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その日、一人の男が捕まった。 そして、続いていた神隠し事件も、他国の侵略の噂も解決した。 貴方の願いを叶えます 事の始まりは今から十日も前に遡る。 今日も今日とて、勝手に屋敷を出て、いつものように出歩く女、アルデリア家の御令嬢メイカ・F・アルデリア。もちろん、付き人抜きでだ。 最近では、彼女付きのメイドと使用人がいるので、どちらかがついてきたりしているが、最初の頃など、誰もつけずに自由に出歩いていた。 確かに、誘拐されるようなことがない程度には平和な国だ。そういう心配は必要ないのかもしれないが、問題は彼女の家が、国の王よりも権力を持っていること、だ。余所がそれをどう思うかはわからない。 可能性の問題で、気をつけたいだけである。 だが、生憎彼女は父親と同じように自由に育った為か、そういったことは無頓着であった。いや、正確には簡単に誰かにどうこうされる程弱くはなかった。 「おばちゃん、おっはよ〜。」 元気のいい挨拶に、言われた店の女主人は笑顔で挨拶を返す。 「今日はえらく機嫌がいいね。どうしたんだい?」 「えへへ〜実はね、欲しかったものがやっと手に入ったの。」 嬉しそうに話す彼女に、それは良かったねと、我が事のように喜ぶ女主人。 「おや、今日はヒュオルが一緒なのかい?」 普段は断然メイドのレイチェが多いが、使用人のヒュオルもそれなりに一緒に出かけているのを見かけるのだが、最近はレイチェの方が多かったので彼女に何かあったのかいと心配する女主人。それに、今日は予定があったから別行動なのだと教えると、元気であるのならそれでいいと笑った。 これが、この街において日常であり、彼等の誰一人が、世界が壊れるような出来事が常に隣に存在しているなんて知りもしない。 それは少女、メイカもまた使用人として彼女に仕えるヒュオルも同じ。 だから、この平和がそのまま続くものだと誰もが思っていた。後ろ暗い、情報屋のようなことをしている彼女の家事情があることを含めても、あまりにも毎日が平和だったから。 それは、あくまで平和であるのだと、思い込まされていて、記憶が書き換えられているに過ぎないと言う世界の裏のことなんて、全く知らなかったから思えたことだった。 街で買い物をした後、屋敷に戻った彼女は父親から、最近周辺の国々が騒がしく、近々争いごとが起こるかもしれないから気をつける旨を伝えられた。 実際、この国は王に力がない。それでも平和であるのは、彼女の家を含めた貴族がしっかりこの国の中の日常を整えているからだ。そして、無茶な税収をしたり、荒れて暴れる者達を放置したりしないからだ。 だが、他国の問題が関わるのなら話が別だ。 王が飾りでしかないこの国においては、外交する存在が皆無に等しいからだ。 「ひおちゃん。」 「…その呼び方は止めて下さいと何度いえば…はぁ、言っても聞いてくれないですね。」 「そんなことはどうでもいいのよ。」 「あまりよくないですが、それで何ですか?」 部屋へ戻るまでの廊下での会話。静かなそこにはメイカとヒュオルの二人だけ。部屋に戻ればレイチェが待っているだろうから、そこで話をしてもいいのだが、先に聞いておきたいことがあった。 「父様のさっきの話。どう思う?」 「…そうですね。確かに、最近周辺諸国が騒がしいのも事実ですし、ならず者がどうも活発に動いている様子はあります。」 「そう。」 見えてきた己の部屋に、ドアノブに手をかける。 「ただいま。レイチェ、いる?」 「はい、お嬢様。お帰りなさいませ。」 出迎えたのはメイドのレイチェ。 「今日はどうだったの?」 「お嬢様のお陰で、ちゃんと手に入りましたよ〜。」 そう言って、手に持っていた箒をこちらへ見せた。彼女にとって箒は仕事道具であり、この屋敷を掃除するためのものであるが、同時に敵を倒す武器でもある。あの箒で盗人の一団を撃破して高笑いする彼女を一度見てから、箒を振り上げた時の彼女には絶対に近づかないでおこうと思ったぐらいの変わりようだった。 何より、彼女はただ仕事道具であり、武器として使うだけでなく、収集癖もあった。別に好きにすればいいので、一部屋与えたが、それはもう見事というぐらい箒ばかりの可愛げのない部屋に成り代わっていた。はっきりいって、夢がないの一言につきる。 反対にヒュオルに関してはまったく生活感のない、最低限のものだけの殺風景な部屋なのだが。本当に、この屋敷の使用人は変な連中ばかりだ。 まぁ、自由にさせている屋敷の主だからこそ、なのかもしれないが。それに、そんな自由にできる程度にはこの国は縛りがまったくないのだろう。 だからこそ、ろくでもないのが混じれば混乱を招く。それを排除するのが自分達の仕事である。そして、そうやって平和を維持しているからこそ、街の住人達からは貴族であろうとも関係なく高感度はいい。 「明日、少し遠出しようと思うの。」 「あら、何か用事ですか?」 「他国の様子でちょっと、ね。」 そう言うと、何か思い立ったのか、少し笑顔が消えたレイチェがある報告をした。 「きっと、元は同じかもしれないので一応報告しておきますわ。」 そう言って、レイチェから知らされたのは、突如人が消える神隠し事件が頻繁に起こっていることと、盗賊団のような集団が近隣の村や集落から様々なものを奪い取って荒らしていること。 「あと、その盗賊がワーレンタール王国の秘宝を盗んだという噂と、その日から病に倒れた王。そして、その国に発生した神隠しが周囲に広がっていったという噂があります。」 どこまでが本当なのかわからないが、有力な情報としては、その盗賊団は義賊で金持ちから奪い、スラムでお金を撒いていると言われている紅嵐と呼ばれる盗賊団であるということを言えば、ありえないとメイカは思った。それにはレイチェとヒュオルも同意だ。 何故なら、彼等三人はその紅嵐のことをよく知っているからだ。 「でも、その噂が出ると言うことは、何かしらの理由があるってことよね?」 「はい。確認したところ、『紅嵐』は盗んでいないということでした。」 「そう。なら、レイチェの予想では『何処』が犯人だと思う?」 その問いかけに、にっこりと笑ったレイチェが答えたのは、簡単なものだった。 「紅嵐の名を語る偽物。どうやら、その名前で悪さをするゴロツキがいるようなんです。」 彼らを捕まえれば、偽物が存在するかどうかぐらいならわかるのではないかという彼女の提案に、レイカはヒュオルに命令を下した。 「今すぐそのゴロツキの居所を突き止めてきて。明日、私も乗り込むわ。」 「御意。」 すっとその場から消えた彼。彼は和の里の忍びで、こういったことはお手の物だ。まぁ、街の住人は誰も知らないので、もし誰かがいれば驚いていただろうが、生憎ここには彼のことを知っている者しかないので、当たり前のように話が続けられた。 「とりあえず、紅嵐の頭と一度コンタクトを取る必要があるわね。」 「そう思ったから、呼んでおいたわよ。もう少ししたら来ると思うわ。」 「さすが。」 その言葉通り、窓辺に止まった一羽の漆黒の、だが一筋だけ紅のラインの入った翼を持つ鴉。 「ようこそ。紅嵐さん。」 窓を開ければ鴉は部屋の中に入り、すっと姿が人の姿へと変わる。そして現れたのは長い夜のような黒の髪に一筋の紅いラインの入った髪の女だった。その黒髪から、紅嵐は別名鴉とも言われている。だが、それは間違いではない。鴉に姿を変えることができるからだ。 そう、『彼女』こそ紅嵐の頭、コーラン・ディレイア。ヒュオルとは違う忍びの隠れ里出身の忍びにして、義賊の頭だ。 「お久しぶり。相変わらず元気そうで何よりだ。」 「それはこちらも同じ。で、『偽物』に関すること、何かわかってるの?」 「ああ。そのことで、協力願いもあったところだ。」 話を続けましょうか、と夜の密談が始まった頃、確かに世界は平和とかけ離れた歪みに包まれていた。だが、それに誰一人まだ気付いていない。 次の日、メイカが街に出て、偽物のアジトへと乗り込もうとした時に耳に入った噂に、予定は壊れていった。 街に出たら最初に耳にする、神隠しという騒ぎ声。 メイカ達はあの夜の間に、気のいい、仲良くなったあの女主人が殺され、彼女の娘が神隠しにあったことを知ったのだった。 |