびについつい彼女の好みのお茶やお菓子を用意して出してしまったりするのだが。それがまたへこんだりする。

「でもさ、安心はしたよ。」

能力は悪くないが、優しすぎるが故に、忍びという仕事には向かないと思っていたからと言われ、まさにその通りで、一度は死を覚悟したし生きる希望すらなくなっていたのだから。今でこそ、この屋敷の主人に拾われて、生き甲斐も見つけて上手く生活していると思うが、あの頃は本当に酷かった。

「でも、それは貴方にも言えることです。」

いくら悪ぶって、きついことを言うことがあっても、その言葉に彼女自身がいつも傷ついていたことも知っていたし、押し付けられた無茶な問題で苦労していたのも知っている。

けれど、それに手を出すことは彼女への侮辱であり、余計に他の連中からの中傷も増えるのであえて手を出さなかった。けれど、見て見ぬふりなんてせずに手を出せばよかったと今では思う。

結局、里の中では助けられてばかりの私だったから。お返しとしてぐらい、しておけば良かった。そうしたら、あの日あんなにも後悔をしなかっただろうし、もっと変わっていたかもしれない。

けれど、そうでなくても、結果は一緒だったかもしれないが。

結果から言えば、私は弱かった。あまりにも弱かった。彼女は私が優しいと言ったが、決してそんなことはないと思う。

私は結局、最初から最後まで父の人形でしかなく、そして人にはなれなかった。父の怖さから逃げていただけだった。

「そうそう。あの男、里長に収まったみたいだ。」

「え?」

一瞬、何を言われているのかわからなかった。

「気をつけな。いつかあれは間違いなく『魔物』になる。」

「確かに、そうかもしれません。」

その答えに、彼女は苦笑して、考えているものとは違うと思うがなと言われたが、その時は意味がわかっていなかった。何より、今はまだどうでもいいことだった。

「里長と言っても、新しい隠れ里を創って、だ。」

そのうち、元里と新里とで争いを始めるぞと言った彼女は、席をたった。

「そろそろ帰ることにするわ。」

お嬢さんによろしく言っておいてくれと、彼女は窓から帰っていった。

いつも思うが、いくら鴉の姿になって飛んでいくにしても、窓から来て窓から帰るとは本当に非常識にも程がある。だが、今の自由な彼女の姿に、それはそれでいいのかもしれないと最近は思うが。

「あ、もしかして帰っちゃった?」

「はい。もしかして、何か御用事がございましたか?」

「いえ、ないわ。でも。たまにはゆっくり話してみたかったわ。」

こんな時に限って父に呼ばれるなんてと文句をいう彼女に、自然と浮かぶ笑み。

今度は、ちゃんと守りたいと思う。弱さから逃げないように。

「また、すぐに会えますよ。」

「どうだか。」

少し機嫌をそこねた彼女の為においしい紅茶でもいれようと思う。

いつか、里の問題に巻き込まれるかもしれないが、今はこうやって平和であってもいいと思う。理解してくれる古い知人がいて、守りたい人がいて、同じ守りたい人を守る仲間がいて。

「お嬢様〜!」

部屋に突撃してきた騒がしい女。普通ならば、無礼で斬られてもおかしくないが、この家ではこれが当たり前の光景。それが、どこかほっとする。殺伐とした冷たい世界とは違うこの世界が今はとてもかけがえのないものになっている。

「ありがとうございます。」

そういって、泣いて喜ぶ彼女が持っているのは、私には区別のつかないレアな箒。そう言えば、彼女の誕生日だからといって、紅嵐に依頼していたなということを思い出した。そして、今日の訪問はそれを届けにきたのだった。

本当に箒が大好きな変わり者のメイド。けれど、彼女がタダものではない実力者であることは今はよく理解している。得体が知れないという意味では紅嵐よりは上かもしれない。実際、私もあまり人に過去を言えないような身分だ。彼女のことを知らないし、聞こうとも思わない。

結局、お互いがこの家を守るためなら何でもするという結果だけがわかっていたら、それ以外はきっとどうでもいいのだろう。

「いいのよ。誕生日でしょ。といっても、私と出会ったあの日を勝手に決めただけ、だけどね。」

「あと、ヒュオルにも一応お礼を言っておくよ。」

そう言って、見せられたそれに、どういたしましてとだけ答えた。

箒ではないが、普段箒以外に興味がない彼女が唯一大事にしている『宝』とも言える髪飾りを補完できる、かっちりした、箒と魔法使いの可愛い絵の描かれた小さな箱。

忍びとしての観察する目から、どこかでわかっていたのかもしれない。けれど、あえて言わない私がたとえ何者であろうとも信頼しているという意味で送ったそれを、彼女がどう思ったのかはわからないが、喜んでもらえたのならよかった。

その日、私が一人給仕をしながら、三人でレイチェの誕生日祝いをして静かに寝静まった夜に廊下で呼びとめられた。

「お互い、薄暗い過去だし、褒められたことしてない。それは、お互いわかってるけど、…『あたい』は『あんた』のことを、信用だけはしておいてあげる。」

「それはどうも。」

改めて、なされる自己紹介。この日から、私達は同じもののために裏切らない同志になった。

「ハジメマシテ。魔女一族十三の一、封扇家元3代目当主『籠妖遠紅』」

「お初お目にかかります。忍びが里、『和』の元幹部四天『風花』三番隊隊長『飛緒』」

少しずつ歪んでいく歯車の中で、私達はまだ世界のことを何も知らなかった頃の最初で最後の過去の自分としての挨拶。この日から、私達は相手のことを知っていても、ただのメイドと使用人として生きていく。

もし、この家に振り撒かれる厄災に対しては過去を持ちだしてでも徹底的に排除すると決めて。

この日から、本当の意味で二人が同じ目的の為に決して裏切ることのない仲間と認識したのだった。