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騒然と乱れる人の感情の数々にまずいと思う。 そんな時、あの女主人の店へ入ろうとした時にぶつかった相手がいた。 「ごめんなさい。」 「こちらこそ、余所見してて、本当ごめんなさい。」 頭を下げるのはまだ小さな少年だった。 だが、その少年が顔をあげ、視たその目に違和感を感じた。 メイカは季節という力を具現させて扱える一族の末裔でもあり、特に春と冬の能力が高い。だからこそ、水の流れというか、人にはそれぞれ個人を現す気配や流れがあり、その空気の流れにとても敏感だった。だからこそ、気付いた。 この国の者ではないこと。そして、普通の人間とは違う何かを持つ、ということ。 すぐさま、行こうとした少年の腕を掴んでいた。 「あ、えっと、ごめんなさい。けれど、聞きたいことがあるのだけど、時間あるかしら?」 少年はきょとんとしていたが、すぐに彼も私の持つ異様な力に気付いたようだ。すっと変わった表情から、どこかで彼は今回のことについて何か知っているという確信ができた。 確かに、彼が事の犯人ではないだろう。そして、どこかでわかっていた。自分と同じような処理する側の人間だと相手を知らないけれど何故か思えたのだ。 知った後からすれば、それは思い上がりもいいところで、メイカ自身まだまだ何も知らないことが多いということに気付かされる羽目になるのだが。 この少年に何かあるのは確かだが、メイカの敵ではないという確信だけはあった。だからこそ話しかけたのだ。 「少しだけなら。どこで、お話しますか?」 アルデリア家のお嬢さんと、笑顔で彼は言った。名乗ってもいないのに知られている事にも驚きだが、それよりも先に話が必要だと、人の集まりから離れた。 「それで、どんなお話ですか?」 聞きたいことがある、ということでしたよねと聞かれ、メイカも相手をしっかり見て言葉を続けた。 「とりあえず、呼びにくいから偽名でもいいから名前を教えてくれないかしら?」 私のことは知っているようだからいらないよねと聞くが、一応礼儀であるので、改めてメイカと名乗り、一緒にいるメイドがレイチェだと言うと、少年もあっさり名乗った。 ミルフェと名乗った少年は、見た目も思ったが、名前も女の子っぽかった。だが、それが少しばかりコンプレックスなようで、少しふてくされ気味だったので、何も言わなかった。きっとそれは正解だろう。 「まず、聞きたいのは、貴方は今回の『事件』と呼んでいいのかもわからないけど、知っているの?知っているならどこまでかしら?」 「いきなり直球だね。」 少し困ったように、けれどはっきりと彼は言った。確かにどうしてこういうことが起こったのが、切欠はわからないが、原因が何であるのかは知っている、と。 「けれど、簡単に誰かに話すわけにはいかない。それが決まりであり、僕達はその原因を取り除いて元に戻すのが仕事。だから、貴方がこの先もこのことに巻き込まれても協力し続ける覚悟がなければ、話すことはできない。途中離脱はできないんですよ。」 能力で言えば、申し分ないけれど、君はあくまでただの『人間』でしかないと、言いきった彼の言葉がメイカの心に突き刺さる。 まだ、子どものような彼に、『子ども』だと言われたのと同じだ。メイカは何よりも子ども扱いされる事を嫌う。それは、こちら側を知った時から、隙を見せれば飲み込まれることを知っているのと、一人前になって認めてもらいたいのだ。ある男に。 だからこそ、まだ年相応の遊びや好きなことに打ち込んでもいいのだが、その時間を割いてでも今を取った。 もう、子どものままでいたくない。何も知らないままではいられない。 今までならば、最初から多くのことを諦めていた。貴族というものは厄介で、女というだけで、顔も知らない相手と婚約なんてことも少なくない。 とくに、この国には力がない。ある意味で父がこの国を仕切る権力者だ。だから、父の言葉は絶対で、逆らうことは国に対する違反者。 父は確かに優しいが厳しい人でもあった。そして無理強いをすることはなかったが、どこかで貴族という肩書で諦めていた。それを父は心配していたようだが、幼い私にはそんなことはわかっていなかった。 それこそ、私が子どもだったという証明そのものだ。 結果的に、私はただ一人の親友を失った。 私が子どもで愚かであった結果だ。知ろうとしなかった結果だ。泣きわめいても、誰かのせいにしても、決して戻ることのない大切なモノ。 二度とあんなことを、あんな想いをしない為に私は子どもでいることをやめた。そして大切な人をつくることを止めた。 私は己の立場を知り、立場上、近しい人を作ることは弱みを、同時にその相手を危険にさらすことを理解した。いくら平和であっても、それは父がこの国の安定の為に暗躍しているからであり、それでも絶対なんてものは存在しない。 実際、大切な人を作らないつもりだったのに、使用人の二人が、今の私にとってある意味で弱点になってしまう程度に、懐に入れている矛盾に気付いていないわけではないが。 だからこそ強く在ろうと思うのだ。そして、あの日出会った恩人に追い付き、認められることが今の目標だ。 話がそれたが、だからこそ、子どもだと見くびられるのは何よりの屈辱だということで、それがこの相手の知る所ではないとわかっていても、むっとなるのは仕方ない。 「確かに、私は知らないことが多いし、貴方のことを知らないから信じることはできない。それは事実。だけど、生半可な気持ちで貴方に話しかけたわけでも、どんなことであろうとも逃げる気もないわ。」 そして、この国は平和でなければいけない。誰も知らなくていい。笑っていられる国であればいい。 その為に父が作ってきたのだ、いろいろなことを。それを引き継ぐのは自分だ。 「すでに、覚悟はできているわ。だからこそ、追いつかないといけない。知らないのなら知らないといけない。私はこの国の次の『影主』になるのだから。」 そう、すでに王として飾りだけのこの国に変わりに王となる父親のような影主。それになる覚悟を決めた。だから、内容がどんなものであろうとも、この国を害成すモノが何であろうとも、それを排除するのが仕事だ。邪魔をするのなら、目の前の相手であろうとも容赦しない。無理やりにでもしゃべってもらう。そのつもりだった。 睨み合う私と少年。目線をさげ、ふぅとため息をつく彼に眉を歪める。 「わかりました。それだけの覚悟があるのなら、話しても問題はないでしょう。」 それに、すでにこういったモノと対面して生き残った方ですから。そう言った彼の意味がすぐに理解できなかった。 「本当は、グレン師匠が貴方をこちら側に巻き込みたくなくて関わるな、と言われてるけど…師匠もわかってはいたんだろうね。」 正面から向かってくるのなら、望みのままにしてやれとも言ってたから。そう言った彼の言葉に、グレンと少年が知り合いである驚きよりも、グレンがでてきたことで、あの忌々しい過去こそ、今回のことと関係があるとわかって驚いた。 決して、父もグレン…メイカにとっての恩人も、あれが何であったのか教えてくれなかったのだ。そして、友人の死の真相は、力をつけてから自分で『理解』しろと言われたのだ。 「ねぇ、話の前に、今回のことと関係ないけど、聞いてもいい?」 「なんです?」 「羽。白い綺麗な羽もった人。貴方は知ってる?」 その問いかけに少し首を傾げ、知り合いにはいないけれど、その人が何かあるのかと聞き返すので、そのグレンという人と一緒にいたのだと言えば、他の身体的特徴を言うごとに成程と少年は納得したように、ある名前を言った。 「それ、それがその人の名前?」 「はい。でも、貴方と何処で知り合ったのかはわかりませんが、あの人はこの辺りでは『仕事』してませんよ?」 少年の言葉に、別にそれはわかってたことだからいいと言った。だって、知りたかったのは、あの人がこの世にちゃんと存在しているということ。 あまりにも出会いが出会いであるので、まるで天の使いのようで…戦女神のように強いあの人を最初は女性だと間違えてグレンに訂正されたが、彼のことを知ることは、ある意味であの日のことを『理解』した時にまた会えると言っていたからだ。 これではっきりわかった。 今回もあの日と同じことがおこっている。そして、グレンもあの人もそれに対処する『組織』のようなものだ。私がこの国を裏で支え支配するのと同じ、何らかの形で存在する組織。 私はやっと、その組織のことを理解することができる。あの人に認められる為、この世界を知ることは私にとって第一歩。 長話になるかもしれない。相手も簡単に外で出来る話ではないと理解しているようで、簡単に屋敷へときてくれた。 「どうぞ。」 レイチェがお茶を出し、私の後ろのヒュオルと並んで立ち、話に入った。 「これは、現象としては僕達は歪みと呼んでいます。言葉の通り、本来の流れにない歪んだ闇が周囲の環境を壊します。人を壊せば、その人から周囲へと感染する。ある意味、この世界の病のようなものです。それも、性質の悪い周囲を巻き込む病。」 少年が言うには、元々はグレンがその仕事をしていて、彼は弟子なのだという。弟子というより、グレンのような存在を番人や守り人と言い、常に傍で仕事を手伝う存在を使い魔という。少年はその『使い魔』だそうだ。 だが、最近では彼一人で対処しているそうだ。そろそろ隠居だとグレンは言い、任せているらしい。 「時々、先程言った冥鎌さんのように手伝いにくる同じ立場の人たちもいます。」 実質、世界が広いので、ある程度範囲を区切ってその区域毎に担当をつくって、歪みが出れば対処する、そういう組織であり、その為に必要ならば多くの人を殺すこともある、人に認知されていないもの。少年が言うにはそれが彼等の属する組織なのだという。 「ちょっと待て、人を殺すこともあると言ったな?」 「はい。」 「そんなことになったら、騒ぎが起こるのではないのか?」 ヒュオルの質問に少年は首を横に振り、あった事実全てが記憶記述共に消えてなくなり、最初からなかった歴史として進められるのだと言った。 だからこそ、関わる者は覚悟が必要なのだとも。 「なるほどね〜だから人から認知されない組織。」 納得したようなレイチェ。不満はあるだろうが、レイチェと同じで内容を理解したヒュオル。 「じゃあ、何?その歪みっていうのは組織に属してないと関わっちゃいけないってこと?」 「いえ。巻き込まれた後に進んで関わる者達もいる。反対に、そのせいで番人に空白ができ、引き継ぐ者もいる。それは個人の自由。知った後どうするか、ね。でも、関わる気がない人は巻き込まない為に一切の情報を奪い取る…そうしないと、狙われる可能性も否定できないんだ。」 それだけ、危険なのだと少年は言った。けれど、私はすでに一度関わり、それが何か理解できぬまま今に居たり、まさに今、同じ事が起ころうとしている。 そして、私の仕事はこの国の平和と安全の保証。 「私は今後もその歪みでこの国が脅かされることになるのなら、全力で阻止するわ。私は影主になる女よ。貴方が断っても、私から関わっていくわ!」 貴方こそ覚悟を決めなさい。そういうと、少年は苦笑して、はいと答え、これからよろしくお願いします。そう言って手をこちらへ差し出した。 こうして、私は彼の協力者となり、歪みとベルセルに関わることになったのだ。 予定が狂ったが、彼を連れて予定より遅めだが、偽物の紅嵐のアジトへと向かっていた。 彼にも説明したが、紅嵐の偽物が噂で関わっていて、とにかく盗まれた現物の確保に向かったのだ。 彼が言うには物にもその歪みが宿り、人を惑わすのだという。その盗品が原因であれば、歪みの元を断ち切らなければ、病のように伝染していってしまう。だからこそであったが、すでに遅かったようだ。 「何…これ…。」 言葉を失くす。遅かったかというミルフェの言葉の意味がすぐに頭に入って来ない。 「どういうことなの?」 「見ての通り、彼等は『消えた』んだ。そして、原因はここから姿を消した。残っている彼等は魂のないただの塊。これが、この世界を蝕む歪みという現象の一欠片。」 そう言って、急ごうと彼はそこから出た。移動の最中、急ぐ理由を知り、納得した。 ここが今回の『病』の始まりであるのなら、今は静かになっていても、残りかすがある。その残りかすから、私達が感染しないという保証はどこにもない。 「とにかく、仕事の一つを遂行する。だから、今後同じ状況であっても、それがどんなに人道から外れたものだとしても、邪魔はしないでよ。」 そう言い、全員が外へ出た事を確認した上で、ミルフェは何かの呪文を唱えた。 その言葉はみるみる周囲を火で取り囲み、小屋ごと、中の偽物達の身体ごと、燃やしていった。 「たとえ、生きている人間相手でも同じです。歪みは処理しなければいけない。それが僕達の『仕事』です。」 知らない儘でいる為の、最後の警告だと言う彼に、少しだけ戸惑いはあった。けれど、メイカは頷き、このまま先を進むことを選んだ。 知らないまま、また奪われるなんてこと、もう嫌なのだ。大切なものを作る気がなかったメイカにとって、また失えないものができてしまった以上、もう後戻りなんて言葉は最初から存在しない。 「とっくの昔に、私は逃げると言う選択肢を失くしたの。いえ、失くさざる得なかった。」 どうせ、貴方は知っているのでしょう?と言えば、全部は知らないが多少は聞いていると答えた彼に、私ははっきりと言ったのだ。 「逃げたところで、アレは見逃してくれない。ならば、対処法をしらなければいけない。もう、私はアレにとられたくないのよ。」 大事なもの。奪ったアレを私は許せないし、それがこの歪みが原因であるのなら、きっと私は知らないければいけない。そうしなければ前へ進めないし、ただの女の子でいたかった時間はとっくに終わったのだ。 「さっきも言ったでしょ?私はここの影主になる者よ。国の平和の為なら何だってするわ。それが人殺しの大罪を背負うことになるのなら、それでもいいわ。」 そう、今更だ。そして、やっと知る機会がやってきたのに、それをみすみす逃す程愚かでもない。もし、知ることが愚かな行為だと言うのなら、大切な友人を返せと喚くだろう。 愚かでも何でもいいのだ。私達の時間を壊した奴を野放しにする程、私の心に残った悪意と絶望は消えない。 「私は些細な箱庭のようなこの国を守れたらそれでいいの。守る為なら何だってする。その覚悟はできてるわ。だって、そうでしょう?大切なものを壊した連中を野放しにはできないもの。そうよ、そんな奴らがさらに他の大切なものを壊し続ける連鎖なんて哀しみや憎しみを産むだけ。そんなこと、させないわ。」 そもそも、罪を犯したまま罪を償わず生きる奴が嫌いだもの。その為の影の、影から平和の為に暗躍するもう一つの主であり、処刑人なのだから。 影主の主な仕事は大半は違反者の取り締まりであり、国のトップの国の民への負荷を強いらないように見張ることだ。つまり、違反者は人知れず始末することもまた、影主の仕事なのだ。 だからこそ、本当に今更なのだ。半分は諦めのような言葉であるが、今更でしかないのだ。 メイカが影主を知らないままでいた時代は終わった。メイカが影主を継がずにいてもいい時代も終わった。 そう、とっくの昔に選択肢は決まっていた。 私は今も過去に囚われている。前へ進まないといけないとわかっていても、きっと無理だろう。彼女を奪ったものが憎いし、何もできなかった自分もまた、憎いのだ。 「私は知りたいの。そして、終わらせたいの。それが歪みのせいだというのなら、私は死んだとしてもそれと戦うわ。」 何を何度言われても、考えを変えるつもりはない。そういうと、わかりましたと彼は言った。 そして、彼は私に持ちかけたのだ。彼はあくまで守り人のグレンの使い魔で正式なものではない。だが、ほとんどが引き継いでやっている現状だが、手が足りない時がある。 その時の『手』として使い魔としての契約はできないが、協力者として今後付き合いを続けないか、と。 それは願ってもない話であったし、何より何かあれば連絡が行くようにすると言われれば協力を惜しむつもりもない。 情報を扱うこともある中で、それが歪みの原因に辿り着くものになるのなら。そして、同じ悲劇を繰り返さない為なら。 いつか罰を受ける程の罪を背負い続けてでも、その道を進む。 「お嬢様が決めたことならば。」 「あたい達はいつでもお嬢様の味方です。」 本当を言うのなら、彼等を巻き込みたくはないが、言ってもきかないことは経験上知っている。それ以上に、彼らと一緒ならこの先も戦っていけるという信頼も確かにあった。 あの後、少々手間取りはしたが、事件は解決した。元々、この国はメイカの庭のようなもの。探すことは得意だった為、ミルフェだけが動くよりはやく敵の居所を見つけられたのが大きかった。 結論から言えば、切欠は簡単なものだ。誰もが考えるもの。ただ、様々な要素が絡み合い、偶然今回のことが起きてしまった。歪みの大半はそういうものだと言っていたが、あまり納得できないのは、過去に関わっているからだろう。不運で片付けられるには、不満が残りすぎる。 だが、今回は原因を見つけ、まだ初期である為に人の世のやり方で裁くことになった。もちろん、いろんな記憶の改竄はされているが、どう変化したのかはわからない。たぶん、メイカ達も多少変えられているのだろう。かつてのように。 納得はいかないが、まだ正式に話をしていないので仕方のないことだ。正式に話をした後に、ちゃんと全部自分の記憶は返してもらうつもりだから、今は気にしないことにした。 「ちゃんと、話もついたし。改めて、宜しくお願いします。」 「こちらこそ。」 この日から、私達の生活は大きく変わった。変わったと言っても、表面上の変化は一切ないし、街を歩くと、変わらない日常がそこにあるだけで、変化を感じている者達なんてどこにもいないけれど、環境ががらりと変わったのは確かだ。 ただの影主を継ぐ為に知識を蓄積し、情報を集めていただけでなく、きっちりと情報屋として形を作り、ささやかな噂を流した。 願いを叶える。そういう噂。あくまでも歪みにより巻き込まれた者達を探し、早期発見するための処置。 知らなければ対処できないこともある。それを何よりも知っているからこそ、この国を守る為、守り人の補佐をする形で収まった。 あの後、グレンの鍛冶屋に行ってちゃんと挨拶したし、認めてもらったので、正式な協力者だ。肝心なところまで踏み込ませてくれないと言う意味では、まだまだだが、いつか使い魔に昇格してやると目標を持ち、かえってそれで良かったとヒュオルは思っていた。 |