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天使と迷子の死神 その日、死神…というより、冥界の王である冥王と呼ばれる死神からの、いつもの連絡のような書類を受け取る予定だった。 冥鎌はかつて天と呼ばれる場所にいた天使で、今はまだ天使であるのだが、状況が状況なので堕天したといっても過言ではない状態である。だが、冥鎌の両親がいろいろ問題があり、それが悪い意味ではなく、世界に関わる第問題になりかねない問題であり、隠された歴史の一部を知っているが故に、その冥王との関わりがあり、お互い連絡を決めた日に取り合うことになった。 その使いが田所であることが多いが、まれにチェシルという風変わりな奴がくることもある。 実際のところ、たいていの奴とは仕事として関わり、それ以上なければ付き合うことはできる。それは、天での環境が悪かったのだろうが、あまり思い出したくないので今は横においておき、大事なのは冥王が天の王と魔界の王と同じであることだ。 かつて魔神と戦った最初の存在達の一人で、冥鎌の両親がその一人であることが他の守り人とは違う冥王との繋がりだ。 といっても、そんなに長い付き合いではないが。 話がずれたが、田所の場合は報告したら大体が人をからかうような言動をして飄々といつの間にか帰るのが常だが、チェシルである場合はいろいろと問題が多い。 何が問題かと言うと…。 はぁとため息が零れる。同時に、この部屋にまで響く程の大きな爆発音や破壊音が響いてくる。修理するのも面倒なので、何度も言っているが聞く気がないのがあの二人だ。 冥鎌は立ち上がり、今頃挨拶とお出迎えと称した遊びの延長の戦闘を止める為に『裏』玄関へと向かった。 凛々も冥鎌によく攻撃をしかけてくるが、しかもそれが愛情表現の延長だから問題だ。そしてチェシルに対しては挨拶の延長として行っていて、チェシルもまた、いろいろとぶっ壊れた性格をしているために面白がっているので毎度問題を起こしているが、その後の方が冥鎌にとっては面倒なことこの上ない。 何とか二人を止め、話をするから部屋に入ってくるなと言っておけば、元気よく聞きわけのいい子どものように返事を返してどこかへ言った凛々。 普段もそういう聞きわけよく、刃を誰かに向けるのが挨拶や遊びの延長だと言わなければ、本当にいい子なのだろうが。 付き合いの長さで、もう治ることがないだろうということはわかっていたのでそれはそれでいい。諦めたと言った方が正しいかもしれないが。 「ゲヒヒ、やっぱりあの子、楽しいネ。でも、天使サンとも一度殺リ合イたいネ。だって、強いデショ?」 それに、きっと綺麗な赤色だろうからと笑うチェシルから報告書を受け取り、発言を聞き流しながら書類に目を通した。 止めるのに少々時間がかかり、けれど思った以上に建物が壊れなかったのは、お互い壊さないようにというルールをつけたからなのかもしれない。 何せ、以前目茶苦茶にしたこの二人に思い切り怒って、さすがに話を聞かないこの連中であったが、行動を止めることはないが、被害を出さないということだけはルールとして取り入れてくれたようだ。 というより、壊したら怒られるということだけを認識したから、なのかもしれないが。 だが、毎回修理するのも面倒なので、被害が少ないにこしたことはない。 「それで、どうするつもりだ?」 「ン?何ガ?」 「別にそのまま『演技』するならそれでもいいが、生憎俺は『演技』は嫌いだ。」 その瞬間、チェシルから表情が消えた。そして、くしゃりと泣きそうな顔になった。 「何で、あんたにはわかるんだろうな。」 「天使だからだろ。人外。無表情な人形に囲まれてた時期があったからな。それが本物かどうかある程度見分けはつく。」 「そう、なんだ。」 「そもそも、『正気』に戻るのにあの男が気付いているからこそ、そう言う時に俺のとこに押し付けてるんだろうが。」 「なら、死神様にも、迷惑かけちゃってるみたいだね。」 何か、格好悪いなぁと笑顔になり損ねた顔で、けれど涙だけはこらえて『笑って』いた。 「じゃあ、迷惑じゃないなら、また、話聞いてくれる?」 「元からそのつもりだ。だから、チェシルが来る日は面会時間は長めにしてあるんだよ。」 「何か、迷惑かけてごめん。」 「それこそ、俺ではなく『あの馬鹿』に言うべきだろうが。」 「そうだけど…自分でも制御できない状態だから…今更どう言っていいのかもわかんないから。」 困ってるんだと彼は言った。 いつからだったか。チェシルは生前の人格が表に出るようになっていた。 周囲は彼が壊れているというが、生前からすでに彼は壊れていたのではないかと冥鎌は思っている。何故なら、『演技』がうますぎるからだ。最近からではない。きっと、生前からいい子を演じ続けてきたのだろう。その歪みと、死亡の経緯から、境界が崩れて理性が消えてしまい、楽しいかもしれないと思うことを何でもやろうとしてしまう子どもになったのではないかと思っている。 あまり人様の過去とやらを見るのはいい気がしないが、珍しくあの男が頼んできて、奴の過去を知って、仕方ないと引き受けたことからはじまった、カウンセリングのような話を聞く時間。 はっきり言って、周囲の連中はアレが誰からも好かれて、しかも悩みがなさそうにみえたのだろう。しかも、自分にかけてくれる言葉が嬉しくて、だけど自分にないものを持つからこそ羨ましく、そして好きだけど憎い。 きっと、アレもそれに気付いていたはずだ。だが、気付かないふりをすることが日常に成りすぎて、違和感もなく日常に溶け込んだ結果アレもまた誰からも理解されず命を落とした。 あまりいい見立てではないが、はっきり言って危険人物である魔女の関係者に近づいた時点で、アレはすでに殺されてもいいと思っていたのではないか。いや、むしろ死にたがっていたのかもしれない。 演じることが当たり前になったアレが、演じることが辛いと感じだしたら、あの家族は壊れてしまう。そして、引き込んだ『友人』もまた壊してしまうことがわかっていたから、いろんなものに蓋をしてしまっていた。 結果、死んだと同時に押さえつけるものがなくなった為にいろんなものが表に出て、『生前』の彼が『演じていた』姿が消えてしまったのだろう。 まぁ、全て演じていたのではなく、本心も中に含まれていたからこそ、演技が長く保っていたのだろうが。 何せ、アレの母親も本人も気付かず、そして忘れてしまっている過去すら、今の冥鎌は知っている。そして、死神としてこの世に戻った彼は、すでにそのことも全て思いだしてしまっている。 その結果、耐えられない心が、彼の自我のほとんどを奥へと押しやってしまった。 そう、チェシルという『人格』は最初から存在していた。だが、必要になる場面がなくなった為に、ずっと内側で眠っていただけで、殺されたことで崩壊した結果にでてきたものではない。 それを、『友人殿』は気付いていない。だから、彼の元にアレが出てくることができない。 「それにしても、驚いた。」 「何がだ。」 「ボク、ずっと怖かった。自分なのに、自分のものじゃないみたいに、あの男を殺して笑ってたから。」 「自分じゃなかったからだろう。」 「でも、今はチェシルって名乗ってるけど、『アレ』だって『ボク』でしょう?」 「そうだな。けれど、違う。」 「そっか。」 そうやってしおらしくされると何だかいじめているようで、あまりいい気分ではないが。 「お前の心が耐えられなかった。お前はお前の…影斗の心を守る為に選んだのだろう。」 「そうかもしれないけど…。」 「母親に言わなかったのだって、母親が絶対に信じないとわかっていたからだ。そして、もし信じてくれたとしたら、その時はお前はすでに生きていない。もしくは、その母親が死んでいた。だから、選ぶ必要があった。そして、選んだ。それだけだろ。」 「そうかもしれないけれど…やっぱり、自分が許せない。だって、どんなに言い訳重ねても、ボクはずっとずっと昔から、人殺しなんだからさ。しかも、親殺しだよ?」 許されるはずがないことをしたんだから、誰にも許されないままでいたかった。けれど、母親に迷惑かけたくないからいい子を演じていた。褒めてくれる時とてもうれしいし、その時の母親の顔がまた、子どもにとってうれしかったからとぼそぼそと過去を振り返りながら呟く彼に、はぁとため息をつく。 毎回、似たような内容で聞きあきたと言ってもいいぐらいだが、冥鎌自身もたいがい過去が歪んでいるのでつい付き合ってしまうのだが…。 「やっぱり、『嘘』ついた罰だったのかな。」 「お前は全部『嘘』だったのか?違うだろう。アレを拾ったのも、母親の心を守りたかったのも、義理の妹を大事にしたかったのも、全部そこにお前の心がなかったというのか?『嘘』だけだったのか?」 「…違う。でも、どこから『ボク』だったのか、『ボク』そのものがあいまいでわからなくなってるんだ。」 「別にいいじゃないか。お前はただ、お前自身を含め、身を守る為に選んだだけなんだから。」 「でも、それでも、親殺しなのは変わらない。」 はぁと何度目かわらかない溜息が零れる。部外者の自分がこんなにも彼の事情を知っていいものか。というより、部外者だからこそ、彼も話すのかもしれないが、本当に面倒だ。 元々、冥鎌はこういうことが苦手だからだ。 けれど、放っておけないからこそ、彼は自覚していないが、凛々を含め、おかしなのに惹かれて苦労する羽目になるのだが、その辺はわかっていない。だからこそ冥鎌らしいと周囲は言うのだが、それを嫌そうにそんなことないと答えるのが常である。 「お前はただ死にたくない。けれど、現状をどうにかする力はない。そして、母親に真実を知られるのだけは避けたい。その結果、だったのだろう。」 「そうだけどさ…でも、もっと他に…。」 「いや、他はない。」 どうしてと言いたげな顔でこちらを見る。 「言ったことなかったが、お前の義理の父親は、すでに魔に取り込まれかけていた。そう言えば、今のお前なら状況理解できるよな?」 発生した歪みによって、出る被害。それを処理するのが守り人や死神といった、この世で通常人が認知していない存在による干渉。 「お前の行動が後少し遅ければ、歪みがその場所で発生し、尚且つお前が最初の被害者として名を連ねることになっていた。」 「っ!…嘘、でしょ?」 「いや、嘘じゃない。そして、あのままだったら、歪みに取り込まれ、お前の母親もまた歪みとなり、夫婦そろって化け物の仲間入りになるところだった。それだけ危険な状態だった。それを、無意識にお前は感知したのだろう。」 もう、気付いているはずだろうと言えば、答えないチェシル。 「そもそも、あの男が魔女の系列であることに気付いていたのだろうが。だからこそ、相手が何を言おうとも、魔女なんてものに関して興味がないお前は手を差し出した。本来なら、人は恐れるがな。」 寂しそうだったからと答える彼に、同じだったから、声かけたんだろうと言えば頷いた。 「言葉で言ったら、虐待だったってあっさりしたものになるけど、それでも、どこかで諦めたくなかった。母さんが愛した人だったから。でも、このままじゃ母さんも殺されるかもしれないから、ボクもまだ死にたくないと思ったら、ボクは殺してしまった。きっと、ボクは元々歪んでたんだ。それから、いい子でいた。愛してくれたから、幸せだった。けれど、どこかで乾いてた。笑いながら、父さんを殺したボクは、ボクでも怖いと冷静になって思えるぐらいだった。だから、忘れようとして、いつの間にかなかったことにしてしまっていた。だから、すっかり忘れていた。ボクは異端魔女であったこと。きっと、天人の寂しそうな顔が気になったのと同時に、懐かしい魔女の魔力の流れに惹かれたんだと思う。あの日あそこへ行ったのだってね、何かに呼ばれた気がしたからなんだ。ま、結局天人は最期まで、そして今でも魔女であることをボクには言わないけどね。でもさ、父さん殺して、しかも壊れたように笑って暴れたボクがさ、彼等の日常の中にいてもいいのかなと不安になることもあった。皆、ボクのこと、愛してくれたからさ。だから、甘えもあったんだと思う。妹の事、もっと気にかけておけば良かった。ボクは知ってたはずなのに、父さん殺した後に全部置いてきてしまって、ボクはボクじゃない誰かを演じていた。それが当たり前になって、意識が途切れた後、何故かわからないけど謝ってた。何に謝っていたのかは、目が覚めた時にわかった。あの家、妹のことも天人のことも、壊したのはボクだ。いろんなものに蓋をして、気付けない状態でいたから、ボクは見逃してしまった。でも、元々ボクは罪を償わなければいけなかった。だってそうでしょ?父さんを殺しておいて、のうのうと生きてるボクは、平気な顔して、母さんや新しい父さんと妹と、どんどんボクを甘やかして大事にする友人にも嘘をついて…嘘をついていることすらボクは忘れてしまっていたけど。父さんを殺して壊れた時から、ずっと思ってた。いつかこの日の償いをしなくてはいけないって。妹に殺されたことは、償わなければいけない罪だったのかもしれないって、目覚めた時思った。そしたら、自分が制御できなくなった。」 その結果、彼はかつて父親を殺した時の『人格』が表に出るようになり、本来のものがほとんどでなくなっていった。 「何より、知られたくなかった。怖かった。今まではそのことすら記憶から消えていたから、ボク自身も気にしてなかった。けど、今度は駄目。今でもはっきり覚えてるんだ。どうせなら何も知らないままぼんやりしたボクのままでいた方が良かったのかもしれない。…きっと逃げてるんだろうけど、やっぱり知られたくない。ボクはとっくに誰かのモノで、心と関係なく身体は覚えているし、知ってる。そのことを、天人にだけは、知られたくない。だって、やっとはじめて本当に友達になりたい、大事にしたい、一緒にいたいと思ったから。知られたら嫌われるかもしれない。でも、天人の性格からして、反対にそんなことはない可能性も高い。わかってるけどね。でも、ボクが許せない。だから、ボクは逃げてしまった。今更『天霞』に何も言えないよ。」 返事を返すって言ったのに、結局返せないまま。今も少し関係が変わっても一緒にいてくれる彼の優しさが悲しい。 「懺悔の時間は終わりか?」 「うん。ありがとうね。いつも聞いてくれて。」 「できれば、その愚痴はあいつにしておけ。俺と仲がいいと思われたら面倒だ。」 「内容が彼のことだから、できるわけないでしょ。それに、別にいいよ。ボクはね。」 冥鎌と誤解した彼がちょっと面白そうだと、子どもっぽく笑うチェシル。 「おい。」 「ふふ、嘘。そもそも、彼はそんなこと思わないよ。だって、冥鎌ってどっちかっていうと、ボクと同じで女の子よりも男に懐かれるタイプでしょ?いや、冥鎌の場合、厄介事も、かな。」 「…。」 嫌そうな顔をすれば、やっと彼の本当の意味での笑顔が見られた。 「別に、過去を話しても、アレはお前に執着してるから、問題ないと思うがな。」 「でも、ボクが嫌なんだよ。きっと、天人はボクのことをそれでも愛してるって言ってくれると思う。自惚れなんかじゃなく自信あるよ。付き合い長いからね。だからこそ、嫌なんだよ。」 はじめから、同性に向けられる好意に何も感じない。何も感じないというのは少し違うのかもしれないが、父から受けた仕打ちから考えると、どうでもよく思えるのも事実だからだ。むしろ、そうしないととっくにボクは壊れていただろうけど。 「そもそも、ボクの中に『ボク』が生まれたのだって、父さんが…あの男が原因なんだからさ。殺したことには後悔ないけど、まったくなくはないんだけど、それ以上にそのことを隠していることと、だましていることにはひどく後悔がある。それに、心がどんなに否定しても、身体が受け入れてしまったからさ。だって、あまり酷いと命に関わるから、身体って上手くできてるよね。従って負担を回避しようとするんだ。それに、ボクの魔女としての力も面倒だったね。」 「確か、己の生命力を与えて治癒したり、相手の生命力を奪って殺すことができる、だったか?」 「そう。他にもあるけど、気をつけないと、触れた相手の力を奪ってしまう。だから、封じていた。けど、あの男がそれを壊してしまった。」 そのせいで壊れつつあった彼は、とうとうもう一人の彼を呼び起こしてしまった。 そもそも、生きることを諦めていたのは天人だけではない。天人と会うもっと前に、生きることを諦めていたのは自分自身だ。けれど、演じることで生きていたボクは、同じだった彼に興味を持ったのが始まりで、それが再び歪む切欠になるなんて思いもしなかった。 けれど、その力そのものをもう一人が受け継いだおかげで、ボクは無暗に力が使われることはなくなったので、結果的には良かったのかもしれないが、結局のところどちらがいいのかはわからない。 「ねぇ。どうしたらいいかな?ボクのせいで天人も死神になった。ボクはもっと気をつけておくべきだった。なのに…。」 「過ぎたことはどうにもならない。そうだろうが。それでも気になるなら、今度こそ死んでみるか?」 冥鎌の問いかけに、少しだけ考えて、けれどはっきりと首を横にふって否定した。 「ボクはいろんなものに生かされた。だから、ボクが勝手にボクを殺すことは生かしてくれた人に失礼だから、それはできないよ。」 本当に彼は面倒だ。だが、いつまでも過去に囚われて動けない姿は自分と似通っていて、何だか複雑だ。 「なら、そのまま生きていればいいだろう。今度は誰も文句は言わないだろうし、お前が演じる必要などないしな。それに、それだけ『壊れたチェシル』を見た後だったら、何を見聞きしても、大抵の事には驚かないだろうしな。」 「そうだね。何か、それはそれで嫌だなぁ…というより、アレは元々チェシルじゃなくて『シェルル』だったんだけどね。何か、名前忘れていきなり妹の名前名乗るから、ボクとしても困ってるんだけどね。」 「まぁいいじゃないか。少しずつ、お前に戻っていけば、な。『チェシル』に対してもあの男は文句言わないだろうが。それに、田所の奴も、敵とみなしてないから良好的だろ。」 あれは、敵とみなしたら容赦ないからな。そう言う意味では誇れるぞと言われ、何だか少し複雑な、だけど嬉しいような、とにかく忘れていたようないろんな感情がめぐる感じだった。 「いつも、ありがとう。話を聞いてくれて。最初なんて、戸惑って目茶苦茶だったけど、最近落ちつけてるのは冥鎌のおかげ。」 「こっちも、この前は『拾って』くれたみたいで助かったしな。」 「ちょ、それ違っ!…っ、もう、チェシルが言ったこと根に持ってるでしょ。」 「どうだろうな。」 「もういいよ。」 むっとむくれる彼の頭を撫でる。 「とりあえず、そろそろ帰れ。仕事まだあるんだろ?」 「あ、うん。いくつか回収する魂が残ってるけど、まだ時間が…。」 「じゃあ、お茶にでも付き合っていくか?」 そう言うと、扉がバンと開き、凛々が台車を押して現れた。 「お茶の時間だから、持ってきた。お仕事終わった?」 「ああ。チェシルの分もな。」 「わかった。…でも、何かチェシェちゃんおかしくないか?」 さすがの凛々も、チェシルの変化に気付いたようだ。 「ああ。二重人格でな。この時のチェシルには攻撃するなよ。死ぬから。」 「わかった。気をつける。気配も覚えたから大丈夫。偉い?」 「ああ、偉い偉い。」 出された紅茶の温かさと、彼等の温かさが、少しずつ壊れた心を溶かして元に戻していく。けれど、もうすぐボクは『チェシル』に戻る。そして、ボクはチェシルの視点から世界を見る。 いつも、話をしていないとここにいるかわからなくなるんだ。何故なら、いつも見ているけど、それはボクの思い通りに動かないから。何度も『天霞』に呼びかけても、ボクの声が届くことはない。 今のところは冥鎌にだけは届くおかげで、ボクはまだボクのままだ。それがわかっているからこそ、冥鎌も付き合ってくれるのだろう。 「本当、ありがとうね。」 「お互い様だろ。」 なんだかあったかいその手が、かつてへこんでいたボクを慰めようと頭を撫でてくれた天人の手と似ていた。 |